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北アルプス爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳

Photo 正月山行記録

域 : 正月山行 北アルプス爺ヶ岳東尾根

日時 : 20051230() 20060102() 前夜発

参加者: CL清水清二(25)・飯田平八郎(20)・坂田勝亮(64)・塩足京子(66) ・後藤祐介(67期)

報告者: 塩足京子

2005年の年末は-36℃とか-42℃とかの大寒波が南下し、この時期に東~北日本は真冬並の冷え込みが続いた。1229日北海道の内陸部の空知で-29.7℃の記録があったそうだ。北陸や越後、東北では3m近い積雪となるところも出てきて被害のニュースも多くなっていく中、北アルプス爺ヶ岳東尾根から取り付く爺ヶ岳~鹿島槍ヶ岳の正月山行が決行された。今までに経験したことの無い雪を見ることになるだろう。当然深いラッセルも覚悟である。毎年お正月は山で過ごしていたが、ここ十何年の年末は雪の無いアプローチをプラブーツで歩いていた。私の正月山行に輪かんは装備から外れていたが、この度久しぶりに押入れから引っ張り出した。

1229日(木)2354JR新宿発のムーンライト信州81号は、発車時刻を少々過ぎて日付が変わってから動き出した。接続の列車の遅れを待っていたようだ。例の通りそれぞれ都合の良い駅から乗っての集合である。行きの乗車券は@¥2300の青春切符を使っており、指定席券が@¥510である。ぐっすり眠ることが出来れば、リーズナブルなこの電車は良い。車内は大きな荷物を持った人でいっぱいで、新宿から乗ったにもかかわらず坂田さん、後藤さんは90リットルのザックを置く場所に苦労されていた。予定通り510信濃大町に着いた我々はタクシーにて鹿島集落に向かうが、70リットル~90リットルのザック5個と我々を一台の車に収めてくれたタクシーの運転手に感謝したい(一台¥4240)。鹿島集落の狩野家前でタクシーを降り、未だ暗い中、共同装備の振り分けを行う。何コレ!という重さの荷物を渡されたが、後で思うに坂田さんや後藤さんはこの倍の重さはある荷物を背負ってくれていたと思う。初日の寝不足気味での重たいザックは堪える。朝食のパンを齧りながら暗い中パッキングを行うが、こういった我々みたいな者の為にか、狩野家の軒先にはライトが点いていた。無断で軒下を借りる者としては全く頭が下がる。645明るくなるのを待って出発したが、その少し前にここに着いた3人パーティが、荷を下ろすことなく先を行った。私は始終一番後ろであったので輪かんを着けずに歩けたが、と言うよりゆっくりの歩みに助かったというところであろう。先行者の苦労の何分の一しか知らないものである。2時間程、先行パーティのトレースを辿ったが、尾根に上がるトレースのところで我々は歩きやすい沢筋を行くことにした。深雪を避ける為のものであったが、もちろん雪崩の危険性をしっかり判断してのことである。雪の積もり方、落ち方、樹木の生え方等、経験のある先輩が新前に現場で指導する、こうしたことの積み重ねで自分で判断できる立派なクライマーになっていく。頑張ってほしいものである。(頑張りなはれ若い人!)歩きやすい沢筋とは言っても傾斜は強くラッセルもある。超重いザックを背負った上に竹竿を持って、坂田さんは始終トップである。彼は頑張っている人だ。1050尾根筋のトレースに合流する。雪がチラチラとしていたが風は無く、やっと傾斜も緩んできた。1767m地点付近で女性を含んだ3人パーティと単独者に追い抜かれ1300過ぎ、先行パーティのテント設営を横目で見ながら我々は猶も先を行った。樹林帯を抜けると風が強くなり、我々の幕営地はどこにするのだろうと思いながら歩いていたが1430頃、予定の幕営地であるPⅢまで到達することが出来た。エスパースとゴアライトの2張を張る。

楽しみなのは食事である。食当は坂田さんと後藤さんであったが、今朝の共同装備の振り分けのほとんどが食糧ではないのかと思われる荷であった。私が鵬翔山岳会に入って驚いたことのひとつに、食事の充実度がある。力がない私としては重たい食材の献立は考えることもできず、乾燥製品を使ったワンパターンメニューで、お酒さえ切らさなければいい、美味しいものは下界で食べればいいという考えであった。ところが長期山行時、毎回食当をされる坂田さんの食材には驚くものがあった。力任せにただ重たいものを持ってくるだけではない。根野菜はちゃんと下ごしらえをしてくる。切ってくるだけではなく火を通してくることもある。調味料にも凝っていて本格的な味を楽しむことができる。今回も何品目の食材を持ってきているのだろうか。沢山のスーパーの袋が並ぶが、いざ食事の用意にかかると、どの袋に何が入っているか迷うことは無い。山の食当としては当たり前のことであろうが、あれだけ沢山の食材があれば驚く以外に無い。しかしこの献立についても、昔の鵬翔山岳会の食糧計画を勉強したようだ。鵬翔の先輩方々が計画した食糧のボリュームを持つことによって、トレーニングをも意識しているのだろうか。今回予定通りの下山に、これらの食材は使い切ることはなかったが、食い延ばせば一週間そこらは持つであろう。悪天候に捉まって停滞を余儀なくされても、事故さえ起こさなければ余裕を持って生還できる力があるということだ。荷を軽くして速攻で行くやり方もあるだろうが、いずれにしても力が必要だ。果たして今宵は鮭・里芋・人参・大根・シメジ・葱・焼き豆腐が酒粕と味噌で味を調えられ手際良くできあがった。“石狩鍋”である。ご飯を食べるのを忘れるほどタップリいただいた。すっかり体が温まって、さて寝ようかという頃、外は吹雪いていた。ついトイレに行くのが面倒で、そのまま休んだのを後で強く後悔することになる。その夜、風は益々強くなっていった。息苦しさに目覚めると、テント生地に顔を塞がれていた。余裕のあるゴアライトのテントスペースであったが、壁にくっ付いて寝てしまったのだろうか。イヤ、背中全体が強い力で押されている。私の身体はどっちを向いているのか、しばし分からなかった。しばらくすると顔を塞いでいたテントは突然離れた。と、同時に背中全体を押す強い力も抜けた。風だ。頭を西に向けている私の左からとてつもない強い風が吹いている。休む前は南からの風であったと思う。低気圧の通過で風向きが変ったのだ。テントを強くしならせ、壁が顔に覆い被さる。尿意を覚えたが、こんな時にとても出られるものではない。やがて雪に覆われテントの幅が段々狭くなって来た。隣のエスパースはどうなっているのだろうかと清水さんが見てくれたところ、形状を崩すことなくそこにあった。私の尿意はすっかり縮こまり、テント周りを見回ることもせずまた寝てしまった。後藤さんが雪掻きをしてくれたようだ。

1231日(土)明るくなっても吹雪は収まらず、そのままうつらうつらとしていたが、日の出頃から風も息を継ぎ始め、隣のテントで食事の用意をする音が聞こえてきた。2人の食当のお陰で今回私は“上げ膳据え膳”の姫様状態である。お好み焼きがおかずのボリュームある朝食を食べ、出動できたのは1030になっていた。空は青く、今回始めて見る白い山々の稜線に歓喜が上がる。が、間もなく雲が出、天候悪化の兆しが見えてきた。テントを張れるところで張ったほうが良いということになり、PⅡ直下で行動を停止した。1200であった。昨日と同じようにペグをしっかり打ち込み時間をかけてテントを設営する間、やはり飯田さんが一人でトイレ作りを行ってくれていた。これは、特に私にとって感激的な仕上がりであるものであった。風を防ぐことができ、立って用が足せる。吹雪かれながらの用足しの辛さは、男性にだって分かるだろう。使用の都度ありがたいと思った。テント設営後は、雪山では雪を溶かして水作りを行う。その時コッヘルの外側に水滴が付くが、この水滴を雑巾で拭き取らないと水滴が蒸発する気化熱の為に雪がなかなか溶けない。この水滴は、雪で冷やされたコッヘルと周りの暖かい空気とで出来た結露だと思っていたが、今月の岳人(704号)に“乾燥と結露についての雑学”が掲載されていて、それによるとこの水滴は、ガスやガソリンの炎から出る水蒸気によるものが多いのではないかとあった。電熱器でやるとほとんど水滴は付かないそうだ。1600ラジオ気象情報でいつものように飯田さんが天気図を取られたが、後藤さんが真面目に教えを受けていた。情けないことではあるが、私は未だに会得できていない。飯田さんによると低気圧は抜けたが西側に特徴的な変化は無いとのことであった。夕刻、天気は好転。鹿島槍ヶ岳・五竜岳を見ることができた。その夜、モチ焼器で香ばしく焼けた餅の入った年越しソバを食べながら、お雑煮の中に入れる餅は焼いたものかそうでないか、丸か四角か話が弾んだ。文化圏を勉強する。

新しい年200611日(日)は、星の冴える静かな夜を過ごし素晴らしい夜明けで始まった。400起床。御屠蘇こそないが、鶏肉で出汁を取り三つ葉で飾られた御雑煮と、数の子・栗きんとん・ままかりの酢漬・昆布巻きが並ぶ。どうだ!お正月を寂しく過ごしている人。一緒に山に行かないか! 700清々しい気分で歩き出す。遠くの山々がぐるりと見渡せ、富士山をも確認できた。我々の目指す鹿島槍は、双児峰をピンと立て真っ白に輝く。今日の幕営予定地、冷池小屋が稜線上に小さく見えた。先ずは爺ヶ岳である。陽射しは強く、雪焼けを気にしながらトレースの付いたところを輪かんを着けて歩く。急登の痩せ尾根になるPⅠ手前で輪かんからアイゼンに履き替える。1020小冷沢側の急斜面を登り切ると白沢天狗尾根とのジャンクションピークであったが、ここの急斜面を登ったところで清水さんから「今は雪の状態が良かったからトレースを辿ってもよかったが、そうでなければヤバイぞ。こういうところは尾根筋を行け」というアドバイスがあった。“人の歩いたところを信じるな。常に自分で判断せよ”ということだろう。ジャンクションピークからはホッとするような広くなだらかな稜線であった。風も無く天気も良い今日は、何時までもボーっと山を眺めていたかった。爺ヶ岳の左の稜線にテントが確認され、種池からも人が登って来ている。爺ヶ岳に着いたのは1230となっていた。冷池小屋は直ぐそこに見えたが「ここから冷池小屋まで3時間と見れば12時前には着いていたかった」と清水さんは言われた。それを受けてか、それから坂田さんは今までのペースとは違い、休みを取らずに歩き出した。黒部側からの風に緊張しながらの歩きも伴い、シャリバテになってしまったようだ。お昼に在り付けたのは1500近くになっていて、行動食に配給された通常の3個分はあるかと思えるジャンボどら焼きに喰らい付いて、やっと力が出た。もうここは赤岩尾根への分岐近くの樹林帯であった。下山を赤岩尾根に取ることも考え、下降地点の偵察に清水さんと坂田さんが向かう。坂田さんはザックを下ろして行けばいいのに背負ったままである。下ったところの冷乗越に夏道の道標があったが、雪面をトラバースするこのルートは雪崩をもろに食らうだろうとのことである。樹林帯を登り1530前に冷池小屋に着くことができた。小屋はすっかり雪に覆われており、信州側に張り出した雪庇を避け屋根の上を歩いて風を避けられる小屋の脇に今宵の幕を張る。この時間に着けば気象情報を取ることが出来る。まずは素早く一張り張って、飯田さんに頑張ってもらう。全ての設営が終わって落ち着いた頃、日が暮れた。我々がここに着いて一息ついた1530頃に「これから鹿島槍まで行ってくる」と空荷で出て行った3人がいた。彼らは避難小屋を使用していたが中にトイレがあるとのこと。使わせてもらおうと行ってみると、何と鍵が掛かっていた。避難小屋ではあるが、事前に許可を得て鍵を渡されて来ているらしい。昨今の避難小屋は皆そうなのであろうか。風雪が強くなる中、彼らは1900頃帰って来た。ブリザードがひどく鹿島槍までは1人しか行けなかったらしい。その夜のメニューは、食当はグラタンをイメージしたらしいが、流石にそうはならず、それでも海老がタップリ入ったクリーミーなグラタンの具が掛かった“ドリア風チキンライス”は私を幸せにした。

12日(月)400前起床。残念ながら天候は良くない。益々荒れてくる予報であった。23日停滞を覚悟するなら鹿島槍まで行けるのであろう。予備日を越えることになるが食糧はたっぷりある。であるが、鹿島槍へのアタックは諦め630赤岩尾根を下る決定に、風雪の中、行動を開始した。テントは悠長に収納できる状態ではなく坂田・後藤のザックにザックリ畳まれて入れられたようだ。避難小屋に泊まった3人もやはり赤岩尾根を下ると、先に出て行った。800下降点に着くと、赤岩尾根を登ってくるパーティがあった。彼らを待ちザイルをセットして下り始めるが、後ろから単独者が間に入って下り始めた。輪かんを履いた彼は間もなく滑り始める。幸いに潅木で止まるが、これにビビッたのであろう、暫く彼はそこを動かなかった。急な傾斜にザイルを4ピッチ出し、下降が終わったのは1000となっていた。それからも急な岩稜帯が続き、ここで数年前ガイド登山のガイドさんが滑落死したとの話を聞き、緊張を保ったまま高千穂平着1100であった。ここから長い樹林帯をシリセードを交えながらひたすら下り、西俣出合い着1300となる。大谷原までの平坦な道歩きがそこから2時間程続く。途中、何処が管理しているのか、小奇麗な公衆トイレの屋根の上に2mを越す雪が積もっているのを見た。大谷原着1500。ここからまだ鹿島集落まで歩かねばならない。うんざりするものである。前方R325が見えてきたところに一台のタクシーが止まっていた。誰かの予約したものであろう、羨ましく思いながら通り過ぎるしかない。と、ここで信じられないことが起こった。このタクシーは我々に与えられたものであったのだ。鹿島国際のスキー客を送ったこのタクシーの運転手は、帰りの客を捕まえようとここで網を張って待っていたのである。少し前に我々を追い越して行った単独者がいたはずである。何とラッキーなことだったのか!30分程で信濃大町駅に着き(一台¥4870)、10分後にはもう電車に乗っていた。呆気ない下界への帰還であった。

今年は戌年である。飯田さんは6回目の年男を迎えられたが、今回の山行にも相変わらず皆と引けを取らない重いザックを担いで嬉々として参加されている。このことは、ご一緒している私としては深く感じざるを得ないものがある。山に関わっていない人でも思うことがあるだろう。私もせめて5回目の年女を迎えるまでは現役として頑張りたい。しかし鵬翔には80歳を越える犬塚寿子大先輩が、今も元気に世界を駆け回っていらっしゃる。恐ろしや!鵬翔山岳会!今年も楽しい山行を沢山経験したいと思います。

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出発まで

例年になく慌しい準備であった。例によって食当だ。今シーズンは祐介と一緒にやることになっていたが、思わずほとんどの買い出しを引き受けてしまった。意外に手間取ってちょっと後悔したが何とか間に合ってよかった。メニューの相談相手が居るのは心強い。大晦日・正月メニューは定番だから気は楽だったが、最近はネタ切れに苦しんでいる。日頃が社食にコンビニメニューでは仕方ない。このまま祐介に引き継いでもらうとするか。この慌しさは前週のクリスマスには祐介と阿弥陀北稜を登ったことも一因。準備にほとんど時間が取れなかった。
今回は厳しいラッセルが予想されることから自分で許せる範囲で軽量化に努めた。特に装備類。衣類などの予備を問題のない範囲で削り、ビールを日本酒・ウィスキー・ブランデーに変えた。食料も昨シーズンやGWよりは軽い(ボリューム感は落としたくない)。パッキングしたザックを背負ってみると、軽量化はまずまず成功のように感じられた。いつもならば集合場所である新宿までが核心かと思われるほど荷物が多く(80kg!)、一部を出勤前にわざわざ新宿まで出向いてのデポを強いられることもあったが、今回は自分の体重内に収まっている。ちなみに食料は20kg程度。行動食を含んでいることを考慮するとこんなものか?食料以外の共同装備を持たずに済んだことも幸いした。
さて、肝心のルートだが、鹿島槍を登るということは早くに決まったものの、赤岩尾根にするか爺ヶ岳東尾根にするかがなかなか決まらなかった。今シーズンは20年ぶりの低温と大雪という要因が大きい。結局、距離は長いものの、距離は長いが難易度的に無難な東尾根となった。
実は、先月のザイル祭では久世さんと鹿島槍の東尾根を30日~31日の1泊でやろうなどと言っていたのだが、トラブルによりおじゃん。今から思えば、今回の雪の量と天候では難しかっただろう。一方で、31日~1日であれば天候に恵まれて登頂出来たかもしれないとも思う。
過去に正月山行で同行程が何度が行われたが天候が足かせとなって登頂出来なかったと聞いている。今回こそはジンクスを破ってやろうという欲と、ラッセルに耐えられるかどうかの不安とか入り混じる。もう1つ心配があるとすれば祐介の手。先週の八つで指先が軽い凍傷に掛かってしまった。どんな具合だろうか?

12月30日(金)

新宿駅発

お馴染みのムーンライト信州。当日の予約状況は満席とのこと。列車が入線してくる間、周りを見渡すとほとんどが登山者のようだ。塩足さん・祐介と合流。俺と祐介は90リットルザックを大きく膨らませているというのに、皆はもっと軽装に感じる。何をどうやったら?軽量化の余地はまだまだあるようだ。

人身事故の影響でやや遅れて出発。立川で清水さんと、八王子で飯田さんと合流。その他の雑酒を飲みつつ寝入る。寝たのか寝てないのか、はっきりしないいつもの感覚。

信濃大町駅着

タクシーは出払っていた。駅前のタクシー会社の窓口まで行くとここで待ってろと言う。しかし、通常のタクシー乗り場に1台やって来たのでそれに乗り込む。荷物が多いが5名全員が一台に乗車。よくぞ積み込めた。車のケツが下がっている。雪はちらつく程度。鹿島山荘に到着し、外の灯かりを頼りに準備する。この辺の配慮が助かる。30キロ前半といったところか。GWの40キロよりははるかに軽い。自分の体重の半分を超えるととたんにきつくなってくるように思う。清水さんが共同装備を分ける。半分程度は背負ってやろうと気合を入れていたが、思ったよりも回ってこずに軽い。飯田さん・塩足さんにとっては重いかもなぁ。おっと飯田さんが準備してくれた竿竹を忘れていた。これは俺が持とう。しっかり乾燥させたものなので、見た目より軽い。かなり立派なだ。右手にピッケル・左手に竿竹スタイル。竿竹を使うのは初めて。途中ですれ違う他のパーティも装備としているところが多く、当たり前の装備なんだと実感した。軽量化したい場合はGPSだけという選択もありだろうが。

どうやら昨日のトレースが残っているようだ。昨夜は雪が降らなかったのだろう。そしてスノーシューを履いた3人パーティが先行して入っていった。これで少しはラッセルをせずに済みそうだ。

今回の隊列の基本は坂田・後藤・飯田・塩足・清水の順。まずは沢沿いに登って行く。途中までトレースを忠実にたどっていったが、すぐに雪崩の跡かトレースか分からなくなる。雪崩の跡は雪が締まってラッセルが楽だ。先行パーティは恐らく既に尾根に登ってしまったのだろう。雪崩の心配がないので、我々は沢を詰めていくことにする。やはり上部を行くにつれてラッセルがきつくなる。とうとう清水さんのわかんを借りることとなる。今回、わかんを持参してないのは俺だけ。正月山行でわかんが要るとは!やはり今シーズンは雪が多い。さすがにラッセルにも飽き、ペースが落ちてきたところで尾根にトラバース。もっと早く上がっていれば楽だったかも。しっかりしたトレースに乗る。後ろから単独行の人が追いついてくる。この単独者とは最終日まで同じようなルートを同じようなペースでたどることとなった。北アルプスは数十年ぶりだという。かなりバテてる感じだが大丈夫だろうか?もし俺が単独なら、周りに「こいつなら大丈夫だ」と思わせたい。ラッセルでもパーティを抜き去って行きたいと思う。まだまだ修行が足りないが…。

P3まで1000メートルの標高差。夏なら2時間といったところで、初日は楽だろうと思っていたがなかなか到着しない。かなりの急登で高度を稼いでいるはずなのだが。斜度が落ち着いたところで雪が強くなってきた。先行の3人パーティはかなり手前の樹林帯にテントを張っていた。

それにしてもかなりの湿雪だ。木には雪だんごがべったりとくっついている。八つとは大違いだ。

P3テント場着

雪が降りしきる中での整地。もうすぐテントでくつろげることを思うとやっぱりほっとする。スコップは2個。テントの数くらいはスコップがあると効率が良い。4-5人用エスパースには飯田・坂田・後藤が、3-4人用ゴアライトには清水・塩足が入る。

今夜のメニューは、石狩鍋。雄介のアイデアで酒粕と里芋をいれる。じゃがいもにしようかと思っていたが、冷凍のものが使えるし若干軽いので良かったと思う。酒粕と味噌の組み合わせは体が温まり好評。また、酒粕を入れることで味噌を入れすぎることがなく、汁もすっきり片付けることが出来た。最後は雑炊にしようかと思っていたが、鍋だけで腹一杯だ。大根をもう少し柔らかく下茹でした方が良かったかも。

ドラゴンフライ、五徳と本体との溶接部が外れる。なんじゃこりゃあ!確かに乱雑には扱っているが溶接部が外れるとはあんまりだ。燃焼自体に影響はないので良かったが…。

早々に寝ることにするが、風が強くなってきた。飯田さんの天気図によると低気圧が通過するようだ。途中、たわんだテントに顔を押し当てられ、冷たさで何度か目が覚める。明日はまたラッセルだろうな。

12月31日(土)

起床

かなりの風雪。それでも飯田さんがトイレを我慢できずに外へ出る。風が強くて足はテントにつっこんだまま用を足さねばならぬほど。時間にしたらほんのわずかであったが、テントの中はうっすらと雪が積もった。除雪をすると優に大コッヘル1杯。俺はもう少し我慢だ。テントがどんどんせまくなってくる。ゴアライトは大丈夫だろうか。時間が経つにつれ小便もしたいし除雪もしたいしと落ち着かなくなってくる。やや風の間隔が開いてきたので6時頃に裕介とテントを飛び出す。さっさと用を足して除雪。50cmは積もっただろうか。上空は晴れていて東の方は赤味を帯びている。雪の峠は超えたようだ。強風で舞い上がる雪が顔を殴り、風上を向いていられない。ゴアライトは縦方向に押しつぶされ、かなり狭くなっているようだ。入り口も雪で埋まってしまっている。手が冷たい。裕介の手にはきついに違いない。さっさと終わらせよう。

テントがすっかり広くなり、夜明けで明るくなってきた。2大懸案が一掃されてほっと一息。食事の準備が出来た頃には9時になっていた。

朝食のメニューはお好み焼きに初トライ!とは言っても冷凍の既製品なのだが…。スープと白飯。関西人にとっては(?)お馴染みお好み焼き定食ならぬお好み焼き丼。塩足さんには抵抗あるのかふりかけをかけて別々に食べていたが裕介には好評。裕介のお好み焼きが焼く時に崩れてしまったので、「これがもんじゃやろ?」と聞くと危うくしばかれるとこだった(冗)。今度、もんじゃなるものを食べに行こうぜということになる。

外に出ると爺と鹿島槍が顔を出し、その向こうには五竜も確認出来る。風もだいぶ収まってきた。

P3出発

さすがにこの時間だと先行パーティが居てトレースがある。清水さん以外はわかんを装着。それでも沈み、ラッセル感たっぷり。振り返ると最後尾の清水さんが数歩歩くたびにはまっているようだ。ごめん!

テント設営

12時が近付いたところで、どうせ爺まで行けないだろうから早々にテント場を決めようと清水さんから指示が出た。いつの間にかどんよりとした空模様になっている。ちょっとしたピークにも張れそうだったが、手前のちょっとした斜面に張ることにする。十分な広さだ。昨日の積雪で整地は大変そうだったが意外に手早く完了した。飯田さんは2人程度なら快適にビバーク出来そうなほど立派なトイレを作っている。そうこうしている内に雪が舞ってきた。丁寧に整地したテントは快適だ。

時間はたっぷりあるのだが、適当に飲み食いしているとあっという間に時間が過ぎてゆく。空が赤味を帯びてくる頃、テントが明るくなった。外へ出てみるとすっきりとガスが取れ、目指すべき稜線がくっきりと見えていた。今年は雪が多いので鹿島槍はひきわ美しく雄大だ。多くのバリエーションルートを目にすると登攀意欲が掻き立てられる。

今日は年越し。もちろん年越しそば。何種類かの練り物とねぎを具に食べる。後は味噌汁と五目御飯。

夜は満点の星空。スキー場の照明に街灯りも。風もなく、明日の天気は期待できそうだ。天気図では顕著な移動性高気圧は見られなかったが、低気圧の気配もなし。明日の行動は長い。気持ちでは鹿島槍へ行きたいが、どうだろうか。今日、少しは進めたので爺までは近いだろう。暗闇に浮かぶ山を目にすると心がはやる。

1月1日(日)

起床

3:30起床のはずが寝坊。静かな朝。新年の挨拶を交わし、雑煮(餅3つ)・昆布巻き・栗きんとん・ままかりの松前漬け・数の子とそれらしいメニューを用意した。今シーズンは新しい試みとして雑煮を関東風にしてみた。裕介・志村さんのインタービューと料理本から材料を揃えた。密かな失敗は出汁にかつおを買ったつもりが昆布だったこと。鶏肉・かまぼこ・小松菜。小松菜が多過ぎたせいか具の割合が多かったようだ。裕介の家では新潟風に近く、数の子・いくらを入れるらしくてこれを楽しみにしていたが、数の子大好きの塩足さんからもったいないという意見も出てとりあえずはそのまま。そうそう、今回餅を焼いた。角張っているのは縁起上良くないらしく、焼いて膨らましてから入れるのが関東風だとか。新潟出身の清水さんや飯田さんは焼かないらしく、雑煮のバリエーションは限りない。せっかく餅焼き網を持ってきたのでとにかく焼いた。テント内は煙が充満。においが残りやしないかとも思ったが、翌日のテントはイカ臭かった。イカ臭、恐るべし!

さすがに凝ったことをした分、時間は過ぎて…

7:07 出発

とは言え、30分オーバーはいつものこと。というかメンバーや山行によってカラーが出る。

やっぱり今日も先行パーティが居た。これだけ天気が良ければ当然か。森林限界を超えた尾根には2パーティほどが張り付いている。これ以上はない天気!眺望!正月とは思えない安定感。

共同装備の分配をやらせてもらう。ただ平等に配るのであれば気楽なのだが、各人のコンディションなどを配慮すると難しい。

塩足さんの調子が良さそうだ。この天気もいい影響を及ぼしているのだろう。爺ヶ岳を目指していくつもの急登を乗り越えていかねばならない。まずはわかんでスタート。P2の辺りでアイゼンに履き替えた。雪が締まって歩きやすい。今日は裕介も積極的に登って来る。こういう時は嬉しい。なんだか気持ちがいいのだ。日射しが強烈!日の当たる左半分が暑い。槍もはっきりと見え、南アルプス・富士山・八ヶ岳・妙高など無限とも感じられる山々の連なりが切れた尾根上から見渡すのはなんとも爽快!ジャンクションピークへ出るところはもろに斜面を斜上する形でトレースがついており、雪崩を考えると通常は考えられないと清水さんから指摘を受ける。ところどころ風が強く、トレースが埋まってラッセルをしたが、これら一部を除いてはほんとに穏やかである。

爺ヶ岳登頂

10時には爺ヶ岳か、なんて考えていたがかなり甘かった。トレースがなくラッセル続きな状況を想像するとぞっとする。さすがに稜線上は風があるが、それでも通常のというか稜線にしては穏やかだ。もちろん景色は最高。記念撮影をして早々に下る。時間を気にしてのことだ。眼下に見下ろす冷池小屋は一瞬にしてたどりつけそうなのだが、清水さんは予想以上に時間が掛かると読んでいる。

比較的風の穏やかな山頂でゆっくりしたい気分もあったが、早々に下山開始。斜面をトラバースするが、砂利がむき出しでアイゼンをすり減らしながら歩くことになる。樹林帯に入ると風が穏やかになり暑い上に雪が深くて何度も踏み抜く。飯田さん、塩足さんの疲れが目に見えて増している。小まめに1本取りながら進むこととなる。

14:00頃に1本取った後は、赤岩尾根の頭まで一気に進むものと思い、先に偵察してやろうと先行するがこれが誤り。思っていたよりも距離があり、後ろから「どこまで行くつもりだ!」との声。引き返す。トップとしての意識が足りなかった。

赤岩尾根の頭にはトレースがしっかりついている。清水さんと覗き込んでみると確かに最初の3ピッチ程度はいやらしい。夏道はしっかり埋まっている。この雪の多さでは夏道をたどってのトラバースはありえない。適当に潅木があり、楽観的な会話を交わしながら段取りを着ける。爺まで戻るはめにはならずに済んだ。

冷池小屋着

清水さんの読みは当たっていた。ぎりぎりの到着といったところ。テント設営を終えるころにはすっかり夕暮れ。天候が悪ければ暗くなり始めていただろう。清水さんへの大きな甘えもあり、いつものことながら自分の判断が楽観的過ぎる。

3人パーティが小屋を利用しているようだ。既に15:30になろうかというのに、これから鹿島槍をアタックしてくるとのこと。小屋のトイレが使えることを期待したが、鍵が掛かっている。先のパーティが管理しているようだ。戻って来るまで待つことにする。18:30頃、無事に下山したとの声が掛かる。強風のために1名のみが登頂に成功したとのこと。後の2名は待機していたのだろうが、寒かっただろうなぁ。トイレを使わせてもらえることになった。行動食などから差し入れをパッキング(清水・飯田作)して渡す。

星空が望める。明日も晴れだと嬉しい。鹿島槍をアタックしたい。清水さん・飯田さんは「正月は持って1日半」とやや悲観的。午前中だけでも!

今夜のメニューはグラタン・ピラフ。裕介が食当席だ。グラタンは初メニュー。チーズを400g持って来たが半分程度しか使わず。こってりにしたかったが、焦げ付きも気になるということで…。腹持ち良し。好評だった。

1月2日(月)

起床

雪がちらついているようだ。風もある。やはり無理なのか…。覚悟はしていたものの残念。自分の中では、意外にもあっさりと納得している。リーダーの判断だから?敗退となっても自分の判断ではないという逃げ道のせい?初めての単独行であった先月の富士山では、あまりの風の強さに撤退した。客観的に判断してもやむを得ない決断であったが「敗退した」という情けなさが下山後も残った。やはり、全てが自分の判断であり、自分の力不足がそのまま結果と結びつくからだろう。そんなことを考えながら今日の行動計画について話し合った。

今朝のメニューは飯田さんリクエストのラーメン&餅&ジフィーズの白和え。今回の最も平凡なメニューであり、最軽量メニューだ。一人当たり2個の餅を用意したはずが1個不足していた。塩足さんが1個でいいと言ってくれたが、朝食しっかり派の塩足さんには物足りなかったことだろう。申し訳ない。

調理が簡単なこともあり、6時には片付けも終わった。まだ外は暗いのでしばらく待機となる。6時半には明るくなり、撤収開始。

ずっと左手に抱えてきた赤旗用の竿は置いていくことにする。結局1本も使用せず。肝心なところには既に他のパーティーが設置していて、わざわざ何本も挿して行くこともないだろうとの判断であった。遭遇した全パーティの中で最も立派で頼もしい限りだったが、次回はもうちょっとコンパクトでもいいかな。

行動開始

すっかり雪模様。風も強い。先に3人パーティが出発したため、ラッセルは免れた。下見のお陰で気分的には楽だ。塩足さんの足取りがひどく重い。元々風邪を引いてたことも大きいと思う。気付くとスノーシューを履いた単独者がついてくる。赤岩尾根の頭では既に3人パーティが下降を始めていたが、2パーティほど登って来るのも見える。しばらく待つことになりそうだ。

30mロープを3ピッチ分出した。1ピッチ目が思ったよりいやらしい。FIXを張り、懸垂などで下降。ガチャ類がもうちょっとあれば良かった。

想像していたよりも急峻な尾根。ここをラッセルしながら登るのは大変だ。結局出合いまで踏ん張りながらの下降となった。飯田さん・塩足さんはシリセードを駆使し、時には素晴らしいパフォーマンスを披露してくれるのであった。大谷原までのだらだらした行程の長さを覚悟していたが、大したこともなく予想よりもずっと早くスキー場からの車道へ出ることが出来た。トレースがしっかりしていたお陰だ。

ここで運良くもスキー場から引き返すタクシーを拾うことが出来た。ラッキー!温泉に入りたかったが、タクシーの運ちゃんによるとひどい混雑とのことで諦める。昔のことや今シーズンの雪の多さなどを話題にしているうちに信濃大町駅に到着。千葉行きのあずさが臨時で出るようだ。塩足さんには絶好のタイミング!だったのだが指定席が取れなかったので、それより前の15:33発の普通で松本へ向かい、1本早いスーパーあずさに乗ることとなった。俺が今でも佐倉に住んでいたなら何としても皆を引き止めるところだが…塩足さんごめん!

荷物を整理する間もなく電車に乗り込む。社内で店を広げることになるのだが、周りの乗客は少ないとは言え、はたから見れば山屋のイメージはかなり悪いものに映ったに違いない。

あずさでは清水さんと飯田さんにビールやつまみをおごってもらった。これが最高にうまい!さっさと皆が酔っ払って話が弾んだ。無事であったことが何よりと実感する。

鹿島槍にこそ登れなかったが、ちょっとの悪天候とたっぷりの雪、そして正月には最高の天気に恵まれた。70才を超える飯田さんが良く頑張ってくれたのも良かった。そして素晴らしかった剱!気持ちの上でも今後につながる山行だった。

清水さんはいつもながらに頼り甲斐のあるリーダーで、相変わらず甘えが抜けずお世話になりました。飯田さんの山への意欲に驚嘆しつつ、経験則を学ばせてもらいました。塩足さんにはテントの中で良く動いてもらって助かりました。裕介は初の正月山行だというのに大したもの。俺の3シーズン前を振り返ると…やべっ。皆様、どうもありがとうございました。

(記: 坂田)

行動記録

 12/30:新宿〜信濃大町〜鹿島集落〜爺ヶ岳東尾根〜爺ヶ岳PⅢ
 12/31:爺ヶ岳PⅢ〜爺ヶ岳〜冷池小屋
 1/1 :冷池小屋〜布引岳〜鹿島槍ヶ岳〜布引岳〜冷池小屋
 1/2 :冷池小屋〜爺ヶ岳〜爺ヶ岳PⅢ〜鹿島集落〜信濃大町〜新宿
参加者:清水(L)、飯田、坂田、塩足、後藤

12/29
 新宿駅5番線は他のホームよりホーム一つ分代々木側にある。師走の人の波を越えて何とか10分前に到着。
 荷物が大量なため、他の客が乗り込むのを待ってからムーンライト信州81号に乗り込む。
 荷物がかさばり足の置き場にすら苦労する。スキーと登山が半々位か。スキーの連中のほうが一世代は若い。
 埼京線の遅れの影響を受けて予定より15分程遅れて出発。
24:03新宿発

12/30
5:10信濃大町着
 タクシーは5人+1人と5個の荷物を満載し(5×25kgとして125kg!)鹿島集落へ向かう。
 路端には除雪された雪が不気味に壁を作っている。今年は豪雪なのだ。相当のラッセルを覚悟しなければいけない。でも、この辺に来るならスタッドレスがいるなぁなどと呑気な事ばかり考えていた。
 鹿島集落へ入る。鹿島山荘(狩野家)前にて荷造り・出発準備。ほかに3人のパーティと1人の単独行者有。
 辺りが明るくなった6:00頃に出発。

8:00谷沿いから雪崩跡を登高し小休止
 雪崩跡は雪が締まっているが深い。木の根元辺りではラッセルに始終する。
 羚羊の通り過ぎるのを見る、彼もラッセル中。
 明けるときに一瞬晴れるが、後は曇天始終、時折雪有。
 トップは始終坂田さん。
9:00小休止
 雪深く締まっていない。トップはわかんを使用。
 無風で、とにかく暑いが、手はさほど暑くない。先日だいぶ冷やしてしまったので用心しなければ。
10:00尾根沿いのトレースに出る
 通行量が多いのか、トレースはバッチリついていてわかんは不要。
 先行パーティ、下降パーティ幾つか有。後続の単独行者疲労有、少々心配。
11:00稜線
 稜線に出て小休止。
 温度はさほど低くないが手が冷たい。
 出来るだけ体温を上げるように着込む。
 風、雪がだんだん強くなる。
12:00樹林帯
 先行パーティの幕営有。
 南側からの風強し。
 小休止。疲労の強い飯田さんにストックを渡す。もっと早く渡すべきだった。そのためにもって来たのに。
 徐々に樹木がまばらになり、サイズも小さくなる。視界が開けてくるが一面雲の中。
13:00PⅢ到着
 ひと上りしたPⅢが本日の目的地だ。すでに一張テント有。頂上付近を整地して二張設営する。
 夜半より低気圧通過、北側より風雪強し。かなり強く吹雪かれる。

12/31
4:00起床
 雪かき。
 天候好転の見込無し。
7:00朝食
 日の出前後から風が息をつきはじめる。
 空に雲少く、好天の期待有。
 朝飯中にテントの横通って爺ヶ岳に向かうパーティ有。
 朝食はなんとお好み焼き。結構イケていた。
10:00テント撤収・出発
 徐々に曇天となるが、風弱し。
 昨夜低気圧が抜けたためか、風は一晩で南→北→南と風向を変えていた。今は南よりに戻っている。
11:00行動中止・テント設営
 視界が悪く、雪が降り出す。天候悪化の傾向が有るため本日の行動は中止になる。PⅡ手前にてテント設営。
16:00ラジオ気象情報
 飯田さんに進められてラジオ気象情報から天気図を描いてみるが、50%しか理解できず。
 飯田さん、清水さんによると低気圧は抜けたが、大陸側に高気圧のはりだしは無く、気象の好転はあまり望めないのではないか。とのこと。
 日没前より天気好転、鹿島槍・五竜を望む。

1/1
4:00起床
 昨朝と打って変わりテントを打つ風も無い。天候安定した静かな朝。関東風の雑煮と正月料理を戴く。
7:00テント撤収・出発
 快晴で風も弱い。初日の出を背中に受けて歩く。
 八ヶ岳、南・中央アルプス、富士山までを望む大展望。
8:00PⅡの先
 PⅡの先にて小休止
 燕~大天井辺りの北アルプス表銀座~槍・穂高までを望む。槍の北鎌尾根が真正面に見える。
9:00PⅠ下
 わかんからアイゼンに変える。トレース沿いに小さな足跡有。兎だろうか。
10:00ジャンクションピーク下
 雪のリッジになる。
 風が大変弱く歩きやすいが、普段は相当吹かれるそうだ。稜線にもあまり雪煙は舞っていない。
 人のトレース沿いに動物の足跡有。兎だろうか。
11:00ジャンクションピーク
 ジャンクションピークに出ると広くなだらかな稜線、扇沢側にも視界が開ける。ガスに巻かれると方向が分からなくなるようだ。
 日射が強烈。
12:00爺ヶ岳手前
 小休止。風有、雪煙が舞うが、さほど強くは無い。
12:45爺ヶ岳頂上
 立山・劔岳を望む。
 黒部側の十字峡より吹き上げ有。風が強いため休みを取らずに出発。
15:00赤岩尾根付近
 樹林帯にて休む。休み無しで歩いたため体力・精神両面に疲労大。黒部側からの吹き上げと日射でクラストした雪に神経を使ったせいだろうか。運動量以上に疲れている気がする。
 樹林帯に入った瞬間、風がほとんど無くなるのに改めて驚く。
15:15赤岩尾根分岐
 清水さん、坂田さんが赤岩尾根に抜けるルートを確認に行く。
 夏道は雪面をトラバースするルートのため、雪崩の危険あり。冬は尾根の頭から下降する。
15:30冷池小屋
 小屋の脇にテント設営。
 日が落ちる頃から徐々に風雪強くなる。
 自分達の到着直後に鹿島槍にアタックに出た三人パーティ有。風雪強く三人のうち一人しかピークを踏めなかったとのこと。
 夕食はグラタン風シチュー

1/2
3:10起床
 星無し。風、雪共に有り。
 日本の西より天候悪化の傾向とのこと。鹿島槍はあきらめ、吹雪かない内に赤岩尾根を下る方針に決まる。
6:30テント撤収・行動開始
 西側(黒部側)より強く吹雪かれる。西に顔を向けたくない。
7:30赤岩尾根の頭
 赤岩尾根の頭より30mザイル2ピッチ分下降する。そこからは雪面歩き。
 登高するパーティも有り。
9:00小休止
 風は強くないが、気温が高いせいか雪に水分が多く、ウェアが濡れる。
 難関を過ぎて一息つく。
11:00高千穂平
 高千穂平にて小休止。幕営できそうなところだが、ところどころ雪が割れていて下を水が流れているのが見える。湿原のようになっているのか。
 振り返ると赤岩尾根は全体的に急傾斜が多い。下降は早くても、登るのはきつそうだ。
12:00小休止
 気温零下1度、高度が下がってきたため、運動していると大変暑い。飯田さんは始終シリセードで僕を追い立てる。
13:00西俣出合
 アイゼンを外す。あとは延々雪面歩き。
15:00大谷原
 車道に出たところで大変運良く、ちょうど空いたというタクシーを拾う。珍しいこともあるもんだ。
 運転手曰く、今年は稀に見る大雪だとのこと。
15:45信濃大町
 信濃大町に着くとすぐに電車が出るとの事。あたふたと乗り込んで信濃大町より普通列車で松本へ。他の乗客は闖入者に興味津々の様子。
17:00松本
 松本よりあずさにて新宿へ。電車で飲むビールはウマイ。
19:00新宿

元日は近年稀に見る良い天候だったようです。
皆様がこの一年安全に登山できますように。

記:後藤祐介(67期)

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