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夏の終わりの越沢で

日程: 2007年9月25日(火)
山域: 越沢バットレス(奥多摩)
参加者: 坂田(L)・土井・大和田
行程: 本文参照

遠くで雨音がした。山に行く日に起きられなかったことはないのに、寝坊したらしい。枕元においた携帯にメールがはいる音で二度目の目覚め。急いでメッセージを確認すると、坂田さんから。
「朝のうちは雨ですが、通り雨のようですので、集合時間を一時間遅らせ、九時半に鳩ノ巣集合とします」とのこと。
通り雨、か。
暑かったわりには雨に降られなかった夏。
雷にも遭遇せずじまい。こんなことは珍しいに違いない。
寝過ごしたが、集合時間が一時間遅くなって助かった。ゆっくり支度をし、土井さんを武蔵境で拾って、鳩ノ巣へ。坂田さんと落ち合うと、越沢バットレスへ向かう。林道を沢沿いに進む道すがら、こんなところに岩場があるんだろうか、という疑念が湧く。しかし、岩場は確かにそこにあった。噂には、危険なゲレンデだという。いろいろ調べると、岩が硬くて角が鋭利になっているので、よくロープが切断されるのだという。必ずダブルで登るようにという注意書きがあちこちに見られる。もし雨で濡れていたら、絶対にやめるようにとも書かれていた。二週間連続で墜落事故に遭遇し、「越沢にはもう二度と行かない」と宣言する記録もあった。
九時半に待ち合わせて、岩にとりついたのは十時半近くだった。平日なので、貸し切りかと思いきや、どこかの山岳会メンバーと思しき二人パーティーが第二スラブにとりつくところであった。夏の名残で、今日も暑い。水をどうしようかと思案するが、持っては登れない。先行パーティーのリードが、水だけは入るようなザックを背中にしていて、あれは賢いな、とふと思う。
私たち三人は一番右端のルート(右ルート)へ。第二ピッチは傾斜こそ緩いものの、岩がまだ濡れていて緊張した。上のほうは日射しがもどり、気温も上がって、乾いてきている。第二ピッチは高度感が出て、もう恐い。第三ピッチに核心の「すべり台」が待っている。リードの坂田さんも慎重に慎重を重ねている。でも、あんな動きはできっこない、と下で見ていてため息が出る。足と手の長さが全く違うのだから。クライミングは身長とは関係ない、その証拠に山野井泰史は長身というわけではない、といわれたことがある。それは理屈ではそうなんだけど、と心の中で、いつもブツブツ反論してしまう。
だって、あんなに手足が長くちゃ。絶対有利だわよ。
自分の短い手足がかわいそうに思えてくる。
それでも短い手足を亀の子のように動かして、必死に登る。登っている最中、幾度も恐怖にとらわれる。高度感があって、グレード以上の緊張を強いられるのだ。そのうえスラブ。スラブって何? というレベルの私には、「すべり台」はジェットコースターになりそうで、恐いのなんの。時間をかけ、どうにかクリア。下で待っていてくれた土井さんもほどなく登ってくる。
そこから二ピッチ分の懸垂下降。
ようやく昼食にありついたときには二時半をまわっていた。お昼ご飯には、土井さんが自作のお弁当をわけてくれた。お稲荷さんとカボチャの煮付け。お稲荷さんは薄味でとてもおいしかった。それより感心したのはカボチャ。濃い味付けなのに、カボチャの旨みが生きている。本日、わたくしはお弁当作りを投げ、買ってきたパンで誤魔化していたので、手作りのお昼のご相伴に預かれたのはたいへんラッキーでした。
それにしても暑い。もうすっかり明け方までの雨の影響はない。二人組パーティーはダブルロープで手際よく登っては降り、三本をこなして帰っていった。私たちはせっかくのクライミングなので、もう一本登ることにする。最初に先行パーティーがいたため、とりつけなかった第二スラブである。グレード的にはこっちはIV級だから、さっきのV級よりは楽で、上のほうは快適です、という坂田さんの言葉を鵜呑みにする。
はい、鵜呑みにしたわたくしがバカでした・・・
第二ピッチからして、右にトラバースを余儀なくされたり、変則的で一筋縄ではいかない。第二ピッチを終えると、高度感に圧倒される。そのうえ足場が狭く、岩に張りつくようにしてビレイをする。ダブルで確保しているロープが手元で絡む。ロープ自体がよれてしまい、坂田さんを引きずり落とさないようにロープを出すのにひどく力がいる。
そのせいで、トップが万が一落ちたら、という妄想が頭に取りついて離れない。ここから先は快適です、といった坂田さんが時間をかけて慎重に登っていく。そのうえ、スラブでは、目一杯手足を伸ばしている。
あんな動き方はできない。
とすると、トップのとったルートは参考にならない、ということではないか。
ホールドもスタンスも下からは見あたらない。
二ピッチ終わって、ここで私だけ降ります、というわけにはいかない。
坂田さんから合図があったときには、喉がカラカラになっていた。しかも、あんなに晴れていた空に黒い雲が流れていく。
夕立がくるのかもしれない。
そう思うと、記録のあちこちに書かれていた警告が頭を占める。
記録を読んでいなくても、この岩にさわれば、濡れたときの危険がよくわかる。三つ峠や日和田など、私が知っているゲレンデの岩とはまったく性質が異なるのだ。
三ピッチめにとりついたときには、すっかりビビっていた。岩角は鏃のように鋭利で、これでは墜落時のショックでロープが切断されるのも無理はないと思えた。
こんなところでは絶対落ちてはいけない。
そう思うと、体がかたまって、足がのびない。のびないので、力が入らず、立ちこめない。スラブにみつけたスタンスは細かくて、案の定、坂田さんのルートでは登れない。スラブの真ん中あたりで、私は左に移動した。ところが立ち込もうとすると、頭が岩につかえて立てない。もとのルートに戻ろうにも、しっかりロープが張られているので、スタンスを動かせない。一段下のスタンスにもどりたいのだが、それもできない。セミになって、どうにも動きがとれなくなってしまった。声を張り上げて、ロープを緩めてもらおうとするが、声をあげると、さらにロープを張ってくれる。そのうちに、さっきのビレイで使ったせいか、腕が痙攣し始めた。
下にいた土井さんが、「もう動けません」「登れません」を連呼する私にかわって、「ロープ、緩めてください!」と何度も叫んでくれる。下からアドバイスをしてもらうのだが、どのホールドもどのスタンスも使えない。「ボクのロープにつかまって」とまで言ってくれるのだが、土井さんのロープにつかまって、もし、切れたら、私はもう一本あるからいいけれど、土井さんは無防備になる。そう思うと、とてもつかまれない。ハーケンにヌンチャクをかけたり、な
んとか誤魔化そうとするが、うまくいかない。
やがて、下から登ってきた土井さんは私のいる位置に横に並ぶと、ルートではないルートの、スラブの細かい細かいスタンスを辿りながら、「ボクが先に上に行って、坂田さんと二人で引っ張りあげるから」といってくれる。「その前に、足がもうきかない。もうダメです」という私に、「ダメじゃない! 落ち着いて。ここはぶら下がっても、そんなに傾斜もないし、このロープはボクのロープより太いから、絶対、切れたりしないから大丈夫だから」という。これで焦っていた気持ちが休まった。
この間も、土井さんは坂田さんに向かって、「紫を緩めてください」と叫び続けた。そのとき、わずかに土井さんのロープが緩んだ。「こっちじゃない! 紫のほう、緩めて! 青は張って!」坂田さんに向かってわめき続けたのが、ようやく通じたらしい。土井さんのロープが張られ、私のロープが緩んで、一段下の広めのスタンスに足を戻すことができ、力をぬくことができた。私は、スラブの右端ですっぱり切れているところを、ルートではなさそうなのに登っていく土井さんを見送りながら、痙攣する腕を振り、足まで痙攣しないように、足も軽く振った。
先行する土井さんを見上げながら、このまま引き上げてもらうことになるのかな、と漠然と考えていた。それまでの時間、なにもせずにここでこうして岩に張りついているのは、芸がなさすぎる。もう一度、ホールドを探してみよう。
右手をさぐると、あった。
それじゃ、右足のスタンスを。
もう一つ、左足のスタンスを。
欲張らないで、近くのスタンスを探そう。
あった。
それでは次のホールドを。
これも、あった。
左。
OK。
じゃ、次。右。
あった。
OK。
わずか数回、手足を動かす。
あんなに登れなかったところが登れる。
これで抜けた。
イヤなところを通過すると、スラブの傾斜が緩やかになった。気が楽になった。確保してくれている坂田さんの姿が見えたと思うと、土井さんが坂田さんに話しかけるのが聞こえた。「大和田さんが下で動けなくなって、引っ張り上げないとダメです」といい終わるかというところに、「大丈夫です、抜けました」と声をかけることができた。「えっ、抜けた、ああ、よかった」と心底、ホッとしたという表情の土井さんを見上げながら、上に辿りつく。
ありがとうございました、というと、へたりこんだ。
坂田さん、こっちはIV級で一本目より難しくない、っていったじゃないですか、上のほうは快適だって、嘘ばっかり。緩めて、って怒鳴ってるのに、ロープ張るし。
口から出るのは恨み節ばかり。
坂田さんはニコニコしながら、「あれー、なんか言ってるなー、とは思ったんですよ、こんなに張ってるのに、まだ足りないってことかなー、それなら緩めてみよう、と思って青の土井さんのほうを緩めてみたら、違うって合図が返ってくるし、そっかぁ、大和田さんのほうか、と思って緩めてみました」などと、私が恐怖と絶望におののいていたときにも暢気に構えていた様子。ウーン。「IV級」「快適」の二つの文言が私の頭のなかをくるくる回りつづける。
まっ、とりあえず、いいか。
登れたんだし。
ああ、それにしても、土井さんには心配かけちゃって。
そのうえ、ルートじゃない壁を登らせてしまって。
あんなふうに身動きがとれなくなった人をみたら、私なら、どうしようもない。後続が土井さんだから、追い越していってもらえたのである。私がなんとか自力で抜けたので一番、ホッとしたのは土井さんだ。自分のことなら自分でわかるが、人のことは、自分のこと以上に心配なものだから。
ほんとうに、ありがとうございました。
坂田さんは、苦しんでいるところを見ていないから、気楽なものである。
「どうしようもなくなったときに、どうすればいいか、教えておけばよかったですねー」
「えっ、そんな方法、あるんですか」
ほーんと、そんな方法あるなら、先にいっといてくださいよッ! こっちは泣きがはいってんだからッ!
ぶつくさ、恨みをいいつつも、ホッとする気持ちのほうが強い。
恨みがいえるのも、ホッとしあえるのも、仲間がいるおかげである。
懸垂にかかったころにはもうほぼ暗闇であった。二本目を降りきるころには、ほとんど見えなくなっていた。私は、ヘッドランプを取りに行き、もどると土井さんは懸垂を終えていたが、ロープが一本下りてこない。坂田さんがフリーでロープを回収しにいき、再び、懸垂下降で降りてくる。壁を蛍のように降りてくる。荷物をまとめると、暗闇のなかを下山。とんだカモシカである。谷間なので最初はわからなかったが、今夜は十五夜。これもとんだ月見となった。冷たい月の光を浴びながら、今年の夏は今日で終わった、と思う。街灯のついた林道にでると明るくなり、人里に近づくにつれ、大げさながら帰ってこられてよかった、と心から思う。しばらく岩登りから離れていたが、また、ジムにも通おう。機会があれば、岩登りにも参加したい。
駐車場には七時半をまわって帰着し、帰宅の途につく。

追記
辛抱強くつきあってくださった坂田さん、土井さんに、感謝します。ありがとうございました。

(記: 大和田)

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