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岩と雪の世界へ

日程: 2007年12月8日(土) – 9日(日) 前夜発
山域: 石尊稜(八ヶ岳)
参加者: 芳野(L)・志村・他1名
行程:
第1日目: 美濃戸口(7:20) – 美濃戸(8:20) – 行者小屋(12:00/13:00) – 中岳沢のコル(14:30) – 行者小屋(15:30)
第2日目: 出発(6:20) – 石尊稜取付(8:10) – 主稜線(13:30/13:45) – 行者小屋(14:30/15:10) – 美濃戸口(16:40) – 美濃戸(17:30)

12月8日(土)

今回は、前の会の仲間・S女史を誘った。一回りの年齢差があるが、いつもやる気にあふれ、頭の下がる人である。岩や雪稜のバリエーションに2人だけでも良く行ったので、気心が知れている。初めての志村さんには悪いが、今回はバリエーションだから経験者参加に目をつぶってもらうことにした。

美濃戸までの凍った道が私の運転では不安で、美濃戸まで走る車を横目に、車は美濃戸口止まりとした。美濃戸まではトレーニングと思って歩け歩けだ。美濃戸山荘前の南沢登山道入り口に「橋が流れ、通行止」のロープが張られている。エッ!橋はすぐそこなので入ってみると、丸太3本で仮の橋があり、難なく通過できた。30分先で左へ折れ上がるところを、先頭集団がそのまま沢沿いに進んで行く。「?」どう考えてもおかしいので、トレースはないが正規ルートを進む。1時間以上先でその先頭集団が後ろからやってきた。あのまま南沢を詰め、ドロドロになったと言っていた。この道は初めてなのだろうか。

行者小屋着は12時になった。阿弥陀岳ピストンは中止とし、テント設営後暖かい甘酒を飲み、のんびりとする。静岡山岳会の人達がいたので挨拶を交わす。時間があるので雪訓に行くという。私達も、穏やかで真っ青に晴れた空のもと何もしないのが勿体無く、中岳のコルまで歩くことにした。明日の石尊稜のためにいろんなピッケルの使い方を知って欲しかったし、合宿前だし、ただでは一日を終わらせてはいけない、と。

コルからは、冷たい風が吹き渡る中に権現岳方面が見渡せ、清清しくさえある、下山の途中でビーコンの練習を行う。シーズン初めにやらなければいけない事の一つ。お世話になりたくはないが・・ 16時をまわると日も陰り、寒さも増す。テントに入って女3人、お酒を呑みつつおやつをパクつき、お腹いっぱいになって眠りに着く。

12月9日(日)
私の時計はすでに5時20分を指していた。回りは静か過ぎるが、4時半起床の予定だったのであわてて起床を掛け、準備に取り掛かる。α米ができるまでに靴を履き、スパッツまで付けたのに「3時前ですよ」… 3時間も時計が早くなっていたらしい。ごめんなさい、ゴメンナサイ、すみません、申し訳ございません。また、寝た。そんなハプニングがあって、5時半出発の予定が6時を回ってしまった。

天気予報と違い、夜中に雪が降り続いていた。トレースを消す程ではないが、ヤな感じ。赤岳鉱泉近くの三又峰ルンゼに残るトレースに入る。でもトレースの上に雪が乗ったまま誰も歩いた形跡が無い。石尊稜に誰も取り付いていないなんて信じられない。不安になって地図で確かめたりした。トレースはそのまま沢を進み、壁が迫ると左手に上がる。左の尾根へ早めに取り付けば良かったが、膝までのラッセルのまま急登となり、7mのトラバースで尾根へ上がった。安定したところで準備を確認し、芳野リードでスタートする。樺の木でビレーをしたが、初めての志村さんにも1本を預け、その後の指導等コマゴマはS女史に任せる。

3mの草付き後、岩に取り付く。私もS女史も何回かこのルートに来ているが、アイゼンで取り付くしょっぱなの岩は、手強く感じる。良く探せば見つかるピンも、岩との保護色でキョロキョロするばかり。岩の凹部に薄っすらと乗っている雪を払って状態を確かめ、ピッケルを岩に引っ掛けて上がったり、小さな雪面に打ち込んで支えにしてみたり、アイゼンの前爪を利かせバランスを保つ。志村さんチャンと登ってコイよ、と思いつつ時々本気モード。ガバの様な手がかりも下向きだと手袋で滑るし、下から見て行けると思ったルートも悪かった・・ 1歩ずつ確認を取りながら進むので、下部2Pはかなりの時間を要した。その先は雪稜になるが単純でもなく、しかもザイルをつけたままの3人だと尺取虫状態で、距離を伸ばせない。途中下から2人パーティが登ってきたので道を譲ると、サッサと登って姿を消した。トレースをつけてもらう格好になったのは、ラッキーなのか? 天候は、吹雪いて晴れて、雪が舞ってまた青空がチラリ、そしてガス、と目まぐるしく変わり、寒さ厳しい八ヶ岳らしい。ガスが晴れると、八ヶ岳・岩稜帯の真っ只中にいる。その岩と雪の世界に、女3人だけ。チョット痺れますね! 上部は、細い岩のリッジから始まりガバがしっかりしていて、快適に登れる。右に回りこんで雪面を12m、岩で支点をとり一旦切るが、確保していて寒くて震えが止らなくなってきた。また岩のリッジから太い枝の下をくぐり左へ回りこみ、ルンゼ状から雪面へ。また岩にてビレーの後、左方向30mで稜線の縦走路に出た。

晴れていた。清里も赤岳も赤岳鉱泉も、全部手の中にある感じ。「お疲れー」と3人で握手を交わすものの、寒くてたまらない。ザイルを片付け少し下ると、風が当たらない暖かかい場所だったので休憩とし、やっと食べる物にありつく。終了した達成感と危険地帯を離れた安堵感、そして疲労がない交ぜになった状態で、地蔵尾根を下る。途中、自分達が登った石尊稜のトレースが見える。よく登ったね、志村さん!1月の編笠山とは雲泥の差じゃない。登れば登るほど、登れるようになるのだ。
行者小屋でゆっくりしたかったが時間に余裕は無い。片付けながらお茶を沸かし、温かい飲み物をおなかに入れると落ち着いた。美濃戸まで休憩せずに歩き、最後の坂をぜぇぜぇ登って美濃戸口の駐車場に着く頃は、真っ暗だった。

延命の湯にてさっぱりし、その食堂にてお腹を満たして帰路に着く。本当にお疲れ様でした。

(記:芳野)

——-
雪上訓練前に雪山に行きたい。と思った。
芳野さんに連絡すると、快くOKの返事を頂いた。お願いしたのは自分なのに、仕事が立て込んでいる事を言い訳に、計画の一切をやってもらってしまった。これにも言い訳するとすれば、芳野さんの計画や食事や装備等の技術を盗もう作戦なのだ。
八ヶ岳は丁度1年前の雪上訓練。ヒーヒー言いながら行者小屋に辿り着いた印象が強烈だ。
今年はどうだろうか?
前夜発。荷物を詰める程に募る不安感。私の不安度は荷物の重量に比例している。これに水を入れると思うと憂鬱な重量だ。
芳野さんが以前に入っていた山岳会の友人のSさんと、女3人の山行が始まった。
美濃戸口よりゆっくり歩き始める。結局、テント等重量装備を芳野さんが担いで下さる。いつもながらカッコいい。去年と同じルート(しかし荒れていた)をやはり去年と同じ位のヘタレ具合で到着した。もう1歩も歩きたくない!成長のない自分。1年という時間は私にとって何だったんだろう…?
12時までに出発できるようであれば阿弥陀に登る予定だったが、出来なかった。本当に申し訳ないと反省する。ピーカンに晴れた素晴らしいメルヘンな雪景色の中で、甘酒を飲んで一息ついた。静岡山岳会の面々が近くで休憩しており、久しぶりの再会を楽しむ。いつも清水さんが山で知り合いに会うのをすごいなーと思っていたけど、私も少しは山の世界で顔が広くなった?なんてね。
阿弥陀の登頂は無理としても、行ける所まで行こうということに。空身になっても、既に足は重い。途中静岡山岳会の雪上訓練中に出会うと、見得を張ってそこだけでもスタスタ歩きたい!と思うが、張る元気もなかった。呆れました?恥ずかしいけど、仕方ない。私がノロノロ登るのを待ってもらって訓練の邪魔を…すみませんでした。
コルに立つと、小同心・大同心が見える。急峻な岩である。『山』ではなく『大岩』に見えた。明日登るルートはさっぱり分からず。しかしとても難しい事は分かった。
下山し、ビーコンの使い方を教えてもらった。ビーコンは鵬翔内で目下の議題。購入・トレーニング・実践と待っている。あまりの高価商品に躊躇う私だが、後を尽きない雪崩事故にやはり買うべきなのだろう。自己防衛として。ゲームの様に宝探しをしているのは楽しいけれど、探すのは至難の業だ。雪崩が起きたイメージをすると怖い。探す立場になった時、今より力がついている事と火事場の馬鹿力が出るのを祈るばかり。
石尊稜へ。
出発すると、また、静岡山岳会の面々に会った。気合を入れなおす。
昨年、平野さんと坂田さんが行ったルート。人気なので待ち時間が寒かったと聞いていた。トレースもばっちりなのかと思っていたら、誰も居なかった。昨日のトレースの名残がある程度。雪をかきながら進むが、私にはラッセルもままならない。初バリエーション。見上げる先には岩壁が聳え立っている(ように見えた)。アイゼンの先で登るのに勇気がいる。
「ロープ着けて」その瞬間、何故か頭の中が真っ白になった。え?どうやるんだっけ?
ハーネスにロープを着ける方法がすっ飛んでしまった。あまりの事態に言い出せず、焦ってロープをひねくり回している内に、なんとか思い出し、正気になった。
セルフをとり、ロープを整理する芳野さんを手伝っていいのか分からない。狭いスペースに割り込んで逆に邪魔なのか、それともやはり近寄ってロープのもつれを解いた方がいいのか…。しばらく考えるが、狭くても落ちる事はないと判断して近寄ってみた。
「これからビレイ中寒いから何か着るなら今だよ」と言われ、「大丈夫です」と答えたものの服を着るのは大変なのでネックウォーマーだけをつけた。この判断で救われた。本当は服も着れば良かったのだけど…。芳野さん先頭で登り始める。「上がってきて」「セルフとって」「先行って」「ロープ上げて」「ビレイして」…と次々に指示を飛ばしてもらう。支点も岩だったり木だったり、ハーケンだったり、状況に応じた判断が要求される。当たり前なそんな事も初めてなので新鮮に感じられた。とにかく、登る事に集中する。無雪期の岩に登るのとはやはり全く違う。手袋3枚重ねではホールドをしっかり掴めないし、アイゼンの前歯で立つと踵が浮いて靴が脱げそうな感覚なのも心もとない。ピッケルで岩を捉えるのも、不安だ。しかし、フリーの岩場とは違い、必ず捉えられる場所が見つかった。
「足元良く見て」と下を向くと高度感があって、とても怖いので、足元の下は見ないようにする。天気がイマイチだ。うす曇から突風、薄日、雪、と目まぐるしく変わる。寒くて足は震えたままだが、富士山の経験を生かして、震えたまま発熱を心がける。耐寒訓練より寒いじゃん!太陽出ないかしら。その反面「日焼け止め塗ってない。太陽出たら紫外線に当る!」なんて乙女心が本当に面倒くさい。
途中、ベテラン&若手の二人組みがカマキリの様に現れて去っていった。きっと去年の平野-坂田組もこんな感じだったんだろうなぁ~。
時間が気になる。目指す終了点はまだ遥か先だ。芳野さんも心配しているだろう。無我夢中で上を目指すと、延々と終わらないかと思われた岩壁が最後雪の斜面になって、突如終わった。
芳野さんの笑顔が私を迎えてくれる。「ここが縦走路だよ!良く頑張ったね~!」と。3人で手を取り合うものの、放心状態でぼーっとしてしまった。今までのイマイチな天気が、私たちを労うかのように、ぱーっと晴れて青空の元にルートを浮かび上がらせてくれた。こんな所を…。やはり、喜びよりも、夢を見たかのような現実離れした感覚が続いた。
昨年の赤岳登頂時は猛吹雪だった。晴れた冬の八ヶ岳の険しい山容が目前にある。格好いい山だ。最高だ!
強風から逃れ岩陰に腰掛けると、登攀中に出来なかった行動食を簡単に食べた。
後は下山。つかの間の稜線を楽しみ、あっという間にテント場に戻った。
急いで撤収作業をすると、日暮との競争で一気に美濃戸口へ。真っ暗になり、そこから駐車場までの林道に辟易した頃、今回の山行は終了した。
温泉に入り、隣の食堂に入る。いつもなら食欲を失って「蕎麦を…」と言う所。同じように「お蕎麦にします」と言った後、「やっぱりコロッケ定食!」と。コロッケ定食が食べたいと思える自分に驚いた。あ~、私の成長はお蕎麦からコロッケ定食分なんだ…。と思うと笑っちゃうやらがっかりするやら。
今まで何度か石尊稜に登っているという芳野さんに、「今までで一番登頂が嬉しかった」と言わしめる程、迷惑をかけてしまった。今回も登っている最中は”もう辞めよう”

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