陣馬山でコーヒーブレイク

日程: 2007年11月4日(日)
山域: 高尾山 – 陣馬山(奥多摩)
参加者: 志村・清水(幸)
行程: 本文参照

厳しい山行で切磋琢磨している鵬翔内でゆる~く活動する異色の二人、お茶してきました。女の子だもん(?)たまにはいいでしょ。

最近休眠中の幸さんをハイキングに誘うと、軽く「いいよ。ガス持って行くからお茶しよ~」と言う事になった。ハイキングのゴールデンルート「高尾~陣馬山」。「お茶しよ~」は普通に日常使う言葉だけど、山女にかかると登山付。なんだか不思議。こんな事が一緒に楽しめる仲間に出会えた事を感謝する一瞬に、ついニマニマしてしまうのだ。紅葉にはまだ早い高尾のロープウェー乗り場では、イベントの準備が着々と進み、多くの人が登山に訪れている。

8:30 登り始める。

久しぶりに会うものだから、ペチャクチャ喋りながら登ると段々息が切れてきた。坂田さん曰くの『思ったことは何でも言い合えるし、お互いに実力が分かっているし、(少なくとも自分には)ストレスがなく…』は私にとっては幸さんなので、思った事は何でも言ってみる。「もうダメ!高尾山までしか行けないかも!」「いいよ~。行ける所まで行こう~」あくまでゆるい。これを読んだ鵬翔メンバーに怒られそう…。いや、呆れられる位かな?

そんなこんなでも、高尾山頂に到着。多くのハイカーで賑わっている。幸さんのザックの中で5Lプラティパスから水が漏れている。象が踏んでも漏れないハズなのに、このファスナー式は全く良くない。諦めて水を捨てる。ま、お茶には足りる位は私も持ってるし。

ちょっと休憩して、「さ、行こう」と真逆に歩きだす私。幸さんに「こうやってルートを外すんだね」と言われてちょっと凹む。このルートは3月に土井さんとトレーニングで歩いている。幸さんは鵬翔に入る前に1人で歩いているそうだ。
登ったり下ったりをあくまで喋りながら歩く。走る人を眺めつつ。私も今度は走ろうかなぁ。(注:平らな所だけですよ!)
紅葉には早いけど、秋晴れで気持ちいい~!このルートは暑いとキツイから、秋とか春とかが一番いいだろうなぁ。ホントは『春の桜』『秋の紅葉』時期がベストなんだけど、芋洗い状態に混むらしい。都会で生活する者として、山でまで人に揉まれたくない!!

13:30 陣馬山着

Zinbasan_2 「着いた~」ここまで来る人は少ないらしく広くてノビノビできる。今回はトレーニングじゃないので到着タイムは前回より遅いけどOKとしよう。ドカッと腰を下ろし、お茶の用意をしましょう。二人共沢山のおやつを持っているし、コーヒーはレギュラーコーヒーだし、天気はいいし、贅沢だなぁ。幸さんがカップ麺も持って来ていたので、食べる事にするが、「あ、箸忘れた!」「いいよ~、拾えばいいじゃん」と木の枝を拾ってくる。山には生活に必要な物が結構ある。気持ちのいい一日。こんな山の楽しみ方は如何でしょうか?
たまには一息。
とは言え、最後は日本酒で乾杯するあたり…。

(記: 志村)

氷結はイマイチ

日程: 2007年12月8日(土) 前夜発
山域: 広河原沢三ルンゼ(八ヶ岳)
参加者: 国府谷(L)・坂田
行程: 舟山十字路(7:04) – 二俣(7:59) – 三ルンゼ(10:59) – 稜線(13:20) –
阿弥陀岳(13:40) – 舟山十字路(16:23)

Img_0960sいよいよアイスシーズンの到来である。国府谷さんはバイルを一新し、自分は
オメガ(コフラックがエムテン付かなかったので)とエムテン(サルケンがリコ
ールされてしまったので…気に入ってたのにな)をゲット。これらの道具慣ら
しとクリスマスの奥三ノ沢へ向けての足慣らしのため、広河原沢へ入った。三
ルンゼは初めてなのだが、ガイドブックには「最も面白い」と書かれてあり、
期待が膨らむ。アイスは2年ぶりでかつアイス歴1シーズン(数回)とほとんで素
人なので、道具への期待も大。メインディッシュであるドーナツのクリスマス
セットを食べるのも楽しみだったが、国府谷さんに「これからは行動食もこっ
ちで用意するから」と言われてしまった。

表題にも書いたが、みんなが最も関心あるであろう氷結状態はイマイチだった
。氷は薄く、近付くと水の流れが透き通って見えて心臓に悪かった。アプロー
チ中には何度か踏み抜いて水に浸かった(特にトップの国府谷さん)。しかも中
流部より上は意外に雪が溜まり、ラッセルもさることながら、大滝のバンドに
は雪が溜まって見栄えもイマイチだった。Img_0971s その分、体力トレにはなったのだが
…。ほぼ同時に進んでいた別の2人パーティは面白くないと悟ったのか、いつ
の間にか引き返してしまったようだ。先シーズン程ひどいとはいえないが、今
シーズンも外れとなってしまうのだろうか。

モチベーション低下&カメのようなペースではかどらなかったので、氷結悪く
敗退、という言い訳も頭によぎったが、何とか登り切れて良かった。結局ハー
ネスやザイルは出番がなく(大滝も雪が溜まってプレッシャー減退)、三ルンゼ
へ入ってからコースタイムよりも早足で登れたのが幸いした。それでも氷の状
態もイマイチだし自信も無いしで緊張を強いられたが、良いトレーニングにな
った。

Img_0972s 体力的にはきつかったので阿弥陀岳を予定通りゲットした時は嬉しかった。八
ヶ岳の中で大好物の旭や権現がきれいに見えて満足したが、赤岳の方はガスっ
ていて時折顔を出す程度。八ヶ岳は(苦しい?)思い出が多いのでいろんな記憶
が頭を駆けめぐる。Img_0977s

中央稜経由で下山。今回も日没ギリギリ。

今回は国府谷さんに甘えてほとんどトップをやってもらってしまった。ありが
とうございました。先の丸いバイルは役立たず、ちゃんと砥がないとダメ。オ
メガはシェル出しが必要。ノーロープだったのでアイススクリューのセットな
どが出来なかったのは残念だったが、次の奧三ノ沢への課題が見えた。

(記: 坂田)

11aが見えてきた!?

日程: 2007年12月1日(土) – 2日(日)
山域: 鷲頭山・城山(伊豆)
参加者: 坂田・鈴木夫妻
行程:
第1日目: 鷲頭山にてフリークライミング
第2日目: 城山にてフリークライミング

ちょっと成果が上がってきたので、大袈裟な見出しを書いてしまった。5.10dの初RP・5.10cのOSを達成し、久々にガッツポーズ!!

12月1日(土) 晴れ

初めての鷲頭山。周辺のビッグエリアに押され、マニアックなエリアというイメージが強い。沼津の海岸線に車を停め、沼津アルプスへ目をやると、ようやく紅葉のピークを迎えた樹林の中で目立っている岩の塊に引きつけられる。わずか標高100m足らず。海岸からのんびり歩いたところで30分と掛からない。けれど体は重く、この100mがしんどい。つい先週末に穂高を縦走したとは考えられないくらいだが、身体がフリーモードに切り替わるとこんなもんである。

到着するとメインエリアの壁が目に飛び込んでくる。振り返ると海が広がり、岩場の前は城山南壁よりもさらに広く快適なスペースだ。iPodからポップな音楽が流れ、広げられた何枚かのレジャーシートにはガスコンロやらカップラーメンやらガチャやらが転がっている。既に地モティな若者達が6人くらい取り付いていたのだ。海の家にでも転がり込んだような、陽気な雰囲気である。盛り上がるバカ話に、ついついツッコミを入れたくなってしまう。各人のグレードは幅広く、5.12を登る山ヤから初心者が入り交じり、ルートの核心部で全身を震わせるクライマックスを迎えると、威勢のいい「ガンバ!」コールが響き渡る。誰も来ないような静かな場所でのクライミングが好きだが、活気ある妙な一体感がすっかり気に入ってしまった。今回の成果の原動力の1つだったと思う。

まずはウォーミングアップのため、カッチンロックへ移動し、ショートルートを上った。

おすましミーちゃん(5.10a)
ボビー(5.9)
メリールウ(5.10a)

の3本を登る。おすましミーちゃん、見た目は5.7じゃないの?というくらい階段なのだが、薄かぶりで意外にホールドが甘く、最初から全力投球でいきなりパンプ。連続してボビーを登ったが、おいしいホールドがことごとくぐらつくところはまるで本チャン?ここでもパワーを使いながらの危ういクライミングを展開してしまった。ここまで取りあえず全員ノーテン。メリールウはパワーに加えて微妙なバランスを取らなければならず、とうとうテンション(RPはした)。鈴木夫妻はノーテン、さすがだ。どうやらこのエリア、パワーもテクニックも必要なスパイシーなルートが揃っているようだ。

ここでランチタイムとなり、メインエリアを物色しつつ飲み食いするが、5.11/5.12がほとんどが占め、数少ない簡単なルートは既に取り付かれていたこともあり、ここは思い切って、

メイズ(5.10d)

を登ることにする。1本目までがかなり遠く、特に最後の立ち込みがかなりスリリング。下部は容易だが、核心部のシンクラックで様相は一変。かなり粘ってビレーヤーの鈴木(知)さんをいつものごとく泣かせてしまった割にはあえなくテンション。ここからはほとんど各駅停車。シンクラックを抜けた後もガバガバかと思いきや甘いホールドに腕が限界に達して終了点。続いて知さん。わずかなテンションで華麗に登ってしまった。ここで正さんに手本を見せてもらう。知さんは二度目で見事RP。自分の二度目は、腕に来てしまって指が勝手に開いて勢いよく墜ちてしまう始末。開きつつある実力差…。三度目をトライするには余りにも憂鬱なルートだったが、負けず嫌いが勝った。たくさんの「ガンバ」やら怒号やらの後押しと根性でRP!!このルートが5.10dのスタンダードグレードであることや、5.10cと5.10dの壁は厚いけど5.11aとの壁は薄いという話しを聞いて嬉しくなる。これまでのRPの中でも最高の気分を味わった。

最後に正さんが、

ETハング(5.11a)

を再登。このルートはみんながたっぷりの時間を掛けての悪戦苦闘を強いられていたことや、この日のフィナーレの様な雰囲気も手伝って、この日最高の盛り上がりを見せた。

海を見ると夕日が1/5を残しているだけで、下山する頃には薄暗かったが、気分は最高だった。そして、次はETハングにトライしようと決めた。

12月2日(日) 晴れ

今日は城山南壁。さすがに身体の節々に違和感があったが、たっぷりと寝られたことや、朝マクドでのんびり過ごしたことで、昨日よりもずっと調子がいい。

明らかに影の薄くなった人面岩を見ながら南壁へ到着すると、空いている駐車場とは裏腹に既にザイルが何本か垂れ下がり、騒々しかった。最初に、

グラシアス(5.9+)

でウォーミングアップ。意外に滑りやすく、慎重さを求められる。おばちゃん達がうるさいなぁ、なんて思わないでいたところへ、「坂田さんじゃないですか」と声を掛けられる。以前に唐幕を一緒に登った立川山岳会の菅原さんだった。立川山岳会の会山行のようだ。人数が多く、初めてのオンサイトをものにした新人らしきメンバー居たが、皆があるレベル以上のスキルを持っていることに驚いた。鵬翔もこうあって欲しいと思っている。

続いて、

アミーゴス(5.9)

を3回登った。1回目はリードで、2回目はトップロープで手への荷重を最小限にして登り、3回目はスピードを意識して登った。

自分にとってフリーは目標のアルパインルートを登るためのトレーニングの1つであるので、限界グレードを伸ばすつつ、墜ちずに登れるグレードも上げたいのだ。鈴木夫妻がこのようなトレーニングを取り入れてくれることに感謝!

ランチを食べ、ちょっと欲が出てくる。

タナバタノタナボタ(5.10c)

へ取り付く。核心のハング、股関節が硬すぎるのか足が上がらない。やむなく、ちょっと右から上がってRPとした。柔軟性を上げて再トライしたい。

アナザステップ(5.9)

をクールダウンで登るが、

スクールゾーン(5.10c)

が気になる。もう15時半を過ぎていたが、ワガママを言って登らせてもらった。無事OS!!5.10cは二度目。一度目のはお買い得すぎて後ろめたかったのだが、これでスッキリした。OSトライとしては珍しく30分程度で済んだことも良かった。

せっかく調子が上がってきたのだが、アイス強化月間へと突入するため、外岩はしばらくお預け。心配だが、ジムで維持出来るのかどうか試したい。

鈴木夫妻にはいつもお世話になりっぱなしで、大変感謝しています。今後ともよろしくお願いします。

(記: 坂田)

穂高縦走

日程: 2007年11月23日(金) – 25日(日) 前夜発
山域: 西穂高岳 – 奥穂高岳(北アルプス)
参加者: 国府谷(L)・坂田
行程:
第1日目: ロープウエイ(9:00/9:27) – 西穂山荘(10:47) – 独標(12:53) – 西穂高岳(15:10)
第2日目: 西穂高岳(6:30) – 天狗岳(12:44) – ジャンダルム手前(15:35)
第3日目: ジャンダルム手前(6:10) – 奥穂高岳(11:10) – 山荘(12:19) – 白出コル経由新穂高岳ロープウエイ乗り場(17:00)

7月に国府谷さん・芳野さんと3人で僅か3時間で駆け抜けた穂高稜線。岩に雪と氷が張り付き始めるこの時期に、今度は国府谷さんと二人で再び、冬山の前哨戦として取り付いた。そこには予想を超える厳しさが待ち受けていたのである。国府谷さんにして、「これまでで最も厳しい」と言わしめた今回の山行は、緊張の途切れることのない非常にストレスフルなものであり、我々がロープによる確保なしで登れる限界でのクライミングが続くものであった。不安定な雪が、夏の快適な稜線を、これほどまでにも豹変させることに、今さらながら驚きを隠せないでいる。

限界での登山こそ得られるものがあると思う。登山の素晴らしさをもれなく味わえる。そして、もっと強くなれる。けれども、それをやれる機会は少ない(大体は臆病風に吹かれるか、楽したい自分に負けてしまうか、なのだが…)。それが成功する機会はもっと少ない。今回は(当初の意図は別にして)そんな貴重な機会を得られてラッキーだった。穂高の一般縦走路で「限界」という言葉を出すこと自体が笑われそうだが、アイゼンワーク・ルートファインディング・体力など高い総合力を要求され、実力を試す上で不足のない素晴らしいルートだったと思っている。そして、シーズンインに向けたどんなトレーニングよりも有効だったのである。

そこはまた、自分の成長を実感できる場でもあった。2年前、いや1年前の自分であったなら、この計画は不可能だったに違いない。ようやく、国府谷さんのパートナーを果たせるくらいになって来たのかもしれない。

国府谷さんにはとても感謝している。このような登山では、信頼できる呼吸の合うパートナーが大きな力となる。思ったことは何でも言い合えるし、お互いに実力が分かっているし、(少なくとも自分には)ストレスがなく、登ることに集中出来るのだ。このようなパートナーに巡り会えるのも、パーティがその場限りではない山岳会ならではのことだと思う。

11月23日(金) 晴れ

ロープウェーで、1000mを超える標高差をあっという間に上がってしまうと、すっかり冬山の景観となった。気温は-8度。土井さんからの前情報通り、積雪は50cm程度だろう。第二便だったこともあり、既にトレースがついていた。第1便に乗った3パーティくらいを抜かしたと思うが、トップに立った時にはかなり西穂山荘に近付いていた。ペースははかどらず、久々のラッセルに息が上がる。Img_0836s

西穂山荘を超えてからもラッセルは続き、先シーズンの2月の塩見岳と比較しても遜色ないように感じる。今日は西穂を超える予定なのにピークが遠い。独標を越えて一息入れた時にはもうビバークをのことを口にせざるを得なかったのである。途中に二ヶ所ほど候補があったが、先へ進んだ。やはり今日中に西穂のピークを踏みたい。ピークを目指しながら、「なかなか侮れないな」と確かに感じたはずなのだが、西穂以降があまりに強烈だったので、記憶から抜け落ちてしまった。

西穂のピークは思いの外穏やかだ。雪が風で飛ばされてゴツゴツしていたが、ゴアライトを張るには十分な広さである。テントを固定する物に乏しいので、周囲にザイルを張り巡らせ、標識とアイゼンを支点に使った。そしてテントから出る際にはブーリンで身体を確保するようにした。Img_0847s

日差しが心地良い一日だったのだが、温度計は-12度を指していた。夜の冷え込みを予感させる。

食事はソーセージに赤飯。当初は土井さんが参加予定だったのでソーセージが1人当たり2本から3本に増量だ。今日は2本だけ食べた。まだ1日目だというのに、二人とも体力を消耗してしまった。

11月24日(土) 晴れ

ぜんざいとスープ食べ、ゆったりとした時間を過ごす。

西穂からの下降が最初の難問だった。信州側の雪壁は今にも崩れそうでやばいし、飛騨側は険しく、下降後へ稜線までトラバース可能なのかが分からない。取りあえず飛騨側に下降することにした。懸垂の支点は掘り起こした弱々しい灌木に国府谷さんの残置シュリンゲだが、とても心臓に悪い。Img_0851

まずは国府谷さんから。ひどい落石だ。2/3ほど降りたところで、ロープが岩角に引っ掛かってしまい、それ以上の下降が不可能になってしまった。やむなくロープを外し、クライムダウンすることとなる。その時、甲高い音を響かせながら、何かが落下した。音が聞こえなくなるまでが、とても長い時間に感じられた。国府谷さんのエイト環だ。物が落ちることこと自体、とてもありふれたことなのに、こんな時は張り詰めていた心が乱れる。きっと自分自身に重ねてしまうからだ。国府谷さんも同じ感覚を味わったのだろう、クライムダウンをやめ、待機している。自分がロープを回収しながら降り、国府谷さんに引き継いだ。ほぼロープ一杯の25m。稜線へ戻るためには、15m程度トラバースし、ルンゼ状を登ることになりそうだが、かなり悪いように思われた。ユマーリングして下降し直す方が良いようにも感じたが、国府谷さんがうまく突破してくれ、回収したロープを引きずりながら上がることが出来た。ここは今回、最も気持ちで負けたところだった。Img_0850s

けれどここで再び、心と身体のバランスを取り戻すことが出来たのである。もう負けることはなかった。この先、ここよりも悪い登り・悪いトラバース・悪い下りで、自分の持てる力を発揮することが出来たし、それが確かな自信へとつながっていった。

いくつものピークを越えても、気の休まる時はほんのわずかであった。どこも同じように悪いので、記憶をうまくたどることが出来ない。Img_0856s Img_0859s_2 Img_0876s_2 垂は4回ほどだっただろうか。どれも自然物を利用した支点で、ほとんどでシュリンゲを残置した。ルートファインディングの難しさは下降にあるとつくづく感じる。懸垂で1ピッチ25m以内に収めなければならない中で、深く切れ落ちた断崖の中から最適な下降ポイントを決めなければならず、慎重にならざるをえない。登り返しは体力も時間も大きくロスしてしまう。懸垂でなくクライムダウンの場合には、ミスの許されないアイゼンワークに神経をすり減らした。まだ雪が安定しないために浮き石が多いことも悩ましい。それでも、浮き石で身体に浮遊感を感じた次の瞬間には、その次のムーブを自動的にこなせたし、雪の載ったスラブでは、アイゼンの爪先が、岩の結晶を的確に捉えていた。薄く張り付いた氷でさえ、バランスの維持に役立てることが出来た。ピークへと続くだろうラインを見出すことは楽しい。空が青すぎて、そのラインの延長線上に吸い込まれそうになる。完璧な静寂に包まれ、呼吸も鼓動も何もかもが取り込まれていくような一体感。心と身体と自然とのバランスを実感する。この好天のお陰だ。

天狗岳の手前で、ようやく水を飲み、行動食を食べた。ジャンダルムは近いが、これまでの道のりと要した時間が遠くへと感じさせる。

実際、遠かった。2時間経っても着かない。リッジ上にテントの張れそうなスペースを見付けた時、もう少し先へ進むべきか、ここまでとするか思案した。ガスも出てきて視界が遮られ、気温も急に下げってきたこともあったので、今日はここまでとした。奥穂までたどり着けなかったか…。Img_0884s

予定通り進めない時に行動をどこで打ち切るか、迷うことはしばしばである。今回は2泊とも、早めの決断が奏功した。後から振り返ってみても、快適なテント生活を過ごす上ではベストな判断を下せたのである。

今夜のメニューはソーセージ1本と五目ご飯。風が強まり、明日の天候が心配だ。天候だけは味方であって欲しいと願いつつ、シュラフに入る。

11月25日(日) 晴れ

素晴らしい天気だった。月明かりに山々が浮かび上がっていた。Img_0880s ほとんどの山が眼下にあり、まるで自分が宙に浮いているようだ。もう3000mに乗っかってるのかもしれない。泰たちが登っているに違いない中央アルプスも、長大な南アルプスも、雪の少ない富士山も、全てがクリアーだ。こんな時は力がみなぎり、成功へのイメージが容易に描けるのである。

(またもや)ぜんざい・スープを食べ、出発!

ジャンダルムまでは近かった。実は、ジャンダルムのピークに立つのは初めてなのだ(ちょっと嬉しい)。登りの傾斜が想像していたよりも緩かったことにはホッとしたが、何とも神経質なクライミングとなり、アイゼンが滑る度に嫌な臭いが鼻をついた。グレードで表すならこの縦走路で最も高いだろう(恐怖感はまた別だが)。Img_0903s_2

ジャンダルムのピークには残置シュリンゲが束になっており、稜線沿いに15m程度懸垂する。そこから10m程リッジになっており、その後の10mを懸垂かクライムダウンかを迷うが、ロープの回収に苦労しそうな無理矢理な支点で懸垂する。そこから2個目のでかい岩峰を登ると、奥穂が目前に現れ、ここを降りてしまえばそうアップダウンはなさそうだった。しかし、200mほどだが雪の張り付いた岩壁が妙に強い傾斜に感じられ、憂鬱な気分となる。ここからの下降方法を考えながらも奥穂への最後の登りのラインをどう取ったらいいのか、目は追い続けたが、確信を持てないままだ。下降に関してはペツルを発見し、今回初めて、人工物を利用した懸垂となった。25m一杯で岩峰をトラバースしている夏道に出るが、ここでルートファインディングに迷う。稜線沿いのリッジへとトラバースしてから下降するか、沢へ降りてから登り返すのか。沢へ降りるには50m以上の懸垂が予想され、うまくピッチを切れるかどうか分からなかったので、取りあえずトラバースを試してみた。ところが悪いトラバースをするリスクの高さの割に、リッジをうまく降りられるかどうかがかなり疑わしく、途中でやる気を失ってやめた。結局は沢へと続くルンゼ状を懸垂下降。登り返しを覚悟したが、25m一杯で残置シュリンゲを見付け、2ピッチで沢へ降りられた。登り返しもほとんどなかった。途中、いくつかのハーケンがあったが、登攀ルートになっているのだろうか。Img_0909s

このコルでひと息入れる。実際に奥穂への最後のルートを目の前にすると、大した傾斜ではなくて気が抜けた。行動食がほとんど減っていない。準備したおやつの多さを国府谷さんに咎められて半分を置いてきたのだが、正解だったようだ。

夏には「どこが馬の背だったの?」というくらいなものだったが、今回ははっきりと認識した。フラフラですっかりへっぴり腰だ。

奥穂のピークからの眺めは最高だった。槍から延びる中崎尾根も全貌が見渡せる。正月への意思表示のためにポーズを取っておいた。無事にたどり着けたことへの喜びが湧き上がってくる。国府谷さんも満足げだ。Img_0917s_2

Img_0918s 奥穂の下りもなかなか気の抜けないものだった。標識で急な雪壁を懸垂下降し、うろうろしながら降りたが、ハードバーンだったので落石防止ネットへ向かってダイレクトに雪壁をクライムダウンしてから下を向いて右側のリッジに取り付くのが良さそうだ。この時期なのでハシゴが全部出ていた。

小屋は半分くらい埋まっていた。11月にしては雪が多いかもしれない。この連休、誰も近寄らなかったようだ。冬期小屋の入口も雪がそのままある。もし昨夜にここまで到達していれば、快適な一夜が約束されていたかも?実際には遙かに及ばなかったのだが…。

早速白出のコルをのぞき込む。Img_0934s 予想通りの状態で問題なく下れそうだ。ここでようやく力が抜けた。ガチャ類を外し、身軽となり、思いっきり荷物を広げて整理する。ちょっとした気分転換。アイゼンはまだつけたままにした。

もうすっかり下山した気分で、2時間ほどで待ち望んでいる温泉&食事にありつける気でいる。実際、上部のガレ場を過ぎればきれいなパウダー斜面であっという間に高度を下げられた。スキーなら最高だったに違いない。

高度的にはほとんど到着したも同然だったが、傾斜が緩む高巻きの手前くらいから地獄が始まった。気温が上がり、ぐずぐずの雪へと3歩ごとに踏み抜き、腰以上に沈み込むひどいラッセル。こうなると稜線での山との一体感はどこへやら、全てが敵に感じられ、イライラしながら立ち向かう、というかやけくそ。全身雪まみれだ。高巻きすると水流が顔を出し、へつりやら徒渉やらラッセルやらで悪戦苦闘。最後まで気を抜かせてくれず、11月とは思えないくらいに遊ばせてもらえた。最後の林道はプラブーツの締め付けのためか足先の痛みで嫌になり、2年ぶりくらいの苦い下山となった。この山行を象徴するように装備の傷みが目立つ。新品のアウター手袋はまた買い直しだ。新品のアイゼンはすっかり丸くなり、既に1シーズン越え。新品のアウターパンツはアイゼンで切られている。これらは国府谷さんのも同じ。駐車場に着いた時にはもう日暮れだった。

取りあえず前哨戦がうまくいって良かった。これでこの冬の計画にも弾みがつく。自分の二大弱点、アイスとフリーを鍛えて、最強のオールラウンダーを目指すぞ!

(記: 坂田)

黒部・立山縦走

飯田さんの記録をアップしました(こちら)

<概要>

日時: 2007年10月6日(土) – 9日(火) 前夜発
山域: 黒部・立山(北アルプス)
参加者: 飯田
行程:
第1日目: 高速バス新宿発(22:30)さわやか信州号にて
第2日目: 扇沢 – 室堂 – 別山乗越 – 真砂沢ロッジ泊
第3日目: 仙人池ヒュッテ – 仙人温泉 – 雲切新道 – 阿曽原温泉小屋泊
第4日目: 阿曽原温泉小屋 – 水平歩道 – 欅平 – 下山

三つ峠

日時: 2007年11月23日(金) – 24日(土)
山域: 三ツ峠
参加者: 掛川(L)・志村
行程: 本文参照

前から、ダブルロープでマルチピッチの練習をしよう、しようと言っててのびのびとなっていたが、やっとこさ出来た。

朝9時に三つ峠の登山口で待ち合わせをする。絶好の行楽日和で、かつ紅葉も美しい。富士山を撮影に来た人がひっきりなしに通過して行く。志村さんが渋滞で少し遅れたが
それでも10時頃には駐車場に着く。今回は、ここにテントを張る予定なので、登攀用具のみ持って向かう。11時過ぎに山荘に着く。小屋の中村さんに挨拶をして、トイレを借りる。「アイゼンのトレーニングかね」と聞かれる。

Dscf1320 晴れて、風もなくいいコンディションだ。なのに岩場には誰もいない。今日はシングルで、つるべで登る練習をする。いつも、ロープがぶらさがっている一般ルートで、気兼ねなく登れるのは気持ちよかった。最初に、一般ルート右(III+)、中央(IV+)で足慣らし。ちょっと休憩をしてリーダーピッチ(20m、IV+)を交互にリードする。Dscf1321 それから都岳連ルート(V)を、僕がリードして志村さんフォローで登る。ハイカーの人がたくさん通っていく。駐車場で会った裾野の若い人が僕もやってみたいですというので、「お兄ちゃん、若くて、ピチピチのきれいどころをぎょうさんそろえてまんがな。だまされた思うて、いっぺんブログにアクセスしてや、かんにんやで」と会に勧誘する。すると鵬翔の名前を聞いて、途中から隣でアイゼントレーニングをしていたリーダー格の人が「清水さん元気ですか」と話しかけてきた。山の井さんと同じ日本登攀クラブの方だそうで清水さんは顔が広いな、と改めて思う。それから、今回のメインである、中央カンテ(60m、IV+)に向かう。高度感はあるが、ピッチ的には先ほどの都岳連ルートよりやさしいはずだ。ここは、終始僕がリードする。2ピッチ目のクラック(10m、IV+)が狭くて、やりにくかった。終了点から、懸垂で降りる。途中、僕が不用意にザイルを引いた際、志村さんのエイト環が飛ばされて落ちてしまったが、後で探したら見つかってよかった。取り付きの戻るとまだ4時過ぎなのにもう、夕闇が迫っていた。とっとこ降りて、天水の湯に入り、インター近くのBellというショッピングセンターで買出しをする。今日はすき焼きだ。二人で食べる最低限の量にしたつもりだったが、食べ切れなかった。志村さんの能登のお土産のさつまあげもボリュームあったし、おいしかった。熱燗でしみじみ飲む。先週の富士山での一夜の仕返しとばかり、ぬくぬくとぜいたくに過ごした。

Dscf1322 翌朝は寒かった。晴れていたから、だろう。余った水を車にかけたらたちまち凍った。岩場に向かう途中、奇妙なものを見た。細い植物の根元に氷が張っていて、その形がまるで年輪のように枝の周りで丸くリングのようになっているもので、くるくるとカールしたり、波打っていた。
写真を撮っている人もたくさんいた。今日はダブルで練習だ。まず、一般ルート右を登る。久しぶりのダブルで僕も忘れていることが多く、二人でロープの流し方など確認しながらやる。それから、クーロワール(25m、V)を登る。最後つらくなって、ヌンチャクをつかんだりした。たった一本だけだったが、もうお昼だ。
お昼を簡単に済まして、中央カンテに向かう。前にガイドさんが、二人連れて登っていた。彼らが降りてきてから行く。第一バンドまでIII級のピッチを志村さんリードで行く。逆クリップ気をつけようね。それから、トップを交代して、III級のピッチを掛川リードで行く。左上するルートだったが、どっちのザイルをかけるかでもたもたする。情けない。それから、昨日志村さんが「狭くていやだった」2ピッチ目のクラック(10m、IV+)を今日はフォローでなく、リードする。最後は、また掛川にトップを交代して、抜ける。つるべだから、昨日より早く登れたと二人とも思った。志村さんも、昨日厳しく感じたところを今日はリードで登ったのだから、自信がついたのではと思う。Dscf1323
決定的なフォトチャンスは多々あったが、掛川のデジカメは、バッテリーがへたっていて3枚ぐらいしか取れなかった。上は風が強かった。また、懸垂で降りる。
帰りに小屋に挨拶によったら、「次は泊まっていってよ、余裕があったら、、、」と言われる。いつも、世話になってばかりだし、たまには泊まりもいいかもと思う。

今回、久しぶりにダブルで登ったのだが、やはり忘れていることや、当時やっていたことよりより、確実性の高いビレー技術をしっかりマスターしないといかんなあと痛感した。課題はたくさんあったけど、二日間いいクライミングが出来た。志村さん、おおきに。

(記: 掛川)

南アルプス・鳳凰三山

日程: 2007年11月23日(金)
山域: 鳳凰三山(南アルプス)
参加者: 芳野
行程: 青木鉱泉(6:50) – 薬師岳(10:20) – 観音岳(10:45) – 地蔵岳(11:30) – 青木鉱泉(14:20)

世間は3連休だというのに、なか日の土曜が仕事。仕方なく長く歩くことにした。

寒波の影響で北日本が大荒れのニュースに雪を期待したが、快晴の中に見える稜線は茶色。吐く息は白いがそれだけか?林道の終点から九十九折れの道、高度が上がるほどに樹林帯の登りは急になり息もたえだえ。立ち止まれば、雲ひとつ無い空に冬枯れの山々がクリアに広がる。見渡せる町並みも一軒一軒クッキリ見えて写真のようだ。
稜線に出ると風も強く、さすがに寒い。キーンと冷える空気に、鼻が痛い。真っ白な稜線の北アルプスまで遮るもの無く見渡せ目の前の北岳も白いが、鳳凰三山には雪が無く、結局今回の行程で雪を歩いたのは10mあるだろうか。背中のピッケルが泣いている。夏道を軽い荷物で歩くため、1人ということもあり、サッサと通り過ぎてしまう。どんどこ沢の下りは相変わらず急だ。このルートを会でボッカ出来たら、力がつくのに・・なんてくだらない事を思いつつ、下りがトロイ私は早足を心がけたが、なぜか滑る。下りは慣れとセンスだと思っているので、センスがない分修行を積まねば。
残念なことに青木鉱泉は冬季休業中。なんてこった・・・。ならばと、むかわの湯(\700)で汗を流し、「小作」にてほうとうを食し(ここのほうとうは旨いのだ)、帰郷した。

(記: 芳野)

秩父(夜間山行)

日程: 2007年11月16日(金) – 17日(土)
山域: 武甲山 – 蕨山(秩父)
参加者: 芳野
行程: 秩父鉄道・浦山口駅(22:20) – 登山口(23:10) – 武甲山(13:10) – 蕨山(4:00) – 名栗・さわらびの湯バス停(5:45)

11月16日(金)

以前トレーニングで良く夜の山を歩いていたが、最近その感覚を忘れている。この週末にある富士山の耐寒訓練に参加できないため、久しぶりに夜の山を歩くことにした。夜に山を歩けるかどうかは、経験が左右する。朝早い出発・下山が遅れて暗くなった場合、いつも通りに歩けることは強みであり安心でもあり、山の夜は魔物が潜むのだ。
山の夜は、当たり前だが真っ暗だ。闇である。闇が怖い、と正直に思う。でもその闇も15分も歩けば慣れてくる。が、登山口で『人を探しています』の顔写真付きチラシをラテが照らし出した時にはあまりいい気分ではなかった・・。初めこそ、闇の中で動物がガサゴソと走り去る音が気になって立ち止まっていたが、そのうち’お休みのところお騒がせしてスミマセ~ン’とのん気に歩くようになる。でも、十数m先に10程の目がコチラを見ていた時には、ギクリとした。闇の中では身体は見えずオレンジ色の目だけが光る。お互いの動きは止まり、やがて動物は走り去った。山は本来動物の棲家であり、餌場であり、生きていくフィールドなのであって、人はその中で遊ばせてもらっているイチ小動物に過ぎない。しかも夜の闇の中で人という動物は、あまりにも弱い。山に行くという事は、こういう世界に入る事だ、と改めて思い知らされる。結局、止ると寒いため、地図の確認・水を飲む・ラテの電池交換の時に立ち止まるだけで、歩ききってしまった。

夜に山を歩くための所感として

○闇を照らす光源・ラテだけが動くための生命線。そこでラテの性能が問われる訳だが、テントの中で使うのであれば何だって良い。本当に必要な場面で、必要とする明るさをもたらしてくれるか、である。月明かりの届かない林の中であれば尚更のこと。白色LEDは、蛍光灯のように全体を白っぽく明るくして良さそうだが焦点が定まらず、道を探す事には向かない、と私は思う。歩く時は足元だけを見ているのではない。これは先頭を歩く者にしか判らないかもしれないが、先にある道を確認出来て初めて安心した一歩が出せるのだ。ピンスポットの様に照らし出すミニチュア球使用のラテを持っていって正解だった(以前、ダメだ!と記録に書いた代物だが、電池容量不足だったか?)。

○一番気をつけなければならないのが`道迷い`である。思いのほか落ち葉により道は隠れ、何度も周りを見渡して探した。ラテが照らし出す範囲は狭く、見通しが利かない闇に目を凝らした。ラテが照らした所全てが道に見えて仕方が無い。柔らかい地面を踏むと「道を外した!」という警報が鳴るようになった。登山道は踏み固められているので固い。ひたすら忠実に道をたどり慎重過ぎる歩きのためゆっくりで、笑いが出るほどだ。迷ったと思ったらビバークすれば良い。明るくなるまで待てば良いのだ。ビバークというとなぜか悲壮感が漂うが、前進するための有効な手段であって、特別なことではない。

○夜の山の怖さは、本当は「闇」にあるのだと思う。明かりを消すと闇に押しつぶされそうになる。明かりを点けていても背中を意識すると怖い。闇というだけで恐怖なのだ。太古の昔より人間が恐れたもの・・・それとどう向き合えるか。そう、勝つのではない、慣れればいいのだ。
山に対する`畏怖`を感じ、山を謙虚に受け止めるいい機会となった。

【今回の装備】ツエルト・防寒着・雨具・非常装備<メタ・針金・裁縫道具・絆創膏・テーピングテープ・湿布・ライター・ろうそく・予備電池等>・非常食(火を使わず食べられカロリーの高いもの、ex.チョコ・ナッツ類)・ラテ(今回は2ヶ。1人だと電池交換も出来ない)★以上6点はどの山行にも必携。シュラフカバー・EPIヘッド&本体(暖まるならメタで十分、お湯も沸くが時間が掛かる)・行動食(ポケットに入れて随時食べられる乾燥フルーツにした(平野さんが良く持っていたので買ってみた。Goo!))

(記: 芳野)

富士山(耐寒訓練)

日程: 2007年11月17日(土) – 18日(日)
山域: 富士山
参加者: 掛川(L)・坂田・志村・鈴木(泰)
行程:
第1日目: 馬返し(9:42) – 一合目(9:57) – 二合目(10:15) – 三合目(10:41) –
佐藤小屋(12:01) – 六合目(14:06) – 七合目(15:40)
第2日目: 七合目(6:47) – 十合目(9:39) – 佐藤小屋(13:00) – 馬返し(14:15)

今シーズンも恒例の耐寒訓練、やってきました~!
余りの充実ぶりに早くも来シーズンを待ちきれないと賞賛の声・声・声!
詳しくは掛川・志村・鈴木(泰)の三名からの順次アップされますのでお楽しみに!

写真はこちら

まずは掛川さんから。

久しぶりに冬の富士山に登った。冬最後に登ったのは何時だったか思い出せないくらい久しぶりである。メンバーは、最近燃えに燃えている坂田君と、ネットで冬の富士山の怖さを知ってびびってしまった志村さん、そして、新人の鈴木君が参加した。鈴木君と山に行くのはザイル祭の時のボッカ訓練を含め、今回で二度目だ。

今回、耐寒訓練がメインだったので、無理に頂上を目指すつもりはなかった。そこで、スバルラインを使わず、吉田口の馬返し、1合目から歩くことにした。7合目か、8合目で適当にビバークする予定である。

金曜日の夜、東京のメンバーと合流し、富士吉田の道の駅でテントを張って仮眠した。翌朝、7時ごろ起きると、2張あった他のテントはすでになくなっていた。今回計画書を送った富士吉田警察署の方から、「馬返しは車上荒らしが多発していますので、くれぐれも貴重品は残さないよう」と電話があった。それで、志村車は、道の駅に置いてゆき、掛川車で馬返しに行くことにした。志村さんが、ピッケルを忘れ、もう一度取りに戻ったりして、(おかげで正しい道を確認できたりしたのだが、)とにかく9時半ごろ出発した。

1合目、2合目、3、4とそれぞれ、今は廃屋となった山小屋というか茶屋といったほうがいいのかもしれないがあった。スバルラインが出来る前はさぞ繁盛したのだろう。まだ形だけはきちんと建っているものもあれば、柱が朽ちて、つぶれて屋根が地面に乗っかっているだけのものも多かった。僕はこういう景色がなぜか好きだ。ちょっと違うけど、「つわものどもが夢の跡」の気分になる。

12時ごろ、5合目に着く。佐藤小屋は閉まっていた。六角堂を過ぎる頃から、今まで樹林で見えなかった富士山がどーんと目の前に現れてきた。ある程度予想はしていたが、予想以上に雪がなかった。吉田大沢も、8合目から上まで行かないと白くなっていなかった。風が強いようで、頂上から吹き降ろす風は8合目から上は白い雪煙を、それから下は、茶色の土ぼこりを巻き起こしていた。坂田君と鈴木君は、元気で早い。僕と志村さんは後ろからゆっくり登った。

15時半ごろ、7合目の小屋の脇にちょっとした平らな場所を見つけ、ツェルトを張った。坂田・志村がペアになり、僕は鈴木君と組んだ。最初、ポールを使ったのだが、風で吹き飛ばされてしまったので、ザイルを通して張り直した。風が強いので、ツェルトがあるといえ、寒さを出来るだけ感じないようにするには、できるだけ、空間、つまり断熱層である空気が必要だと思った。

われわれのほかに中年の、アベックが小屋と小屋のすきまにテントを張っていた。5時半ごろジフィーズのご飯にお湯を入れて、レトルトのカレーを暖め、コーンスープも分け、さあ食べようという時に、鈴木君が「さっきのテントつぶれたみたいですよ」という。風に混じって、なにやら「○×△下さい!」というのは聞こえた。どうも「助けてください」と言っていたようだ。様子を見に行ってみたら、テントはつぶれて二人で飛ばされないよう押さえつけていた。彼らの撤収を手伝い、ツェルトに戻り食事をする。出来るだけ着込んで、シュラフカバーで寝る。風は夜になって激しくなった。夜が深まるにつれ、寒くなってなかなか寝られない。最初登山靴をはいていたが、しめつけられるせいか、足先が痛くなったので、脱いでテントシューズをはいた。鈴木君も「すごいですね、想像以上です。」と言っていた。夏の富士山しか知らなければ、そう思うに違いない。まるで拷問のような風であった。幸い、ガスが豊富にあったので、2時間置きぐらいに起きて火を起こし、温かい飲み物を飲んで、鈴木君の豊富な行動食(ジャッキーカルパス、うまかったっけ)を食べ、ツェルトが暖まり眠くなるとまたうとうと寝るということを繰り返した。時々隣のテントにも声をかけてみた。志村さんも小屋泊まりで9月の富士山に登ったことがあるそうだが、今回はそれに比べてさぞつらいだろう。最初呼びかけに返ってきてい
た声もいつしか聞こえなくなった。富士山に抱かれて、やすらかに眠ってくれと思った。

長い夜が明けた。5時に、食事の準備を始める。いつもはシュラフから出るのに勇気がいるが、今回は早く火を起こして暖まりたかったので行動は早い。隣のツェルトから、二人の声が聞こえる。元気そうだ。やすらかに眠れたのか?頂上に行くハーネス、アイゼン、行動食などだけ持って、不要なものはデポしていく。われわれより上には、3パーティいた。時々強い突風が吹くので、志村さんに耐風姿勢を教える。8合目から上はアイゼンをはく。天気はいい。
気をつけるのは強い風だけだ。最後の鳥居をすぎても、しばらくは夏の登山道のロープが出ていた。頂上の鳥居が見える頂上直下だけは、雪がついた急な斜面になっていた。鈴木君は今回アイゼンが始めてだったらしいが、足元がしっかりしているのであまり心配しなかった。僕も志村さんもゆっくり登って行った。さすがにきつい。息は切れないが、足が重い。9時45分頃、吉田口山頂に着く。うれしかった。マイナス10度ぐらいか。耐寒温度は更に下がるか。小屋の裏手から剣が峰を見る。風が強く、体が飛ばされそうになる。下りは、頂上
直下の急なところ、4ピッチだけロープを出した。われわれが下山するにつれ、ガスが濃くなり頂上は隠れてしまった。ちょうどいいタイミングだったと思った。

今回、耐寒訓練も出来、また雪も少なかったので、頂上も踏むことが出来た。しかし、富士山は、今一年を通しておそらく日本でもっとも多く人が亡くなっている山ではないだろうか。まして、雪がついた富士山は、本当に危険な山だ。

今回の幸運に感謝しつつ、来年以降も富士山での訓練山行はくれぐれも慎重に行わないとと思った。

(記: 掛川)

私にとって3度目の富士山。しかも耐寒訓練。鵬翔に入って過去2度の耐寒訓練には全く興味がなかった。耐寒はどこでも出来ると思っていたし、且つ冬の富士山での事故を嫌というほど聞いていたので怖かったのだ。寒い。怖い。自信がない。いつもの事だ。しかし、相談した今回のリーダー掛川さんが「そんなに心配しなくて大丈夫」と背中を押してくれた。何故参加する気になったかと言えば、“ビバークを体験してみたかった“のだ。今まであまり危ない目にも合った事がなく、そんな経験がなかったから、必要に思われた。その時は坂田さんも山頂は目指さなくて良いと言っていた。(次に聞いた時は絶対登頂と言われたけど…)
今季初の冬山登山だったので数日前から準備を進めていた…。それなのに、帽子(予備はあった)・フリース・財布etc…と忘れ物が多く幸先が悪い。極めつけにピッケルを車に置き忘れた。みなさまゴメンなさい。
吉田口の一合目。計画書を見て我が目を疑ってしまった。私の中で富士山は5合目から登るもの。と無意識にインプットされていて、1合目なんかまるで意識した事がなかったのだ。馬返しから登山口の2匹の猿(狛猿?)に見送られて、不安を大きく抱えつつ歩き始めた。
佐藤小屋から見る富士山は圧巻だ。遠くからみる富士は凛とした美しい日本女性を思わせるが、ひとたび近づくと雄雄しく大王の様に君臨している。仲良くなれない山だなぁ。とため息をつく。
今回のメインディッシュの耐寒訓練。
掛川さんが目指すビバーク地7合目辺りの小屋前にテントを張っている夫婦が先客としていた。少し離れた場所に2張のツェルトを張る。ジャンケンで掛川&鈴木組、坂田&志村組に分かれた。会のツェルトを初めて見たが、なるほど~、底も横も開いているんですね・・・。柵を利用してロープで一応立てる。坂田さん曰く、「今年は暖かい」らしい。でも寒いですよ。
とにかく中で湯を沸かし、夕飯の支度に入る。外から大声が聞こえる「・・・・下さい!」強風の切れ間に聞こえる声は何を言っているか分からない。(掛川さんの記録でも同じでしたね。重要な『助けて』は聞こえにくいみたいです)ツェルトは二人と荷物で押さえているので簡単に顔を出す事も出来ない。次の日に聞いた所によると、掛川さんと鈴木君は夕飯を犠牲にして助けに行ったら、お隣さんのテントが破壊されて、大変だったそうだ。すぐに撤収したとの事。
食欲はなかったけど、無理に押し込み、寝ようとなったのが19時頃。フリースは忘れてしまったので、インナーのダウンと冬用のアウターとテントシューズを着込んだ。シュラフカバーに潜り込む。しかし眠れない。背中の震えが止らない。坂田さんは「身体の力を抜かないと眠れないやろ~。リラックスリラックス~」と。体の震えを押さえ込んで止めてから、力を抜くとまたブルッとくる。その繰り返しが延々と行われた。やむなく、カイロを貼る事に。しかし、いくら探しても見つからない。背中に貼れば眠れるハズ!と必死に探すも、トイレットペーパーやナイフ等と一緒に入れた袋は飛ばされてしまったらしい…。甘い考えの罰?別の場所に入れていた靴用カイロをテントシューズに入れてみるが、貼るタイプじゃないので、あまり熱を感じない。眠れない。しかし、命の危険も感じない。眠れないだけで、死ぬ事はないな。と判断し、次の心配に移る。このまま一睡も出来なかった場合、明日の登頂&下山は大丈夫だろうか?と。鈴木君は「自分は富士山に登頂出来るって聞いたから来たっす」と言っていた。寝不足の体力不足で足を引っ張ってはいけない。
24時前頃、「寝袋使います!」と敗北宣言をする。入った瞬間眠りに落ちた。しかし、気付いてしまった。今回のコンセプトは耐寒訓練。私が持って行ったのは夏用(羽毛)の軽量寝袋だ。寒い!!11月の夜中の富士山で夏用寝袋は通用しない!しかし、1-2時間は眠れたので、それだけでもラッキーと思う事にした。
横向きに寝ると良いと聞いて横向きになるが、背中を風が通り抜けてやはり寒い。しかし、動物的体温調節システムは中々良く出来ていて、震える事によって熱はかなり得られるのだな、と気付いた。隣から掛川さんが声を掛けてくれる。「大丈夫です」と答える。あちらも眠れないらしい。いつもはシュラフカバーを完全には閉じないのだけど、今回は口を内側からぎゅっと掴んでいた。(その後も声を掛けて下さっていたんですね。小さな声にしか聞こえなかったので、鈴木君に言っているのかと…)その後、掛川さんと鈴木君がツェルトのロープを張り直して下さった。動くとちょっと暖かいな。(外には出なかったけど)
じっと我慢していると、ガスを付ける音がするので、意識を集中してみる。横になったまま暖かさを感じる事さえ出来ればそれで眠りにつけるだろう。なんて思うが、そんなに甘くもない。もっとガーっと暖めて~!!!と念じるも口に出す気力なし。5時頃、寒さとの闘いは終わった。
空身で良いと言って頂き、装備は坂田さんに背負ってもらって、ピッケルだけを持って出発した。夏道がなくなっていたら辞めようとの事だったが、それはまだあった。雪が少ないらしい。長い道のりをヘタレな歩みで時間をかけつつ無事登頂。ここで耐寒訓練ラウンド2の始まりだ。山頂の強風に閉口し、とっとと下山。10合目->1合目も長い長い長い。突風に翻弄されながら、やっと…なんとか…。山頂に着いた頃から風が強まり、雲を舞い上げる。段々激しくなる風に、もしこれが登っている時だったら上がるのは無理だっただろうと思う。天気やタイミング、全てに恵まれたからこその登頂だったのでしょう。とにかく満足です。
今回相談に乗って下さった先輩方、リーダー掛川さん、坂田さん、鈴木君、有難うございました。

それで、坂田さん、鈴木君はどうでした?

(記: 志村)

富士山での耐寒訓練、はや4度目だ。振り返ってみると、第1回目は久世さん・国府谷さんに連れられ、牧田さんを交えて、ハードなアイスバーンと悪戦苦闘した。アイゼンワークもままならず、必死に張り付いている横を、4パーティくらいが次から次へと滑落し、富士山の恐ろしさが焼き付けた。第2回目は鵬翔の活動低迷を反映して単独だった。少し自信を持ち始めた頃だったのだが、天候が悪く、歩くことにも恐怖を感じるくらいの強風で、ツエルトが引きちぎ
られて敗退。第3回目は久しぶりに新しいメンバーを加えての賑やかな山行となり楽しかった。この耐寒トレーニングは毎回状況が違うので新たな発見もあるし、アイゼンワーク・耐寒を含めた防衛体力・耐風をこの時期に高いレベルでトレーニング可能な場所は富士山以外に見当たらない。継続していくべきだと考えているのだが、何せ寒い。どうしても憂鬱な気分になってしまう。これを反映してか、今回はメンバーの集まりが悪く、あわや掛川さんと二人で頂上ビバークか、と思われた。けど初参加の志村さん・新人の鈴木(泰)が加わり、会のトレーニング山行として有意義なものになった。今回は初めて1合目からのトライで新鮮味もある。

五合目で目にした富士山は、積雪が過去最低だった。7合目まではほとんど雪らしきものがないのである。例年より1週間ほど早いとはいえ気温も高く、今後の計画が心配になる。

気温が高め(とは言っても-10度までは下がったが)なので吹きさらしにツエルトを張る。特に志村さんと自分が使ったツエルトは簡易なものだったで、空間を作るのが大変である。調理もやっとのことだ。ツエルトからはみ出したものはことごとく飛ばされていき、大事な朝食がまずなくなった。あろうことか緊急用の寝袋までもがちょっと目を離した隙に消えていた。スタッフバッグに収納していたし、1.3kgくらいあるので油断した。金銭的にも痛手。4回目ということで強風を甘くみていたのが原因だ。これからの雪山シーズン、気を引き締めろということだろう。

生活空間としては不快なのでさっさと寝る。体感的にはこれまでで一番寒い。風でツエルトがシュラフカバーに巻き付いて外気がもろに伝わってくる。身体が震え始めると力が入っていつまでも寝られないので、まずは全身を積極的に震わせて身体を温める。しばらくすると震えが止まるが、そこで止めずにさらに震わせて出来る限り熱を生成する。ここで一気に力を抜き、リラックス。「意外と暖かいな」と感じ(思い込み)ながら、眠りにつくのである。足が雪面についてしまうのが厄介。冷たさから来る痛みで、1時間程度で目が覚めてしまう。その度にこんなことを繰り返す。0時を過ぎてくると火が欲しくなるが、隣のツエルトには負けたくないし、訓練だからということで限界まで我慢。1時を過ぎたところで点火。風がツエルトを吹き抜けるので、思ったよりも暖まらないが、あるのとないのとでは全然違う。ここで、何かを飲み食いすると身体が一気に発熱して快適なのだが、ここも我慢。点火は三分程度と決め、この間に睡眠できる状態へと持って行く。また1時間ほどで目が覚め、火を付ける。3回くらい繰り返したと思う。4時過ぎになる頃にはすっかり身体が冷え切り、ちょっと点火したくらいでは暖まらない。こうなると眠るのは難しいので、諦めた方が良い。寝ようとすることがかえってストレスになるので、寒さを味わってやるぞ、くらいに開き直る方が楽だろう。今回は19時からの時間が意外に短く感じられたことは良かった。

頂上直下まで夏道が出ていて、アタックは容易だった。安全地帯では、志村さん達を引き離させてもらい、泰のペースやアイゼンワークを意識しながら登る。

やはり登頂は嬉しい。頂上の風はいつもながらに並大抵ではない。

下降は4ピッチロープを出したが、楽なものだった。本音は富士山特有のハードバーンでなかったことは寂しいが…。

ふと気付いたのだが、鵬翔に入会した頃はいつも風邪やらなんかでノックダウンして大きい山行を台無しにしていたのだが、最近はそんなことが減ってきたかも。どうやら、耐寒訓練は美容と健康に良いらしい。参加したくなりました?ぜひ次回は、もっと盛大にやりましょう。

(記: 坂田)

今回の山行きも初めて尽くしが多かった。まず富士山が初めてだった。雪山もほぼ初めてだったし、アイゼンもビヴァークも初めてだった。しかも雪訓をしてないので滑落停止も本で見ただけで一度もしたことがなかった。この条件の中で不安もあり耐寒訓練なんて行きたくなかったので返事をしなかったら、いつの間にかメンバーにされていた。最初は坂田さんに行きたくないと言ってみたが、無駄なことがわかったので絶対に山頂に行くことを条件にして、自分を行きたい気分にさせてみた。

初日は廃道になった道を歩けるということで、実はこの日が一番楽しみだった。その理由は廃道になるとどうなるのか見てみたかったからだ。実際は人がいないだけでなんでもなかったが、ポツポツ建っている小屋が少々不気味だったかもしれない。それにしてもこの日は暑く、坂田さんが歩くのが速いせいもあってか、三合目に着く頃には半袖になっていた。

林道にも飽きてきた頃、佐藤小屋に着いた。ここでようやく富士山から富士山を見たが、その姿は遠くからいつも見てる富士山とは少し形が違う感じがした。たぶん沢の形を立体的に捉えられるようになったからだと思う。そのせいか何度見ても富士山だとは思わなかった。

坂田さんによると今年の富士山は雪が少ないということで、僕的にはラッキーだった。稜線にでてからも雪による影響はなく、この日は7合目でツェルトを張ることになった。僕はグッパーによって掛川さんと一緒になり正直ホッとした。なぜなら坂田さんと一緒になったら、無理な我慢を強引に要求されることが見えていたからだ。神は僕に味方した。

寒い中、掛川さんがほとんど一人でツェルトを張ってしまった。僕はそれをただ見ていた。中は風が無いぶんマシだったが、地面からの冷え込みは予想を遥かに超えて凄かった。そこでいつも一番下に入れるマットを出そうとザックの中身を全部だした。しかしどこにもマットは見当たらない。何度見ても無いので、パッキングを思い出してみると、入れた記憶がなかった。心の中で「やっちまったー」と叫んだ。すこし考えたがどうしようもないので、掛川さんに忘れたことを話すと、「とりあえず一緒に座ろう」と半分場所を譲ってもらった。

中での生活にも慣れ始め、食事の準備も整いあと少しで食べれるというところで、外から途切れ途切れ叫ぶ声が聞こえた。その声が三度聞こえたので気にかかり通気口から外を覗くと、近くでテントを張っていたおじさんが、バタつくフライを握りしめながら助けを求めていた。状況を掛川さんに話すと、掛川さんは靴を履いて出て行った。その直後にツェルトのポールが倒れ、次に風でカップが倒れてコーンポタージュの粉が飛び出し、危ないのでコンロの火を消して片付けたが、自分のカップがどこにいったか分からなくなった。
一向に状況が改善されないので、僕は動くことをやめ、時折外を覗いて掛川さんが来るのをまった。

この日の夜はなかなか長かった。マットを忘れた間抜けな僕のために、掛川さんはマットを横に敷いてくれ、胸から尻までは地面の冷気から開放された。足もザックを敷き上半身には着替えを敷いた。しかし、動いてるうちにマットとの間に隙間ができ、そこから鬼のような冷気が上がってくるせいで全然寝られなかった。掛川さんは僕のせいで同じ目に合っていると思うと申し訳なく思い、背中を見ながら心の中で「すいません」と何度も思い、同時に感謝した。ほんっっっっとうにすいませんでした。

待ち遠しかった起床時間になり、荷物をデポして出発した。八合目からアイゼンを履き、初めてのアイゼン歩行は清水さんの教えを思い出しながらになった。スパッツにアイゼンを引っ掛けまいと必要以上にガニ股で歩いたせいか、股関節が異常に痛くなった。しかも坂田さんには全く追いつけず、自分自身に少しガッカリした。
頂上はものっ凄い風で、前から後ろから押され、氷の粒が顔面を叩く度に顔を横に背けた。頂上の頂上には行けなかったが、満足はできた。
そして来年からは耐寒訓練には行かないぞという誓いのようなものが出来上がった。

(記: 鈴木(泰))

山野井泰史講演会

日時: 2007年11月15日(木) 19:00 – 20:00
場所: 豊島区立勤労福祉会館
主催: 都岳連海外委員会

120人以上も集まって60人用の会場は人で溢れかえっていました。前回の中村保さんの時は会場が広くて快適だったのですが…人気度に誤算があったようです。これを見越して当日は定時ダッシュ、開場の18時30分直前に着いたのだが、既に長蛇の列でした。山野井ファンの自分としては最前列を陣取りたかったのですがさすがに無理。しばらくして到着した清水・塩足・鈴木(泰)の3名を含めて、座れただけでもラッキーな状況でした。

内容はギャチュンカン以降のクライミングに関するもので、2004年-2005年のポタラ峰北壁(中国)・2006年のパリラプチャ北壁(ネパール)。そして、楽しそうなアメリカでのクライミングツアー。アメリカツアー、カッコイイ岩場がたくさん出てきて、かなりそそられました。地名とか暗記したつもりだったんですが、その後の飲み会ですっかり記憶を失ってしまったのが残念。365連休取れたら(それより少なくても)世界ツアーをやりたいです。一緒に行ってくれる人、募集中!!その前にもっとうまくならなきゃダメですね。今回の講演では山野井さんの努力ぶりがにじみ出てて、もっと頑張らなきゃダメだという気にさせられました(モチベーションアッ!)。

話しがそれてしまいましたが、メインのグリーンランド報告について。かなり快適だったようです。岩は硬く、1本のボルトを打つのにキリを3本ダメにするとか。それでも脆い所で苦労したところもあったようです。後は気温が高く、天候に恵まれ、日は沈まず、と抜群の環境で羨ましい限り。オールフリーでなかったことやボルトの残置など、クライミングスタイルは三流だと何度か繰り返し言っていました(ボルト以外は残置ゼロ)。個人的にはNHKのバックアップということが何らかの影響を与えたのかどうかが気になります(カメラマンの引き上げなどが必要ですし…)。というよりもなぜNHKのバックアップを受け入れたのでしょうか?この分野でスポンサーが付くこと自体、凄いことだと思いつつも、山野井さんのやりたいようにやれたのかな、という気持ちもあります。一方で、今回のクライミング一番良かったことは、頂上に立ったときに「まだやれるぞ」と余力が感じられ、自分の可能性が想像を超えていたことだと言
っていました。次につながる満足のクライミングであったということが伝わってきます。

次はヒマラヤ、と言ってたと思います。どんな挑戦になるのか、楽しみです。
ちなみに自分もヒマラヤ狙ってます。こちらも募集中!!

講演会の内容について、地名など詳細なところの記憶が簡単に抜けてしまいますので、次はPC持ち込みでメモを取るようにしたいです。特にアメリカツアー、良さそうなエリアがたくさんあったのに…。後で調べておきたいと思います。

講演後は、84の丸山さんを含めたメンバーと合流しての飲み会でした。

(記: 坂田)