HOME >>雪山登山

八十里越 PART2

<失われた古道を求めて>

13_1

日時:2006年5月3日(水)~6日(土)
山域:浅草岳、守門岳周辺
形態:登山(定着型)
参加者:清水(L)、飯田、塩足、和内、清水(幸)、志村
記録:志村
行程:5/3 只見~入叶津~山神の杉~幕営地(山神の杉付近)
   5/4 幕営地~浅草岳往復
   5/5 幕営地~沼の平~早坂尾根付近
   5/6 幕営地~山神の杉~入叶津~只見

今回の八十里越は、昨年GW(2005.05)に行われた、清水さん・飯田さん・塩足さん・和内さんの山行の続編であります。詳しい歴史的背景やテーマ等は塩足さんの報告を参照して下さい。新道を踏破されたメンバーは、今回失われつつある古道を捜索する為に来たのです。
http://housyoalpineclub.net/wp/wp-content/uploads/old_blog/part2/2005/05/post_8ccf.html#trackback

5/3(水)8:24東京発→9:59 浦佐着
    10:10  浦佐発→12:02只見着
    12:35 入叶津着(タクシー)
晴天だ。雲一つない晴天。新潟のご実家にから浦佐合流された清水さん曰く、前日は1日中大荒れの天気だったようだ。もし1日ずれていて2日に入山する予定だったら山には入れなかったであろうとの事。今回の山行は実に天気に恵まれたのだった。只見駅前で観光客相手に山菜等売る景気の良い声を聞きつつ、後ろ髪を引かれつつ入叶津に向う。

   
 13:00 浅草岳登山口より登山開始

02
今年の豪雪は登山口までも車を通してはくれない。平成の八十里越は、人間を拒否しているかのようだ。
雪が深い。4日分の荷物が肩に食い込む。単調な登りが続く。足元から水の流れる音が聞こえ、いつ雪面が崩壊してもおかしくない状況で清水さんが慎重に選ぶルートを進む。
平石山を目印に側面を回りこむように登る。急な斜面が続き、いい加減ヘトヘトになった頃、山神杉に到着する。
    15:55 山神の杉
    16:20 幕営地到着 
山神杉を少し過ぎた辺りを幕営地とする。ブナの木の原生林の中であるが、向い側の山々を望む事が出来る場所。
今回は2張。平地であり、雪も落着いているので整地が楽だ。
食当の塩足さんをリーダーに和内さん、幸さんが夕食準備組。偵察組は清水さん、飯田さん、志村(偵察の役には立たず散歩気分でルンルン)で出かける。沼の平を回りこんで、猿崖が近くに見える辺りまで歩く。沼の平はいくつかの沼が点在しており、飯田さんは釣竿を持って来なかった事を悔やんでいるようだ。綺麗な水でヤマメ・岩魚等が住んでいるらしい。
地形が複雑な事と翌日の予想天気から八十里越の捜索より先にもう一つの目的である、浅草岳に登ろうと清水さんが決定する。浅草岳に続く尾根から八十里越方向へのルートを確認する作戦だ。
今回も清水さんはGPSを使って位置を把握できるように、国土地理院の1/25000の地図に情報を書き込んでいる。何度も説明して頂いたが、難しくて実は良く分からない。機械が衛星をキャッチしているのは分かるので、使いこなせるようになりたいと思う。
テントに戻って夕食の準備の手伝いをする。飯田さんが立派なトイレを作ってくれる。雪上でのトイレ施工はプロ並だ。
夕食>かぼちゃカレー(ボケ防止にいいらしい!)・マカロニサラダ(2種類)・ご飯

そして、残念ながらコゴミは手に入らなかったが、フキノトウを摘んで下さっていたので、お浸しを作って頂く。苦味がさわやかで野生味たっぷり!飯田さんが持って来て下さった日本酒を飲みつつ、大いに楽しむ。

5/4(木)3:00 起床
朝食>うどん・もち
     5:10 出発
本日も晴天なり。雲ひとつない。
夏ルートの沼の平は経由せず、山神杉より尾根に上がる。
雪は固く締まっている為、アイゼンを装着する。斜面も急だ。途中より30Mロープを出し、確保して頂きながら登る。緊張しながら進む。尾根に上がりきってからは、緩やかな傾斜を進む。日差しは強く眩しく春山の様相であるが、木々の間はトレッキングのように快適だ。雪庇に注意しながら大パノラマを望みつつ歩く。頂上付近は禿山で、所々に低木が生えている。遮るものもなく、風が容赦なく吹き付ける。寒い!苦労しながらも1歩1歩ゆっくり進む。
     9:20 登頂

18
浅草岳は1585.5Mだが、幸さんの「3000M級の山に登ってしまったみたい!」との言葉に深く頷いてしまう。新潟から福島から周りの山々が360度眼下に広がっている。守門岳や鬼ヶ面山等を確認する。
     9:40 下山開始
頂上は寒すぎて長くは居られない。しかし下りは気分がいい。広い雪原を思い思いに下る。木々のない広い場所が多いこの山域、天気が悪く視界が利かない状態であったなら、下山ルートを見失い易く、かなり危険が高いそうだ。磁石の見方や腕時計で方位を測る方法を教わる。視界が利かなければ磁石が全てだ。磁石の使い方は都内の地下街でも練習出来るそうなので、東京駅ででもやってみようと思う。
    11:30~13:40 雪上訓練
内容>ピッケルを使っての確保技術の習得。
和内さん・幸さん・志村が交代で確保し合って降りる。滑落した場合のシュミレーションでは、思っていた以上の力がかかって自分も引き摺られそうになる。仲間をいち早く止めなければいけないのだが、突然の状況判断が出来るか不安だ。自分が降りるより確保する方が怖いと思った。
    13:55 テント場に到着
まだ2時!日が高い。塩足さん「遊ぼう!」と。
雪上に焚き火を作る。慎重に繊細に小枝を積上げる。横で見ている幸さんと私は「O型には無理だね…」としみじみと語る。さすがに雪の上での焚き火は難しいらしく、奮闘する塩足さん。せっせと薪を集める我ら。
とうとう火が付き、ご飯を炊く事に。
ここでビックリハプニングが!山スキーのパーティがテントの横を通る。塩足さんと山スキーヤーが「あっ!」と。清水さん・塩足さんと彼は知り合いだったのだ。この時期マイナーと言われる山域で我らのテントの横を知り合いが通るとは…。山仲間というのは面白いなぁ。居酒屋のご主人のリーダーと再会を約束し(私と幸さんも)、彼らは格好良く去って行った。

夕食>具沢山マーボー春雨・マカロニサラダ・ご飯
焚き火によって素晴らしく美味しく炊けたご飯とおかずとお酒とつまみで焚き火を囲む。外での夕食だ。春の訪れを楽しめる空気が心地良く幸せ気分に浸る。辺りは暗くなり、星が瞬き三日月が明るい。明日も晴れるであろう。

5/5(金) 3:00 起床
朝食>ラーメン・夕食の残りの雑炊
      5:40 出発
本日も晴天なり。うっすらと雲が現れている。
核心の八十里越古道探索へ。大きな雪庇が張出していて、雪崩が予想される。危険な場所は急いで横断し、尾根や大木を縫うように進む。雪崩が起き易い状況や雪の状態、避け方等、雪山登山について教わりながら登る。

     8:55 八十里越を向いに望む高台に出る

昨年のGW3日間で縦走したコースを伺うが、かなり長い距離だ。
古道の位置を推測しながら歩く。雪が一面を覆いつくす状況での判断は難しいが、江戸期の人間の生活の営みに想いを馳せ、かんじきと蓑を着け馬に荷を乗せた商人を想像する。積雪3M位はあるであろう現況では、夏の状態が全く想像出来ないので、無雪期の旅人を思い浮かべる事は難しい。
     9:50 一旦下山と八十里越方面との分岐点まで戻る
木ノ根峠方面へ調査に向う。角度が変わったからか、遥か遠くに見えた烏帽子山・鞍掛峠が少し近くに見える。風が強まり天候の変化を知らせる。
     11:23 分岐点に戻る
     11:30 下山開始
行きには見られなかった場所に雪崩の跡を確認する。
     14:00 テント場に到着
塩足さんは早速焚き火の準備に取り掛かる。2日目は昨日の経験を得てすばやく大きな焚き火が出来上がった。
夕食>切干大根・お好み焼き・赤飯
和内さんが器用に綺麗なお好み焼きを作ってくれた。食材も水も燃料も限りある山の中で、こんなに美味しいものが食べられるとは目から鱗が落ちる気分。「想像力を働かせなさい」塩足さんの口から繰り返し出る格言の一つだ。山行の終了を惜しみつつ、話に花を咲かせる。
始まりは早く終わりも遅い。楽しい証拠である。

5/6(土) 4:00 起床
朝食>ラーメン(2種)
         撤収作業
     6:35 下山開始
本日も晴天なり。暑くなりそうな気配。
急な斜面。行きに登った事実も疑わしく思う程。前・前々日の好天で小さな雪崩が幾つか起きているようだ。
     7:10 登山口

登りで約3時間だったが、下りはなんと約40分。
     7:50 登山終了

民家でタクシーを呼んでもらう。
     8:20 只見駅→ 8:56只見発 →小出→浦佐(清水さんと別れる)→
    12:30頃 東京駅着 
全員無事でGW山行は終了した。風が強まり天候は下り坂だ。もし下山が明日だったら状況は全く違うだろう。本当に恵まれた天気だった。そしてその天気が山の楽しみを何倍にも増やして、私達を魅了した。浅草岳山域、お勧めです!

<費用>只見⇔入叶津タクシー・食費・燃料代 3,200円/1人(電車代除く)

<感想>
初めての春山登山に参加させて頂いた。雪が好きな私はこの冬は、思う存分雪の山を楽しんだ。きっと雪山は今シーズン最後だと思いながら楽しみにしていた。しかし、一番の不安要素は雪崩だ(二番は自分の体力…)。行きの電車の中で「山渓 5月号」の遭難事故の記事を読ませて頂いた。その中で「山登りにベテランなし」という文句が心に残る。今回、私は2回雪の斜面を滑っている。1度目は斜面を登っている時、下が空洞になっている場所にピッケルを突き抜いてしまい、左足も踏み抜いてしまった。バランスを崩して、落ちる。私が咄嗟に出来たのは「きゃ~」と叫ぶ事だけ。清水さんの後ろ2番手に歩いていたので、下で飯田さんがザックを掴んで止めてくれた。もしここが急斜面だったら、下が岩場だったら、受け止めて貰えなかったら、後ろの人を巻き込んで落ちてしまったら…。沢山の「もし」が頭をよぎる。幸さんは「でも私だったら驚いて無言で落ちたかも」と。確かに叫ぶ事で自分が滑落する事を知らせて、避けてもらう事も受け止めてもらう事も出来るかもしれない。しかし、基本である自分の命を自分で救うには、ピッケルを打ち直すという次のアクションに移らなければならなかったのだ。この時落ちた拍子にアイゼンを足に引っ掛けた。ズボンに穴が空いて打ち身の痣が出来ただけだったが、もし、刺して出血したら、ピッケルを自分に刺していたら…。
2度目は普通に降りていて、普通に足が滑った。結局お尻で滑って途中で止まったのだけれど、止まりたくてもがいてみても実際は止まらなかった。それを見ていた飯田さんが止まり方を教えてくれた。滑った後の3秒が命だという事。これも咄嗟の判断。「山登りにベテランなし」かもしれないけれど、経験者と初心者の違いとは、咄嗟の判断・対応なのではないか。経験によって、知覚するより早く身体で対応するという事が出来るようになるのであろう。確保の練習の時も本当に仲間が落ちたら自分が的確に動けるのか不安になった。動けなければ意味がない!
鵬翔に仲間入りしてから(=登山を始めてから)そろそろ丸1年。なかなか成長が見られない私だけれど、登山を続けるにあたって大切なものを沢山教えて頂いた貴重な山行になったと思います。もちろん、厳しい事だけでなく、雪上でのキャンプファイヤー等これぞ本物アウトドア!を存分に楽しみ、美味しい料理を頂き、美しい山々に癒され、足腰も鍛えたかな。と全てが「また、山に行きたいな~」に繋がったのでした。
是非、またご一緒させて下さい。