黒部・立山縦走
日時: 2007年10月6日(土) - 9日(火) 前夜発
山域: 黒部・立山(北アルプス)
参加者: 飯田
行程:
第1日目: 高速バス新宿発(22:30)さわやか信州号にて
第2日目: 扇沢 - 室堂 - 別山乗越 - 真砂沢ロッジ泊
第3日目: 仙人池ヒュッテ - 仙人温泉 - 雲切新道 - 阿曽原温泉小屋泊
第4日目: 阿曽原温泉小屋 - 水平歩道 - 欅平 - 下山
まえがき
この予定コースは以前に何回か通ったコースであり景観がすばらしく、紅葉の時期には少し早いかと思ったが、新雪がくる前にと考えて計画した。
10月5日(金)
清水さん、塩足さん二人が私の計画とほぼ逆コースの計画があることを知り、同じ高速バス22:30新宿発にて扇沢まで出発した。
10月6日(土) 曇り時々晴れ
早朝4:30ころ扇沢に到着した。
しばらくバスの中で休憩の後、5:30ころ下車し清水さんたちと黒部ダム行きトロリーバスの切符売り場に並んで夜半に車で到着し、駐車場で車の中で仮眠していた剣大滝を目指す久世さん達のパーティーと合流し3パーティー一緒に黒部ダムまで行くことになった。
6:30ころバスで出発し黒部ダムに到着する。久世さん達のパーティーは急いで下ノ廊下に向かって出発して行った。
暫くのち清水さんパーティーも久世さん達のパーティーの後を追うように下ノ廊下に向かって下っていった。清水さんパーティーを見送り、仙人池ヒュッテでの再会を楽しみに一人室堂に向かうべくダムを渡ってケーブル乗り場に向かった。
ダム上から立山、針ノ木岳、赤沢岳、下ノ廊下の流れなど眺めながら昔の思い出にしばしふけった。
8:30室堂ターミナルに到着。
多くの観光客にまじって登山者も見える。
8:40頃ミクリガ池を通って雷鳥平に出る。ここは3連休とあって多くのテントが張られていた。9:00頃ここを出発し雷鳥坂を登り11:00別山乗越に到着。立山連峰はもう紅葉が始まっていた。ここから何度も通った剣岳方面、立山、大日岳など眺めしばし思いにふけった。11:20別山乗越を出発し剣沢小屋を経て剣沢を下る。剣沢雪渓の残雪は少なく沢の水も少ない右岸の夏道をしばらく降る。雪渓が多いときはかなり手前から雪渓上を歩けて時間が短縮できるのだがその年、時期によって状況が変わるものである。平蔵谷を過ぎたころからようやく雪渓上を歩けるようになりアイゼンを使用した。長次郎谷出合付近まで雪渓を下降、左岸に渡り、ところどころガレた道をたどり2:00真砂沢ロッジに到着した。小屋はかなり混雑しており畳4枚に9人押し込められる混みようであった。この小屋の経営者の佐伯さんから25年前、鵬翔山岳会の黒部川での大量遭難の際、捜索に携わったことなど話を聞いた。
真砂沢テント場は思い出の場所でもある。5~6年いや7~8年前になるだろうか、私と当会会員2人で池ノ平小屋から仙人新道を下って真砂沢テント場に到着した。
私がテントを持ち、相手にテントポールを持ってもらったが、いざテントを設営しようと準備にかかったところ、テントポールが無い事に気づいた。ザックのサイドに括り付けていたとのこと、そのテントポールが無いではないか。途中落としたに違いないと2人で来た道を空身で引き返し、二股付近まで捜しに行ったが見つからず、止む無く小屋泊まりとなった。
またあるときはチンネ左稜線ルート登攀の計画で平井さんら2人が内蔵助谷を経てここで合流するはずが思いがけない台風の影響で内蔵助谷が増水で通過できず2人はやむなく黒部ダムに戻り、室堂を経由して剣沢小屋で合流できたものの登攀出来ず下山を余儀なくされたことなどがあった。
10月7日(日) 晴れ
6:00真砂沢ロッジを池ノ平小屋目指して出発する剣沢南股の左岸の夏道をしばらく進み8:00二股の吊橋到着ここから仙人新道の登りにかかる。
快晴で剣岳の八ツ峰、チンネの岩場など周囲の眺めが素晴らしく登りの疲れを忘れさせてくれる。
9:35ゆっくりのペースで仙人峠に到着ここから池ノ平小屋往復に向かう。10:20池ノ平小屋到着ここは何回か来た事があるが、平ノ池はここから眺めるだけで行った事がなかった。今回はゆっくりした行程なので平ノ池へ下って見ることにした。
10:40池に到着、ここでのんびりコーヒーを沸かして飲み、かつて八ツ峰の六峰フェースの登攀、チンネの登攀、三ノ窓雪渓上でのテント生活をしたことなどなど昔のことを思い浮かべ草むらに寝そべって快晴の空を眺めしばし思いにふけった。池の水面にこれらの山々が逆さに映し出され、まさに桃源郷であった。静かな水面には水鳥のつがいが何を語らいでいるのか仲良く泳いでいる光景の素晴らしかったことが脳裏に焼きついている。
ここには誰もいない自分ただ一人、時のたつことを忘れ一時間ほど過ごし池ノ平小屋を経て、来た道を引き返す。
13:00今夜宿泊する仙人池ヒュッテに到着この小屋もかなりの登山客でいっぱいであった。
まだ時間が早かったので予定はしていなかった南仙人山(2173.1m)に行ってみることにした。この山はガンドウ尾根ピークにあたるところで、昭和37年(1962年)秋に当会で全貌を解明した「まぼろしの大滝」といわれた剣沢大滝の登攀隊が登攀終了後この尾根に出て下降したことから、どんな尾根なのか観察したかったのである。
宿の人に様子を聞いてみたが道はなく行ったこともないとのことであった。私はとりあえず行ける所までと道のない藪こぎをしながら登って行った。標識を持って行かなかったので、所々ブッシュの枝を折って目印にして進んだ。引き返すときのためである。しばらく登っていくと仙人谷の方からの古道が頂上に向かっておりそれをたよりに登っていくとやがて小さな池が2~3あったが頂上は確認できなかった。四方雑林に覆われた古道と藪こぎをして同じ道を仙人池ヒュッテに引き返した。仙人池は八ツ峰、チンネなど剣岳の岩峰が水面に逆さに映し出される絶好の撮影ポイントで沢山の人がカメラを構え写真撮影をしていた。
私と逆コースを計画していた清水、塩足さんのパーティーとここで合流することになっていたが到着する気配がなく、もしかすると私が池ノ平小屋に行っている内に通り過ぎて行ってしまったのか、それともまだ阿曽原小屋あたりにでもいるのかと案じていた。再会したら持参したウイスキーで乾杯することを楽しみにしていたが遂に合流できなかった。残念。
10月8日(月)雨
夜半3:00ころから雨が降り出した。
ニュースでは台風15号から伸びる前線の影響によるもののようであった。
5:00ころになっても一向に雨は止みそうもなく、むしろ強くなる状況で出発することを宿泊者は皆ためらっていたが6:00ころから降雨の中次々と出発しだし、私も下りなので大丈夫と思って、かなりの雨の中、仙人温泉へと下山に向かった。雨が降れば当然沢は増水するわけであるが、小さい左右の涸れた沢からも水が出て仙人谷が増水してきている中、二度、三度谷を横切っている登山道を腰のあたりまで水につかりながら下る。
10:00ころ仙人温泉を通過した。雨が激しく休憩もほとんどとれなく苦しい下りである。仙人温泉から先はこれまでの道は崩落が激しく通行禁止となり、今年から開通した雲切り新道を通ることになった。この道はいままでより一時間ほどよけいに時間がかかるとのことであり私はこの道を通るのは始めてである。この新道は仙人温泉の源泉のすぐ下の橋を渡って対岸の尾根に上がり、上りきったところで尾根筋を仙人ダムめがけて下るのである。このころから雨はやや小降りになってきた。尾根を下りきり仙人谷に掛かる吊橋を渡ると長い急な鉄梯子を下りやがて仙人ダム取水口の事務所の建物にたどり着く。ダムの建物の中には高熱隋道と呼ばれている関西電力の専用軌道が通っており線路の下には熱水が流れている。かつて昭和37年のまぼろしの大滝を探査した際にこの専用隋道を関西電力の特別許可を得て通してもらい十字峡に出たことを思い出した。ここから再び登り返し水平道に出て暫く行くと旧仙人温泉方面への登り口に差し当たり水平道はいったん途切れ、どんどん下降する14:00阿曽原温泉小屋にたどり着いた。この小屋に宿泊のため下って来た人たちは皆ビショ濡れであった。雨具などを吊り下げる置き場がいっぱいで湿気が充満していた。私は小雨の中体をあたためるため露天風呂に入ってきた。
10月9日(火)小雨のち曇り
昨日の雨はまだ止んでいない。濡れた衣服は完全には乾いていない。しかし小屋泊まりはテントに比べると快適であった。7:00朝食の後小雨降る中、下山にかかる。阿曽原谷の吊橋を渡りかなり登ったあと水平道に出る。志合谷のトンネルはライトをつけて通過、送電線の鉄塔の所で水平道は終わりでそこから急な下りとなり、13:00山行最終の欅平駅に到着した。欅平に到着し清水さんに携帯メールで下山報告を入れておいた。その後になって返事のメールを受け取り久世さんの怪我を知った。
清水さんのパーティーは山行の予定を変更し、彼らと下山したことを知った。
できれば祖母谷温泉で旅の垢を落として帰りたかったが、欅平駅に着いた途端、里心がついてそのまま宇奈月、新魚津、魚津を経て帰路についた。なお、魚津駅から富山湾方面に蜃気楼を見ることが出来た。
(記: 飯田)
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