赤岳主稜

反省と課題、、、初めてのリードを振り返って。

 

僕にとってバリエーションルートでのリードデビュー戦となった今回の赤岳主稜。

結果としてはなんとか登る事ができたものの、時間の大幅な遅れ等今度の課題を残す事になった山行でした。

 

日時:2015年12月05-06日

山域:八ヶ岳

メンバー:国府谷(L),五十島,高橋

工程:

1日目:美濃戸口-赤岳鉱泉-C1

2日目:C1-行者小屋-主稜取り付き-赤岳-C1-美濃戸口

 

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1日目:この日の写真はカメラに沢山残っていた。

美濃戸から鉱泉まで、いつもの道をいつも通りに。

共用装備にロープを加えた荷物は冬に担いだ事がなかったが、道がしっかりしているせいか思った以上に歩けた。

 

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幕営後も時間があったので、高橋さんと空荷で赤岩の頭を登る。

終始穏やかだったこの日も稜線が近づいてくるとさすがの風。

時間切れで硫黄岳は諦めて復路を下ることにした。

4時前に国府谷さんの待っているテントに到着、夕飯を食べた後は早いうちに就寝。

この日の写真はカメラにたくさん残っていた。

 

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2日目:向かえた登攀当日

 

覚悟していた寒さもそれほどではなく、思っていた以上に寝れた。

テントを出るとさすがに冷気が堪える。心配していた天気はいい意味で予想を裏切ってくれている。

 

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まずは行者経由で取り付きまで。

途中で同じ行き先と思われるPTとすれ違いながら、取り付きに到着。

この時点で既に順番待ちができていた。

結構な時間を待っていただろうか。10時を回る頃に僕達のPTへ順番がやってくる。

そもそもこの山行の目的は、僕のリード練習と高橋さんのフォロー練習だった。

その為、トップ五十島でセカンド高橋、万が一を考えて国府谷さんが高橋さんに並走しながらサードという編成になった。

 

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いよいよ自分が登ると思うと、色々とどうしようもないifが頭によぎる。

そんな雑念を他所にビレイの準備は終わり、1P目が始まる。

しかし登り出せば不思議とムーブに集中できるもので、核心らしい核心も感じないま気が付くとチムニーの上に立っていた。

ここで再度の順番待ちがあった後に右上してピッチを切る。

初めての支点作成に戸惑いつつもやっとの事でセカンドにコール。

程なくして高橋さんと国府谷さんが上がってきた。

2人ともセルフをとって解除のコール。

初めてのリードで1P目が無事終わり内心ほっとしていた。

風もなければ気温も高い。核心の出だしを越えたのだからと、楽観視していた。

 

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しかしここから2P目の登り始めまでに時間がかかり、ついた先のビレイ点構築にも手間取ってしまう。

気が付くと先行PTが見えなくなっていた。

登攀の遅れを気にし始めたのはこの頃だったが、今考えればもっと早く気づけたと思う。

その先もペースはあがらず、3P目4P目と遅れつつもロープを伸ばしていく。

前半比べて登攀要素の少ない後半部だったが、脆い岩の上に薄く雪がのっていて慣れないせいか慎重になってしまう。

ビレイしながらフォローを待っていると、国府谷さんは不安定な岩を気にもせずに高橋さんを庇いながら登っていた。この辺りに経験の差を痛感する。

あと2-3ピッチという所で風が強くなり、時間も既に3時近くを回っていた。

残念ながらここでタイムアップ。ビレイを国府谷さんに変わって貰い頂上を目指した。

 

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満身創痍で頂上についたのは4時を過ぎていた。

刺すような風の吹く中、3人で握手をした。悲しい握手だった。

そこからひたすら下る事4時間以上。

悔しさと申し訳なさでいっぱいだった。。。。

 

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連れてきて頂いた国府谷さんには面目ないです。

ビレイしてもらった高橋さんにも、力不足でした。

でももう一度やりたいと思ってます。

必ずリベンジしなくては、、、!

(記:五十島)

明星山

日時: 2014年10月11日(土) – 12日(日)前夜発
参加者: 国府谷・坂田・他1名 山域: 明星山(糸魚川)
行程:
第1日目: フリースピリッツ(15ピッチ)登攀 – 終了店付近にてビバーク
第2日目: 下降

明星山前々から気になっていた明星山、ようやく足を運ぶ機会を得た。

アプローチは素晴らしく手軽。観光客も岩壁を間近に感じることが出来る。
徒渉がなければもっと良いが…。

台風前の晴天に恵まれ、南面ということもあって暑いくらいだった。

駐車場には8台くらいあって盛況。ほとんどがフリースピリッツに集中してしまい、大渋滞。浮き石が多く、長時間の待ちは落石を受けるリスクが高い。 現にこーやさんが大きめの落石をくらい、首に当たったかと思って青ざめたが、ショルダーストラップに守られて事なきを得た。 かくいう自分も、つかんだホールドが外れてフォール、落石を誘発してしまった(最後発パーティのセカンドだから良かったが…)

フリースピリッツはトラバースが多く、やや回りくどく感じた。期待したほど安定しておらず気を使う。人気ルートの割に終了点がしっかりしていないのもいただけない。残置は当てにならず、カム類は必須。 グレードはトポ通りという感触で、石灰岩といえどもフリクションはしっかり効く。見晴らしも良い。

1ピッチが比較的長く、50m以上がおすすめ。 今回はKさんが全ピッチリード、タフさに助けられました。

数ピッチ登ったところでクライミングシューズのソールが両足ともに経年劣化ではがれてしまった…つま先部分が残ったのは幸いだった。

終了点に着いた頃には日暮れで、下山路を見つけられず、ビバークとした。 こんな時に限って装備も水も手薄…。薄着で寒かったが、こーやさんがツエルトを持って来てくれていたのに助けられた。

長い夜が過ぎて下山。やっぱり分かりにくいが、フィックスが張られていたりして、改善されているようだ。ただ足場は悪く、初めての下降がヘッデンだとかなり苦労することが容易に想像できた。

夕食兼朝食の鶏団子スープをいただき、ようやくほっとした。 何かとトラブル続きで印象が悪くなってしまったが、気温も高く、天気に恵まれたことは良かった。 本チャンはメンタル面の強さも要求されますね。

(記: 坂田)

鹿島槍東尾根

鹿島槍東尾根
日時: 2014年4月26日(土) – 29日(月)
山域: 鹿島槍ヶ岳 – 爺ヶ岳(北アルプス)
参加者: 国府谷(L)・坂田・中村
行程:
第1日目: 大谷原(8:20) – 鹿島槍東尾根二ノ沢ノ頭付近(14:00頃/幕営)
第2日目: 二ノ沢ノ頭付近(5:30) – 鹿島槍ヶ岳南峰(12:20) – 冷池(14:30頃/幕営)
第3日目: 冷池(5:20) – 爺ヶ岳(7:05) – 神社(12:30)
天気に恵まれ(1日目・2日目は晴れ、3日目は曇り)、久しぶりに泊まりで山へ入りました。行く前はいろいろと高望みも出ましたが、いざ登ってみるとちょうど良かったというか、疲れました。特に下山後半は…調子の悪そうな中村さんに追いつくのも大変な有様で。
5パーティくらいは入っていてさすがの人気ルート、トレースにも助けられました。
いつもながら春山の核心は、クライミングよりも、リッジや斜面に中途半端に乗っかった雪の処理だと思いました。食事は初日はキーマカレー、2日目はトマト鍋、どちらも当たりで力出ました。第1岩峰は雪がついてノーザイルのパーティも居ましたが、取り付き部分は雪が切れていたので、ノーザイルで登ったこーやさんにロープを下ろしてもらいました。第2岩峰もこーやさんリードで、セカンドなのに思ったより苦労してショックでした。中村さんもスムーズで、パーティとしては比較的時間を掛けずに登り切ったと思います。入山時の県警の救助隊からは、積雪量は平年並みとの情報をもらいました。気温は高く、やっぱり春山は快適ですね!
また、定期的に山に入りたいと思わせる山行でした。
こーやさん、中村さん、大変お世話になり、ありがとうございました。
(記: 坂田)
鹿島槍前半1

鹿島槍前半2

  • 今回は、ロートルの私の体力を考慮して、国府谷さん・坂田さんに共同装備の主なものを背負ってもらい、テント場設営なども二人でやってもらいと、お客様扱いで楽をさせてもらいましたが、それでも二人のペースにはついていけず、常に遅れ気味で少々迷惑をかけました。
    特に最終日は、疲れからか胃をやられ、鹿島部落に着くころにはなかなか固形物を受け付けないくらいになっており、普段の節制をちゃんとしなければと大反省でした。
    一日目は一の沢の頭の手前でテントを張ったが、鹿島槍から爺が岳までの眺望が素晴らしいところでした。二日目の二の沢の頭から第二岩峰までが核心部で、第一岩峰までの急な長い雪壁はやらしかったし、第一岩峰のルンゼと第二岩峰ではザイルが必要でした。
    第二岩峰すぎて、北嶺についてもまだ本峰である南峰までは結構の距離があり、バテバテの状態で南峰に着きました。最終日は、体調不調ながらも爺が岳から長い東尾根を1700mくだりきりました。
    山行は天気にも恵まれ素晴らしいものでした。鹿島槍東尾根だけでも素晴らしいのですが、さらに爺が岳まで縦走し爺が岳東尾根下降するというルートはさらにこの山行価値をあげました。
    国府谷さん、坂田さん、どうもありがとうございます。
    (記: 中村)

  • 八ヶ岳阿弥陀岳南稜

    八ヶ岳阿弥陀岳南陵
    日時: 2014年4月5日(土)
    山域: 阿弥陀岳南陵(八ヶ岳)
    参加者: 国府谷(L)・坂田・中村・五十島
    行程: 船山十字路 – 阿弥陀岳南陵 – 御小屋尾根 – 船山十字路
    阿弥陀南陵を日帰りで行くと聞き、自分の体力を考えて迷ったが参加させてもらうことにした。3週間前に久世さん・五十島君と行者小屋経由の阿弥陀を日帰りでやって、何とかなりそうだと思ったからでもある。しかし、皆のペースにはやはりついていけず、常に遅れ気味で迷惑をかけながらもなんとか無事に登頂し、下山できた。1日前に降った雪が積もっただけでなく、気温・積雪量すべて厳冬期とあまり変わらない感じだった。
    核心部のルンゼは手前のバンドのトラバースは雪のため行けず、一段下がってトラバースし、ルンゼ下にでた。ルンゼは、下半分は雪がある程度ついていたのでノーザイルでいけそうだったため、国府谷さんを先頭に、五十島、中村、坂田の順に登り始めたが、途中から凍った草つきと岩のミックスになり、さすがにザイルが欲しいと思う箇所があった。
    さらに頂上直下のバンドのトラバースは、1か所1mくらいがいけず、ここも国府谷さんがリードしていったん下がってから登り返さざるを得なかった。雪がつくといつもは何ともないところが全く変わってしまうという良い例だった。
    今回の山行で、通常1泊2日のルートでも軽装で日帰りするとまた別の充実感があり、これも良いと思った。(体力のあるもっと若い時からやっていればよかった。)
    (記: 中村)

    リードのやり直し

    日程: 2012年1月7日(土) – 8日(日)
    山域: 権現岳東稜(八ヶ岳)
    参加者: 国府谷(L)・久世・坂田・松林

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    1月7、8日は八ヶ岳権現岳東稜。
    メンバは久世支部長、坂田さん、松林さん、ワタシ。

    美の森駐車場に7時過ぎ到着し8時前には出発。
    雪の少ない林道を経て赤岳沢出合小屋に10時前頃(たぶん)。
    ここまで天気も良くトレースもあり楽ちん。
    ここで水5.5Lを補給。
    みんなも2L以上持参。坂田さんは4L(でも凍ってて使えず)。

    今回は「もしかして積雪が極端にすくないかも」という心配と、いつも水作りがめんどいので多めに水筒を持つという作戦をとった。

    権現東稜末端までは順調に進んだが、ここまで沢沿いに来て氷の踏み抜きをしていたため、これ以上ゴルジュを進むのをやめて尾根に取り付いた。
    が、これが失敗。
    尾根に上がったものの、岩に阻まれ廻りこむうちにまた権現沢左俣に降りてしまった。

    結局ゴルジュを過ぎて少ししたところから尾根に取り付いた。
    (今度は行き過ぎてたかも)

    Img_0152_s
    尾根はそれなりにラッセルがあり難儀するが(トップの久世さんのみ)、狭いながらもなんとか幕場を確保して落ち着いた。
    たぶん2300mくらい。
    他には良さそうな場所は見あたらなかった。
    気温はマイナス17度とか非常に低い。

    質素な食事(お酒なし)を済ませて19時就寝。
    (早い)

    翌日は4時起床するも7時出発。
    (遅い)
    天気は良い。1時間弱でバットレス下に到着。
    ここからロープを出して、尾根が細くなったところから草付きを経てバットレス基部を左に回りこみ3ピッチで核心の岩場の取り付きに着く。
    取り付きは狭くはないが、ピンがハーケン1本だけなので大勢はいられない。

    久世さん松林さんパーティと坂田さんワタシの順。

    ワタシは2度目だが、前回は核心をリードしてないので今回はリードさせてもらう。

    天気も良く気温も高い(マイナス5度くらい?)のでまずまず快適に登りきる。
    (上手になった?)

    核心から頂上までは4ピッチ半くらいだった。

    ここから下降路のツルネまで1時間弱。
    さらに出合小屋まで1時間強。
    17時に出合小屋を出て直ぐにライトオン。
    駐車場には19時前には到着した。

    お急ぎで片付けてたかねの湯、蘇州経由で帰宅しました。
    道路が空いていたお陰で23時過ぎには帰宅できました。

    皆さん有難う御座いました。
    今度はどこにいきましょうか?

    (記: 国府谷)

    北穂高岳東稜

    日程: 2009年5月3日(日)
    山域: 北穂高岳(北アルプス)
    参加者: 久世(L)・飯田・松林
    行程: 本文参照

    快晴

    20090502kitahojpg 天候に恵まれ、久世リーダー・飯田・松林の3名で5:00涸沢BC出発、涸沢小屋右手から北穂沢を詰め2時間ほど登った付近から右の北穂東稜に取り付く。私は数年前無積雪期に一度このルートを登ったことがあるが、積雪期の登攀は初めてである。東稜の稜線までは無積雪期は樹林帯を登るので、積雪期の方がむしろ楽である。8時半頃東稜の稜線にたどり着く。先に5・6パーティ画登っていた。東稜の稜線の前半分くらいがこのルートの核心部ゴジラの背と言われているところである。無積雪期では一部岩稜帯を馬乗りになって通過した記憶がある。核心部は当然ザイルを使ってのスタカット・クライミングになる。こういうところは何回通っても緊張させられる。7・8ピッチあっただろうか。

    20090502kitaho1jpg岩稜帯を無事通過し、後は雪稜をひたすら登るだけである。北穂高小屋がすぐ目の前に見えてもなかなか登り甲斐がある。北穂高小屋に着いたのは正午であった。小屋のすぐ上が頂上である。頂上ではかなりの登山者で賑わっていた。快晴で奥穂高岳・槍ヶ岳・常念岳等々360度の眺望が素晴らしかった。北穂沢を下って涸沢BCには14時頃到着した。

    (記: 飯田)

    岩と雪の世界へ

    日程: 2007年12月8日(土) – 9日(日) 前夜発
    山域: 石尊稜(八ヶ岳)
    参加者: 芳野(L)・志村・他1名
    行程:
    第1日目: 美濃戸口(7:20) – 美濃戸(8:20) – 行者小屋(12:00/13:00) – 中岳沢のコル(14:30) – 行者小屋(15:30)
    第2日目: 出発(6:20) – 石尊稜取付(8:10) – 主稜線(13:30/13:45) – 行者小屋(14:30/15:10) – 美濃戸口(16:40) – 美濃戸(17:30)

    12月8日(土)

    今回は、前の会の仲間・S女史を誘った。一回りの年齢差があるが、いつもやる気にあふれ、頭の下がる人である。岩や雪稜のバリエーションに2人だけでも良く行ったので、気心が知れている。初めての志村さんには悪いが、今回はバリエーションだから経験者参加に目をつぶってもらうことにした。

    美濃戸までの凍った道が私の運転では不安で、美濃戸まで走る車を横目に、車は美濃戸口止まりとした。美濃戸まではトレーニングと思って歩け歩けだ。美濃戸山荘前の南沢登山道入り口に「橋が流れ、通行止」のロープが張られている。エッ!橋はすぐそこなので入ってみると、丸太3本で仮の橋があり、難なく通過できた。30分先で左へ折れ上がるところを、先頭集団がそのまま沢沿いに進んで行く。「?」どう考えてもおかしいので、トレースはないが正規ルートを進む。1時間以上先でその先頭集団が後ろからやってきた。あのまま南沢を詰め、ドロドロになったと言っていた。この道は初めてなのだろうか。

    行者小屋着は12時になった。阿弥陀岳ピストンは中止とし、テント設営後暖かい甘酒を飲み、のんびりとする。静岡山岳会の人達がいたので挨拶を交わす。時間があるので雪訓に行くという。私達も、穏やかで真っ青に晴れた空のもと何もしないのが勿体無く、中岳のコルまで歩くことにした。明日の石尊稜のためにいろんなピッケルの使い方を知って欲しかったし、合宿前だし、ただでは一日を終わらせてはいけない、と。

    コルからは、冷たい風が吹き渡る中に権現岳方面が見渡せ、清清しくさえある、下山の途中でビーコンの練習を行う。シーズン初めにやらなければいけない事の一つ。お世話になりたくはないが・・ 16時をまわると日も陰り、寒さも増す。テントに入って女3人、お酒を呑みつつおやつをパクつき、お腹いっぱいになって眠りに着く。

    12月9日(日)
    私の時計はすでに5時20分を指していた。回りは静か過ぎるが、4時半起床の予定だったのであわてて起床を掛け、準備に取り掛かる。α米ができるまでに靴を履き、スパッツまで付けたのに「3時前ですよ」… 3時間も時計が早くなっていたらしい。ごめんなさい、ゴメンナサイ、すみません、申し訳ございません。また、寝た。そんなハプニングがあって、5時半出発の予定が6時を回ってしまった。

    天気予報と違い、夜中に雪が降り続いていた。トレースを消す程ではないが、ヤな感じ。赤岳鉱泉近くの三又峰ルンゼに残るトレースに入る。でもトレースの上に雪が乗ったまま誰も歩いた形跡が無い。石尊稜に誰も取り付いていないなんて信じられない。不安になって地図で確かめたりした。トレースはそのまま沢を進み、壁が迫ると左手に上がる。左の尾根へ早めに取り付けば良かったが、膝までのラッセルのまま急登となり、7mのトラバースで尾根へ上がった。安定したところで準備を確認し、芳野リードでスタートする。樺の木でビレーをしたが、初めての志村さんにも1本を預け、その後の指導等コマゴマはS女史に任せる。

    3mの草付き後、岩に取り付く。私もS女史も何回かこのルートに来ているが、アイゼンで取り付くしょっぱなの岩は、手強く感じる。良く探せば見つかるピンも、岩との保護色でキョロキョロするばかり。岩の凹部に薄っすらと乗っている雪を払って状態を確かめ、ピッケルを岩に引っ掛けて上がったり、小さな雪面に打ち込んで支えにしてみたり、アイゼンの前爪を利かせバランスを保つ。志村さんチャンと登ってコイよ、と思いつつ時々本気モード。ガバの様な手がかりも下向きだと手袋で滑るし、下から見て行けると思ったルートも悪かった・・ 1歩ずつ確認を取りながら進むので、下部2Pはかなりの時間を要した。その先は雪稜になるが単純でもなく、しかもザイルをつけたままの3人だと尺取虫状態で、距離を伸ばせない。途中下から2人パーティが登ってきたので道を譲ると、サッサと登って姿を消した。トレースをつけてもらう格好になったのは、ラッキーなのか? 天候は、吹雪いて晴れて、雪が舞ってまた青空がチラリ、そしてガス、と目まぐるしく変わり、寒さ厳しい八ヶ岳らしい。ガスが晴れると、八ヶ岳・岩稜帯の真っ只中にいる。その岩と雪の世界に、女3人だけ。チョット痺れますね! 上部は、細い岩のリッジから始まりガバがしっかりしていて、快適に登れる。右に回りこんで雪面を12m、岩で支点をとり一旦切るが、確保していて寒くて震えが止らなくなってきた。また岩のリッジから太い枝の下をくぐり左へ回りこみ、ルンゼ状から雪面へ。また岩にてビレーの後、左方向30mで稜線の縦走路に出た。

    晴れていた。清里も赤岳も赤岳鉱泉も、全部手の中にある感じ。「お疲れー」と3人で握手を交わすものの、寒くてたまらない。ザイルを片付け少し下ると、風が当たらない暖かかい場所だったので休憩とし、やっと食べる物にありつく。終了した達成感と危険地帯を離れた安堵感、そして疲労がない交ぜになった状態で、地蔵尾根を下る。途中、自分達が登った石尊稜のトレースが見える。よく登ったね、志村さん!1月の編笠山とは雲泥の差じゃない。登れば登るほど、登れるようになるのだ。
    行者小屋でゆっくりしたかったが時間に余裕は無い。片付けながらお茶を沸かし、温かい飲み物をおなかに入れると落ち着いた。美濃戸まで休憩せずに歩き、最後の坂をぜぇぜぇ登って美濃戸口の駐車場に着く頃は、真っ暗だった。

    延命の湯にてさっぱりし、その食堂にてお腹を満たして帰路に着く。本当にお疲れ様でした。

    (記:芳野)

    ——-
    雪上訓練前に雪山に行きたい。と思った。
    芳野さんに連絡すると、快くOKの返事を頂いた。お願いしたのは自分なのに、仕事が立て込んでいる事を言い訳に、計画の一切をやってもらってしまった。これにも言い訳するとすれば、芳野さんの計画や食事や装備等の技術を盗もう作戦なのだ。
    八ヶ岳は丁度1年前の雪上訓練。ヒーヒー言いながら行者小屋に辿り着いた印象が強烈だ。
    今年はどうだろうか?
    前夜発。荷物を詰める程に募る不安感。私の不安度は荷物の重量に比例している。これに水を入れると思うと憂鬱な重量だ。
    芳野さんが以前に入っていた山岳会の友人のSさんと、女3人の山行が始まった。
    美濃戸口よりゆっくり歩き始める。結局、テント等重量装備を芳野さんが担いで下さる。いつもながらカッコいい。去年と同じルート(しかし荒れていた)をやはり去年と同じ位のヘタレ具合で到着した。もう1歩も歩きたくない!成長のない自分。1年という時間は私にとって何だったんだろう…?
    12時までに出発できるようであれば阿弥陀に登る予定だったが、出来なかった。本当に申し訳ないと反省する。ピーカンに晴れた素晴らしいメルヘンな雪景色の中で、甘酒を飲んで一息ついた。静岡山岳会の面々が近くで休憩しており、久しぶりの再会を楽しむ。いつも清水さんが山で知り合いに会うのをすごいなーと思っていたけど、私も少しは山の世界で顔が広くなった?なんてね。
    阿弥陀の登頂は無理としても、行ける所まで行こうということに。空身になっても、既に足は重い。途中静岡山岳会の雪上訓練中に出会うと、見得を張ってそこだけでもスタスタ歩きたい!と思うが、張る元気もなかった。呆れました?恥ずかしいけど、仕方ない。私がノロノロ登るのを待ってもらって訓練の邪魔を…すみませんでした。
    コルに立つと、小同心・大同心が見える。急峻な岩である。『山』ではなく『大岩』に見えた。明日登るルートはさっぱり分からず。しかしとても難しい事は分かった。
    下山し、ビーコンの使い方を教えてもらった。ビーコンは鵬翔内で目下の議題。購入・トレーニング・実践と待っている。あまりの高価商品に躊躇う私だが、後を尽きない雪崩事故にやはり買うべきなのだろう。自己防衛として。ゲームの様に宝探しをしているのは楽しいけれど、探すのは至難の業だ。雪崩が起きたイメージをすると怖い。探す立場になった時、今より力がついている事と火事場の馬鹿力が出るのを祈るばかり。
    石尊稜へ。
    出発すると、また、静岡山岳会の面々に会った。気合を入れなおす。
    昨年、平野さんと坂田さんが行ったルート。人気なので待ち時間が寒かったと聞いていた。トレースもばっちりなのかと思っていたら、誰も居なかった。昨日のトレースの名残がある程度。雪をかきながら進むが、私にはラッセルもままならない。初バリエーション。見上げる先には岩壁が聳え立っている(ように見えた)。アイゼンの先で登るのに勇気がいる。
    「ロープ着けて」その瞬間、何故か頭の中が真っ白になった。え?どうやるんだっけ?
    ハーネスにロープを着ける方法がすっ飛んでしまった。あまりの事態に言い出せず、焦ってロープをひねくり回している内に、なんとか思い出し、正気になった。
    セルフをとり、ロープを整理する芳野さんを手伝っていいのか分からない。狭いスペースに割り込んで逆に邪魔なのか、それともやはり近寄ってロープのもつれを解いた方がいいのか…。しばらく考えるが、狭くても落ちる事はないと判断して近寄ってみた。
    「これからビレイ中寒いから何か着るなら今だよ」と言われ、「大丈夫です」と答えたものの服を着るのは大変なのでネックウォーマーだけをつけた。この判断で救われた。本当は服も着れば良かったのだけど…。芳野さん先頭で登り始める。「上がってきて」「セルフとって」「先行って」「ロープ上げて」「ビレイして」…と次々に指示を飛ばしてもらう。支点も岩だったり木だったり、ハーケンだったり、状況に応じた判断が要求される。当たり前なそんな事も初めてなので新鮮に感じられた。とにかく、登る事に集中する。無雪期の岩に登るのとはやはり全く違う。手袋3枚重ねではホールドをしっかり掴めないし、アイゼンの前歯で立つと踵が浮いて靴が脱げそうな感覚なのも心もとない。ピッケルで岩を捉えるのも、不安だ。しかし、フリーの岩場とは違い、必ず捉えられる場所が見つかった。
    「足元良く見て」と下を向くと高度感があって、とても怖いので、足元の下は見ないようにする。天気がイマイチだ。うす曇から突風、薄日、雪、と目まぐるしく変わる。寒くて足は震えたままだが、富士山の経験を生かして、震えたまま発熱を心がける。耐寒訓練より寒いじゃん!太陽出ないかしら。その反面「日焼け止め塗ってない。太陽出たら紫外線に当る!」なんて乙女心が本当に面倒くさい。
    途中、ベテラン&若手の二人組みがカマキリの様に現れて去っていった。きっと去年の平野-坂田組もこんな感じだったんだろうなぁ~。
    時間が気になる。目指す終了点はまだ遥か先だ。芳野さんも心配しているだろう。無我夢中で上を目指すと、延々と終わらないかと思われた岩壁が最後雪の斜面になって、突如終わった。
    芳野さんの笑顔が私を迎えてくれる。「ここが縦走路だよ!良く頑張ったね~!」と。3人で手を取り合うものの、放心状態でぼーっとしてしまった。今までのイマイチな天気が、私たちを労うかのように、ぱーっと晴れて青空の元にルートを浮かび上がらせてくれた。こんな所を…。やはり、喜びよりも、夢を見たかのような現実離れした感覚が続いた。
    昨年の赤岳登頂時は猛吹雪だった。晴れた冬の八ヶ岳の険しい山容が目前にある。格好いい山だ。最高だ!
    強風から逃れ岩陰に腰掛けると、登攀中に出来なかった行動食を簡単に食べた。
    後は下山。つかの間の稜線を楽しみ、あっという間にテント場に戻った。
    急いで撤収作業をすると、日暮との競争で一気に美濃戸口へ。真っ暗になり、そこから駐車場までの林道に辟易した頃、今回の山行は終了した。
    温泉に入り、隣の食堂に入る。いつもなら食欲を失って「蕎麦を…」と言う所。同じように「お蕎麦にします」と言った後、「やっぱりコロッケ定食!」と。コロッケ定食が食べたいと思える自分に驚いた。あ~、私の成長はお蕎麦からコロッケ定食分なんだ…。と思うと笑っちゃうやらがっかりするやら。
    今まで何度か石尊稜に登っているという芳野さんに、「今までで一番登頂が嬉しかった」と言わしめる程、迷惑をかけてしまった。今回も登っている最中は”もう辞めよう”