平成16年度 ザイル祭 報告

11月27日〔土〕から28日〔火〕にかけて、当会恒例のザイル祭が行われましたが、今年は、当会会員のほか、入会希望の持田さんや平井会員のご家族をお迎えし総勢17名で盛大に執り行われました。
ザイル祭とは、一年の無事のお礼とこれからの冬山へ向けての安全登山を「ザイル大明神」に祈念し、先輩後輩無礼講で一晩のみ明かすという鵬翔恒例の行事です。
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● ハイキング 高水三山 27日
参加者:平栗、飯田、清水(L)、安達、塩足、持田(入会希望) (6名)
軍畑発 AM9:00 ~ 高水山 ~岩茸石山~惣岳山~御岳に下山 鳩ノ巣 PM3:0003
● ザイル祭〔懇親会〕 鳩ノ巣バンガローにて、PM3:30頃より
参加者:平栗、飯田、清水、馬場、安達、平井、(平井家族4名、奥さんと子供さん3名)轟、牧田、坂田、塩足、持田(15名)  
午後3時半から後発メンバーもそろい、鍋の準備に取り掛かる。07
鍋は魚貝類や豚肉、鶏肉の入った「???鍋」、今年の部屋にはガスの設備がなく、止む無く蒔で煮炊きをするが、蒔の炊事もまた楽しい。「ザイル大明神」への飯田神職の祝詞奏上に続き一同拝礼し懇親会開催。鍋を囲んで盛り上がり、夜半に牧田、坂田の2名の到着にA氏は一人夜中にも拘らず車を飛ばして駆けつけた2人に感激!一人盛り上がったのでした。(残念ながら、翌日には記憶になし!)10
 
● クライミング 鳩ノ巣渓谷の岩場、マコ岩(クライミング) 28日(快晴)
参加者:清水、平井、久世、牧田、坂田、塩足、和内、持田(見学) 8名13
国府谷会員の不参加により氷川屏風岩から鳩ノ巣近辺に場所を変更、朝、鳩ノ巣バンガローに久世、和内の2名を向かえ鳩ノ巣渓谷の岩場にてフリークライミング、10時過ぎより、40分ほど登り、マコ岩に移動、15m~20mのルート2本で、それぞれフリークライミング、アブミを使っての人口登攀の練習を行う、PM1:00平井、持田が下山
残った6名で登攀、PM4:00前下山

城ヶ崎あかねの浜

2004年11月21日

国府谷・坂田

掛川(静岡山岳会)・鈴木(ゲスト)

11月20日(土)

22:00(綱島発)

国府谷・坂田は前夜発。

ルネッサ城ヶ崎へ向かう。

ルネッサ城ヶ崎までは、比較的スムーズに行けた。伊豆スカイラインも検討したが、結局、

第三京浜→横浜新道→真鶴道路→熱海ビーチライン

のルートを取った。ルネッサ城ヶ崎は規模が大きく、駐車場を見付けるまで少しうろうろしたが、1時には就寝できた。テントは張れないので、車内で仮眠。良く眠れた。

11月21日(日)

7:30

起床。掛川さんを伊豆高原駅へ8:00過ぎに迎えに行くため、寝坊は禁物だったが、快晴で明るかったため問題なし。思ったより涼しい。ガイドブックに書かれていた駐車場は、ルネッサ城ヶ崎内の「無料」駐車場でだと思い込んでいたが、国府谷さんには違和感があったようで、ガイドブックを見直してみる。地図を見るとちょっと外れているようにも見える。周辺をうろうろしてみようと出発してみると、50mほど行ったところにトイレ付きの「いがいが根」駐車場を発見。ここが正解のようだ。ハイシーズンは分からないが、少なくともこの時期は無料のようだ。

8:00

伊豆高原駅で掛川さんと合流。

8:20

バイクの鈴木さんと合流。

9:00

あかねの浜へ向かう。ガイドブックでは、いがいが根駐車場から伊豆高原駅の方へ向かい、「喫茶ジュピター」で左折となっているのだが、この喫茶が発見出来なかった。潰れたのだろう、という意見で一致。大きい看板地図のところに自然探求路の入り口があり、迷うことは無かった。15分ほど歩くと、あかねの浜と書かれた道標があり、岩場へ到着。この頃には非常に暑く、半袖になる。我々が一番乗り。初めての城ヶ崎は想像以上に良いシチュエーションだった。向かって右手の方の増長点などのビレー点は波しぶきがかかるくらい。海は穏やかだったが、音が波が砕ける音がすごかった。

9:45

イソギク 5.7(国府谷リード)

今回最初で最後のリードとなった。名前の通り、黄色の菊がクラックの所々に咲いている。途中までは階段状だが、丈夫のクラックがなかなか厳しいようだ。トップロープをセットし、鈴木さんがトライ。やはり、同じところで渋っていたが、クリア。掛川さんは、残念ながらクラックを通過できず。坂田は、どうにかクリア。右手をフィンガージャム、左手は大きめのホールドに置き、右足をクラック内のスタンスに載せて体を持ち上げ、左足をスタンスに持ち上げられればOK。初めてのフィンガージャムは、不安ながらも感覚が掴めたのが収穫だった。これは重大な反省点だが、最後の懸垂でラークを2個やってしまった。ケガ人が出なかったのは幸いだった。

ここで団体が次々と到着。ゲリラ的にトップロープを一帯にセットし、占拠してしまった。もし、我々の方が到着が遅ければ、どうなっていたことやらと不快に思っていたら、ICIの講習会だった。しかし、空いているロープは自由に使わせてもらえることになり、一転、ラッキーな状況となった。講師が2人で、うまい登りも見られたのも良かった。

ライトレイン 5.8(トップロープ)

国府谷さんは、さっきよりもスムーズに登れたようだ直接は見ていなかったが)。掛川さん・鈴木さん・坂田とも、ハング岩左下逆△のホールドをキャッチし、右へトラバースするところで断念。傾斜が強く、持久力必要。城ヶ崎はグレードが低くても傾斜が強めなので、ムーブは素早く完了させることが求められる。

12:30 昼食

キャンドル 5.7(トップロープ)

出だしのやや甘いホールドで体を持ち上げるところが苦しい。ホールドがやや出っ張っているため、持つと後傾になるため、バランスが甘くなって躊躇してしまう。ここは思い切りが必要。上部のクラックも、出だしのスタンスがはっきりしないが、左手はフィストジャム、右手をハンドジャム(2本クラックが走っている)で体を支えて足を持ち上げてクリア。掛川さん、粘ったのだが、惜しくもクリアならず。ごぼうで核心部を越えることも試みたが、傾斜が強いので、体が岩から離れてしまい、これも厄介だったようだ。最後の国府谷さんは、いかにも5.7という感じでスタスタ完登。

ラッキーストーン 5.10a(トップロープ)

国府谷さんトライ。ハング岩下の水平クラックに肘まで突っ込んでジャミングして左へ体を移すところが核心っぽい?(これ以降はよそ見していたので不明)

毘沙門天 5.9+(トップロープ)

最後は波打ち際近くの高さのあるルート。最後の最後が核心。やや張り出した岩を乗り越えるところに小さいホールドが1つあるかないかという感じらしく、鈴木さんが粘ったものの、惜しくも断念。国府谷さん完登。掛川さんはお疲れの様子。坂田は半ばの最高に気持ち良いホールドをゲットしたところで断念。

15:30 撤収

行きに見つけられなかった「ジュピター」を発見。しかし、「喫茶ジュピター」ではなく、「レストランジュピター」であった。

高原の湯へ立ち寄り、すかいらーくで夕食。19:00頃出発したが、大渋滞で綱島へは23:20着。鈴木さんは伊豆スカイライン経由で。掛川さんとは熱海で別れた。

あかねの浜は、クライミング初級者にはピッタリのところだった。トップロープをセットできる林が終了点なのが良い。駐車場からのアプローチも楽。今回は、ICIのお陰でトップロープセットの手間も無く、楽しめたのが良かった。本数もそれだけ稼げたと思う。

国府谷さんの記録が最も参考になるはずなのだが、PCが故障中とのこと。写真などは後日アップ予定。

(記:坂田)

大菩薩連嶺縦走

2004年11月13日(土) ~ 14日(日) 前夜発
参加者: CL清水清二・安達重輝・牧田達也・塩足京子・和内優子
報告者: 塩足京子
01
(雷岩からの富士山)

大菩薩嶺から真っ直ぐ南に延びるラインを描く、滝子山へのルートを計画した。富士山が段々と大きくなっていくであろうことが楽しみなこのルートは、2日間ともお天気が良いことが望まれる。前日、金曜日は雨であった。この秋の雨模様には全くハラハラさせられる。

前夜12日(金)塩山着最終便の、東京駅21:23発中央特快の先頭車両に、各人都合の良い駅から乗り込み、高尾にて乗り換え、23:37我々5人は皆無事、塩山に着いた。この時間帯の東京は、まだ通勤帰宅ラッシュである。大きなザックを持っていなくても、車内をうろついて仲間を捜す事などできはしない。ありがたいのは携帯TELであった。

塩山の改札を出ると、最近では珍しい高校生の団体がシュラフに包まっている光景に遭遇した。中高年が花盛りの山になって久しいが、若い人を嬉しく思う自分も年を感じる。ステーションビバークの若者を尻目に我々は、何とタダ!¥0で、ソファーベッド付の畳の部屋にて一夜を過ごすことになる。タクシーを利用する為、事前に塩山タクシーに交渉された清水さんが、タクシー会社の方から好意で、ここを紹介されたものだ。塩山タクシーを利用すれば、いつもここを使ってもいいという事ではないと思う。清水さんの人柄の賜物であろう。駅前のコンビニで若干の買い出しをし、心地の良い畳の部屋で車座になって、明日の山を思いながら就寝前のお酒をいただく。チョッとのつもりが、あっという間に2時を過ぎる。慌ててシュラフの中へ。

朝6時、予定通り予約していたタクシーに乗車し、福ちゃん荘まで上がる(タクシー代¥5300)。タクシーの中から見える、紅葉の映える今日のお天気に感謝! 福ちゃん荘で朝食を摂り7時、稜線までの1時間を歩き出す。唐松尾根経由で雷岩に着。大変見晴らしが良いところで、上日川ダム湖の大菩薩湖の向こうに富士山が形良く見える。大菩薩嶺の山頂は周りを木に囲まれて展望は良くないが、ケジメとして空荷でピストンする。12
9時、大菩薩峠に着。この稜線で関西バスツアーグループ40名程と擦れ違う。前日20時に神戸を出発し大阪、京都経由で今朝4時に着いたという。さすがは富士山の眺めがすばらしいとのことで、深田久弥日本百名山になった大菩薩嶺である。我々も天気の良い秋の山を、しばし満喫することにする。30分程もゆっくり休んでしまったが、続く熊沢山への登りは今までの明るく開けた尾根道とは違って、樹林帯となる。そろそろ陽射も強くなって、日陰がほしいなと思っていたところである。が、下りになると再び笹原が広がり、展望が広く開ける。今日の泊は湯ノ沢峠であるが、ここに着くまで突然、見晴らしが良くなったり樹林帯になったり、ずっとその雰囲気の違いが楽しいルートであった。その間何度も富士山を見ることができた。

湯ノ沢峠には13:30着となる。湯ノ沢峠避難小屋のあんまりの快適さに、テントは張らず、その上ここのお布団も利用させてもらうことにした。無人ではあるが、しっかりと管理されたこの山小屋に感謝したい。11
予定通りではあったが早い到着に、取り敢えずの一杯タイムも早く始まることになる。飲みながら、夕飯のキムチ餃子鍋と切干大根を作り出す。それをつまみに、また飲む。果たして持ってきているお酒の量は限られており、まだ寝るにはいくらなんでも早い時間に、お酒は無くなってしまった。焚き火を前に、空っぽのコップはどうも寂しい。とその時、安達さんから俳句を一句との提案が上がった。最初に指名された私は焦ったというものではない。が、焚き火は人を俳人にした。なんとか捻り出し、次の人に繋げる。皆それなりに心得があるのか、次から次へと句が詠まれる。この高尚な催しに、驚いたり感心したりの夜であった。

翌朝、小屋の外に沢山の車が止まる音で目が覚めた。ここ湯ノ沢峠には、ここまで車が入るのである。やがて点呼の声が聞こえてきた。彼らが30名の団体であることを知る。この時我々は、まだシュラフの中であった。餅とワカメ入りのラーメンで腹ごしらえをし、6:45出発となる。予報では崩れるといった天気であったが、まずまずの朝であった。広くなだらかな草原状の尾根道を行く。すると先程の団体に、大蔵高丸で会うことになった。彼らは富士山のビューポイントを狙う写真家集団であった。今日の富士山は、ガスに纏い付かれていることが多かったが、夜明け時は良い姿を現してくれていたと思う。滝子山への道は広葉樹林帯に入っても木の葉を落とした木々で明るく、樹間から周りの山々が見える。樹林帯に入ると沢山のドングリが落ちていた。つい、富山の熊さんたちのことを思ってしまった。今年の冬を無事過ごせるのだろうか。

昔、このような木の葉を落とした木々の樹林帯で、秋の釣瓶落としに捕まって夕日が大きく傾いたことがあった。その時、樹間から射し込んでくる陽の光にうっとりとしたことを思い出す。真っ赤に焼けた空をバックに、黒々と木々が影を作る。陽の光は刻々と色を変える。辺りが闇に包まれるのは間もなくであった。心焦る状態ではあるが、もう一度その中に浸ってみたいとも思う。

滝子山へは、10:30の着である。最後のピークになったが、ここでも周りの山々の展望を楽しむことができた。今回のお天気男か女の方に感謝申し上げます。大菩薩嶺は黒岳に重なって見ることはできなかったが、遥か彼方から歩いてきた我々の足取りを思いながらのお茶タイムは、何と1時間も経ってしまっていた。初狩駅に着いたのは13:30であった。

早い下山に、初狩駅の裏手の高川山への登り口にある、八幡様のお湯でサッパリとすることにした。“風呂あがりにおでんが付いて¥1000”の入湯料は、分かってはいたが果たして曲者であった。お風呂あがりには、やっぱビールでしょう。“おでん”があったら、お酒でしょう。 この“おでん”大皿二皿、お母さんの気持ちのこもったもので、お腹一杯! 空になったビンやお銚子も一杯! 16:12初狩駅発の電車で帰路に付いた我々であった。皆様お疲れ様でした。

二子山中央稜

国府谷(L)・平井・坂田

11月6日(土)

21:30 新宿駅集合

何と今回は2ヶ月ぶりの山。前々からこーやさんとの会話に登場しながら実現しなかった二子山、楽しみにしていた。ただ問題は、仕事のピークが過ぎて気が緩んだのか体調を崩してしまったこと。遊ぶときに体調崩すなら、仕事のピークの時に体調を崩して休みたかったなぁ。

こーや車で出発。大きな渋滞も無く、0:30頃に坂本へ到着。R299から右折して股峠への林道へ入るところで、平井さんと合流した。この林道の道端でテントを張って寝ることにした。こーやさんと平井さんからビールの差し入れがあり、これを飲む。平井さんからはワインもご馳走になった。3:00過ぎには寝袋へもぐりこんだと思うが、酔っ払ってさらに体調を崩したらしく、気持ち悪いのがピークに。すっかり寝不足になってしまった。

11月7日(日)

7:40 起床

ようやく寝付けそうな感じになったところで朝。噂通り、平井さんは早起きのようで、とっくに起きていた。取り合えず登山道入り口前の駐車場へ止め、朝食。食欲なし。フルーツジュース、もっと買っとけば良かった。夜が明けてみると、紅葉がピークで、景色が赤かった。今年は紅葉シーズンを棒に振るとばかり思っていたのでラッキー。天気も最高!20分くらいで中央稜の取り付きに到着。東京から思ったよりも近く、アプローチが楽だ。

9:30

中央稜は行列が出来ていたため、当初の予定通り午後から取り付くことにした。ここ以外は、閑散としており、フリークライマー達は東岳で遊んでいるようだ。ウォーミングアップということで、ローソク岩で5.7を登った。石灰岩は初めてだったが、ホールドが角張っていて気持ち良い。

次は中央稜左側にあるタジヤン21(5.9)。こーやさんがまずリードで登ったが、見た目以上に難しいとのこと。トップロープを張ってもらったので取り付いてみるが、あえなく断念。中央稜のためにパワーを残しておきたい気持ちが強くて粘れない。カラビナの回収は平井さんが引き受けてくれ、「中央稜登れなくなるよ~」を連発しながらも完登。かなりのブランクがあるはずなのにすごい。

12:00前に昼食を取る。ようやく食欲が出てきた。

12:30 中央稜取り付き開始!目標は3時に下山。

1ピッチ目:Ⅲ+(坂田リード)

見た感じ余裕(見るだけはいつも余裕だったりして…)。80+20のでかいザックを背負っているのがイマイチ。もっと小さいのにすれば良かったかも。早速張り切ってリードしたところ、やっぱり余裕じゃん!と思ったのは途中のバンドトラバースまで。トラバースの出だしが簡単そうで踏ん切りがつかない。ちょっと腕力使っちゃった。バンドが広いので、確保は余裕を持ってやれたが、1本が11mmなので重い。セカンドとサードを同時にビレーするのは初めてで、2人の動きに合わせてビレーするのは器用さが必要だと思った(自分が不器用なだけ?)。

2ピッチ目:Ⅴ-(国府谷リード)

ここも見た感じはちょっと余裕。ローソク岩が手に取れそうな感じ。既に見晴らし最高!これ以降はこーやさんリード、平井さんセカンドに。右の凹角には古いボルトが打たれていて、すぐ左側のカンテにはフリールートのようなきれいなボルトが打たれている。ガイドブックには、支点が少ないと書かれていたが、このピッチは例外のようだ。おそらく、V-はない感じ。とかっこつけて書いてみたものの、実際には左を登りすぎて、行き詰ってしまった。戻るのは怖いので、右側の割れ目をレイバック気味に持って大股で移動。足がつるかと思った。

3ピッチ目:Ⅴ+(国府谷リード)

何といってもこのピッチが核心部。こーやさんでも、さらさらっとは登れないくらい。クラックは苦手なんだよな~、と思いながら恐る恐る取り付いてみると、やっぱり厳しい!左側はフレーク状だが、思ったほどフリクションが効かない感じ。左手はガバだが、右手が決まらない。足を乗せてくれ、といわんばかりのRCCボルトがフレークの左側に打ち込んであるのだが、ここは我慢して右手をいっぱいに伸ばしてみると、図ったようなガバをゲット。こういう瞬間は気持ちが良い。おかげで、RCCボルトの上にあるフットホールドに立つことが出来、一安心。ちょっとうまくなったのかな~、と思ったのも束の間、ガイドブックでは、ここが核心のはずだったが、どこをどう間違えたか、その上が苦しかった。クラックの抜け口のスリング、はっきり言って間違っても命を預けるべきではないようなお粗末なものだが、サードという甘えもあってしっかり掴んでA0。おまけに支点に足を掛けてA0x2。それでも足りずにロープをテンション。もう散々。思う存分腕力を使った。先の2人を1時間は待たせたと思う。「冬なら遭難だぞ」と平井さん。良かったゲレンデで…

4ピッチ目:Ⅳ-(国府谷リード)

3ピッチ目で安堵したせいか、4ピッチ目以降の記憶がはっきりしない。多分、そんなに難しいところはなかったんだと思う。

5ピッチ目:Ⅳ(国府谷リード)

こーやさんが時間を気にしてた(足を引っ張ってる本人が一番楽観的)。秩父の山並みがきれいだった。太陽が雲に隠れて肌寒くなってきた。

6ピッチ目:Ⅲ(国府谷リード)

記憶喪失。ほとんど歩きだったと思う。登りきった瞬間の「終わった~」ということ以外は…。

4:30 終了!

4時間も掛かっちゃいましたね。一般道を下山。

5:10 駐車場出発

温泉&食事&渋滞で、22:00前には新宿到着。

ちょっとはクライミング技術が上達してることを実感するのを楽しみにしていたのだが、結果にガッカリ。久しぶりの平井さんに良いとこ見せたかったのに。それでも、去年ならもっと苦労したハズ。また挑戦したい。そうそう、冬も近いし体力作りもせねば。

(記:坂田)

中央アルプス 西横川 沢登り

12.30mの大滝日時 : 2004年10月17日(日)夜行日帰り
参加者: CL掛川義孝・飯田平八郎・清水清二・牧田達也・塩足京子・和内優子
   : (静岡山岳会) 掛川浩世・小野田和世
報告者: 塩足京子

今年の秋は、台風や秋雨前線のおかげで全く憂鬱な天気が続く。先々週10月9日も、近年に無い勢力を持つ台風22号が静岡に上陸した。(この原稿を書いている正に今も、上陸したばかりの台風23号の被害の大きさを盛んにテレビが伝えている)おかげで体育の日の連休、楽しみにしていた山の計画は中止。散々なものであった。天気予報もあてにならない長雨が続く中、いい加減にせよと祈りながらこの日を待った。その日10月17日、雲ひとつ無い朝を迎えることができた。

夏前から秋の沢を計画していた。秋晴れの中、紅葉の美しさでは定評のある中央アルプス千畳敷カール近くに突き上げる西横川沢をである。今年最後となるであろう沢山行を彩るには、良い沢であろうと思われた。山行メンバーに、今月入会したばかりの和内優子さんが参加された。沢は始めてとのことであったが、至極積極的な様子に是非参加してもらいたい。しかしである。この沢に入渓したことのあるもの者が、我々の中には誰もいなかった。そうなると、初心者を連れていくのはいかがなものかとなる。そこでお助けマン、掛川夫妻の参加をお願いすべく、当初は金曜日夜発であった計画の調整を行うことにした。ご夫婦はこの夏(2004年7月11日)この沢に行ってきたばかりである。掛川婦人であるURAN女史の参加で、静岡山岳会の小野田女史にも参加していただけることになった。リーダーには掛川さんになっていただき、飯田さん、清水さん、牧田さんと私、男性4人女性4人の総勢8人のパーティとなった。

前日16日(土)夜、我々関東組5人は、新宿午後8時30分発の高速バスに乗って駒ヶ根に向かった。深夜0時過、駒ヶ根駅前の駐車場で静岡組3人と合流する。軽く仮眠前のお酒をいただき、早朝4時起床。4時30分、予約していたタクシーに乗車し、掛川車をデポする為、菅の台経由でしらび平に上がる。今日の天気の良さを保証するかのような、冷え込んだ朝である。さっきまで頭上には、満天の星が輝いていた。入渓点はしらび平直ぐ下の横沢で、歩き出すには未だ暗く、ここで朝食を摂る事にする。寒さを防ぐのに格好の、なぜか出入り自由の据え置き型のロープウエイ・ゴンドラがあった。

6時発。とても沢に入りたいとは思えない寒さである。沢靴こそ履いてはいるが、ウエアー装備はまるで冬山。靴もぜったい濡らしたくないと思いながらの入渓である。それでも2時間程経ち陽が高くなるに従がって、着ているものを次々に脱いでいくことになる。当初、駒ヶ根駅発6時の始発バスでしらび平に行くことを計画していたが、今回は人数も多い上に初めての方もいるということで、タクシーを使って1時間30分早い行動とした。おかげでのんびりと天気の良い秋の沢を満喫できるのかと、暖かくなった陽射しのもと8時30分ゆっくりと休憩を取る。下界の緑の樹林帯をバックに、赤く紅葉した一枝が印象的に輝く。遠くには青い空の下、南アルプスが幾重にも重なって霞む。

慎重を第一としたペースで遡行する。今回初めて沢靴を履く和内さんの緊張振りは、誰の目にも明らかである。小滝を幾つか越えていくが、怪しそうなところでは、ことごとくザイルを出しプルージックを取る。そのペースで行く為か30mの大滝を越えた10時を過ぎた頃、前に続くナメの状態を見ながら先頭を行く掛川リーダーが『 前回こんなに悪かったかな…。ルートを間違えたかもしれない』との声を上げた。ここでしばし検討が行われることになる。1時間程前に通過した二股まで下ろうかとか、偵察に行こうかということが言われたが、最終的には-ここに残置シュリンゲがあること、ここで下降した場合もはや登り返す時間は無くなるであろう-との判断でこのままこの沢を遡行することとなる。少し歩を進めた所でURAN女史の『渓状に覚えがある』の言葉に安堵することになる。シーズンやペースが変わると、山の印象は随分変わってしまう。沢の場合はことさらであろう。

それから以後も、掛川リーダーの慎重振りは変わることなく、確実な確保を第一としながら連続するナメ状の滝を越えて行った。陽が当たるとはいえ、時々浴びることとなる沢水はやはり冷たい。奥の二股で12時になる。天気は相変わらず上々で、少々ペースは遅いが焦ることはない。ここで左の沢に入り、間もなくゴルジュの中の30mの大滝。前回掛川夫妻は、ここの大滝が他のパーティで混んでいたため右岸を巻いたとのこと。しかし、この巻きがかなりヤバかったらしい。今回は入渓時より他のパーティには会っていない。最後までこのルートは我々の独占であった。この沢のハイライトであるのこの滝を直登することを、URAN女史は楽しみにしていたようである。果たして落ち口を抜けたところで袖口から水が入ったらしい。私が遅い順番でかなり時間が経過したところで見た彼女は、谷の早い日陰の薄い陽射しの中で、心持震えて待っていた。

ここを過ぎると間もなく水は涸れ、長谷部新道は近い。ここからURAN及び小野田女史と私の3人は、先に長谷部新道に上がって靴の履き替えを済ますことにする。特徴的な人物写真入りの遭難プレートのある長谷部新道に着いたのが2時30分。30分程待って全員揃う。ここからトラロープが張られた道を、千畳敷に向かって行くことになる。谷を出るとまだまだ暑いくらいの秋の陽射しを浴びながら、白い樺の幹の続く登りも下りも無い水平な道を行く。さすがに和内さんは、初めての沢にいささか疲れた様子で歩かれていた。懲りちゃたカナ…。少々彼女の心情を心配したりもしたが、後に帰りの電車の中で伺うと、この長谷部新道を歩いている間、今までに無い充実した時間を持てたことに深い感動を覚え、その感激に浸りながらの行程であったらしい。普通の山の下山時は、辛い下りにやがて泣きが入ることとなることも多いものであるが、今回はロープウエイを使っての下山である。平和的なこの道が彼女にそういう時間をもたらしたのかもしれないが、こういう感想を持ってくれたことがうれしい。やがて4時30分、ゆっくりと歩き、たっぷりと秋の陽射しを浴びることのできた秋の沢山行は、千畳敷のロープウエイ山頂駅で終わることになる。5時30分、最終のロープウエイから見る駒ヶ根の夜景がきれいであった。和内さん、また御一緒しましょうね!

今回のこの山行に、清水さんが出かける当日に発売されたばっかりの新製品、オリンパスのデジカメを購入されてきました。とっても小さくて軽いこのデジカメは、文字記録の他にボイス記録もでき、何と優れものかと。写りの結果はホームページでね!

◎交通費
ハイウエイバス 新宿~駒ヶ根      ¥3,150(回数券使用)   
 タクシー    駒ヶ根駅~しらび平   ¥5,670(1台 早朝割送迎代含)
しらび平~駒ヶ根駅   ¥4,860(1台 送迎代含)
ロープウエイ  千畳敷山頂駅~しらび平 ¥1,180
 JR      駒ヶ根駅~新宿     ¥6,620(スーパーあずさ使用)

信濃俣河内遡行記   2004年9月18~20日

13_2 メンバー: CL 掛川(義)、清水、掛川(浩)
 17日、清水さんは、夜新幹線で静岡にやってきた。その夜は、うちに泊まり、翌朝4時に起きて、5時ごろ出発した。8時、畑薙ダムに、着いた。まず帰りに車を拾いにいくための、自転車を沼平ゲートの近くの藪にデポする。3人だったので、小さい自転車を積んでくることが出来た。それから対岸の林道を行けるところまで、車で入る。今日は行動時間が長いので、少しでも時間を短縮したい。道はかなり悪く、いたるところ落石だらけだった。帰り、車が通れなくなったらどうしようと少し不安になる。15分ほど走ると4台ほど車が停めてあるところに着いた。どうやらここが終点らしい。先行パーティがいるのでは、釣果は期待できんなあと少しがっくりした。
8時半に出発する。入渓点の戸立沢までの道はなかば崩壊していた。昔は取水堰建設工事の為、ダンプも通れるぐらいの道だったのだろうが、今はワイヤーやロープを頼ってしか通れない道になっている所も多かった。1時間程の歩きで戸立沢に着く。いい天気だったので、けっこう汗をかいた。沢靴に履き替えて、10時ごろ出発する。最初、時間を短縮しようと、沢に入らず、左岸の杣道を利用して、幕営予定地のオリタチ沢まで濡れずに行こうかとも思ったが、天気も良く、林道歩きで汗をかいたので、涼しい沢を行く事にする。果たしてこれは吉とでるか凶とでることか?
最初は川原歩きである。川幅は広い。白神の追良瀬川を遡行した時と川のスケールは似ている。徒渉を何回かする。水量は膝までである。しばらく雨が降っていないので、おそらく平水よりも少なかったのだろう。しかし、時々流れの強いところもあった。清水さんはバランスを崩して、
首にかけていたデジカメを水没させてしまった。私も脛を打って、こぶを作った。徒渉に関しては、あまり経験がないため、一人ずつ通過した。当然体の軽い人は不利になる。3人でスクラムを組んで渡ったほうがよかったと思う。11時半アシ沢着。12時西河内沢出合。大ヨギ沢出合12時35分。三俣に13時20分着。珍しくほぼ3時間半のコースタイム通りだ。それだけ悪場がないと言うことか。ここまでに二組の釣り人に出会う。釣れてはいないようだ。三俣にツェルトを張っていたひともいた。ここから今日のハイライトである第一ゴルジュ帯である。この高巻きは悪かった。左岸の樹林帯を行くのだが、高さがある。木を頼りに行くのだが、足を滑らせたらちょっとやばい。ロープを張った。30メートルのロープで2ピッチ。ここの通過に時間がかかり、オリタチ沢についたのは17時だった。コースタイムは2時間だったが、倍の4時間かかった。これが普通だよな、やっぱり。清水さんに焚き火の準備をしてもらい、私は釣りをする。すぐに暗くなってもう目印もみえなくなる。ヘッドランプで照らしてやったりもした。なんとか2匹釣る。焚き火をし、岩魚を焼いて食った。
 19日は、4時起床。6時出発。天候は曇り、時々小雨がぱらつく程度。今日は、第2、第3ゴルジュ帯の通過がある。順調に行けば、4時間半で西沢出合だが、昨日のように倍かかる可能性も高い。とりあえずゴルジュ帯さえ抜ければなんとかなると考えていたので、仮に倍かかったとしても、3時には抜けられるだろう。すぐに、第2のゴルジュが始まる。第2のゴルジュは、両岸を高い岸壁に囲まれている中を、渕がいくつも連続している。まだ、日も差さず、薄暗いゴルジュは、神秘的な感じがした。ガイドブックにあった、渓魚育む谷という言葉がぴったりする所だ。ここで胸までの徒渉とあるところで浮き輪を膨らます。私がトップで行ったところでロープを張り、後続はロープでひっぱられながら浮き輪につかまって泳ぐ。いざ、入ってみたら、なんとか片足が着くところで泳ぐ必要もなかった。しかし大のおとなが浮き輪につかまって泳ぐ様はなんともおかしかった。沢ならではの遊びであろう。最後の出口の小滝がトラロープと、残置のシュリンゲにつかんではいあがったがここが一番いやらしかった。シュリンゲのハーケンがきいていなかったのであやうくぬけそうになった。ここはショルダーで越えたほうが簡単だったかも知れない。7時10分にぬける。出口のすぐ近くにヨモギ沢が流れ込んできていた。心配していたゴルジュの通過が順調だったので、うれしかった。昨日の方がしょっぱかったなどと話した。ここらで雨がしとしと降りつづくようになった。しばらく行くと、いい渕があったので小休止して竿を出す。一匹かかって、なお釣っていたら、雨が強くなってきた。まだ、第三ゴルジュも控えているので、自戒の意味も込めて、テントを張るまで竿を出さないと宣言して、先に行く。
第三ゴルジュは最後の左岸の高巻きで、下降の時、練習と思いロープを出し、5メートル程懸垂で降りる。10時半に抜ける。12時頃、西沢出合に着く。これから、今日は4時まで行動して適当な幕営地を見つける予定だ。ゆっくり行っても、かなり上流に行けるだろうから、明日は少しでも早く稜線に抜けられる。ここで大休止とし、釣りをする。本流は反応が無かったので、西沢を行ってみる事にした。ここは、魚影も濃かった。ここぞと思うポイントには魚がいた。すこし木の枝がかぶっている所もあり、釣りにくい所もあったが、10分程行った所に2段の滝があり、そこで4匹釣る。もういないだろうと思いながらも、仕掛けを入れると釣れてしまう所だった。6匹釣って、尺近いものも一匹あるので、これは刺身に出来るし、一人二匹は食えるからもう充分だと思い、戻る。腹をさばくと、卵が出てきたので、しょうゆ漬けにする。酒のさかなにいいそうな。特に悪いところもなく、左に大ガレ場が出てきた所で、少し高くなった山の斜面にテントを張る。また、清水さんが前夜の3倍ぐらいの木を集めてきて、盛大な焚き火をする。岩魚の卵のしょうゆ漬けと、刺身、塩焼きを食べ、ウィスキーをなめながら焚き火の炎を眺めて、沢の静かな夜を過ごす。3人用のテントで人の体温と焚き火のせいで温かく、ぐっすり眠れた。
 翌20日、雨は降っていないが、天気はぱっとしない。本流を詰めれば、最後の滝を高巻きがある。地図を見たら、右から入っている沢を詰め、仁田岳に出た方が距離も

小川山フリークライミング

2004年9月18日(土)~2004年8月19日(日)

国府谷(L)・坂田

久し振りの小川山である。前回は確か2年前のゴールデンウイーク。岩場ですら昨年のザイル祭の幕岩以来である。先週末はジムへ行き、多少なりとも体を慣らしたつもりだが、リードはぶっつけ本番だ。せっかくのキャンプなのにメンバーが寂しい気もするが、浮かれた気分で出発!

9月17日(金)

22:50 国府谷車にて新宿駅出発

9月18日(土)

2:00 小川山着

意外に車もテントも少なめでいつもの場所をゲット!

7:30 起床

9:30 ~ 14:30 クライミング

・ スラブ状岩壁

> ウルトラセブン(5.7) 坂田リード・国府谷リード

* これがセブン!?

* スラブはやっぱり怖い

* 終了点に着いてから失態の数々

* 外国人の団体に周辺ルートを占拠された

・ ガマスラブ周辺

> ガマルート(5.8) 主に坂田リード

* 2P目から登る

* 4P-5Pの予定が6Pになる(1P目から登ったとして)

* 4P目、山型のスラブが怖かった。かなり時間掛かる。

* 登りきったところは風が気持ち良かった。そう言えば今回は蒸し暑いくらい

* 先行パーティが1組。45メートルロープで懸垂可能か懸念していた

* 50メートルロープの我々が先行して懸垂してみる

* 2P目の懸垂支点が危ない。ロープが風化。高級テープを残置。捨て縄を携帯すべきだった。3P目は木を支点にした。

* 他のパーティは登ってきたルートを懸垂することに

久々で失態を重ねた一日だった。それにしてもセブンとエイトでこんなに苦し

むとはショック!

夕方からは雨が降ったりやったり。二人だけだし、テントが広いし、疲れたし

。焚き火をせず中でこぢんまりと夕食。メニューはビール・ポトフ・ライス・

鮭缶で満腹!18:00におやすみなさい(早っ)。

7:40 起床

あんなに早く寝たのに、朝はやっぱり眠い。国府谷さんが起きるまで粘った。朝食はポトフ・紅茶・ライス・桃の缶詰。せっかくラーメンに中華の具を用意してもらったのに、夕食が食べきれなかった。朝から満腹!

10:00~16:30

・ おばさん岩

> 「関東周辺の岩」には掲載なし

> 「日本100岩場」には掲載あるが、実際は岩の裏側にもルートが拓かれていた

> スラブではなく、好みの幕岩チック

> 私がおばさんになっても(5.9)

* 見た目は登りやすそう。実際は…。

* カンテルート

* 坂田登れず。国府谷リード

* エイトで断念とは…。昨日に続いてショック!

* カンテのホールドたっぷり。けどスタンスが…。

* 上部の右足は隣のルートのクラックを利用する感じで

* これはきっとナインじゃない

* もうパンプ

> 母子草(5.10c)

* 国府谷さんが好きなホールドスタンス細かく、手足を伸ばして登るルート

* 国府谷トップロープ

* 先のエイトと難易度は変わらない印象らしい

・ ともだち岩

> スカイウォーカーを登っているパーティ有り

> スカイウォーカー、国府谷さん後日オンサイト希望

> ディスカバリー(5.10a)

* 見た目は好きなルート

* 登れそう!

* 坂田撃沈

* 国府谷リード。上部は厳しい

今日はどこも登れず、落ち込む。ガマへ移動。

・ スラブ状岩壁

> かわいい女(5.8)

* 坂田リード・国府谷リード

* 最高!

* 気持ち良い!

* スラブが快適だったなんて!

* 欲しい場所にホールドが

* ロワーダウン可

> ウルトラセブン

* 坂田昨日に続いて再度リード

* さっきのエイトより登りにくい

今日は快適な気候。最終日にしてはのんびり楽しめた。これくらいのペースが良いかも。

ビールがうまい!

17:30 小川山出発

23:10 新宿着

途中、高嶺の湯(隣の福祉センターみたいなところ)とバーミヤンに寄る。渋滞30km。通過に2時間以上。3連休の中日なのに…。

今回は数々の失態に国府谷さんはハラハラ&イライラ。すみません。もっと成長するよう頑張るので、見捨てないで下さい。

(記:坂田)

白毛門沢遡行記

2004年8月28日(土)

メンバー: CL 掛川(義)・清水・坂田・塩足・掛川(浩)

当初の計画では、湯檜曽川本谷に行く予定だった。しかし、台風が接近しており、夜土合に着いた時は小雨が降っていた。翌朝、雨はやんでいたが、曇り空で天候が好転する望みはなかったので、沢に泊まる計画は捨て、日帰りの沢に行く事にした。白毛門沢は湯檜曽川の谷の中でも、入門的な沢なのでそこに行く事にした。

朝、土合の駅を6時50分に出発する。東黒沢を渡り、5分程行くと、白毛門への登山道との分岐に出る。そこから、しばらく東黒沢沿いの山道を辿り、何かの取水設備のあるところで沢靴と、ハーネスを着け入渓する。上越特有のなめ滝が連続し、沢に来たという実感がひしひしと沸いてくる。ところどころに渕があったので覗いてみるが、魚影はない。

去年はこの尾根をはさんで反対側のナルミズ沢でいい思いをさせてもらったので、日帰りでのんびり釣り糸を垂れる余裕はないと知りつつも、ザックに釣竿をいれてあった。

時期も遅いからだろうか、石をはがしても水生昆虫はいなかった。この時期は、もう成虫がえさになっているのだろう。あるいはせみとか、バッタなど。

私の持っている94年度版のガイドブックには倒木があり、うんぬんとあるが特に目立つようなものはなかった。既に流されたのだろう。8時前に白毛門沢の出合に着く。

雨が降り出してきた。しかし、強くなる気配もないので、どうせ沢なんだからぬれてあたりまえと思い、行く。坂田君も以前に比べてだいぶナメ恐怖症は良くなっているようだ。

スピードがかなり上がっている。

8メートルの滝の下で、直登するか巻くかしばし迷う。ここは6メートルの滝だと思っていた為、ここはさっさと通過し、次の8メートルに進もうと思い、巻いてみたら、8メートルの滝だったと気づいた。本にあるように確かに上部出口は悪そうだった。坂田君は登りたそうだった。15メートルの大滝を右岸のルンゼから巻き、大滝上に10時に着いた。

白毛門沢のハイライトである、20メートルのなめ滝は手前にかかるゴルジュ状の5メートル滝を左岸から巻いてそのまま左岸を進んで巻いていこうとしたら、ひどいやぶこぎになってしまった。後続の非難を浴びつつ、木登りをしていたが、たまらず20メートルの滝の中間部に出て、そこから流れを横断し、水流の左側を登った。5メートル滝を巻いたら、すぐ沢床に降りるべきだったのだろう。そこからはそれぞれ好きにラインを取りながら、滝を登っていった。上部スラブ帯は昨日からの雨のせいか水は最後まで流れていた。

12時45分、ガスと強い風の中、白毛門山頂に到着する。1時15分に下山開始し、3時40分登山道との分岐着。

翌日は、法師温泉に入り、帰京した。天候には恵まれなかったが、久しぶりに沢登りを、した気分で満足した。来年は是非湯檜曽本谷に挑戦したい。

(記:掛川 義孝)

2004年度夏休み山行報告

日時: 2004年8月17日(火)~2004年8月21日(土)

場所: 南八幡平 葛根田川遡行

メンバー: 掛川 義孝、 掛川 浩世

8月17日(火)

07:00 静岡自宅発-17:00 東北自動車道 古川I.C.-19:00 新堤公園キャンプ場(幕営)

東北地方に迫りつつある台風15号を気にしながらも、東名、首都高、東北自動車道と進み、盛岡I.C.まで行く予定だったら、時間切れのため古川I.C.にて降り、スーパーにて買出し後、近くのキャンプ場を探し幕営とする。地図にて見つけたキャンプ場だったが、既に日没のためなかなか場所がわからず、やっとのことで辿りついたが、東北地方においては季節はずれなのか、平日だからか、誰もおらず貸し切り状態だった。(無料)

8月18日(水)

08:30 起床-10:00 撤収-12:00 盛岡I.C.-17:00 国見温泉にて宿泊

台風が接近しており、山岳地帯での雨は予想され、古川付近でも雨がぱらついていたため、早々と沢への入渓はあきらめムードで、それでも盛岡までは向うことにした。盛岡に着く頃には雨も本降りとなり、益々沢への意欲は薄れた。せっかく東北までやってきたので、みちのく温泉の旅に切替えることにして、今晩は乳頭温泉にでも向うこととした。が、途中、国見温泉という看板を通りかかり、幸い、キャンプ場もあり、まだ行ったことがない温泉地でもあったので、こちらに立ち寄ることにする。が、2件ある山小屋風の宿以外、キャンプ場らしきものが見つからなかったため、宿にて問い合わせたところ、少し下がったところにキャンプ場はあるが、今晩は台風の影響で大雨が予想される、素泊まりにてこちらに泊まったらどうか、とアドバイスを受ける。たんなる商魂だけで言っている風でなく、誠実そうなご主人だったため、素直に聞くこととした。素泊まり2800円。ここの温泉が思った以上によかった。湯の花が非常に多く、3時間も誰も入浴がないと、湯の表面が真っ白になるそうだ。時期はずれとあり、宿泊者も少なく、男女共に貸し切り状態だった。また、部屋はとてもシンプルなものだったが、湯治に来ている方々もおり、我々も1泊で帰るのは惜しくなった。この晩は言うまでもなく大雨となり、ご主人に感謝。

8月19日(木)

10:00 チェックアウト-14:30 葛根田川-16:00 滝ノ上温泉キャンプ場(幕営)

この宿には露天風呂もあると聞き、さっそく朝風呂を浴びた。混浴だが、かけ流しの天気がよければ、秋田駒ケ岳を望む素晴らしい展望が利くであろう、最高の温泉だった。昨晩の雨は上がり、時折青空も見え、本日の予報は曇りということだったので、せっかくここまで来たことだし、葛根田川の偵察に出かけることにした。が、国道46号線を走る道中睡魔に襲われ、道の駅“雫石あねっこ”にて仮眠する。つい長居してしまった。葛根田川到着時にも雨はなく、川も思った以上には増水してなく、行程を詰めてこのまま遡行したい気分にかられたが、今晩は秋田県への台風の上陸が予想されており、やはり諦めることとする。夕方、降り始める前に帰ってこられるくらいのところまで沢に入ってみた。それでも多少の増水はあり、徒渉は結構厳しかった。掛川は何度か竿を出してはみるものの、釣果なし。賞味1.5時間ほどの遡行を楽しみ、近くのキャンプ場にて幕営とする。計画では初日にこのキャンプ場まで入る予定だった。ここでも同じく貸し切り状態。幸い、テント場はぶな林の中にあり、心配だった夜の台風もあまり感じられなかった。(300円)近くには温泉宿がいくつかあり、これまた山小屋風の国民宿舎があり、ここで入浴する。非常に熱い温泉だったが、ひなびた雰囲気が気に入った。(入浴料300円)

8月20日(金)

10:00 撤収-15:00 鳥海山麓(幕営)

かれこれ3日間台風と共に滞在した東北地方だったが、どこにも登らず帰静するには悔しく、週末は台風一過の晴天が予想されていたため、これまで機会がなく登ることのなかった名峰、鳥海山を目指すことにした。道中、多少の雨に打たれたが、青空は時折広がり、明日の天気に期待が膨らんだ。鳥海山荘にて入浴し、(400円)近くにキャンプ場があると聞き、探すがこれまた見つからない。鳥海おこじょスキー場の脇に、ぶな林に囲まれてひっそりあった。(無料)

8月21日(土)

4:30 起床-6:00 撤収-6:50 矢島口-9:40-七高山-10:00 山頂小屋-11:30 山頂-12:00 七高山-14:20 矢島口-16:30 秋ノ宮温泉郷-22日 8:00 自宅着

待望の青空が広がった。台風一過とは言え、登山道からの遠方の景色は霞んでいて、あまり展望が効かなかった。以前から登りたいと思いつつ、なかなか機会のなかった山だったが、台風のおかげ登ることができた。土曜日ということもあり、もう少し人がいるかと思いきや、矢島口からのコースは人気がないのか、我々の他に2パーティほどしかいなかった。驚いたことに、この登山道はコースの半分以上と思われる部分が、石畳となっており、非常に歩きやすい。これも、信仰登山のおかげだろうか・・・。それにしても、あのように3列にぎっしりと整理整頓された形で敷き詰められている登山道は初めて見た。結構な急登で、のぼり応えのあるコースだった。やっとの思いで七高山に着いたが、本当の山頂は目の前に見えている岩稜のてっぺんだった。が、ここからも日本海がばっちりと望め、これを期待していた私は、ここまで来られれば充分満足で、登頂はどうでもよかったが、水を忘れたことにより昼食に用意していたラーメンが食べられなかったので、山頂小屋まで行き水を購入するハメとなった。ついでに、山頂まで登った。日本海はかろうじて望めたが、男鹿半島は雲に見え隠れしていた。さすがに、ここまで来ると狭い山頂は写真撮影の順番待ちで、我々が下山する頃には、行列ができていた。同じコースを下山する。思いがけない山行に満足した。

本日中に帰宅したく、下山後、すぐに家路に急いだが、やはり東北から静岡は遠かった。途中、立ち寄り湯が閉店となる時間ぎりぎりのところで、秋ノ宮郷温泉郷に立ち寄った。小さなひなびた感じの町だったが、いくつかの温泉宿があり、一つに立ち寄った。これまた非常に熱いお湯だったが、一汗流せてすっきり。一気に静岡まで帰る意気込みだったが、さすがに途中で二人とも睡魔に襲われ、SAにて仮眠し、家に着いた頃にはすっかり陽が昇っていた。

2年前、白神山地の追良瀬川を計画した時も、東北地方が大雨となり断念し、昨年実現させた。今年も長い休みが取れる夏休みを利用して、遠路はるばる東北まで行ってみたが、またして台風により断

穂高縦走 8月7日(土)~8月11日(水)

コース   上高地~西穂高岳~奥穂高岳~南岳~槍ヶ岳~上高地

期 間   2004年8月7日(土)~2004年8月11日(水)

メンバ- 清水(L)・飯田・安達・塩足・坂田

8月6日(金)

ムーンライト信州81号集合

8月7日(土)晴れ(午後に夕立)

7:30 上高地発

11:00 焼岳・西穂高岳分岐着(20分休憩) 11:45 西穂山荘着

8月8日(日) 晴れ時々曇り

2:00 起床  4:20 出発  4:40 丸山着  5:45 独標着  7:40 西穂高岳 10:40 天狗岳着 11:25 天狗のコル 15:15 奥穂高岳着 16:00 奥穂山荘着

8月9日(月) 曇り時々晴れ(午後に夕立)

2:00 起床  4:35 出発  5:00 涸沢岳着  6:50 最低コル  8;25 北穂高岳 10:40 A沢のコル 14:00 南岳着

8月10日(火) 晴れ時々曇り

2:00 起床  4:45 出発(清水・飯田は新穂高方面へ下山)  5:57 南岳着  8:10 槍ヶ岳山荘着  8:30 槍ヶ岳山荘発  8:53 槍ヶ岳着   9:20 槍ヶ岳山荘着 10:50 坊主岩下 12:25 曲沢  水沢で休憩 15:45 横尾着

8月11日(水) 快晴

5:00 起床  7:45 出発 徳沢で休憩 明神池で休憩 11:00 上高地アルペンホテル着 21:28 新宿着

(坂田感想)

初めての北アルプス縦走は想像以上に楽しかった。連日の猛暑続き(もちろん下界の話)の割には天気が不安定で、大抵夕立に会ったが、長時間に渡った10日に夕立がなかったのはラッキー。それにしても最終日に限って快晴なのが恨めしい。下山日には靴擦れに悩まされ、日程が一日短縮されてしまったことが悔いに残るが、安達さんと塩足さんがそんなに怒ってなかったのが救いである(すみませんでした)。今回のハイライトである西穂~奥穂が一番印象的であった。北穂~は落石の多いガレガレなルートで苦手だった。稜線から見る北尾根がカッコ良かったです。北鎌尾根・横尾尾根にも登ってみたいし北アルプス北部にも行きたくなりました。最後に、皆様大変お世話になりありがとうございました。

感想文提出者 塩足京子

憧れのジャンダルム!

“ジャンジャンジャーン、ジャンダルム!”長い間、私の心の中にあったフレーズである。

山を始めて間もなくのことであったが、前穂高奥又白で夏の集中登山が行われた。満員の夜行電車でよく眠れなかった身は重く、未だこの辺りの地形を良く分かっていない私は、兎に角その日、ベースの奥又白池まで辿り付いた時には、もう死にそうな状態であったことを思い出す。この山行が私の穂高の岩場デビューとなったわけであるが、先輩に引っ張り上げられたルートは四峰を何本かと記憶している。この集中登山で、別のルートから来た隊があった。概念が分かっていないその時の私には、先輩たちの『ジャンダルムがどうだらこうだら』しきりに出る初めて聞くこの言葉に、カッコ良い山ヤを感じた。いつか私もそのジャンダルムに行きたい!そう思ったものだ。

その時から優に20年は経ってしまった。いつかこのルートを行きたいとずっと思っていたが、当初、山小屋山行など考えもしなかった頃、まだまだ辿らねばならない縦走路は多く、又“夏は沢!”にハマッてしまって、いつしかこのジャンダルム越えは遠のいていた。

今日、やっと夢がかなった。それもテント山行で!それも西穂から槍までとは!!計画では槍からまだまだ先に、東か西にルートを延ばすことになっていたが、私にしたら上出来だ。後半残った私を含めて3人が3人、揃いも揃って脚を痛めてしまっていた。私たちは迷うことなく槍沢を下っていた。槍の肩から横尾まで通常4時間のこのルートに、何と6時間も掛けてのんびりと下って行った。下りながら3日前のジャンダルム越えを思い出していた。何だか、ずっと昔のことのような気がしてならなかった。長い間、宿題となっていたこのルートを成し遂げることが出来た安堵感につつまれ、このときの私は幸せであった。そして思った。又いつかこのルートを辿ることができるのだろうかと。この度、飯田さんと同行して強くそう感じるものがあった。飯田さんの、大きなザックを背負っているにもかかわらず力強い歩きは、すれ違う人々を驚かせるには十分なものがあった。私の場合その時は、山小屋使用で精一杯、となってしまっているだろうが、いつまでも現役の山ヤでありたい、そう思った。この度のこの山行のリーダ及び同行者にすべからく感謝するものであるが、再びこの山行が行われることがあれば、又皆さんよろしくお願い致します。その時、牧田さん、ご一緒しません?