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青空と山と仲間のいる風景-BD山行顛末記

日程: 2007年6月16日(土)〜17日(日) 原村・グリーンプラザホテル(泊)
参加者: 飯田(L)・掛川・坂田・志村・清水(幸)・坂本・大和田・掛川(浩)<会友>
行程: 16日 矢立石10:40-日向山12:00/12:10-分岐1:50-鞍掛山14:30/15:05-矢立石17:55
      17日 林道終点8:55-不動清水9:25-西岳11:25/12:20-乙女の水12:55-青年小屋13:15/13:30-編笠山13:55/14:15-林道終点16:45

 降るときもあれば、晴れるときもある。わかってはいても、晴天は、なによりの贈り物。2007年のBD山行は、不思議なくらいの青空に恵まれた。
 BD山行は、当会現役最高齢の飯田さんと飯田さんのマドンナ(表現が古くて失礼します)・ウランさんの誕生日が同じ6月9日だという偶然から企画され、毎年行われている。今年で7回目(?)と伺った。ちなみに私も誕生日が6月7日なので、ついでに祝ってあげましょうということになった。誕生日といえば、志村さんは5月30日だし、坂田さんは7月3日なので、拡大解釈すれば、このあたりもお祝いの対象になるから、みんなで年をとろう、というのが企画の主旨。いわば、新しいスタイルの懇親山行である。
 16日はあまりの晴天のため、外出する人が多く、中央道が事故渋滞し、矢立石到着・出発が予定より1時間半ほど遅れてしまった。だが、豊かな広葉樹林の登りを、飯田さんが快調に飛ばし、頂上の白砂眩しい日向山には正午に到着。お昼をひろげるハイカーも数多くいたが、私たちは鞍掛山をめざすため、先を急ぐ。
 鞍掛山は知名度こそそれほど高くないが、甲斐駒を正面から眺めるには絶景ポイントといわれている。ルートも、起伏に富み、歩くものを飽きさせない。日向山から先は、真っ白な砂地の斜面を降りると、林道を経て矢立石にもどるルートを分け、登山道は一挙に細くなり、危険な箇所がたびたび現れる。もろい花崗岩の巨岩が行く手を阻み、両側がすっぱりと切れ落ちているコルを渡る。
 私は、ここでトップを歩かせてもらうことにした。危ないところがあれば飯田さんに知らせたいし、このところ励んできたトレーニングの成果も山で試してみたかったのである。「トレーニングに励んできた」というのも唐突かもしれない。実は、この話、GWの白峰三山縦走に遡る。私が昨年突然、登山に目覚めて、そのままのめりこんでしまってから、先日のGWでほぼ1年。決算のつもりで、ガイドブックで「体力度☆5つ」のコースに挑戦した。初日に奈良田・夜叉神の両ゲートで追い払われ、5時間のタイム・ロスから、その後が続かず、あえなくつぶれた話は前出の記録に詳しいので詳細はそちらに譲る。
 GWが終わってから、私は体調を完全に崩し、5月12日の新人歓迎山行のときには、声が全くでなくなっていた。その状態は1週間も続き、話せないので仕事も休まざるをえなくなった。寝込みながら、自分に足りないものの分析と対策をつらつら考えた。そんなとき、白峰三山ですっかり迷惑をかけてしまったウランさんが、「自分も去年のGWに同じような目にあった」と、当時の記録を送ってくれた。ウランさんは、その後、一念発起して、マラソンを続けている。今年は、なんと丹沢のレースと長谷恒カップに挑戦するまでになった。
 ウランさんの強さをまのあたりにしているので、耐久レースまでは無理にしても、私も毎朝走ることにした。最初は2キロも走れなかったが、距離は日ごとに伸びた。しかし、ある朝8キロ走ると次の日は歩くようにしか動けない、という状態。これも続けているうちに、週に3日は8キロ走れるようになった。だが、頭のどこかに、山を歩くのと、平地を走るのは、なにか違うのではないかという漠然とした不安がある。だから、山を歩くなら、トレーニングの成果を試してみたかったのである。もちろん、身体の組織や筋肉は、トレーニングを始めてから3ヶ月以上経たないと変化しないというから、数週間で「成果を測る」などというのが図々しいのであるが。
 さて、後続のウランさんと坂田さんの姿が見えなくならない範囲で歩き続けていたつもりだが、ある時点で、後ろがついてこないことに気づく。しばらく待ったが登ってこない。ここで、自分がルートを外したことに思い当たり、戻っていくと、ルートが谷をまいていたのがわかった。そのとき、私が間違えて入ってしまった踏み後のほうへ、飯田さん以下4人が入ってきてしまった。「ルートを外しました」といって少しもどってもらう。先行しているウランさん、坂田さん、坂本さんが、私を追っているはずなのに、「姿が見えなくなった」と思っているとまずいので、3人を追いかける。果たして、しばらく登ると笛が鳴っている。坂本さんが急登の途中で休みながら、キョトンとして、「あれ、なんで、大和田さんが後ろから来るの?」という。「ルートを外したので、戻って、追いかけてきた」というと、「えー、ウランさんと坂田さんは、大和田さんが先に行ってると思って、追いかけていっちゃったよ」とのこと。
 ああ、やっぱり。
 後続の4人を待って、ウランさんと坂田さんを追いかける。ウランさんが途中で待っていてくれた。「坂田君が、大和田さんに追いつけないと思って、走って追いかけていったよ」という。
 あーあ。
 坂田さん、ゴメン。
 坂本さんは涼しい顔で、「坂田君が走っていったんなら、だれが追いかけても追いつけないから、放っておこう。そのうち戻ってくるか、途中で待ってるよ。それにしても、坂田君、こんなに走っても追いつけないなんて、すごいトレーニングの成果だと思って、焦ってるんじゃないの。今頃、必死に走ってるよ。高速でキックを入れた跡が残ってる」という。ウランさんまで、「これだけ走っても追いつけないなら、そろそろ、前にいるんじゃなくて、後ろだって気がつきそうなものよね」と、ちょっぴり辛口になる。
 他の人ならともかく、坂田さんのことだから、心配ない、ということで、目的地へ急ぐ。駒岩の手前の分岐点から角度を変え、鞍掛山へは、急な下りでコルを越え、沢の詰めのような急登を登り返す。駒岩のコルに降りて一本取っていると、今、降りてきた斜面から呼び声が聞こえる。坂田さんである。坂本さんが笑いだし、「姿が見えなくなった人は、先に行ってるんじゃなくて、後ろから追いついてくるんだなあ」という。坂田さんは、分岐の先の2200メートルのピークまで走っていき、「いくらなんでも、ここまで確認すれば、もうこの先には行ってないだろう」と考えて、鞍掛山にとって返すことにしたそうである。その間なにを考えていたかというと、「こんなに見えなくなるまで、飛ばして先にいくもんじゃない、って、ここは大和田さんに一言いってやらなきゃ、と思ってたんですよ。分岐にも姿がなくて、さすがにここでは待つだろうと思ったのにいないから、これは絶対にキツく言ってやろう、と思ってたのに、後ろにいたんですか。それにしても、自分がこんなに走っても追いつけないんじゃ、すごいトレーニングの成果だなあ、最近ナマってたのかなあ、自分の体力が落ちてるのかも、と不安になったんですよー」といつもの調子

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