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富士山敗退記

~海から山へ(海抜0メートルからの日本最高峰挑戦その1)~

日時:2005年7月8日~7月9日
人員:坂田、和内(御殿場口より)、後藤(記)
行程(計画):JR片浜駅~愛鷹連峰~十里木~御殿場口~富士山頂~須走口~御殿場駅
行程(実際):JR沼津駅~愛鷹連峰~十里木~南富士エバーグリーンライン途上にて撤退~御殿場駅

7月8日
9:00 横浜駅構内
坂田さんと落ち合う。何とか電車に乗りこむが大変な混雑。外は雨も降っている。ほとんど思いつき出来てしまった今回の山行、果たしてうまく行くのか。坂田さんは”向こうについたら晴れてるやろ”なんて言ってる。徐々に天気は下り坂の様だ。

23:30 沼津駅
終電で沼津駅へ到着。当初の計画では(有って無いようなものだったが)ひと駅富士市側の片浜駅より行動する予定だったが、電車に間に合わなかったため沼津駅より歩き出す。星は出ておらず大変蒸し暑い。
海岸沿いの道をひたすら歩く。

7月9日
0:30 千本浜海岸
片浜駅手前で海に出る事にする。真っ暗な防砂林を抜けて浜に出る。呼吸に支障があるかと思うほど湿度が高い。大瀬崎から焼津のあたりまで夜景が一望できる。女の子と一緒だったら何か野暮なことを云ってしまいそうだ。今回は野郎と一緒なのでやめておく。

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1:20 今沢交差点
国道1号線に出る。片浜駅に出る交差点”西椎路”を過ぎて1本目の交差点”今沢”を山側に向かう(これが間違いだった)。
とにかく山側に歩きつづける。
根方街道(県道22号線)に気づかずに越えてしまう新幹線を越える辺りで道が間違ってる事に気づく。僕は以前沼津に住んでいたため、土地感があると思っていた。現在地がほぼ分かるため(少なくともそのつもりだった)、元の道に戻らずに先へ進む。
先へ進むと富士通の研究所が近づくが、目的のアシタカシックスハンドレッドクラブ(ゴルフ場)へ向かう道が見つからない。道が山へ続く丘陵と谷戸沿いについているため、隣の谷戸に入る道が見つからない(僕達は一つ西側の丘陵沿いの道に入り込んでしまっていた)。

2:20 東名越え
ようやく現在地が特定できる。平地とはいえ3時間あまりも歩いたので小休止。
何度か道を間違えてようやく目的のルートを発見する。本来のルートは柳沢を経由し、高橋川沿いに愛鷹山へ向かう。

3:05 アシタカシックスハンドレッドクラブ
三島~沼津~富士の夜景が大変きれいだ。たまに雨粒が落ちてくる。天候がこの程度でもってくれれば良いが。
ようやく山道に入る。

4:00 夜明け
小休止。車の音や他の登山者は気配も無い。鳥の声と自分の息、坂田さんの足音しか聞こえない静かな朝。
どうも坂田さんの様子がおかしい。歩いていると僕より遅れてくる。いつもは僕を含め、後続をほっといてすたすた歩いて行ってしまうから、今日はおかしい。どうやら数週間前の怪我が完治していないようだ。大丈夫か聞いても大丈夫としか答えないが、パートナーに気を使うのはやめてくれ。

4:55 3本目の林道
3度目の小休止。僕もへばってくる。顔に沢山クモの巣がつく。

6:05 愛鷹神社
愛鷹山山頂直下になって突然坂田さんのペースが上がる。僕をほとんど追い上げる様に山頂の愛鷹神社到達。
聞くと、坂田さんも調子が上がらずになぜなのかずっと悩んでいたそうだが、ふと気合を入れるのを忘れていた事に気づいたらしい。いつも”根性や!”なんていってる人だが、いやはやあきれたもんだ!
山頂にて大休止。

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7:20 袴腰岳
小休止して気がつくとザックに青虫やクモがくっついている。
登山者が少なく、自然が人間を圧倒している。ルートは半分が藪こきとクモの巣突破。けもの道(鹿か?)が縦横に走っておりルートが分かりにくい。

8:30 位牌岳
小休止。二人とも疲れ切る。ここより先は山道が崩壊しており立ち入り禁止になっている。先日この山頂に鵬翔のメンバーが来たはずだが、そのときは別ルートの比較的歩きやすいところだった様だ。虫はたくさんいたようだが。
十分に休息を取ってから行動開始。

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位牌岳から蓬莱山までを鋸岳と呼ぶ。裾野から眺めるとごつごつとした稜線で血がうずいたものだ。
岩は崩れやすく、登攀的要素も多い。鎖に体重をかけて行動(本当はやるべきではない)する区間もあった。歩き慣れていない人を連れて行くには不安がある。ルートファインディングも難しく、僕はここで一度沢に落ちかけた事がある。遭難者もおり、ずっと以前にこの辺りで旧制高校の学生が遭難死している(黒岳登山口に慰霊碑あり)。登山道ができる以前は魔の山と呼ばれていた。
しかし地形はなんとも美しい。日本中で他にこんな地形があるだろうか?ルートは岩の小塔の間を縫っていくようだが、北アルプスの岩稜地帯はこんなに威圧的なまでに豊富な自然はない(と思う)。植物の多い地域で岩稜地帯というのもあまり聞かない(西日本地域はあまり知りませんが)。ガスの合間に見える岩の小ピークが幻想的だ。
蓬莱山に近づいた辺りで僕がルートを間違えて3mほど滑落。幸い斜面は土で、草と岩につかまってどうにか止まれた。そのまま落ちていた事を考えるとぞっとする。他にも2箇所ほど道沿いに行くと沢に転落してしまう箇所がある。山行される方は気をつけられたし。
体力は消費しなかったが、2時間ほどで岩稜地帯を突破する。途中休憩無し。
途中で単発の雷鳴のような音を何度も聞く。天候の急変を考えたが、近くに東富士演習場があることを思い出す。砲音が良く聞こえるのは霧が良く音を伝えるせいだろうか。

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10:50 蓬莱山(鋸岳)
途中の呼子岳山頂にて今日はじめて別のパーティと出会う。御殿場側から登ってきたとのこと。
越前岳までは最後の急登があるのみ。

12:20 越前岳
山頂には十里木高原辺りから登って来たハイキングのグループがいくつかいる。急に人が多くなった。沼津から来たと話すと皆驚いて、そしてあきれる。しかし僕達はまだ行程の途中なのだ。坂田さんの足も僕の体力もかなり使い果たしてしまったが、富士登山可能だろうか。ガスが立ちこめているため当然富士山は見えない。
下山途中に雨が降り出す。坂田さんは問題無く歩いているようだが、ぼくは腿が痛くて下りがつらい。気合が足りないのか?いやトレーニングが足りないのだ。
徐々に子供の国と駐車場が大きく見えてくる。

13:52 十里木
到着し大休止。駐車場の水場で靴、スパッツと顔、手を洗う。飲むなと書いてあったが水補給。しかたない。休んだとたん眠くなる。携帯電話が通じるため坂田さんが和内さんと連絡を取る。現在御殿場駅だとのこと。御殿場口にて落ち合うこととする。

14:30 歩き始める
雨の中をひたすら歩く。歩きながら眠る。本当にこんな事が出きるとは思わなかったがふらふら歩いていてかなり危ない。側溝に落ちそうになったり車道に飛び出して轢かれそうになる。坂田さんがすたすた歩く後ろを何とかついていく。
1時間ほどで富士エバーグリーンライン入口に到着。雨はひどいが歩きつづける。

17:34 小休止
さらに2時間ほど歩く。坂田さんが歩きつづけるので無理やり小休止させる。坂田さんは体力が限界になると何も考えず歩きつづけてしまう。僕も思考力が低下して意味も無くイライラしてくる。大体3時間程度と見込んでいたが、標識にはあと24kmなどと絶望的な数字が書いてある。

行動再開。木々の間に車が見えて、もう一度見なおすと消えている。幻覚だろうか。気を紛らわすために路端の桑の実を食べながら歩く。

反対車線をバスが下りていく。ふとあのバスに乗れたらと思って気がつく。何故僕らは歩いているんだろうか。この雨で富士山へのアタックもほぼ絶望的だというのに。和内さんを待たせているからか?和内さんのいる御殿場口までは、まだ歩いて3時間はかかる。そしたら下山するのか。じゃあ僕達は何のために歩いているだ?ここで撤退すればいいじゃないか!

坂田さんを怒鳴りつける様にして撤退を決めさせる。先輩だとかリーダーだとかそんな事は考えてない。和内さんにタクシーを呼んでもらって、そのタクシーで僕達を回収させるようにする。携帯電話が通じたのは幸運だった。

タクシーが来る
とにかく車に乗りこむ。疲れて話す気にもなれない。とにかく眠い。
落ち着いてきた。もし明日の朝雨が上がっていたらアタックできたかもしれないが、可能性は低かっただろう。そう自分を納得させる。

御殿場駅にて解散
タクシーに放り込んだ雨具をザックに詰めこむ。いつもは温泉に寄りたいところだが、今日は雨でずぶぬれになっているから必要なさそうだ。

もともとは7月末のモンブラン山行の準備として、高度順応を目的としたトレーニング山行を、関西支部のメンバーも含めて行う予定だった。それが今回のような無計画な山行になったのは天候が悪化する見とおしでトレーニング山行が中止になったせいと、僕が首を突っ込んで海から歩く計画をねじ込んでしまったせいだ。
反省点が多い山行だったが、山行のアイデアは個人的に気に入っている。条件のいいときに再挑戦するつもりだ。

2005/07/16 後藤(第67期)記

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