丹沢にて単独トレーニング

日程: 2010年3月22日(月祝)
山域: 丹沢
参加者: 志村
行程: 大倉 – 塔の岳 – ヤビツ峠

2010年初の登山である。あまりにも久しぶりなので、とりあえず今の自分を把握する為、1人で体力測定することにした。当初の計画は東野-蛭ヶ岳-丹沢山-塔の岳-ヤビツ峠を1泊で行うつもりだったのだけど、折角の三連休の中日は嵐だった。家は出たのだが、あまりの暴風雨に恐れをなして計画変更とした。単独なので臆病だ。
最終日は絶好の登山日和、渋沢駅からのバスにも沢山の登山者が乗っている。「大倉尾根はトレーニング用だから…。今歩いておかないと夏に歩けなくなっちゃうわ。」なんて周りのおばさま方が話している。皆考える事は一緒ね。
それにしても大倉尾根は苦手だ。殆どが階段なのだ。たまに開けた場所から富士山の雄姿が拝めるのがせめてもの救い。久しぶりの登山で、足が早々に痛みだしてきた。膝の裏から腿、ふくらはぎ、と筋肉のパーツパーツが順々に悲鳴を上げている。山頂に着く頃には筋肉痛でヨロヨロになってしまった。登っている最中にこんなに足が痛むとは…。
そして寒い!風と雲が出てきた。震えつつ急いで昼食を取る。
このまま大倉尾根を下ってしまおうか…という悪魔の囁きを振り払って計画通りヤビツ峠方面に下りる。大賑わいの大倉尾根とは別の山域かと思う位人は居ないし、アップダウンがあるし、こちらに下りたのは大失敗だった。ここにマラソンのピックアップ用バスが通ったら確実に乗るな。と愚痴りつつ下りた。こんな状態で登山に復帰出来るのか?と不安だけが残った。

(記: 志村)

残秋 – 爺が岳~鹿島槍ヶ岳

日時: 2009年10月10日(土)~12日(月)
山域: 爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳(後立山)
参加者: 志村・他

200910ziigatake 今回のコンセプトは爽やかな秋山を堪能するだけの「頑張らないのんびりまったり山行」と勝手に設定し、友達にも言い含めた。心配していた台風も過ぎ去り、安定した晴れの予報が続いたので目標が達成できそうな予感。

9時。扇沢の登山口から歩き始めると彩りは緑々~赤や黄色~茶と驚く程あっという間で枯れた残秋に姿を変えた。

その頃、ポツポツと雨が降り出した。降ったり止んだりを繰り返し、雨は霙に雪に季節を早送りしたように移り変わる。快適性を重視し軽量化を図っていない為(トレーニングも兼ねて)、段々ザックが肩に食い込んでくる。つらい…。この時点で、「頑張らないと」テン場に辿り着けない状況になっていた。

13時。幕営地の種池山荘に着く頃にはしっかりとした雪、というか吹雪?になった。

寒くてテントの中から出る気にならない。あまりの天気予報の外れっぷりに気象庁への八つ当たりとして悪口を考えるが、思いつかない為「も~」とか「ブー」とか動物的言語を発しただけで、さっさと就寝。明日は晴れると信じて。

6時出発。夜中降り続いた雪は止んでいるが、まだ薄暗く、強風が吹きつけている。爺ヶ岳に続く登山道は姿を消し一面は雪に覆われていた。そして誰も居ない。

北アルプスは、自然の掟で定められた通り生真面目に季節を移り、冬への準備を始めていた。私の最後の秋を堪能したいという要望は勿論聞いてくれない。一方から吹き付ける冷気に片腕がしびれてきた。心細いが、午後からは晴れるという予報を頼りにして突き進む。一瞬の晴れ間に劔岳が朝日に照らされた。澄み切った冷たい空気の中で輝くその急峻な岩山は下界の諸々の上に堂々と聳えていた。どんな高名なカメラマンをもってしてもこの景色は映し撮る事は出来ないだろう。思いっきりテンションの上がる私たち。しかし、すぐにまた姿を消し、その日は二度と現れてはくれなかった。なんだよー、一瞬かよー、現れろーと野次を飛ばしてみる。あ~~~ガッカリ・・・。

鹿島槍も山頂に雲を漂わせたまま、強風と雪に阻まれた(そんなに酷くはない)私たちは布引山で撤退を決断した。無理して山頂に着いても眺望なかったらツマンナイし~。いいもん!また来年来るもんね!と捨て台詞(?)を残し退散した。

帰りに向かう爺ヶ岳は・・・格好良かった!ゴメン!爺ヶ岳よ!すっかり鹿島槍へ続く通過点位に見ていたよ。3峰連なる岩山はとても雄大に見えた。大反省。とても格好いい山でした。超・素敵!

爺ヶ岳の下りは全く様相を変えていた。道がある!雪がない!?こんなにあっという間に?
なんだか季節に翻弄された山行になった。私の予感も当たらないなー。

3日目の下山日はド・ピーカン。雲一つない青空の下、360度の大パノラマを恨めしく見つつ、とっとと下山。

帰りに寄った『薬師の湯』はとても良かった。

(記: 志村)

北アルプス 水晶岳周辺山行報告

日程: 2009年8月13日(木) – 15日(土) 前夜発
山域: 水晶岳(北アルプス)
参加者: 久世(L)・松林
行程: 本文参照

写真はこちら

8月12日(水)夜22時30分 調布にて、久世・松林集合。
松林さんの車にて、一路七倉を目指す。しかし調布ICから乗った途端、事故渋滞26km、最悪の出だしである。日付が変わり、ようやく渋滞を脱し、途中で運転を変わり、3時半過ぎ七倉着。そのまま車の中で、仮眠をとる。

8月13日(木)

朝5時半過ぎから、信濃大町から電車利用組と思しき、タクシーが何台も来る。タクシーは高瀬ダムより、戻ってくると七倉にて客待ちをしている。我々も、6時半に七倉をタクシーにて出発。あっという間に高瀬ダム堰堤上に到着(2000円)
7時、天気がすっきりしない中、ダムを出発、まずは湯俣を目指す。
何年振りの湯俣への道、以前2回は北鎌尾根を登った時のアプローチに過ぎず、ほとんど記憶に残っていない。コースタイム3時間半のところ、あっさり2時間半で晴嵐荘に到着。
晴嵐荘には、秘湯ブームの影響か湯俣温泉に入浴目的だけのお客が多いようだ。
我々は、ここから湯俣川を遡行し、途中から鷲羽岳に突き上げるワリモ沢に入る為、沢ごしらえをして、雨が降り始めてきた10時湯俣川に入渓する。
まず水俣川の吊橋を渡るが、中央部の足場が壊れている。(多分修理する事はなさそうなので、いずれ北鎌尾根に行くには、まずこの吊橋部分が第一関門になるだろう)吊橋を渡り、少し進むと、湯俣の噴湯丘が見えてくる。ここまでは観光客も来ている様だ。
直前の台風の影響か、大分増水しているような気がする。噴湯丘を過ぎて少しのところで右岸から左岸に渡渉する、腰上まで水に浸かり、かつ流れも速く冷たく、慎重に渡りきる。左岸を高巻きを含め進むと、また右岸への、腰上の渡渉となる。雨が本降りとなる中、藪漕ぎ混じりの高巻きをして行くと、衝立岩の直下に出る。右岸は行き詰まり、左岸に移らねばならないが、渡渉ポイントが見当たらない。水量多く、白泡波立つ状態であった為、ワリモ沢を諦め、11時45分撤退する事とする。やはり台風の直後に沢に入れば、通常の状態より、かなりの増水を覚悟せねばならない様だ。
来た道を戻り、13時湯俣 晴嵐荘着。雨の中、沢拵えを片付け、13時30分晴嵐荘裏手より、竹村新道に取り付く。竹村新道は最初から、かなりの急登で、なかなかピッチが上がらない。16時前に2017m地点先に、良いテント場があったので、そこで幕営する。
夜になっても、雨は止まず、陰湿な感じの中、就寝。

8月14日(金)

朝3時起床。どうにか雨は止んでいるらしいが、朝モヤで、何も見えない。
4時45分出発。1ピッチで湯俣岳山頂に着く、眺望はなく、やぶ蚊も多く、松林さんのキジ待ちの間に、腕の至る所を刺される。この先の南真砂岳までの間の、竹村新道は崩壊やガレが酷く、あまり快適ではない。しかし南真砂岳のあたりから、天気も快晴で、快適な稜線となり、北鎌尾根、硫黄尾根や行くはずだったワリモ沢も良く見える様になって来ました。
9時45分裏銀座縦走の主稜線に出る、ここに荷物をデポして、ほぼ空身で水晶岳を往復
する事とする。水晶岳は、日本100名山にトライしている松林さんにとって、本州でクリアしていない最後の山となります。水晶岳に行く松林さんは、なんだかとても嬉しそうでした。水晶小屋から水晶岳に行く道からは、雲の平などが綺麗に見え、初めてこの周辺に来た私も、なんだか楽しくなってしまいました。12時50分に水晶岳着、その後水晶小屋で大休止をして(水を買いましたが、500ml 300円でした。また小屋ではdocomoの携帯も繋がりました)、往路と同じ道を、荷物をデポしてある真砂岳直下まで戻る。途中の岩稜帯は、人気のある縦走路にしては悪く、途中岩場で滑って、顔をバックリ切ってしまった人とも出会いました。(この人は、水晶小屋まで自力で行けるから大丈夫だと話し、行ってしまいました)
荷物を回収し、今日は野口五郎小屋のテント場に泊まろうと思っていたので、16時過ぎに野口五郎岳の頂上直下のコルで、荷物を乾かしていた所、巡視員に幕営と勘違いされ、注意を受ける。18時少し前に、荷物を乾かし終わり、小屋へ向かってみると、1張もテントが張っていない。ちょっとおかしいと思いながら、小屋に着くと幕営禁止の看板がある。私の地図は、10年位前のものであったので、それにはしっかり幕営地となっていたのだが・・・・。(松林さん、すみません)
しかたないので、烏帽子小屋を目指し、出発しようとすると、先ほどの巡視員がまたやって来て、「烏帽子小屋までは、何があっても行ってください」と言う。
我々も、何とか早めに行く為、疲れた体に鞭をいれて進む。8時過ぎに烏帽子小屋近くにて幕営する。この日は最後まで天気が良く、星がとても綺麗に見えました。
盛り沢山の夕食を食べ、就寝。

8月15日(土)

朝はゆっくり起床する。ワリモ沢に行けなかったので、今日は烏帽子岩を往復したら、
下山である。荷物を小屋の脇に置いて、烏帽子岩に行く、途中おばちゃん組が前にいて少し時間をとられる。頂上でも賑やかで、あまり落ち着けない。8時50分烏帽子小屋
出発。ブナ立尾根の急登を下る。今日は登ってくる人より、下る人のほうが多いらしい。
11時20分高瀬ダム堰堤上に着くと、タクシーが3台ほど待機していた。
温泉は葛温泉の高瀬館(烏帽子小屋と同じオーナー)にて、汗を流す。洗い場のシャワーのお湯まで、源泉の湯でしたので、石鹸が泡立たないが、良い温泉でした。
帰りは豊科ICから、上信越道経由、関越道にて帰ってきたのが大当たりで、まだ明るいうちに、東京へ着きました。

(記: 久世)

裏妙義山行報告

日時: 2009年6月6日(土)
山域: 裏妙義山(北関東)
参加者: 松林(L)・平井
行程: 裏妙義国民宿舎駐車場(7:10) – 9: 30丁須岩(9:30) – 丁須の頭ピーク(9:40) – 烏帽子岩 – 赤岩トラバース – 三方境(11:30) – 国民宿舎駐車場(13:00)

曇り一時雨

20090606uramyougi1 登山道は標識も豊富でペンキのマークも明瞭だが、連日の雨続きのため路はぬかるんで岩場・鎖は滑りやすく、一般道の割には結構緊張する個所が多かった。

中腹から上部は湿った厚い雲に覆われて周囲の展望もきかず、つかの間の雲の切れ間で位置確認ができる程度、ロープを出して丁須の頭ピークに立った頃には着衣はじっとりと濡れていた。

今回の目的は「丁須の頭ピークに立つ」こと。眺望もきかない悪条件のなかでの谷急山までの縦走はあきらめ、三方境から早々に下山することにした。20090606uramyougi2

随所にある鎖は雨で滑るため、鎖に頼るとかえって危険。ルート核心部のチムニー下降も鎖は滑って使えなかった。チムニー内はホールド、スタンスとも十分にあるが濡れた泥が付着しているので緊張する。烏帽子岩、七人星、赤岩とかいろいろあったようだが、雲と小雨の中でどこを歩いていたのかもよく判らなかった。赤岩トラバースに設置してあるステンレスの橋や木製のハシゴは不安定で信頼性が無くちゅうちょしながらの通過だった。

20090606uramyougi3 昼過ぎ国民宿舎に帰り着いた頃には雨もあがり、雲も切れ、青空も見えてきた。駐車場には車2台だけで、この日山に入ったのは我われ二人のみのようだった。

このあとロックガーデンをのぞいて見たがゲレンデは荒れて草が茂り、ほとんど使われていない様だ。

裏妙義は結構大形の山ヒルが多いので要注意。とくに国民宿舎、ロックガーデン周辺。その後のくつろぎの湯で数箇所吸われていたことがわかった。20090606uramyougi4

(記: 松林)

尾瀬 -晩秋-

日時: 2008年10月25日(土) – 26日(日)
山域: 至仏山(尾瀬)
形態: 縦走
参加者: 志村(L)・佐藤
行程:
第1日目: 本文参照
第2日目: 山ノ鼻(6:40) – 至仏山(9:20/9:40) – 鳩待峠駐車場(11:50)

のんびり秋山を楽しむ為に出発した。佐藤さんが、しばらく休んでいた私の復帰山行に付き合ってくれると仰ってくれた。
曇り時折薄日。観光シーズンを終え、鳩待峠のマイカー規制は解かれている。戸倉の分岐から紅葉の素晴らしいアーチが迎えてくれる。本当に素晴らしい色彩だった。さらに行くと、木の葉は枯れ落ちて秋の終わりを感じさせる。鳩待峠の駐車場が2,500円もする事に驚くが、富士見峠(無料)の方はすっかり紅葉が終わっているとの事なので、こちら側からのアプローチがお勧め。

11:20山ノ鼻へ向かう。素晴らしく整備された木道だ。さすが尾瀬国立公園。途中、熊避けベル等を鳴らしながら歩いた。12:10至仏小屋に到着。沢山の人が居て驚く。好奇の視線を浴びながらテントを張ると、特にする事もなく、「秋もいいねぇ」なんて言いながら缶ウィスキーとつまみを手に尾瀬ヶ原をてくてく歩いた。初めての尾瀬ヶ原は、とても気に入った。木々や湿原の茶色がシックで哀愁を漂わせていて、その中の木道を歩くのは気持ちがいい。段々寒くなってテントに引き返すと、テントは他に4張 張られた。

尾瀬レンジャーの人が、これから熊避け弾(?正式名称は分かりません)の実地講習をやるので良かったらどうぞ。との事で、参加して尾瀬熊について話を聞く。熊避け弾は音がするだけだ。大きな音で熊に近づかないように警告するらしい。購入するには講習が必要との事。至近距離での轟音には驚いた。熊とはお互いの為に出会わないようにするしかない。レンジャーは熊スプレー(唐辛子濃縮エキス)も携帯している。これはかなり効果的らしいが高価なアイテム。風向きに気をつけて使ってくださいとの事。ま、私たちに出来る事といえば、熊鈴位かな…。

戻って夕食にする。レトルトカレー。なんの芸もありません。佐藤さんが差し入れてくれたウィンナーも一緒に暖め、お酒とつまみと共に食べる。ゆったりの一日だ。
隣の山岳会のテントから大きな歌声が響き渡る。知っている歌を全て歌うつもりなのか、「泳げたいやきくん」が始まった時は不満に思いながら就寝。そして夜中には子供の夜泣きという、絶対に熊も近寄らないだろう賑やかなテントサイトであった。寒いかと防寒グッズを揃えていたが、暑い!!!何故か気温は下がらず、夜中も10度位あったらしい。

翌朝も曇り。夜中に一時的に満天の星空が広がったので期待していたが残念だ。
湿原から怪しい森の入り口にアドベンチャーゲームの主人公になった気分で入っていく。森林限界を越え、立派なベンチを見つける度に休憩する。燧ヶ岳は正面だし、尾瀬ヶ原から周りの山々まで一望できる。上部は岩がゴツゴツしていて、ディズニーランドの岩山のようになっていた。下から見ると、お椀を逆さにしたような、ふくよかな丘のようだと思っていたら、上から見ると全く違うのが面白い。

山頂は寒かった…。しかし、奈良俣ダム等群馬県側の山々も福島県側も新潟県側も一気に見られる面白い場所。群馬県側は真っ赤に染まっている。
寒いので、とっとと下山。

至仏山から山ノ鼻への下りは禁止になったそうだ。ここらは本当に滑りやすく危険だ。つるつる岩やら木の階段やらが急斜面になっている。雨でも降ろうもんなら身動きとれなくなりそうだ。

とは言え、小至仏山-鳩待峠に続く登山道も滑りやすい。転んで膝に大痣を作ってしまった。急ぐのはやめて、慎重に下る。こんなに整備された登山道で何を間違ったか藪漕ぎも交えつつ(後ろをついてきた単独女性に悪いことをしてしまった)、予定通りに下山。
佐藤さんお勧めの「しゃくなげの湯」(550円)で暖まって、帰京。

またも秋の山々を満喫出来たのでした。感謝です。次は雪山でお願いしま~す!

(記: 志村)

北アルプス 常念山脈縦走

日程: 2008年7月22日(火) – 25日(金)
山域: 北アルプス
参加者: 飯田
行程: 本文参照

まえがき

過去に行った穂高連峰の山々を振り返ってみたく、穂高を眺められるコースをと、常念山脈を歩いてみることにしたのである。なお、静かな山行をと思い連休は避けた。

7月22日(火) 晴れ

前夜、横浜から高速バスにて上高地へ。5:40上高地着。予定より早く到着した。ここで準備をして6:00に出発する連休を避けた為か、周辺はそんなに混雑していない。通い慣れた道である。明神で遊んだ事を思い出しながら小休止。穂高や槍ヶ岳を目指す人達と共に、徳沢へ向かう。8:00徳沢到着。ここ井上靖の小説「氷壁」の舞台となった宿で休憩し、8:20横尾へ向かう人達と別れ、一人長塀尾根に取り付く。樹林帯の急登をひたすら登る。長塀山の頂上辺りは殆ど眺望がきかない。14:00頃稜線下の雪渓の残る斜面を横切り15:30頃蝶ヶ岳ヒュッテに到着した。
テント場は手前の台地で3・4張りのテントが張られていた。このテント場は2年程前の積雪期に単独山行の際にテントを張った所である。この時は夜半から強風の為、4・5張りあったテントの人達は全員テントを撤収して早々に山小屋に避難し、私一人テントで強風が止むのを暫らく待ってみたが、止みそうもなくテントが潰される心配があって、真夜中にテントを撤収し、山小屋の軒下に避難し、夜が明けるのを待って下山した事を思い出した。
西の方角には明神岳、前穂高岳が美しく輝いていた。昭和30年代に積雪期明神岳東稜を先輩達と登った事、この時は今のようにビーコンなどなかったので10m程の雪崩紐を全員腰につけてトラバースした事、また、奥又白池周辺をベースに前穂高岳各ルートの登攀を行った事など思い出しながら一人テント場でのひと時を過ごした。

7月23日(水) 晴れ

今日も晴天で気持ち良く稜線歩きが出来そうだ。6:00テント場出発。30分位で横尾に下りる分岐点を通過する。蝶槍を過ぎて8:00に2592mのピークに達する。周辺にはニッコウキスゲのお花畑が広がっていた。この稜線は槍・穂高の眺望が素晴らしい。屏風岩を登った事、横尾尾根を登った事、涸沢をベースに奥穂高・北穂高などを登った事、などなど思い出しながらの稜線歩きは気持ちがいい。前方にはこれから向かう常念岳が高く聳えて見える。9:10常念岳の登りにかかる。11:30常念岳の山頂に到着した。
この山頂からは槍・穂高の眺望が素晴らしかった。
今日の予定は常念小屋にしていたので、頂上で天気も良いし、ゆっくりする。13:30常念小屋到着。こちらから常念岳へ登る人は非常に多い。夏山の富士山のようであった。中学生・高校生の団体が先生に引率されて登山客は百数十人位来ていた。テント場にて幕営する。

7月24日(木) 晴れ

5:30テント場出発。横通岳は頂上を通らず左側を巻く。この辺りから、コマクサが見られる。坂道をかなり下って、また登り返す。ここを通る人は一人しか見かけなかった。
東大天井岳に辿り着く手前で少し雪渓上を歩く。ここからはあまり登り下りはなく大天荘に8:50到着。ザックを下ろして空身で大天井岳を往復する。8:57~9:05と往復8分という短さ。9:30大天荘出発。
ここから表銀座縦走コースを通って、燕山荘へ向かう。ほぼ水平な道で稜線漫歩と言った所かな。この辺は道の左右にコマクサの群生が見られるお花畑だった。13:00燕山荘到着。中房温泉へは十分下りられるが、山並みを満喫したかったので、ここでテントを張ってもう一泊する。テントを設営し休憩した。休んだ後、燕岳を往復する。14:35出発。テント場からの途中でもコマクサの群生が見られた。燕岳の頂上からさらに北燕岳まで足を伸ばした。その先もう少し行ってみようと思ったが、時間がなかったので引き返す。それは次に。機会があれば、餓鬼岳~唐沢岳への道を偵察したいと思ったからである。16:00テント場に戻る。
7月25日(金)晴れ時々曇り
テントを撤収し、6:40下山開始。7:20合戦小屋通過。8:30第二ベンチ通過。9:30中房温泉到着。のんびり温泉に浸かって帰ろうかと思ってテント場からの出発を遅くしたつもりであったが、バスが9:40に出るのがあって、次が15:00まで無いのですぐバスに乗って温泉へ寄らずに帰った。

(記: 飯田)

南アルプス縦走

日程: 2008年6月23日(月) – 7月2日(水)
山域: 茶臼岳・易老岳・上河内岳(南アルプス)
参加者: 掛川(L)・下島
行程:
第1日目: 白樺荘(11:50) – ヤレヤレ峠(14:30) – ソッコ沢小屋(15:20) – 横窪沢小屋(16:35)
第2日目: 横窪沢小屋(6:45) – 臼小屋(8:30) – 茶臼岳(9:07) – 易老岳(10:38) – 光岳山頂(12:50) – 茶臼小屋(16:45)
第3日目: 茶臼小屋6:10 上河内岳7:36 聖平小屋10:00
第4日目: 聖平小屋6:32 薊畑6:52 聖光小屋9:20 聖平小屋13:40
第5日目: 聖平小屋4:40 聖沢登山口8:30 聖平小屋16:35
第6日目: 停滞
第7日目: 停滞
第8日目: 聖平小屋6:10 前聖8:45 聖平小屋12:00
第9日目: 聖平小屋7:15  椹島ロッジ3:30
第10日目: 椹島ロッジ6:30 沼平7:15 静岡 11:00

6月23日 雨後晴れ

朝、6時43分静岡をJRで出て、金谷まで行きそこから大井川鉄道に乗り換える。
土砂降りのなか千頭からアプト式電車に乗り換える。
電車が動き始めると乗務員がマイクで車窓から見える風景を説明し始めた。
乗客約1名。寒冷前線が通過しているのか、時々遠雷が聞こえる。
井川に10時45分に着く。すでに連絡するマイクロバスが激しい雨のなか待っていた。
「あんまり雨が強いんで、運行しようかどうか考えたんですよ」というほど、雨は激しく降っていた。
井川の集落に入ると雨はだいぶおさまってきた。
病院でおばあさん2人が乗ってきた。運転手との会話を聞いてると方言が聞けておもしろい。
白樺荘で下車。
弱くなった雨の中、畑薙ダムまで歩く。途中頻繁に落石があるところを通過した時はひゃっとした。
沼平で登山届けを出し、大吊り橋を渡り、ウソッコ沢小屋に着く前には雨はやんでいた。青空ものぞかれた。
この日は横窪沢小屋でビールと焼き肉で入山祝いをする。

6月24日 小雨後曇り

計画では、光岳小屋泊まりの予定だったが、
明日の天候が読めないこと、今日は天気が一日持ちそうなことを考えて、今日のうちに光まで往復し、茶臼に泊まることにする。そうすれば明日の行動時間が短くてすみ、仮に天気が悪くなってもなんとか聖平小屋まで明日中には入れる。
茶臼小屋に荷物をデポし、空身で出発した。稜線に出てからは雨はやんでいたがガスで視界は悪かった。茶臼の山頂付近で雷鳥を見る。その先はあまり展望はなく、樹林の中を歩く。
さしたるアップダウンもなく、歩きやすい稜線だ。
静高平の手前、谷筋のガレ場にはまだ雪がけっこう残っていた。
ここがちょっときつかった。30分程登ると傾斜がなくなり、水がちょろちょろ流れてきた。
静高平から、水がわき出ていてせせらぎがあった。いいところだ。
名前の通り、昔静岡高校の学生がここで幕営したのかなあなど考えて、彼らがうらやましくなった。現在は幕営禁止である。
光岳小屋は開放してあり、2階から中に入ると、太い木の梁がピカピカ輝きほんとにここをただでつかっていいの?というほどきれいだった。
小屋から15分ほどで展望のない山頂につき、そこから10メートルほど行ったところに展望台があり、光岳の名の由来となった光石を見る。
再び茶臼小屋に戻り、まだ明るかったので小屋の周りに生えている行者ニンニクを摘み、みそと油で炒めて食べた。
ネギ科の植物だろうか、精がつく気がした。
夜は満天の星空で天の川をみる。

6月25日 晴れ後曇り

朝焼けと富士山が美しかった。
視界もよく、前には聖、赤石、荒川三山、仙丈 さらに遠くに北アルプスの稜線、振り返れば昨日歩いた稜線とその先に光岳。
上河内は展望がいい。井川ダムまで見える。井川から見えるため、井川の人たちにとってシンボルの山だと、椹島ロッジの人が言っていた。
上河内を過ぎ、南岳を越えたところでかなり大きな雪渓が残っていた。
今年は雪が多いのか、何カ所か残雪が登山道をふさいでいるところがあった。
ゴミを拾ったりしながらのんびり歩き小屋に着く。
天気もいいし、誰も見てないので、川でTシャツとズボン、下着まで洗濯し、裸になって体を拭いた。
昨晩シュラフの中がとてもくさくてたまらなかったからだ。
シュラフを日に当てて干していたら、はえがたくさん寄ってきた。
午後は雲が出てきたがそれでもシュラフのいやなにおいは取れた。
夜寝るときは体もくさくなくなっていた。
冬期小屋は無人で、広々して、きれいだった。
小屋に置いてある雑記帳を読む。
ミッキーが出て云々と書いてある。私はねずみが大の苦手なので、いやだなあと思った。
案のじょう、夜かさこそ枕元を走っていた。足音と場所からして小さなねずみらしかった。

6月26日 弱雨後曇り

この日は聖平までの長野県側の登山ルートを歩く。便ヶ島には森林公園があり、りっぱな駐車場がある。聖光小屋は無人だった。猿がいた。
靴を脱いだらヒルが一匹動いていた。でも、靴下の中までは入ってなかった。
帰りに西沢渡のそばの廃屋の中をのぞいたら天井にコウモリがぶらさがっていた。

6月27日 曇り

下島さんを迎えに静岡県側の登山口まで降りる。まだシーズン前なので、ずいぶん道が荒れているところや倒木がふさいでいるところがあった。
小屋に戻る途中で、山うどと、タラの芽を採り、味噌汁の具にした。
夜は久しぶりに人と話をして、差し入れの酒とつまみで大いに楽しんだ。

6月28日 晴れ

小屋の管理人の原田さんが9時過ぎにあがってきた。
水源のパイプをつないだり、発電機のチェックの手伝いをする。
帰りに差し入れのリンゴとビールを頂く。
夜は原田さんと一緒に上がって来た井川山岳会の人2人と便ヶ島から来た単独の人が小屋に泊まった。

6月29日 雨

活発な梅雨前線の影響で雨風強く、停滞。
下島さんは水源を見に行ったりあちこち動いていたが、僕は濡れたくなかったので
小屋でじっとしていた。それから下島さんにロープワークを教える。
大雨の中下山していった井川山岳会の人が
帰り際みかん1カップラーメン4と袋のインスタントラーメン2、ごはん1、ウイスキーを差し入れしてくれた。
雨は明日の朝まで残りそうだ。明日午後天気が回復してきたら
聖を登ることにする。もし、明日もだめなら、1日に早起きして聖ピストンして、椹島まで下山することにした。もう赤石への縦走はあきらめていた。下島さんも、聖だけでも登れればいいですよと言ってるし、今から思うと、予備日を1日使えば縦走できたはずだが、
多分二人にとってあまりに聖平が居心地良過ぎたせいだろう。食料も縦走しなければ豊富(?)にあるし、安きに流れたのであった。

6月30日 曇り後雨

予想以上に天気の回復は早く、東の方角から朝日を見る。
今日聖まで登っておけば明日は下山のみだから楽だ。
朝登り始めたころは、薊畑からは光までの稜線がきれいに見えた。
道沿いの高山植物は今が盛りかと思うぐらい咲いていた。
ミヤマナントカソウや、タカネナンタラソウが可憐な花をつけていた。
下島さんは詳しいようで、盛んに写真を撮っていた。
残念なことに頂上付近はガスで視界は悪かった。赤石は見えなかったが、赤石沢
そしてまだ残雪の残る百間洞沢と小屋は確認することが出来た。
約20分ぐらい歩き、奥聖に行く。道ばたの這い松の中にしゃくなげがたくさん咲いていた。
聖岳の東尾根の下山口を確認し、戻る。再び前聖の頂上に着いたら、
雨がぽつぽつ降ってきたので、急ぎ下山する。小屋の近く、薊畑に着く頃には
本降りになっていた。

7月1日 火曜日 Day9 晴れ

6日間お世話になった聖平小屋ともしばしのお別れ。今度は、7月10日から
2ヶ月以上滞在することになるのだ。
聖沢吊り橋で大休止。お湯を沸かして、最後の食料をたいらげる。
目の前に聖沢がごうごうと流れている。下島さんは増水していると思ったようだが、
私の記憶ではここあたりはいつもこのぐらい水量がある気がする。
赤石沢もそうだったが、集水面積が広いので水はたぶん他のエリアの沢に比べると多いのだろう。
竿を出してみるといいサイズの岩魚が釣れた。でも、食べるつもりはなかったので、
しばらく観察してから流れに返した。
下に降りれば降りるほど、日差しは強くなり林道に降りたら、周囲の山々の上は
既にまぶしいくらい夏空だった。林道を歩いていたら、たまたま通りかかった
東海フォレストのトラックの人に椹島ロッジまで乗せていってもらった。
テント泊以外なら、乗せてくれるそうだ。
ロッジに着いて、下山報告を、ウランと久世支部長に公衆の衛星電話でやり、
今回の山行は終わった。
外のテーブルに座り、地図を見て、
次はどこに行こうか?と話しながらビールとワインを飲むのは最高だった。

7月2日 晴れ

沼平までリムジンバスで送ってもらう。
途中、千頭で休憩し、SL資料館に入った。 下島さんは鉄道マニアだそうで、大井川鉄道を走るSL機関車 C11を復活させるための寄付をしたと言っていたが、確かにパネルの中に下島さんの名前があったので驚いた。

(記: 掛川)

(ほぼ)初めての単独行レポ

日程: 2008年4月27日(日) – 30日(水)
山域: 後立山(北アルプス)
参加者: 国府谷
行程:
第1日目: 新宿 – 信濃大町 – 扇沢20:30
第2日目: 扇沢(5:30) – 爺ケ岳(9:20) – 冷池小屋(12:00) – 鹿島槍ヶ岳南峰(14:50)
第3日目: 南峰(6:00) – キレット小屋(8:10) – 北尾根の頭(10:15) – 五竜岳(13:10) – 五竜山荘(14:10)
第4日目: 五竜山荘(5:45)- 唐松山荘(7:55) – 唐松岳(8:15) – 唐松山荘(8:30) – 八方尾根スキー場(10:10) – スキー場ベース(10:45)

今日は、このレポートの〆切(09年3月末)間近である。かなり時間が経ってしまったが、記憶を遡ってレポートします。
4月27日
今回の山行は基本的に単独であるが、鹿島槍までは土井さんが同行してくれることになった。心強い限りである。私は単独ではハイキング程度しかしたことが無かったので、心中、不安でいっぱいだったのである。
GWの良い気候の真昼間に新宿西口のバスターミナルから長距離バスで出発である。いつもはないシチュエーションで良い気分だ。予定通り、土井さんと信濃大町駅までのんびり気分で出発した。
信濃大町には20時頃に到着し、その辺の何処かで寝ようかと思っていたが、今時そんな場所は無い。ここもすっかり都市化(?)している。結局、タクシーで扇沢まで行くことになった。幸いなことに料金はかなり負けてもらった(と思う)。寒いけどとっても静かな扇沢のターミナルで一杯やって就寝した。

(扇沢にて)
4月28日 晴れ
トロリーバスの行列が出来る前に出発。扇沢から少し戻って爺が岳南尾根に取り付く。途中から雪が出てきて歩きやすくなる。天気はとっても良いが樹林帯を抜けると風が猛烈に強い。

(爺ヶ岳を見上げる)
爺ヶ岳に着くと何処から登ってきているのか5・6人の登山者が居た。赤岩尾根から来ているのだろうか。
ここから、サクサク下って冷池まで。赤岩尾根の降り口付近はまだ雪庇が出ていた。

(雪からだいぶ出ている冷池小屋)
ここで、土井さんとこのまま鹿島槍まで行くかどうか話し合う。鹿島槍まで行ってここまで戻るのはしんどいが、明日帰京しなければいけない土井さんは今日登っておかないと明日がしんどい。結局、今日のうちに登っておくことにした。
小屋付近の吹き溜まりは雪が腐ってきていてズボズボもぐるが、暫く行くと雪がなくなってきて地面が露出してきて楽になってくる。相変わらず風は強いが、淡々と登っていくと南峰に着く。あんまり良さそうな場所は無いが、今夜はここで泊まるしかない。少し北峰側に降りた、若干くぼんだところにスコップで整地してゴアライトを設営した。

(南峰。泊まったのは手前の窪地)
この晩は何を食べたか、覚えていないが就寝後、夜中になりまた風がさらに強くなってきた為、15m程離れたところにある、南峰の道標にロープでテントの四隅の細引きに結びつけた。

4月29日

ここからはホントに単独行になるのでチョット緊張。下山する土井さんと正反対の北峰に向けて出発する。

(南峰で)
北峰には登らずに、手前でキレット方面へトラバースしていく。雪面はちょうどよく締まっていて歩きやすい。ところどころ下りではバックステップになる。黒部側はなだらかな斜面でシリセードでも下れそう(実際はムリだろうけど)にも見える。信州側は鹿島槍北壁へ結構でかい雪庇が残っている。覗いてみると北壁の尾根にもまだキノコ雪が着いているように見える。ルートは忠実に尾根を行くのではなく、直登出来ないところは、黒部側を巻いていくのでルートファインディングはそれなりにややこしいはずだったが、ラッキー(?)なことに、かすかなアイゼンの爪跡が残っている部分があったことも助けになってルートを探す時間をロスすることはほとんどなかった。
とはいっても八峰キレットでは2ヶ所ややこしいところがあった。最初のは、黒部側へ少し下降してからルンゼ状を尾根上のコルまで登り返すのだが、下降の部分でかぶり気味の雪面をクライムダウンしたところはヤバかった。次はキレット小屋手前で唯一信州側に出るところでこれもかぶったグズグズの雪庇をむりやりダブルシャフトで乗り込むところ。でもどちらも鎖が雪の下に見えていたので、ルートの確認は出来るところだったので、ここでいいのかな?とは思わず、これを行くしかない、という気持ちだったので心理的には楽だった。
快晴の中、思ったよりいいペースでキレット小屋に着き、悪場は過ぎたので気分は、勝ったも同然、という感じになってきた。

(キレット小屋)
ここから五竜岳の登りまでは、小さなアップダウンが続くが、雪も少なくなってきてもうアックスも2本は要らない。五竜岳の登りは雪が深いところを避けたりして適当に登っていった。

(五竜岳山頂で自分撮り)
ここから五竜山荘までは、結構めんどくさい下りを約1時間。山荘は明日からオープンとのことで天幕代は無しだった。他にはテントの人が一人いるくらいだった。泊テント説英語はポカポカのテント内で昼寝して、あっという間に食事も終わって明るいうちに寝てしまった。ビールは明日下山してから飲んだほうが美味いと思って我慢した。
この晩は風もさほど強くなく、よく眠れた(と思う)。

4月30日

頑張って早起きして唐松岳に向かう。このまま遠見尾根を降りることも考えたが、天気が良いのに計画通り行かないのも格好悪いし、八方尾根の方が短いので計画通り唐松岳までいくことにした。
唐松岳までもそれなりに悪いところもある。ちゃんとアイゼンワークが出来ない人は時間掛かると思う。唐松岳も八方尾根も雪のある時期に来るのは初めてなのでそれなりに新鮮だった。

下りの八方尾根はひたすら下るだけ。ジャンジャン下って、いくつかケルンを見送ってスキー場の最上部へ着いた。スキー場脇を歩いてもいいのか分からないが、初めからゴンドラに乗る気だったので、リフト・ゴンドラを乗りついで、あっという間に下界に戻れてしまった。
下界は春を通り越して初夏の陽気だった。久しぶりにいい気分を味わった気がした。
白馬のバスターミナルに行き、荷物を置いて、付近を散歩しながら温泉に浸かってビール飲んで食事して、降りたらやろうと思ってたこと(3つしかないけど)を全部やった。
帰りもバスにしたのは、安くて便利で来るときに味をしめたから。トイレも付いているので気にせずビールも飲める。勿論、ビールとつまみを買ってバスに乗り込んだ。

(白馬の村にて)
後記:今回の計画を思いついた理由は2つあった。ひとつは会に入りたてのころの正月合宿で敗退したルートだったから。このときは五竜岳 – 鹿島槍だったけど。
ふたつ目は、静岡のURANさんが数年前に同ルートを行ったときの記録を読んで一人で行けるかな、と思ったこと(URANさんからも行けるよ、と言ってもらったし)。
そんなこんなで、土井さんに途中まで付き合ってもらったりして、天気にも恵まれていい山行が出来たと満足しています。ぬるいかな?!

(記: 国府谷)

宝剣岳 – 檜尾岳(中央アルプス)

日程: 2007年11月23日(金)~25日(日) 前夜発
山域: 宝剣岳 – 檜尾岳(中央アルプス)
参加者: 清水(L)・塩足・斎藤・鈴木(泰)
行程:
第1日目: 千畳敷(9:55) – 浄土乗越(11:06) – 宝剣岳(12:00) – 遭難の碑(14:00) – 極楽平(14:30) – 濁沢大峰(15:30) – 檜尾岳中間コル手前(16:00/幕営)
第2日目: 檜尾岳中間コル手前(7:00) – 檜尾岳(8:00) – 引き返し地点(10:00) – 檜尾岳(11:40) – 赤沢の頭(15:30/幕営)
第3日目: 赤沢の頭(7:00) – 檜尾橋(8:15)

写真はこちらから(清水撮影齊藤撮影)

木曽駒と言えば千畳敷!雑誌などで見るたびに行きたくなる場所であったため、行く前から楽しみになり、家でも雑誌を広げて千畳敷を眺めていた。

前の晩は新宿から高速バスに乗り、駒ヶ根駅前にある立体駐車場の中にテントを張った。近くにはトイレがあり、0時まで開いているスーパーがありで非常に快適だった。
そして当日はロープウェーで一気に千畳敷まで上がり、建物の中でゆっくりと身支度が出来、少々違和感があった。千畳敷を見ようと外に出ると、雲も風も無く、目の前には見たくてしょうがなかった光景が広がっていた。やはり本物は期待を裏切らずきれいだった。青い空をバックに何枚も写真を撮った。

アイゼンを履くのに手間取ったが、清水さんと齋藤さんに助けてもらい、いざ出発!!
歩き始めてすぐに暑くなりだし、すぐに一回目の着替え休憩になった。ここから僕が一番目になり、清水さんに言われた通り、前を歩く人のトレースを追いながら後ろが離れてないか確認しながら歩いた。
すでに多くの人が先に入っていたため、乗越浄土までは快適な道が出来ていた。途中で一度休憩を取った時に、清水さんから雪山で休憩をするさいの場所の選び方を教えてもらい勉強になった。
この先も夏道が見えていたので、ジグザグしながら乗越浄土へ到着した。前方には木曽駒ヶ岳が見えた。
左側には宝剣小屋と本日のメインイベントの宝剣岳が見える。宝剣岳は岩という印象だったが、見たかんじでは困難さはそれほどないような気がして、生意気ながらも大丈夫だという確信を持っていた。
小屋の前で休憩をしながら、ザイルをザックから出して肩にかけた。何だか格好よくなれた気がして気分がよかった。宝剣に取り付くと、陽が遮られているために少し寒かった。あれだけいた人間も、宝剣を登る人はとなると、ほんの一握りのようである。そのため少しラッセルがあり、休憩で冷えた体もすぐに暖まった。雪が降ると岩が目には見えないため、たまに岩が邪魔で足の置き場を何度も探したりして体力を削られた。しかし、そんなことも初めての経験なので、どうすれば足場が一発で決まるだろうかなどを考えたりしながら歩いていた。そうしたらいつの間にか頂上付近にいたため、あっという間に宝剣の頂上に着いてしまった。なのでこの間の記憶がほとんど無いため、書きようがありませんでした。
宝剣からは御嶽山がよく見えた。御嶽山は僕が山を好きになるきっかけを与えてくれた所なので、その時を思い出しながらシャッターボタンを押した。そして頂上で記念写真を撮った。寒さの影響で、清水さんのカメラが少し体調不良気味だったが、なんとか持ちこたえたようだった。
下山は慎重に足を運んだ。一ヶ所だけ少し危なそうな所があったが、みんなザイルをだす必要も無く通過したので、ザイルはもう必要ないなと思っていたら、塩足さんが左側が1~2メートル切れ落ちている所でザイルを出してほしいという。そこで清水さんと僕が先に行き、清水さんがロープをFIXしようとしていたと思われるが、結局のところいい支点が見つからなかったために、スタンディング・アックスビレイを清水さんが行った。初めて見るスタンディング・アックスビレイは非常に興味深かった。そしてロープを操作する清水さんが格好よかった。
スタカット・ビレイをしている間に、単独者が先に行ったため、この先はずっとこの単独者のトレースを追うことになる。極楽平では、大パーティー(15~20人)が千畳敷から直接登ってきていた。このパーティーに追いつかれると面倒だということになり、濁沢大峰のキツイ登りも休憩をしないで一気に登った。ここの登りはラッセルと傾斜のせいで、すぐに息があがり苦しかった。しかし後ろの塩足さんはもっと苦しそうだったので、少し気休めになった。濁沢大峰から後ろをみると大パーティーがどんどん近づいてきていた。そのせいで疲れが抜けきらない内に早々と出発することになった。この時点で随分と時間が経っていたため、テントを張れる場所を探しながら歩いた。最終的には登山道の上にテントを張ったが、面積が少し足りなかった為にテントの一部が下に落ちていた。僕がそこに寝ることになったが、よく眠れなかった。初日の晩御飯は噂に名高い塩足さんのキムチ鍋が登場した。
キムチをそのまま担ぎ上げただけあって、とてもおいしかったです。
寝る前に外に出てみると少し欠けた満月が浮いていた。その明るさはヘッドライトがいらないほどで、周りの山すらよく見えた。一通り夜の山を見終わり、名古屋と思われる街の明かりに目をやった。平地に広がり続ける街の明かりを見ながら人間の力は凄いなーと関心しながらも、それらによる温暖化の問題が頭をよぎった。

翌日の天気も良好で、この日も単独者のトレースを利用するが、この日はスノーシューにしたらしく、アイゼンで踏み込むとズボズボと膝下くらいまで雪に埋まり、ちょっと辛かった。
桧尾岳に着く頃には風が吹き始めていた。休憩するときには風の無い所が必ずあり、そういった場所はポカポカとしていて気持ちよかった。桧尾岳から空木岳が見えたが、まだまだ遥か遠くのように感じられた。清水さんも今日中には予定していた所までは行けないだろうと言っていたが、この先で雪の状態が変われば大丈夫だということで空木岳を目指すことにした。単独者は桧尾尾根を降りて行ったので、ここからは白い雪面に一番最初に足型スタンプをつけられて、ちょっとドキドキしながらも嬉しかった。
カモシカの足跡を辿りながら歩いていたが、道は一向に良くならず、桧尾岳から1時間~1時間半程行った所で引き返して桧尾尾根を降りることにした。自分の作ったトレースだが、有ると無いとでは、かなり違った。途中で勝手に一部道を変えたが何も言われなかったので良かった。
桧尾岳から改めて予定していたコースを目で辿ってみたが、やはり長いな~と感じた。避難小屋の前でアイゼンを脱ぎ、小屋を覗いてみたが、シュラフが7つくらいあり、畳もあって快適そうであったが、ネズミに注意と書かれていた。
下山を開始してからすぐにラッセルになった。上から見ている分には、ほとんど雪が無かったように見えていたが、桧尾尾根の下山が一番深く潜り、意外に時間がかかってしまった。ここを降るからいいものの、もし登りだったら間違いなく途中で心が折れていたと思う。しかも距離がながい。こんな長い時間がかかる下山は初めてで、飽きるし眠いし完全に気が抜けていた。
この日のテント場は赤沢の頭で、またしても道にテントを設営した。水が無かったので雪を集めに行ったが、枝やら葉っぱやらの不純物が多く、塩足さんと清水さんが何度もタオルで濾して頑張っていた。
二日目の鍋は何鍋か忘れたが、とにかく痛い鍋だった。僕の口の荒れが尋常じゃなく、口の中はもちろんのこと、舌まで切れていて、熱さで痛くて、おまけに塩足さんおすすめのゆず胡椒が言葉すら失わせるほどに痛かった。あまりの痛さに涙が止まらず、僕は子供の頃に親に叱られて泣きながら食べたことを思い出した。食欲は完全に失せ、早くこの時間を終わらせたかったが、痛さでそれすらできず、久々にこんな最悪な晩御飯をむかえた。

下山後はこまくさの湯に入った。露天風呂から千畳敷を眺めることができ、気持ちよかったので、一人で長湯をしてしまった。
 
PS. 下山途中にムササビを発見したので、次回はカモシカとムササビを追いかけ回すのに来たいと思います。

(記: 鈴木(泰))

陣馬山でコーヒーブレイク

日程: 2007年11月4日(日)
山域: 高尾山 – 陣馬山(奥多摩)
参加者: 志村・清水(幸)
行程: 本文参照

厳しい山行で切磋琢磨している鵬翔内でゆる~く活動する異色の二人、お茶してきました。女の子だもん(?)たまにはいいでしょ。

最近休眠中の幸さんをハイキングに誘うと、軽く「いいよ。ガス持って行くからお茶しよ~」と言う事になった。ハイキングのゴールデンルート「高尾~陣馬山」。「お茶しよ~」は普通に日常使う言葉だけど、山女にかかると登山付。なんだか不思議。こんな事が一緒に楽しめる仲間に出会えた事を感謝する一瞬に、ついニマニマしてしまうのだ。紅葉にはまだ早い高尾のロープウェー乗り場では、イベントの準備が着々と進み、多くの人が登山に訪れている。

8:30 登り始める。

久しぶりに会うものだから、ペチャクチャ喋りながら登ると段々息が切れてきた。坂田さん曰くの『思ったことは何でも言い合えるし、お互いに実力が分かっているし、(少なくとも自分には)ストレスがなく…』は私にとっては幸さんなので、思った事は何でも言ってみる。「もうダメ!高尾山までしか行けないかも!」「いいよ~。行ける所まで行こう~」あくまでゆるい。これを読んだ鵬翔メンバーに怒られそう…。いや、呆れられる位かな?

そんなこんなでも、高尾山頂に到着。多くのハイカーで賑わっている。幸さんのザックの中で5Lプラティパスから水が漏れている。象が踏んでも漏れないハズなのに、このファスナー式は全く良くない。諦めて水を捨てる。ま、お茶には足りる位は私も持ってるし。

ちょっと休憩して、「さ、行こう」と真逆に歩きだす私。幸さんに「こうやってルートを外すんだね」と言われてちょっと凹む。このルートは3月に土井さんとトレーニングで歩いている。幸さんは鵬翔に入る前に1人で歩いているそうだ。
登ったり下ったりをあくまで喋りながら歩く。走る人を眺めつつ。私も今度は走ろうかなぁ。(注:平らな所だけですよ!)
紅葉には早いけど、秋晴れで気持ちいい~!このルートは暑いとキツイから、秋とか春とかが一番いいだろうなぁ。ホントは『春の桜』『秋の紅葉』時期がベストなんだけど、芋洗い状態に混むらしい。都会で生活する者として、山でまで人に揉まれたくない!!

13:30 陣馬山着

Zinbasan_2 「着いた~」ここまで来る人は少ないらしく広くてノビノビできる。今回はトレーニングじゃないので到着タイムは前回より遅いけどOKとしよう。ドカッと腰を下ろし、お茶の用意をしましょう。二人共沢山のおやつを持っているし、コーヒーはレギュラーコーヒーだし、天気はいいし、贅沢だなぁ。幸さんがカップ麺も持って来ていたので、食べる事にするが、「あ、箸忘れた!」「いいよ~、拾えばいいじゃん」と木の枝を拾ってくる。山には生活に必要な物が結構ある。気持ちのいい一日。こんな山の楽しみ方は如何でしょうか?
たまには一息。
とは言え、最後は日本酒で乾杯するあたり…。

(記: 志村)