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富士山(耐寒訓練)

日程: 2007年11月17日(土) – 18日(日)
山域: 富士山
参加者: 掛川(L)・坂田・志村・鈴木(泰)
行程:
第1日目: 馬返し(9:42) – 一合目(9:57) – 二合目(10:15) – 三合目(10:41) –
佐藤小屋(12:01) – 六合目(14:06) – 七合目(15:40)
第2日目: 七合目(6:47) – 十合目(9:39) – 佐藤小屋(13:00) – 馬返し(14:15)

今シーズンも恒例の耐寒訓練、やってきました~!
余りの充実ぶりに早くも来シーズンを待ちきれないと賞賛の声・声・声!
詳しくは掛川・志村・鈴木(泰)の三名からの順次アップされますのでお楽しみに!

写真はこちら

まずは掛川さんから。

久しぶりに冬の富士山に登った。冬最後に登ったのは何時だったか思い出せないくらい久しぶりである。メンバーは、最近燃えに燃えている坂田君と、ネットで冬の富士山の怖さを知ってびびってしまった志村さん、そして、新人の鈴木君が参加した。鈴木君と山に行くのはザイル祭の時のボッカ訓練を含め、今回で二度目だ。

今回、耐寒訓練がメインだったので、無理に頂上を目指すつもりはなかった。そこで、スバルラインを使わず、吉田口の馬返し、1合目から歩くことにした。7合目か、8合目で適当にビバークする予定である。

金曜日の夜、東京のメンバーと合流し、富士吉田の道の駅でテントを張って仮眠した。翌朝、7時ごろ起きると、2張あった他のテントはすでになくなっていた。今回計画書を送った富士吉田警察署の方から、「馬返しは車上荒らしが多発していますので、くれぐれも貴重品は残さないよう」と電話があった。それで、志村車は、道の駅に置いてゆき、掛川車で馬返しに行くことにした。志村さんが、ピッケルを忘れ、もう一度取りに戻ったりして、(おかげで正しい道を確認できたりしたのだが、)とにかく9時半ごろ出発した。

1合目、2合目、3、4とそれぞれ、今は廃屋となった山小屋というか茶屋といったほうがいいのかもしれないがあった。スバルラインが出来る前はさぞ繁盛したのだろう。まだ形だけはきちんと建っているものもあれば、柱が朽ちて、つぶれて屋根が地面に乗っかっているだけのものも多かった。僕はこういう景色がなぜか好きだ。ちょっと違うけど、「つわものどもが夢の跡」の気分になる。

12時ごろ、5合目に着く。佐藤小屋は閉まっていた。六角堂を過ぎる頃から、今まで樹林で見えなかった富士山がどーんと目の前に現れてきた。ある程度予想はしていたが、予想以上に雪がなかった。吉田大沢も、8合目から上まで行かないと白くなっていなかった。風が強いようで、頂上から吹き降ろす風は8合目から上は白い雪煙を、それから下は、茶色の土ぼこりを巻き起こしていた。坂田君と鈴木君は、元気で早い。僕と志村さんは後ろからゆっくり登った。

15時半ごろ、7合目の小屋の脇にちょっとした平らな場所を見つけ、ツェルトを張った。坂田・志村がペアになり、僕は鈴木君と組んだ。最初、ポールを使ったのだが、風で吹き飛ばされてしまったので、ザイルを通して張り直した。風が強いので、ツェルトがあるといえ、寒さを出来るだけ感じないようにするには、できるだけ、空間、つまり断熱層である空気が必要だと思った。

われわれのほかに中年の、アベックが小屋と小屋のすきまにテントを張っていた。5時半ごろジフィーズのご飯にお湯を入れて、レトルトのカレーを暖め、コーンスープも分け、さあ食べようという時に、鈴木君が「さっきのテントつぶれたみたいですよ」という。風に混じって、なにやら「○×△下さい!」というのは聞こえた。どうも「助けてください」と言っていたようだ。様子を見に行ってみたら、テントはつぶれて二人で飛ばされないよう押さえつけていた。彼らの撤収を手伝い、ツェルトに戻り食事をする。出来るだけ着込んで、シュラフカバーで寝る。風は夜になって激しくなった。夜が深まるにつれ、寒くなってなかなか寝られない。最初登山靴をはいていたが、しめつけられるせいか、足先が痛くなったので、脱いでテントシューズをはいた。鈴木君も「すごいですね、想像以上です。」と言っていた。夏の富士山しか知らなければ、そう思うに違いない。まるで拷問のような風であった。幸い、ガスが豊富にあったので、2時間置きぐらいに起きて火を起こし、温かい飲み物を飲んで、鈴木君の豊富な行動食(ジャッキーカルパス、うまかったっけ)を食べ、ツェルトが暖まり眠くなるとまたうとうと寝るということを繰り返した。時々隣のテントにも声をかけてみた。志村さんも小屋泊まりで9月の富士山に登ったことがあるそうだが、今回はそれに比べてさぞつらいだろう。最初呼びかけに返ってきてい
た声もいつしか聞こえなくなった。富士山に抱かれて、やすらかに眠ってくれと思った。

長い夜が明けた。5時に、食事の準備を始める。いつもはシュラフから出るのに勇気がいるが、今回は早く火を起こして暖まりたかったので行動は早い。隣のツェルトから、二人の声が聞こえる。元気そうだ。やすらかに眠れたのか?頂上に行くハーネス、アイゼン、行動食などだけ持って、不要なものはデポしていく。われわれより上には、3パーティいた。時々強い突風が吹くので、志村さんに耐風姿勢を教える。8合目から上はアイゼンをはく。天気はいい。
気をつけるのは強い風だけだ。最後の鳥居をすぎても、しばらくは夏の登山道のロープが出ていた。頂上の鳥居が見える頂上直下だけは、雪がついた急な斜面になっていた。鈴木君は今回アイゼンが始めてだったらしいが、足元がしっかりしているのであまり心配しなかった。僕も志村さんもゆっくり登って行った。さすがにきつい。息は切れないが、足が重い。9時45分頃、吉田口山頂に着く。うれしかった。マイナス10度ぐらいか。耐寒温度は更に下がるか。小屋の裏手から剣が峰を見る。風が強く、体が飛ばされそうになる。下りは、頂上
直下の急なところ、4ピッチだけロープを出した。われわれが下山するにつれ、ガスが濃くなり頂上は隠れてしまった。ちょうどいいタイミングだったと思った。

今回、耐寒訓練も出来、また雪も少なかったので、頂上も踏むことが出来た。しかし、富士山は、今一年を通しておそらく日本でもっとも多く人が亡くなっている山ではないだろうか。まして、雪がついた富士山は、本当に危険な山だ。

今回の幸運に感謝しつつ、来年以降も富士山での訓練山行はくれぐれも慎重に行わないとと思った。

(記: 掛川)

私にとって3度目の富士山。しかも耐寒訓練。鵬翔に入って過去2度の耐寒訓練には全く興味がなかった。耐寒はどこでも出来ると思っていたし、且つ冬の富士山での事故を嫌というほど聞いていたので怖かったのだ。寒い。怖い。自信がない。いつもの事だ。しかし、相談した今回のリーダー掛川さんが「そんなに心配しなくて大丈夫」と背中を押してくれた。何故参加する気になったかと言えば、“ビバークを体験してみたかった“のだ。今まであまり危ない目にも合った事がなく、そんな経験がなかったから、必要に思われた。その時は坂田さんも山頂は目指さなくて良いと言っていた。(次に聞いた時は絶対登頂と言われたけど…)
今季初の冬山登山だったので数日前から準備を進めていた…。それなのに、帽子(予備はあった)・フリース・財布etc…と忘れ物が多く幸先が悪い。極めつけにピッケルを車に置き忘れた。みなさまゴメンなさい。
吉田口の一合目。計画書を見て我が目を疑ってしまった。私の中で富士山は5合目から登るもの。と無意識にインプットされていて、1合目なんかまるで意識した事がなかったのだ。馬返しから登山口の2匹の猿(狛猿?)に見送られて、不安を大きく抱えつつ歩き始めた。
佐藤小屋から見る富士山は圧巻だ。遠くからみる富士は凛とした美しい日本女性を思わせるが、ひとたび近づくと雄雄しく大王の様に君臨している。仲良くなれない山だなぁ。とため息をつく。
今回のメインディッシュの耐寒訓練。
掛川さんが目指すビバーク地7合目辺りの小屋前にテントを張っている夫婦が先客としていた。少し離れた場所に2張のツェルトを張る。ジャンケンで掛川&鈴木組、坂田&志村組に分かれた。会のツェルトを初めて見たが、なるほど~、底も横も開いているんですね・・・。柵を利用してロープで一応立てる。坂田さん曰く、「今年は暖かい」らしい。でも寒いですよ。
とにかく中で湯を沸かし、夕飯の支度に入る。外から大声が聞こえる「・・・・下さい!」強風の切れ間に聞こえる声は何を言っているか分からない。(掛川さんの記録でも同じでしたね。重要な『助けて』は聞こえにくいみたいです)ツェルトは二人と荷物で押さえているので簡単に顔を出す事も出来ない。次の日に聞いた所によると、掛川さんと鈴木君は夕飯を犠牲にして助けに行ったら、お隣さんのテントが破壊されて、大変だったそうだ。すぐに撤収したとの事。
食欲はなかったけど、無理に押し込み、寝ようとなったのが19時頃。フリースは忘れてしまったので、インナーのダウンと冬用のアウターとテントシューズを着込んだ。シュラフカバーに潜り込む。しかし眠れない。背中の震えが止らない。坂田さんは「身体の力を抜かないと眠れないやろ~。リラックスリラックス~」と。体の震えを押さえ込んで止めてから、力を抜くとまたブルッとくる。その繰り返しが延々と行われた。やむなく、カイロを貼る事に。しかし、いくら探しても見つからない。背中に貼れば眠れるハズ!と必死に探すも、トイレットペーパーやナイフ等と一緒に入れた袋は飛ばされてしまったらしい…。甘い考えの罰?別の場所に入れていた靴用カイロをテントシューズに入れてみるが、貼るタイプじゃないので、あまり熱を感じない。眠れない。しかし、命の危険も感じない。眠れないだけで、死ぬ事はないな。と判断し、次の心配に移る。このまま一睡も出来なかった場合、明日の登頂&下山は大丈夫だろうか?と。鈴木君は「自分は富士山に登頂出来るって聞いたから来たっす」と言っていた。寝不足の体力不足で足を引っ張ってはいけない。
24時前頃、「寝袋使います!」と敗北宣言をする。入った瞬間眠りに落ちた。しかし、気付いてしまった。今回のコンセプトは耐寒訓練。私が持って行ったのは夏用(羽毛)の軽量寝袋だ。寒い!!11月の夜中の富士山で夏用寝袋は通用しない!しかし、1-2時間は眠れたので、それだけでもラッキーと思う事にした。
横向きに寝ると良いと聞いて横向きになるが、背中を風が通り抜けてやはり寒い。しかし、動物的体温調節システムは中々良く出来ていて、震える事によって熱はかなり得られるのだな、と気付いた。隣から掛川さんが声を掛けてくれる。「大丈夫です」と答える。あちらも眠れないらしい。いつもはシュラフカバーを完全には閉じないのだけど、今回は口を内側からぎゅっと掴んでいた。(その後も声を掛けて下さっていたんですね。小さな声にしか聞こえなかったので、鈴木君に言っているのかと…)その後、掛川さんと鈴木君がツェルトのロープを張り直して下さった。動くとちょっと暖かいな。(外には出なかったけど)
じっと我慢していると、ガスを付ける音がするので、意識を集中してみる。横になったまま暖かさを感じる事さえ出来ればそれで眠りにつけるだろう。なんて思うが、そんなに甘くもない。もっとガーっと暖めて~!!!と念じるも口に出す気力なし。5時頃、寒さとの闘いは終わった。
空身で良いと言って頂き、装備は坂田さんに背負ってもらって、ピッケルだけを持って出発した。夏道がなくなっていたら辞めようとの事だったが、それはまだあった。雪が少ないらしい。長い道のりをヘタレな歩みで時間をかけつつ無事登頂。ここで耐寒訓練ラウンド2の始まりだ。山頂の強風に閉口し、とっとと下山。10合目->1合目も長い長い長い。突風に翻弄されながら、やっと…なんとか…。山頂に着いた頃から風が強まり、雲を舞い上げる。段々激しくなる風に、もしこれが登っている時だったら上がるのは無理だっただろうと思う。天気やタイミング、全てに恵まれたからこその登頂だったのでしょう。とにかく満足です。
今回相談に乗って下さった先輩方、リーダー掛川さん、坂田さん、鈴木君、有難うございました。

それで、坂田さん、鈴木君はどうでした?

(記: 志村)

富士山での耐寒訓練、はや4度目だ。振り返ってみると、第1回目は久世さん・国府谷さんに連れられ、牧田さんを交えて、ハードなアイスバーンと悪戦苦闘した。アイゼンワークもままならず、必死に張り付いている横を、4パーティくらいが次から次へと滑落し、富士山の恐ろしさが焼き付けた。第2回目は鵬翔の活動低迷を反映して単独だった。少し自信を持ち始めた頃だったのだが、天候が悪く、歩くことにも恐怖を感じるくらいの強風で、ツエルトが引きちぎ
られて敗退。第3回目は久しぶりに新しいメンバーを加えての賑やかな山行となり楽しかった。この耐寒トレーニングは毎回状況が違うので新たな発見もあるし、アイゼンワーク・耐寒を含めた防衛体力・耐風をこの時期に高いレベルでトレーニング可能な場所は富士山以外に見当たらない。継続していくべきだと考えているのだが、何せ寒い。どうしても憂鬱な気分になってしまう。これを反映してか、今回はメンバーの集まりが悪く、あわや掛川さんと二人で頂上ビバークか、と思われた。けど初参加の志村さん・新人の鈴木(泰)が加わり、会のトレーニング山行として有意義なものになった。今回は初めて1合目からのトライで新鮮味もある。

五合目で目にした富士山は、積雪が過去最低だった。7合目まではほとんど雪らしきものがないのである。例年より1週間ほど早いとはいえ気温も高く、今後の計画が心配になる。

気温が高め(とは言っても-10度までは下がったが)なので吹きさらしにツエルトを張る。特に志村さんと自分が使ったツエルトは簡易なものだったで、空間を作るのが大変である。調理もやっとのことだ。ツエルトからはみ出したものはことごとく飛ばされていき、大事な朝食がまずなくなった。あろうことか緊急用の寝袋までもがちょっと目を離した隙に消えていた。スタッフバッグに収納していたし、1.3kgくらいあるので油断した。金銭的にも痛手。4回目ということで強風を甘くみていたのが原因だ。これからの雪山シーズン、気を引き締めろということだろう。

生活空間としては不快なのでさっさと寝る。体感的にはこれまでで一番寒い。風でツエルトがシュラフカバーに巻き付いて外気がもろに伝わってくる。身体が震え始めると力が入っていつまでも寝られないので、まずは全身を積極的に震わせて身体を温める。しばらくすると震えが止まるが、そこで止めずにさらに震わせて出来る限り熱を生成する。ここで一気に力を抜き、リラックス。「意外と暖かいな」と感じ(思い込み)ながら、眠りにつくのである。足が雪面についてしまうのが厄介。冷たさから来る痛みで、1時間程度で目が覚めてしまう。その度にこんなことを繰り返す。0時を過ぎてくると火が欲しくなるが、隣のツエルトには負けたくないし、訓練だからということで限界まで我慢。1時を過ぎたところで点火。風がツエルトを吹き抜けるので、思ったよりも暖まらないが、あるのとないのとでは全然違う。ここで、何かを飲み食いすると身体が一気に発熱して快適なのだが、ここも我慢。点火は三分程度と決め、この間に睡眠できる状態へと持って行く。また1時間ほどで目が覚め、火を付ける。3回くらい繰り返したと思う。4時過ぎになる頃にはすっかり身体が冷え切り、ちょっと点火したくらいでは暖まらない。こうなると眠るのは難しいので、諦めた方が良い。寝ようとすることがかえってストレスになるので、寒さを味わってやるぞ、くらいに開き直る方が楽だろう。今回は19時からの時間が意外に短く感じられたことは良かった。

頂上直下まで夏道が出ていて、アタックは容易だった。安全地帯では、志村さん達を引き離させてもらい、泰のペースやアイゼンワークを意識しながら登る。

やはり登頂は嬉しい。頂上の風はいつもながらに並大抵ではない。

下降は4ピッチロープを出したが、楽なものだった。本音は富士山特有のハードバーンでなかったことは寂しいが…。

ふと気付いたのだが、鵬翔に入会した頃はいつも風邪やらなんかでノックダウンして大きい山行を台無しにしていたのだが、最近はそんなことが減ってきたかも。どうやら、耐寒訓練は美容と健康に良いらしい。参加したくなりました?ぜひ次回は、もっと盛大にやりましょう。

(記: 坂田)

今回の山行きも初めて尽くしが多かった。まず富士山が初めてだった。雪山もほぼ初めてだったし、アイゼンもビヴァークも初めてだった。しかも雪訓をしてないので滑落停止も本で見ただけで一度もしたことがなかった。この条件の中で不安もあり耐寒訓練なんて行きたくなかったので返事をしなかったら、いつの間にかメンバーにされていた。最初は坂田さんに行きたくないと言ってみたが、無駄なことがわかったので絶対に山頂に行くことを条件にして、自分を行きたい気分にさせてみた。

初日は廃道になった道を歩けるということで、実はこの日が一番楽しみだった。その理由は廃道になるとどうなるのか見てみたかったからだ。実際は人がいないだけでなんでもなかったが、ポツポツ建っている小屋が少々不気味だったかもしれない。それにしてもこの日は暑く、坂田さんが歩くのが速いせいもあってか、三合目に着く頃には半袖になっていた。

林道にも飽きてきた頃、佐藤小屋に着いた。ここでようやく富士山から富士山を見たが、その姿は遠くからいつも見てる富士山とは少し形が違う感じがした。たぶん沢の形を立体的に捉えられるようになったからだと思う。そのせいか何度見ても富士山だとは思わなかった。

坂田さんによると今年の富士山は雪が少ないということで、僕的にはラッキーだった。稜線にでてからも雪による影響はなく、この日は7合目でツェルトを張ることになった。僕はグッパーによって掛川さんと一緒になり正直ホッとした。なぜなら坂田さんと一緒になったら、無理な我慢を強引に要求されることが見えていたからだ。神は僕に味方した。

寒い中、掛川さんがほとんど一人でツェルトを張ってしまった。僕はそれをただ見ていた。中は風が無いぶんマシだったが、地面からの冷え込みは予想を遥かに超えて凄かった。そこでいつも一番下に入れるマットを出そうとザックの中身を全部だした。しかしどこにもマットは見当たらない。何度見ても無いので、パッキングを思い出してみると、入れた記憶がなかった。心の中で「やっちまったー」と叫んだ。すこし考えたがどうしようもないので、掛川さんに忘れたことを話すと、「とりあえず一緒に座ろう」と半分場所を譲ってもらった。

中での生活にも慣れ始め、食事の準備も整いあと少しで食べれるというところで、外から途切れ途切れ叫ぶ声が聞こえた。その声が三度聞こえたので気にかかり通気口から外を覗くと、近くでテントを張っていたおじさんが、バタつくフライを握りしめながら助けを求めていた。状況を掛川さんに話すと、掛川さんは靴を履いて出て行った。その直後にツェルトのポールが倒れ、次に風でカップが倒れてコーンポタージュの粉が飛び出し、危ないのでコンロの火を消して片付けたが、自分のカップがどこにいったか分からなくなった。
一向に状況が改善されないので、僕は動くことをやめ、時折外を覗いて掛川さんが来るのをまった。

この日の夜はなかなか長かった。マットを忘れた間抜けな僕のために、掛川さんはマットを横に敷いてくれ、胸から尻までは地面の冷気から開放された。足もザックを敷き上半身には着替えを敷いた。しかし、動いてるうちにマットとの間に隙間ができ、そこから鬼のような冷気が上がってくるせいで全然寝られなかった。掛川さんは僕のせいで同じ目に合っていると思うと申し訳なく思い、背中を見ながら心の中で「すいません」と何度も思い、同時に感謝した。ほんっっっっとうにすいませんでした。

待ち遠しかった起床時間になり、荷物をデポして出発した。八合目からアイゼンを履き、初めてのアイゼン歩行は清水さんの教えを思い出しながらになった。スパッツにアイゼンを引っ掛けまいと必要以上にガニ股で歩いたせいか、股関節が異常に痛くなった。しかも坂田さんには全く追いつけず、自分自身に少しガッカリした。
頂上はものっ凄い風で、前から後ろから押され、氷の粒が顔面を叩く度に顔を横に背けた。頂上の頂上には行けなかったが、満足はできた。
そして来年からは耐寒訓練には行かないぞという誓いのようなものが出来上がった。

(記: 鈴木(泰))

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