HOME >>雪山登山

2212 北岳

日程: 2022年12月28日(水) – 30日(金)
山域: 北岳(南アルプス)
参加者: 大江(L)・雨宮
行程:
第1日目: 奈良田駐車場(6:30) – 池山登山口(9:30) – 池山小屋(14:10)
第2日目: 池山小屋(4:00) – 北岳(11:00) – 池山小屋(16:30)
第3日目: 池山小屋(9:10) – 登山口(10:30) – 奈良田駐車場(14:00)

28日(水)

2時に東京大岡山で雨宮さんをピックアップ。6時奈良田着,トンネル前の駐車場にて車を止め準備。6時半出発、ここから長い長い林道だ。最初はトンネル核心。2人で乗り越えさあ出発。何度もトンネルを時には1キロあるものを越え、登山口には9時半到着。重さ200g程のスニーカーが役立ち軽快にここまで来れた。できるだけ体力を温存したかったのでこれは正解だった。休憩と準備をし10時、急登の始まりである。さあ次にここを通る時、何か結果を残しているだろうか、、とにかくずっと急登である。1時間程するとかなりバテてしまった。ほぼ睡眠がとれず山に登るとやはりバテるのが早い。ほぼ1時間おきに休憩を5分取りどんどん登っていくがなかなか足取りが重い。池山御池小屋に辿り着いたのが15時前。
あと300m程高度を上げる予定だったがこのまま登り続ける体力の低下と時間的に辿り着くのが相当に遅くなる事も考え、小屋で1日目を過ごす事に。小屋にはあと2人最初いたが、寝るのはテントという事で貸切状態。快適に寝れた。この避難小屋だが布団や寝袋まで緊急用にあり掃除も皆がしているようで非常に綺麗であった。晩御飯は雨宮さん特製のニラしょうがたっぷりの参鶏湯。これは本当に美味しかった!あまりにも疲れていたのか6時過ぎに就寝。

29日(木)

2時に起き、作戦会議。元々白峰三山を目指す予定でしたが体力的に難しいと判断し、重い荷物を小屋にデボしアタックザックにて北岳登頂を目指す事に。
4時出発。暗いが空は晴れている様で風もなく天気は最高であった。5時半頃ボーコン沢の頭までもうすぐの所で朝陽が上がり非常に綺麗な景色を映し出す。
しかしこの頃、不測の事態、、雨宮さん何か調子悪そうで、「登山道だから1人でも行けるから頑張っておいで」と。ここで1人、北岳を目指す事に。。心細い中、歩みを再開、、周りには人、1人いない、、こういう時、やはり色々とよぎる。強風、ホワイトアウト、8本歯、最後の雪壁、、大丈夫か、、、が行くしかない。そんな中、ボーコンの頭に出るととんでもなく綺麗な白峰三山の稜線が、、朝陽もまだ残り、山々が燃え上がっている。空は快晴。さあ行こう。だが農鳥岳、間ノ岳は見えるが北岳は見ず、、行く道は果てしなく続く登りの稜線のみ。ただとにかくひたすらに歩みを進める。時折強い風も吹くが基本穏やかだった。9時頃、8本歯のコルに到着。ここまでと打って変わる突然の急傾斜と急勾配。せっかく登ったのにハシゴで降りていくあの感覚、、しかし、巨大な山の手前はだいたい降りるのが常。人生と一緒なのか、、など考える。ここが、予想と違いほとんど雪が無い。風もない。岩を掴み淡々と降り、また登ることが出来た。やはり緊張はし過ぎた方がいい、のちにだいたい安心する。しかし、8本歯を越えると突然の強風。そして、上を見上げると、、そこには堂々たる南アルプスの王、北岳が。強風と共に眼前に迫る北岳が鼓動を高鳴らせる。岩陰に隠れ、装備を整えいざ向かう。だが近くにあるのになかなか辿りつかない。しかも風がどんどん強くなる。雪でないのが本当に幸いだが、風はやはり冷たい。しかしもう目の前、一歩一歩、歩みを進めた。そして直下に差し掛かったその時、最後の試練が待ち受ける。巨大な雪壁の出現だ。ここまであまり雪はなかったのだが突如として現れた白い大きな壁。直上。ただもう行くしかない。
雪壁にピッケルを刺しながらゆっくりと歩みを進める。落ちたら終わりの強風の中、一歩一歩。ゆっくりと、、そして、、雪壁をなんとか乗り越える、あとは山頂までの岩稜歩き。さあ、、いざ登頂。11時。すると、、強風が嘘の様にほぼ無風状態に。
静寂と絶景が私を包み込む。周りは快晴。富士山、北アルプス、八ヶ岳、日本の山々がなんでも見渡せる様な場所にただ1人…こんな贅沢は、、、ない。
人生でもなかなか出会えない。どっぷりそこに浸った。。11時半、風が吹いてきたので下山を開始。
降りると直下は更なる豪風。肌を露出していたら1発凍傷の極寒世界、足早に降りた。そして8本歯に戻り後ろを振り返ると、北岳の壮大なバッドレスが語りかける。またいつでも来い!そんな気がした。歩みを進め小屋に16時到着。12時間山行。本当に南アルプスは長い、が総じて穏やかだった。小屋でまた、生姜たっぷりのお雑煮を雨宮さんが作り、コレまた激ウマだった。小屋泊。7時就寝。本当に長い1日だったが最高だった。

30日(金)

6時起床、ゆっくりと下山準備をし9時下山開始。急登を降りに降りる。途中、「相棒と見る世界」YouTuberさんにお会いした。なんだかんだ、コレが相当に嬉しかった。雨宮さんと大興奮。凄い優しく温かい人だったし相棒も良い笑顔の人だった。3時間の林道歩きの末、、15時に駐車場へと到着。本当に本当に長いが充実した3日だった。2022年の登山終了。色々とあり過ぎた1年だったが最後、綺麗な景色で終われた事は嬉しかったし、安全に戻れた事に感謝です。2023年の最後はどの山に行ってるのか、、など考えながら帰路に。
あの堂々たる北岳の山容は、、忘れない。

(記: 大江)

2212 北鎌尾根

日程: 2022年12月28日(水) – 2023年1月2日(日) 前夜発
山域: 槍ヶ岳(北アルプス)
参加者: 林(L)・江戸
行程:
第1日目: 自宅(前夜21:30) – みどり湖PA(仮眠)(1:30/4:30) – 新穂高温泉(5:30) – 葛温泉ゲート(8:50/9:20) – 七倉山荘(10:00) – 高瀬ダム(11:00) – 林道終点(13:00) – 名無し避難小屋(14:00) – 湯俣山荘(16:00) – 伊藤新道分岐付近(16:30/17:00幕営/就寝20:30/翌4:30起床)
第2日目: 伊藤新道分岐付近(6:50) – 硫黄尾根取付(7:30) – 中東沢出合(10:20) – 千天出合(15:30) – 天上沢傍(16:30/17:00幕営/21:30就寝/翌5:00起床)
第3日目: 天上沢傍(7:30) – P2尾根取付(9:00) – ロープ使用箇所(13:30/15:30) – P2尾根2000m付近(16:30/17:00幕営/2030就寝/翌4:30起床)
第4日目: P2尾根2000m付近(7:30) – P2(9:00) – P3(10:00) – P4(11:40) – P5前衛峰通過(13:00) – P5巻き道途中(13:30/撤退開始) – P2尾根1980m付近(16:30/17:00幕営/2130就寝/翌5:00起床)
第5日目: P2尾根1980m付近(7:30) – P2尾根取付(9:10) – 千天出合(10:40) – 中東沢出合(12:00) – 硫黄尾根取付(13:30) – 伊藤新道分岐付近(13:50) – 名無し避難小屋(15:30/1600幕営/22:00就寝/翌6:30起床)
第6日目: 名無し避難小屋(8:50) – 林道終点(9:20) – 高瀬ダム(10:40) – 七倉山荘(12:20) -葛温泉ゲート(12:50)

私にとっては初見の、坂田氏・林氏にとっては因縁の、冬の名クラシックルートに挑んだ記録。

※当初は坂田氏含め3人パーティとなる予定だったが、諸事情により坂田氏は不参加に。後ろ髪を引かれる思いはあったが、年末に向けて準備を進めた。
当初の行程は、12月29日入山の4泊5日+予備日2日。車両を1台新穂高にデポして葛温泉側にもう1台で回る作戦。
直近で天気図を確認したところ、12/29辺りで一時冬型となった後にしばらく緩み、再び冬型が強まる1月3日までは猶予がありそうだった。
この予報を鑑みて、行程を1日早め28日に入山することとした。

28日(水) 晴れ

葛温泉ゲートに到着すると、周辺は膝下くらいの積雪で林道の先は除雪済。天気は快晴。
ゲートにいた指導員の方が言うには、今年は例年よりも雪が落ち着かず、また良く沈むとのこと(12月中旬まで殆ど雪が無かった所に数日前の冬型でドッサリ積もった形)。また、数時間前に硫黄尾根を目指す別パーティが入ったとか。ゲート到着が遅くなったこともあり、我々も早々に林道を歩き出した。
高瀬ダムの堰堤までは舗装路ウォーキングで、堰堤からは膝くらいの雪道になった。それでも先行者のトレースのお陰で快速で進んだ。途切れることなく続くトレースを延々と歩き、湯俣山荘まで来た辺りでこの日は時間切れ。伊藤新道分岐の吊り橋付近で幕営した。

29日(木) 雪

夜半から風が強まり、朝になると雪が舞っていた。
この日は、何としてもP2尾根取付まで抜けて渡渉をクリアしておきたい。欲を言えばP2の肩まで行きたい…などと目論んでいたが、それはトレース前提のアマい考えだった。硫黄尾根取付でトレースが無くなってからは、ブカブカの雪に行く手を阻まれペースが落ちた。
雪は踏んだら踏んだだけ沈んでくれるので1歩1歩に時間が掛かる。下が藪ならしっかり踏み抜いて身体がハマる。高巻きの斜面では踏み抜いた先の草を踏んで滑る。目の前の雪を崩して固め、恐る恐る体重を乗せて結局沈んだ時などは実に虚無感が大きい。
一方で、渡渉ではそこまで苦労しなかった。厚手ビニールを両足に履き、アイゼン+ワカンを着ければ、その後の装備替えは殆ど必要なく非常にスピーディだった。結局10回以上は渡渉したので、毎回靴を脱ぐよりは時間を節約できたはず。
中東沢出合~千天出合間では、左岸側・右岸側に一回ずつ悪いヘツリがあり、両方ともフィックスがセットされていたものの、前者はロープを信用しきれず高巻きした。後者もリーダーがロープに気付かなければ高巻きする羽目になっただろう。
この日も日暮れ前まで粘ったが、P2取付までは辿り着けず最後の徒渉を残して天上沢脇で幕営。
右足が袋の上から浸水していたようで、寝る前まで靴を乾かす羽目になった。

30日(金) 晴れ

前日のビニール蒸れとシュラフの濡れで夜は酷く寒い思いをした。天気は快晴。
P2尾根取付手前の渡渉を終え、やっとビニール袋から解放された。しかし酷いラッセルからは解放されなかった。
200m程上がった頃には既に昼過ぎ。雪は相変わらずな上に傾斜が出て悪くなってきたので、この辺りでロープを出す。計3Pのうち最初の2Pは尾根筋を、最終ピッチは尾根筋の岩場を回避して南寄りの草付きをダブルアックスで登ったが、最後は実に悪かった。
傾斜が緩みロープを解く頃、後ろから2人組のパーティが追いついてきて、ラッセルを分担してくれた(福岡の山岳会の方だとか)。また、P2手前の肩まで来たところで時間切れとなり幕営の整地をしていると、もう1パーティ上がってきた。薄暗い中言葉を交わしてみると、馴染み深い背の高いお兄さんと初対面の優しそうなお兄さんの2人組だった。
ペースは既に想定より1日遅れで、実際のところ我々だけならこの日で撤退を決めていたものと思うが、ここにきてマンパワーが3倍になったことは我々を勇気づけた。翌日のP2以降の積雪具合によっては、まだ可能性があるように思えた。
翌日の行軍で昼までにP4、日暮れまでに北鎌のコルまで到達することを最低条件として、我々は山行を続行することとした。

31日(土) 晴れ

朝から3パーティが出揃い続々進んでいく。
P2、P3までは相変わらずの積雪。6人でラッセルを回せたため体力は温存できたものの、急登では一気にペースが落ちた。
途中、樹林帯で足元の雪を踏み抜き2m程落下した。落ちた時に枝を掴んだため事なきを得たが、ここで心のフンドシを締め直す。
P3以降は表面がクラストした雪や露岩した箇所が増え始め、若干楽になる。日暮れまでに北鎌のコルへ辿り着く希望は見えてきたものの、吹き溜りでは相変わらず腰まで埋まる。P5以降の巻き道でどれだけ時間を取られるかが気に掛かった。
P4に到着すると、P5からP9、その奥の独標までが1つの景色に収まり、北鎌尾根のスケールの大きさ、ルートの美しさを全身で体感した。今後の道のりの長さも、同様に…。
昨日に合流したパーティの内、福岡Pの方々はここで撤退を決めた。残るは我々と、お兄さんPの4人。
その後、P4から50m程降り、P5の巻きに入った…と思っていたら、巻いていたのは前衛峰という痛恨のミス。後になって気付いたが、前衛峰の千丈沢側にはフツーに歩けるラインがあった(もう一組のお兄さんPはそちらを行っていた)。結局、ルーファイを怠った代償にラッセルでかなりの体力を使ってしまった。また、天上沢側のラッセルは相変わらず最悪だという事実が脳裏に刻まれた。
前衛峰を超え、真のP5が見える所まで行くと、先行していたお兄さんPが巻きに入っていたのが見えた。やはり雪はかなり深そうで、その先のルンゼ状を詰めていく所でもかなりの時間と体力を使うことが想像できた。
彼らに付いていく選択肢もあったと思う。だが我々には彼ら程の登攀スキルは無いし軽量化も詰めていない。何より二人共体力精神共に消耗しきっていた。先に進んだとしても、2日で槍まで抜けきる確信は無かった。停滞に耐えられる燃料もない。
我々は撤退を決めた。

翌月1日(日) – 2日(月) 雪

帰路は25kmくらいで徒渉も10回程重ねることになったが、結局1日半でゲートまで辿り着いてしまった。丸2日掛けて進んで来た湯俣山荘までの道程も6時間で通り過ぎていた。トレースの有無で、こんなにも違うものか。
結局の所今回の敗退は、最後まで自分達で道を切り開く覚悟と準備を怠っていたが故の必然だったのだろう。そもそも情報収集の時点で、ラッセルが核心となる可能性について真剣に受け止めていなかったと思う。失敗。
ちなみに入山前の予報に反して1/1の時点で上の方は吹雪いており、先に進んだ2人の安否が気になったが、彼等はこの悪条件でも無事突破したようだった。力の差を感じた。

思ふこと

  • ・今回の条件では6泊分の準備では安全マージンは殆ど無いに等しく、余裕を持つなら6泊7日の行動予定に加えて停滞日を設定するくらいが適当だったかも。(仮に高瀬ダム~硫黄尾根取り付き間のトレースが無いことも想定すると+1日?)
  • ・6泊分の装備でザック重量28kg超と、軽量化を完全に怠っておりました。福岡Pやお兄さんPと装備について話していると、我々の軽量化に対する創意工夫の無さに恥ずかしくなる始末。ちなみに私の食当で持って行ったぺミカン2食は、ネパールエボ1組分と同じか少し重いくらい。ぺミカン屋は今回で廃業することにします。
  • ・渡渉で使ったビニール袋は0.15mm厚で、折り返し部分や口元はストレッチフィルムで閉じ。袋の口元を固めたつもりでも行動中にずり下がるので、袋の縦幅は余裕が欲しいかも。
    改善点は他にも多数。結果は敗退でも得るものは多い登山でした。次に来るときは荷物の重さを3分の2以下にしたいところだけど、財布の軽量化も進みそうで恐ろしい。

(記: 江戸)


また敗退しました

28日(水) 曇りのち雪

満を持しての北鎌尾根再チャレンジ。
以前の日程不足を教訓に、今回は5日間の予定に予備日2日を加えて計7日間を確保した。
初日は下山時用に車を1台新穂高温泉に停めて、もう1台で葛温泉ゲートまで向かう。これ遠い。
葛温泉ゲート前にて山岳指導員??の方と少し話していたら、今年は雪が少ないところに急に大雪が降ったから根雪がなく、雪が滑るしもぐるかもしれないとのこと。この時はそんなものかなくらいに話を聞いていた。
この日は先行で硫黄尾根に入ったパーティーがいたようでトレースがついていた。入山が思っていたより遅くなってしまったのと、私の股関節が痛くペースが上らず初日は湯俣まで。

29日(木) 雪

今日中に尾根くらいまであがれたらいいなと思いつつスタート。
出だしはトレースがあったがトレースは硫黄尾根に向かっておりそこから先はノートレースに。ここから沢沿いのラッセルが雪が多くなかなか進まなかった。雪がふかふかで斜面は固まらないし沢沿いは踏み抜くしで嫌になる。
渡渉はポリ袋を2重にしてストレッチフィルムで補強した上から、私はアイゼン・ワカン。10回ほど渡渉があったがなかなか良い感じだったように思う。ワカンを履くとポリ袋にアイゼンが引っかからない。
暗くなるまでラッセル(8割江戸君が)したが全然進まず先天出合の先までで時間切れで幕営。P2基部までもたどり着かず渡渉も1回残してしまった。

30日(金) 晴れ

幕営地からしばらく進み最後の渡渉をしてP2基部にやっとこさたどり着く。
ここから急登をひたすらラッセルしながら登っていく。上部の急な岩場みたいな草付きでロープを出す。夏はなんてことなく登れたところでも雪を処理しつつのぼるからえらい時間がかかってしまうし悪く感じる。結局3ピッチロープを出した。登っている間に2人組(福岡の山岳会の方でした)の後続が追いついてきた。最後は4人になって尾根にあがる。そして気が付くとこの日も日暮れ。
標高にして350m程登るのに丸1日かかってしまったことに愕然とした。ここまでのペースを考えるとこの先抜けるのは厳しく、ここで撤退かなとほぼ気持ちは固まっていた。のだけれど日暮れ後に以前会にいたI君パーティーが幕営地に到着した。偶然だったけれど彼らも我々より1日遅れで北鎌尾根に入っていたらしい。強力なパーティーも加り計6人になったことでラッセルの負担も減ること、また人が来たことで精神的にも余裕が出来たことから、リミットを決めてもう1日だけ先に進んでみることにする。

31日(土) 晴れのち雪

この日は何となく3パーティーとも出発の時間も揃ったので出だしから6人で進む。人数が増えてラッセルの肉体的な負担が減ることもあるし、気持ちも軽くなった。それでもP4あたりまでは雪が多くて大変。P4あたりから稜線上の雪は風で飛ばされておりクラストして岩場も出ていくらか歩きやすくなってきた。それでも厳しいことは変わらず福岡の2人はここで引き返すとのこと。我々はもう少し進んでみることにする。
その先P5手前の必要ないところで余計にピークを巻いてしまうミスをしてしまった。斜面は雪がたっぷりで稜線に戻るのに一苦労。この先も巻くたびにこんなんかと考えると気持ちが折れてくる。
P5の巻きに入る時点で13時を回っており我々もここで引き返すことを決めた。
この先、もし全てがうまくいけばまだ抜けられる可能性はある。それでも燃料がギリギリになってしまうことが想定出来た。もし予定が乱れてしまえば、それ以上は許容量を超えてしまう。それに2人ともここまでの行程で結構消耗してしまっていた。
先行してP5の巻きで猛ラッセルをしているI君パーティーに引き返すことを伝え撤退とした。トレースのついた道を引き返し、途中登ってくる1パーティーとすれ違い昨日のテン場まで戻った。悔しかった。

翌月1日(日) 雪

この日は予報に反して終日雪。かなりの量が降っていた。下る我々はなんてことはないけれど、稜線上はかなり吹雪いているはず。
下りながら自分たちのつけたトレースを見て、なんかきれいだなとか思う。
帰りの渡渉はポリ袋が破れて浸水したけどもういいので押し通る。
この日は名無避難小屋で快適に過ごす。命の水がなくなって悲しんでいたら、昨日すれ違った神奈川の某山岳会の方も撤退してきて、今日中に車まで戻ってしまうということでおつまみと一緒に茶色いお水を恵んでくれた。ありがとうございます。正月だしもらったスルメを炙って食べた。

2日(月) 晴れ

葛温泉ゲートまで黙々と歩く。ダム沿いの林道がひたすら長かった。車の手前の車道が凍ってて転びまくった。最初にみつけたセブンで食べたナナチキが敗退したのにやたら美味しかった。

今回は雪が多く前半のペースがあがらずに余裕がなくなり敗退となってしまった。雪があることは仕方がないけど、反省点をあげればもっと軽量化するべきだった。食料を筆頭にまだまだ削れる余地は多い。途中合流した2パーティーは20キロ前後の荷物らしかったが、我々は自分26キロ、江戸君28キロ。まだまだ削れる。2人して今度からは軽量化しようと誓った。ただ残念なのは軽量化するともう江戸君のエスニック香るペミカンが食べられなくなることか。
入山2日目とかはもう2度と来たくないとか思ってたけど、また行かないといけなくなってしまいました。

(記: 林)

2301 甲斐駒ヶ岳

日程: 2023年1月15日(日)
山域: 甲斐駒ヶ岳(南アルプス)
参加者: 国府谷(L)・雨宮
行程: 駐車場(5:00) – 5合目(11:00) – 駐車場(15:00)

冬トレ甲斐駒ヶ岳黒戸尾根

冬トレーニングに黒戸尾根は外せないので計画。
雪も無く快適に登っていったが何故かペースは上がらず。先週の赤岳山行の疲れが残っているのかな?
目標は高く12時8合目までとしていたが全く届かず。
11時に5合目目から引き返しましたー。
冬の体力を戻すのがなかなか大変ですね。
次はどこにトレーニングに行こうかなと前向きに思う。どうも年齢も上がって来たのでコツコツやるしかないわね。。。
リーダーはチェーンアイゼンデビューで目新しい。チェーンアイゼンを外すと左右のソールが見事に取れてアワアワ(汗)ここで良かったね。

前回上手くいかなかった行動食についてはトレールランナーさんのYouTubeをみて改善策を考えた末、ゼリー→固形物→ゼリー→固形物と胃が動くようにした。今回はシャリバテにはならず上手くいった。リーダーに教えて頂いたスペシャルドリンクを次回に作って行こう。

(記: 雨宮)

2301 赤岳県界尾根

日程: 2023年1月9日(月) 前夜発
山域: 赤岳(八ヶ岳)
参加者: 国府谷(L)・雨宮
行程: サンメドォスキー場(6:30) – 県界尾根 – 赤岳山頂(12:20) – 駐車場(16:50)

日帰り雪遊びと思い県界尾根から真教寺尾根下山で計画。

サンメドゥスキー場駐車場からスタート。そこはなんとなんと赤岳が目の前にドッカーンでテンション上がる↑↑↑↑
登山道から雪はあったが、トレースが終始あり、アイゼンなしで取り付きまで歩いた。
駐車場なら2時間くらい登ったところからの赤岳様の景観はいくつもの尾根を従えてカッコいい。
本日の県界尾根の黒い岩肌が見えて急登を感じさせられた。2500mを上ったところでいよいよ取り付き急斜面になったのでアイゼンピッケルを出した。
そこにテントが1張り、女性の方が1人で夜を過ごされていた。見晴らしバッチリな素敵な場所での夜はとても寒かったと笑っておられた。強者さんに憧れます。

そこからは高度感や絶壁感が増し一年ぶりに武者震いがした。短いながらも草付き岩場、ハシゴ、一歩間違えれば滑落間違いない。慎重さでペースは落ち、ハイマツを掴んだりピッケルを刺したり集中した登りで山頂に着く頃にはシャリバテ気味にフラフラとなった。
登り始めは八ヶ岳ブルーが最高でテンション上がりまくりで歩いていたが、取り付きから山頂にかけて雲行き怪しく強風ビュンビュンで体が持っていかれる。ありゃー下山時の体幹を保つのがやっとやっと。。。

下山は赤岳展望荘の方に降りて短いながらも腰までのラッセルトラバースをしながら尾根に戻ってきた。雪が下半身を縛りつけた。と言っても先行のリーダーが「俺にまかせろ!!」とラッセルしておられましたが、それでも雪に埋まるのは大変だった。体力をさらに消耗。まあーそこからが長い長い、終始シャリバテ気味で下山した。

行動時間であまり食べられないのでエネルギーをもう少し溜め込んでおかねばと思うがどーやって?
今度はやわらかそうドーナッツを試してみようかな。。。はちみつチューブとかどうなんだろう?
血糖値ドバーって上がった後の急降下も怖いしなぁ。エネルギーを蓄えられない身体ってやーねー。
行動食が1番の問題だ。

(記: 雨宮)

2212 白毛門-朝日岳

日程: 2022年12月23日(金) – 24日(土)
エリア: 白毛門 – 朝日岳(上越)
参加者: 江戸
行程:
第1日目: 下牧PAにて仮眠(3:30/7:00) – 土合駅(8:00/8:30) – 白毛門(11:50) – 笠ヶ岳(13:40) – 朝日岳(16:20)(1700幕営 – 2130就寝 – 翌0300起床)
第2日目: 幕営地発(5:00) – 笠ヶ岳(8:30) – 白毛門(10:10) – 土合駅(1:40)

年末年始の北鎌尾根山行を見据えた訓練として、白毛門~朝日岳へ。2日目は吹雪。

23日(金) 晴れ

前夜に土合入りの予定だったが、諸事情により当日入りに。登山口周辺の雪は僅かに積もっている程度。また、駐車場から先には真新しいトレースが続いており、全力で追い掛ける所から登山開始。
序盤は雪は殆ど無いようなもので、尾根に上がったくらいで10cm程度、松の木沢の頭を過ぎたくらいで膝下くらい。頂上へ続く急登辺りからは深い所で膝上くらいになり、ワカンを装着。急登を終えた辺りでようやく先行者に追いつく。
聞くと、先週は西黒尾根に行ったものの、吹雪かれて撤退したらしい。今回も、翌日の冬型があるので白毛門で引き返すとのことだった。というわけで、白毛門を過ぎてからは一人旅。
以降の道のりは、膝~腰下くらいのモナカ雪といったところで、しばしば腰まで埋まり苦しめられた。笠ヶ岳以降では時折表面がガチガチにクラストしており歩きやすい所が出てくるが、これはこれで不吉な予感が募った。
この日の朝日岳到着は16時過ぎ。頂上直下の岩陰で幕営する。夕飯はぺミカンなのですぐありつけたが、水作りに若干時間を要した。
静かな夜だったが、翌日が荒れる予報なだけに気持ち悪い。この日は早めに寝た。

24日(土) 吹雪

未明から風が強まり、テントの撤収も一苦労だった。夜明け前に行動開始。
稜線では暴風に雪が舞い、大変視界が悪く、また目を開けることが難しかった。
稜線の風下側ではトレースが殆ど埋まっており、逆にトレースが明瞭な所では時折体幹を崩されるような強風に曝された。広い稜線で進路を見失った時は、視界が開けるまで耐風姿勢を取って凌いだ。
7時近くになると周囲は明るみ若干気温が上がったものの、依然として視界は悪く遅々とした行軍が続いた。
また、このあたりでバラクラバの顎の部分が氷柱と化して使い物にならなくなったり、ワカンのテープが一つ外れて紛失したりと、地味なトラブルが頻発。
8時頃に笠ヶ岳避難小屋へ到着。折角なので中に入らせてもらい、ワカンを応急修理する。
笠ヶ岳を通過して一旦樹林帯まで降りたのが9時頃。まだ白毛門への登りが控え、一帯の風も降雪も強まる予報だが、朝からの強風地帯からは脱したためひとまず安堵する。あとはラッセルになろうが歩いていれば下には着く。
数時間後に登山口に着くと、下界は完全に雪国の様相。降雪が強まる中、風呂にも入らず逃げるように水上を後にした。

・所感
北鎌前に改めて足と靴の調子を見なきゃなと思いラッセル含む山行訓練に至ったものの、なかなかどうして調子は良かったと思う。また、使い捨て手袋を使ったVBLの調子が上々だった。北鎌でもこれで行くことにする。
ただ、今回は2日目の条件が悪すぎて、悪天下行動の訓練の意味合いの方が明らかに上回っていた。荒れると分かっているならゴーグルを用意するべきだった。

(記: 江戸)

2212 富士山

日程: 2022年12月10日(土) – 11日(日)
エリア: 富士山
参加者: 林(L)・坂田・大江・射場・江戸

初日は2700mくらいまで上がり耐寒訓練。夕食後、19時頃には各々でビバーク体勢に入った。
自分の服装は上下ともにベース2枚にフリース、ハードシェル。その上にビレイパーカー。寝る時はシュラフカバーを履いて上からビバークツェルトを被り、岩の上に腰掛け。
気温は-5~10度くらい、風は最大10m/sくらい。去年よりは若干暖かった気がする。
夜は殆ど寝れなかったが、時折コンロを使って暖かい空気に当たると30分~1時間程意識を落とせた。足の冷たさも感じたが、去年のように耐えられない程の痛みに化けることはなかった。ビレイパーカーで上半身を保温したのが大きかったと思う。
翌5時半頃に撤収し、テントへ。温かい飲み物を飲んで一息ついた。

2日目朝は雪訓。滑落停止、スタンディングアックス、肩絡み等をリーダー達でレクチャー。新しいビーコンのテストも実施。
9時頃に一段落つき、余った時間で頂上目指して歩きだす。今回はリミットを12時としていたので、最終的に3300mくらいで引き返した。馬返しへの下山は15時半くらい。

・所感
ビバーク時の服装は、今回の条件なら問題なさそう。朝には疲労困憊で頂上を目指す気にもならなかった去年と比べると、だいぶ体力を温存できていた。

(記: 江戸)

2212 白毛門

日程: 2022年12月18日(日)
山域: 白毛門(上越)
参加者: 国府谷(L)・雨宮
行程: 土合駅(6:30) – 山頂 – 土合駅(13:58)

今季冬山トレーニング

雪は白毛門の駐車場に車が入れるくらい。
チェーンアイゼンで歩きだし、標高1400m付近で12本に履き替え、雪は松の木沢の頭から膝くらいで所々岩が出ている。雪は全体的に少なめでストック12本を使用しピッケルの出番は無し。

白毛門山頂から先の笠ヶ岳はトレース無し、フワフワな雪で腰まで埋まると抜け出すのが大変。ワカンも無いので引き返す。私が腰まで雪に埋まってヒィヒィしていると強者がお二人ばかりスノーシューでスイスイ行くのを見て良いなぁーと思うだけ。
一年ぶりの雪山は少しばかりの太陽の光が樹氷に当たって輝かしいく来たなーと地味に感動。
こちら側はなんとか晴れ間があったが谷川方面は、どっぷり雲がかかって雪が降っていそう。案の定、下山してニュースを見たら新潟は大雪だった。

下山のアイゼンワークは一年以上ぶりで気を使い
肩も足も疲れ切った。月曜日は前モモが絶賛筋肉痛で、トレーニングが効いた証で嬉しくなり7キロを歩いてクールダウンしてみた。やっぱり冬山は強靭な身体が必要だ。

そしてウェアセレクトもなかなか難しい。
今回は下から着っぱなしで登山できたので
上手くいった↓と思う。

インナー
ファイントラックウォーマー
ベースレイヤーはフード付きのメリノウール
マウンテンハードウェアのオクタフリース
パタゴニアマイクロパフは、風も防いで軽量で動きやすくお気に入り。一年を通して持ち歩いている。
下半身は、モンベルのトレイルアクションパンツとハードシェル

次は年末だけど果たして果たしてどーなることでしょう。。。

(記:雨宮)

赤岳天狗尾根の記録2本

冬山足慣らしⅡの天狗尾根

2021年12月25日(土)-26日(日)
山域:八ヶ岳赤岳天狗尾根
参加者:国府谷・坂田・雨宮・大江

行程:
第1日目: 美しの森駐車場(9:20) – 避難小屋(12:00) – C1(2256m)(15:00)
第2日目: 幕営地(6:30) – 稜線登山道2725m(10:30) – ツルネ東稜(13:00) – 避難小屋(15:50) – 駐車場(18:10)

雪山+チョイバリということで飽きもせず天狗尾根に行きます。
また寒波直撃。美しの森駐車場も10cmくらいの積雪。珍しい。
土曜朝発なので初日は2300mくらいまで。後半は結構なラッセルで、坂田・大江ペアにお任せする。
夜は狭いテントにきつきつなので案外寒くなかった。

2日目は予想以上のしんどい1日となった。
途中大天狗で1ピッチロープを出して縦走路に出たのが所要4時間で10時半着。強風と予想外のラッセルでツルネ下降地点まで3時間も
掛かった。ツルネ東稜の下降もラッセルが続く。出合小屋に戻ったのは16時過ぎで駐車場に着いたら真っ暗。18時半だった。
大晦日のいまでも手足の先が違和感残っているくらい寒かった。
無事行程を全う出来て良かった。

おわり

(記: 国府谷)

雪雪ラッセル寒波爆風

寒波は日曜日
ギリ行けるか?
稜線の風は風速20メータ気温マイナス20℃の予報。
体感温度マイナス40℃?
こんなの想像もつかないよ。。。

土曜日は2256m幕営。
ここまで雪が深く男性陣のラッセルはとても逞しかった。
風の影響を受けないナイスな場所にテントを張り、それぞれの役割で二人は岩稜帯まで足跡を付けに出発。

残りのメンバーは内張を張ったりアレコレテント周りを整える。

リーダーが用意してくれた美味しいご飯をお腹いっぱい頂いき幸せだ。
上空でゴーゴーと風が勢いをましていたが、テント場は静かで不安な夜を過ごさずに眠れた。

4時起き
西側は多分物凄い風だろうが東側は行けそうなので、基部まで行って様子を見ようと出発した。

富士山も、朝焼けも拝むことができた。

天狗尾根を抜けるまでは極寒ではあったが、仲間の助けを受けながらスムーズに行けたと思う。
ロープはカニのハサミ岩峰あたりの右手トラバースからの急登を雪に埋まりながら超えた所で一回出していただく。
仲間からのロープで繋がれている気持ちの安定感は200%でいつも心強く思い、前に前にと岩を越えていけるのだ。

天狗尾根の核心部の大天狗、少天狗の岩々は白と黒のコントラストが圧倒的で雄々しく、いよいよ来たなとシャッターを押す。

だが本当の核心部はキレット稜線の風だった。
予想通りの爆風で、身長156センチ、45キロの私は風には勝てずヨロヨロだ。
こんな所で止まっていたら確実に死んじゃうということは理解できるので必死に歩を進めるが進まん。
そんな時、リーダーが風当たりの強い私の西側に来て風から守ってくれて、リックの紐に捕まると、アラ?何と不思議なことでしょうか。
よろめきながらも歩ける進む→→キレット稜線。
おまけに左足のアイゼンが外れた。
素早くリーダーがはめてくれて助かりました。
自分は肩を痛めていてパフォーマンスが60%くらい。閉める力が弱かったのだろうと、下山後大きく反省した。稜線に上がった地点で装備や身なりの再点検をするべきであった。

こんな状況下でもありながら振り返って赤岳と登ってきた雄々しい天狗尾根を目に焼き付けた。
うっ、撮りたい。。。
カメラを出す余裕などない。
無理だから(悲)

ツルネ東稜から降りて長い下山道をテクテク無事に駐車場到着。

お風呂に入って顔を見ると、西側にあった右側サングラスとフェイスガードの隙間の肌が凍傷で赤黒くなっている。
女性の顔の皮膚は男性より薄い。
コレがいつ治るかわかりませんが、女性の皆さん気をつけましょう。

山の知人から
「顔の凍傷は、バラクラバが触れる頬骨と鼻の頭がなりやすく、わたしも厳冬の槍ヶ岳で風雪に合い、いとも簡単に黒くなってしまいました。赤→黒くなるので、ワセリンをたっぷり塗って保湿をしてくださいね。病院に行って、血行促進剤の軟膏をくれるところもあります。酷くなければ、そのうち綺麗に瘡蓋になって剥がれてくれます。余談ですが、こんな風雪の山登りでは自分の呼吸でバラクラバが凍りつく→風で凍傷になってしまうので、頬と鼻にテープを貼って肌が濡れるのを防ぐことが一番です。エアウォールと検索してみてくださいね。お大事にしてください。」
と教えてもらい参考になるので記載させて頂きました。

また暴風防寒の中で、自分の事が精一杯だけど、バディーのこともチェックしてあげましょうね。
寒爆風で顔を守るものがずれている可能性もあります。今回もリーダーの偉大さに大きく感謝した山行になりました。
そしてまた一つ冬山の美しさと厳しいさの経験を重ねることができありがとうございました。

(記: 雨宮)

冬山足慣らし槍ヶ岳

2本目の記録です。

1本目の記録はこちら↓

https://housyoalpineclub.net/%e9%9b%aa%e5%b1%b1%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%83%b3%e5%88%9d%e3%82%81/

2021年11月20日(土)-21日(日)
山域:北アルプス槍ヶ岳
参加者:(中崎尾根)国府谷・松林・雨宮・加藤・射場)
(大喰岳西尾根)林・坂田・江戸

冬山初めに槍ヶ岳でもということで、大所帯の山行でした。
初日は槍平までだが結構長くて疲れる。
幕場は10cmくらいの積雪で水場もまだ水が流れているので助かる。

翌日は暗いうちに中崎尾根へ出発。所々吹き溜まりがあるが、ワカンは不要なくらいの積雪。
千丈乗越まで行くがいきなりの強風の為、飛騨沢から下降した。
翌日は雨予報なので予定を切り上げてそのまま撤収して下山しました。
帰りに良いラーメン屋さんを見つけました。新穂高からの帰りはこれがルーチンになるかもしれない。

おわり

(記: 国府谷)

2021年度冬富士耐寒トレ

日程: 2021年12月4日(土) – 5日(日)
エリア:富士山(吉田口側)
参加者:林・射場・江戸
行程:
第1日目: 錦糸町IC(6:00) – 河口湖IC(8:30) – (ガストでモーニング) – 馬返し(9:30) – 馬返し(10:00) – 五合目佐藤小屋(12:00) – 標高3000m付近(15:00) – 設営終わり(17:00) – トレーニング始まり(21:00) – トレーニング終わり(翌6:00)
第2日目: 標高3000m付近(8:00) – 馬返し(11:30)

日本一の贅沢な場所で寒い思いをしてきました

馬返し出発直後から霜柱が目立ち、4合目くらいから雪・氷が出てきてアイゼンを装着。ペースは悪くなく、5合目の佐藤小屋には2時間ほどで到着した。その後は何度か小休憩を挟み、15時頃に標高3000m付近の山小屋まで到着。近辺で適地を探しツェルトの設営に入る。


今回は、会の3人用のツェルトと林さんの1人用ツェルトで2張り設営した。ただ、会のツェルトを設営中、ペグで固定したツェルト端部が裂けてしまったため、ツェルトが飛ばされないよう射場さんに固定してもらいつつ作業する羽目に。場所を一度変更したこともあり、結果的に設営に2時間近く使ってしまった。
ロープを張って立たせたツェルトは炊事に支障のない程度の空間を確保できていたものの、端をザックで抑えているため全体の形が歪み、また強風ではためいたツェルトがガスコンロを倒しそうになるためどうも落ち着かない。
夕飯はアルファ米にレトルトカレー&ミートボール。うまい。

夕食後、林&射場と江戸でツェルトを別け、命のお湯と行動食を片手にビバークの体勢に入る。外では断続して強風が吹き、ツェルトが大きくはためいていた。
私は上半身に5枚、下半身に3枚着込み、膝を抱えるような体勢を取って寒さを凌いでいたが、1時間も経たない内に足先が痛みだしてしまった。必死になって足先を閉じ開きしたり丹田に力を入れたり、お湯を飲むなどして末端に熱を巡らせようとするが、その場凌ぎにしかならずとても辛い。カイロを靴の中に突っ込んでも、酸素が足りないのか全く発熱してくれず…。日を跨ぐくらいまでその状態で耐えた後、堪らずガスコンロを取り出して暖を取った。数分で身体が温まって足先の痛みも引いたため、火を消して少しでも仮眠を取ろうとする。が、20分もぼんやりしていると足先の痛みに叩き起こされてしまう。結局、この晩は足先の冷えへの対処に追われて殆ど眠ることができなかった。
5時半頃になって、隣の林さん射場さんと声を掛け合う。2人のツェルトに逃げ込み濃い目のココアを啜り、ようやく一息付くことができた。

テントの外は快晴。出発の時点で数パーティが頂上目指して通り過ぎて行ったが、我々は下界へ。馬返しまでの道中はあっという間だったが、とにかく眠くてしようがなかった。
帰りの温泉で30分程仮眠を取り、東京へ。今回はとにかく疲れた。

※今回思ったところ
・今回のトレーニングは、可能な限り実際のビバーク時に持ち得る物のみを使って行うつもりだったため、シュラフやマットの類は封印。何故かシュラフカバーも封印。そんなつもり微塵もなかったのに…
・カイロを使う際、足先ではなく首や腋、股下や太腿などを温めた方が良かったのかも?→カイロがしっかり発熱するし、血管の多く集まる部位を温めれば末端の血流も回復する?
・今回のような条件だとコンロが無い場合に足が無事では済まない気がする。さてどうしよう。

(記∶ 江戸)