今月行われました懇親山行の記録が安達さんから届きました。
こちらからご覧ください。
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春スキー懇親会
安達さんよりスキー懇親会の記録が届きました。
秋の懇親山行、箱根外輪山ハイキングの報告
懇親スキー山行
日時: 2013年3月2日(土) – 3日(日)
場所: 菅平スキー場
参加者: 安達(幹事)・平井・久世・牧田・平井和樹・久世想太朗・他1名
今年も安達さん幹事にて、菅平にて懇親スキーを行ないました。名古屋から牧田君が参加してくれ、唯一のボーダーとしての参加となりました。
前夜の金曜日、安達車にて安達・鈴木さん(安達さん友人)・久世親子は東京を出発、上信越道のSAにて仮眠。
翌朝、のんびりSAにて朝食を摂り、上田菅平のIC近くの西友で懇親会の買い出しをして、一路宿泊地の市川村を目指す。
この数年お世話になっている市川村は、朝早くからの到着に関わらず、親切に対応していただき部屋にも通してもらう。荷物の整理と、ウエアに着替え、この日は峰の原スキー場に行く。この峰の原スキー場は手頃なファミリーゲレンデのため、難しいコースが少なく子供たちも楽しめます。また広くない故に、平井さん親子や牧田君との待ち合わせにも適しております。今年から小学生になった息子も、リフトに乗って滑れる様になったので、全員で同じコースを楽しめるようになりました。
午後に平井さん親子・牧田君も合流し、夕方まで目一杯滑った。
スキー場からすぐの市川村に戻り、お風呂にて体を温め、お鍋など盛り沢山の夕食をいただいた後、部屋に戻り懇親会を始める。今日のスキーの話から、はては世界情勢の話まで、毎度の如くですが、収拾のつかない盛り上がりにて夜遅く就寝となりました。
翌朝、朝食の後、菅平スキー場に行く。これも毎年の如くだが奥ダボスに車を置き滑り始める。一通り菅平の殆どのエリアを滑って、昼食を食べていると、菅平のリフト券で大松スキー場も滑れる事が判り、車で大松エリアに行くこととする。菅平スキー場からは菅平市街を挟んで、反対側の山肌にある大松エリアは、今まで見ていただけであったが、リフト券が共通エリアとなった事で、今年から滑れる事になったらしい。大松は特別広くは無いが、うまくコースが作られており、林間コースなどもある面白いエリアでした。この日も夕方の暗くなる直前まで、休み無く滑り、充実した懇親スキー山行でした。
スキーの後は、いつもの真田の里の日帰り浴場に寄り、平井さん・牧田君と別れ、帰京いたしました。
この数年、安達さんのお陰で宿泊させていただいていた市川市の保養施設の「市川村」が残念ながら、この3月31日をもって閉鎖となってしまった為、次回からの懇親スキー山行は、この菅平では無くなってしまうかも知れませんが、幹事の安達さんは次回以降も頑張ってくれるとの事なので、期待したいと思います。
(記: 久世)
残暑お見舞い申し上げます
春(夏?)の懇親山行
日時: 2013年6月29日(土) – 30日(日)
山域: 箱根周辺(明星ヶ岳・金時山)
参加者: 安達(幹事/孫)・南・平井・久世・牧田
今回の懇親山行は、以前企画して台風に阻まれた、箱根強羅に泊まって温泉と山を楽しむをコンセプトにした懇親山行の再トライでした。残念ながら参加者が少なかったですが、普段なかなか行かない山に登れるのも、この懇親山行の良い所であります。
28日(金)の夜8時半に、安達さんとお孫さんが亀戸まで車で来てくれ、一路箱根を目指す。今回宿泊する所は、久世の会社が所有する強羅のリゾートマンションなので、前夜泊が可能で、早めに行ってゆっくり温泉に浸かってのんびりする事が出来ます。首都高速で方面を間違えるアクシデントもありましたが、予定通り10時半に強羅に到着。その後すぐに名古屋から牧田君も到着し、何はともあれ皆で温泉に入る事にしました。お風呂は24時間(午後に清掃時間があるが)入浴可能な大浴場があり、泉質の異なる2つの源泉からお湯を引いているので、マンションとはいえ、なかなかのお風呂だと思います。
翌29日(土)、朝ゆっくり起きれるという事が、前夜泊のもう一つの良い所ですが、また朝から温泉に入り、箱根大文字焼きで有名な明星ヶ岳に登る事とする。その前に皆で大涌谷を観光し、有名な長寿の温泉玉子を食しました。朝早く行った為、人も多かったですが、駐車場待ちなどせず、すんなり観光できました。
明星ヶ岳は、マンションから車で僅かの場所が登山口、という裏山感覚ではありますが、登山者の姿も見かけられます。木が鬱蒼として湿度が高く、意外に急勾配の登山道を皆でゆっくり登り、一時間後にようやく景色の見えるところに出ましたが、何とそこが大文字焼きの「大」の字の一角でした。そこで大勢の方が休憩していていたが、日差しが強くあまり休まず頂上を目指す。すこし登ると頂上らしきのっぺりとした稜線上に着く。そこには分岐の標識しかなく、ずいぶん寂しいななどと言っていたら、他の登山者より本当の頂上は100M先だと教わる。稜線上は8月16日に行なわれる大文字焼き用に、竹が切り揃えられたものが沢山並んでおり、もう夏である事を実感できる。頂上といっても鳥居と石碑がある寂しいところで、眺望も無い。ちょっとした隙間から相模湾が見える程度でした。それよりも稜線上を大勢のトレランのランナーが走っている事に驚いた。しかも殆どが若い人たちで、女性も多く見られた。金時山から明星ヶ岳などの箱根外輪山を走るのが人気だとは聞いていたが、予想以上に大勢の人が走っていた。我々は来た道を戻り、ワンピッチで登山口まで行けました。
下山後、仙石原に夕食の買出しに行き、3時くらいにマンションに戻るとちょうど南さんが着いたところでした。その後4時過ぎに電車で強羅に着いた平井さんを、車にてピックアップして、全員が揃いました。まだ明るい夕方5時くらいから、牧田君盛り付けの夕食を食べながら、懇親会をスタートしました。部屋からは正面に今日登った明星ヶ岳と大文字焼きの大の字が見え、南さん・平井さんに説明する安達さんの顔が少し誇らしげでした。その後、安達さん・南さんの若い頃の話などが聞け、懇親会は大いに盛り上がりました。
翌30日(日)、まずは朝から朝風呂に入り、南さんはお客さんと御殿場でゴルフがあるため部屋で別れ、その他は金時山に向かいました。
今回は金時神社から登り、頂上からは乙女峠まで縦走し、そのから仙石原方面に下りるルートにしました。金時神社からのルートは人気があるらしく、既に駐車場は満杯で何とか駐車する事が出来ました。小さなお子さんのいるファミリーから、山ガール、熟年グループまで様々な方々が金時山にハイキングに来ていて、改めて最近の山ブームを実感した。
たいして趣の無い金時神社を見学し登り始めるが、人気のハイキングコースらしく登山道が綺麗に整備されている。既に降りてくる人もいて、場所によっては待ち時間が生じてしまう。昨日同様、頂上直下まで眺望が得られないが、登る事自体は非常に楽であり、子供が多いのも納得できるほどであった。頂上には本当に大勢の人がいて、2つある山小屋も盛況で、有名な金時娘も見る事が出来たが、唯一富士山が見えなかった事だけが残念でした。仙石原方面の景色を堪能し、乙女峠方面に縦走すると頂上の喧騒も嘘のように人が少なくなり、静かなハイキングを楽しめる。若干道の悪い所もあったが、問題なく下山。
マンションに戻り温泉で汗を流し(今回2日間で計5回お風呂に入りました)、牧田君とはマンションで別れ、箱根湯本と厚木で多少渋滞しましたが、早めに東京に戻る事が出来ました。箱根は近く、非常に楽でした。
次回秋の懇親山行も安達さん幹事にて、大鹿村の一日一組の限定宿や、または箱根も良いとか、色々なプランが出てましたので、乞うご期待です。
(記: 久世)
久世君の会社の箱根強羅温泉の、リゾートマンションを、お借りしての懇親山行でした。
夜だけでしたが、南会員も駆けつけてきて、夜は買ってきた酒さかなの懇親会でした。
温泉も2種類の温泉が楽しめ、サウナ、打たせ湯、泡風呂、マッサージ付きジェット風呂もあり、とても広くて良い気持ちでした。
久世さんにはお世話になりました。
懇親山行は、日ごろ自分たちの行きたい山や沢登りをしていますので、集会では一緒ですが、
年に何回か、全員で参加でき、ある程度足の弱い人も参加できるような、山を登り、
そして、夜は懇親を深めるという趣旨です。
遠く、名古屋から、牧田君が参加してくれました。
久松さんが、参加表明されていましたが、奥様のお具合が悪く、残念ながら不参加になりました。
明星ガ岳と金時山と登り、所期の目的を果たしました。
懇親会も南君が参加され、昔の話に花が咲きました。
強羅、仙石原と、素晴らしいリゾート地です。
生憎天気は曇りで(豆御覚悟の山行でしたが、降りませんでした。)、
富士山を拝む事はできませんでした。
孫も喜んでくれて、また秋には企画したいと思っています。
(記: 安達)
岩木山写真アップのお知らせ
ザイル祭
場所: 氷川キャンプ場(奥多摩)
日程: 2011年11月19日(土) – 20日(日)
参加者: 国府谷(幹事)・久世(想太朗)・飯田・松林・齋藤・下島
今年もザイル祭の時期がやってきた。
いつもはハイキングや岩トレなども併せて実施するのだが、今回は天気予報が芳しくない為、氷川キャンプ場のバンガローで行うザイル祭の儀式(?)だけである。
久世車に同乗している国府谷、下島さんで途中のスーパーで買出しをおこなった。
キャンプ場に到着するころには、恒例の齋藤さんが釣り上げた虹鱒の塩焼き(焼き具合は絶妙である)も用意されており、急いで今回のメインデュッシュの寄せ鍋の準備を行った。
食事の準備が整ったところで、飯田さんの口上による山での安全を祈念する儀式が行われた。
その後はいつもどおりの懇親会が夜更けまで続いたのであった。
翌日は、朝食を済ませて片付けをした後に現地解散とし、そのまま電車で帰宅する方ともえぎの湯に行く方に別れた。
(記: 国府谷)
鵬翔山岳会創立70周年記念集会
2010年3月13日(土)に東京銀座のホテル銀座ラフィナートにて、多数の会員の方々の出席を頂き、鵬翔山岳会創立70周年記念集会が開催されました。
第一部の記念集会では三竹幸雄会長の挨拶の後、創立会員の向後保会員からお話を伺うことが出来ました。70年前に当会を立ち上げた会員の方が、ご健在であることに会員一同の喜びは非常に大きいものがありました。
その後齋藤正明副会長による70年の歩み、またこの間に亡くなられた会員の鎮魂譜が読み上げられました。各支部より挨拶が、東京は内嶋揚一会員・九州は鶴田清二会員・関西は丸尾信会員・上越は田中壮佶会員よりありました。
最後に内嶋揚一会員の指揮のもと、全員で「谷川岳の歌」を斉唱し、安達重輝会員の閉会の挨拶で終了いたしました。
その後部屋を変えて、第二部懇親会が催されました。青木宏之副会長の乾杯のあと、スクリーンには創立当時から現在に至るまでの写真が映し出され、和やかな雰囲気のなか、参加者の方々はこれまでの、またはこれからの山に対する想いなどをそれぞれ語らいあいました。
また記念集会に参加された方が壇上にて一通り紹介され、最後に鵬翔エールがコールされ、名残惜しみつつ閉会となりました。
参加者: 向後(1期)・犬塚(2期)・高橋義治(15期)・三竹(15期)・内嶋(15期)・青木(16期)・中森(17期)・齋藤正明(17期)・石井康夫(20期)・飯田(20期)鶴田(20期)・大渡(20期)・田中(25期)・馬場(25期)・安達(26期)・南(27期)・久松(27期)・丸尾(27期)・関戸(30期)・吉田(33期)・井上(35期)・縣(39期)・平井(48期)・久世(56期)・国府谷(56期)・牧田(60期)・坂田(64期)・松林(68期)・廣岡(68期)・土井(68期)・下島(69期)・齊藤俊夫(69期)
(敬称略)
来賓: 関根照子様・中野洋子様・清水恵様
会友: 高山幸子様・川室清一様
南アルプス聖岳での遭難事故について
本年1月2日に、南アルプス聖岳で発生した遭難事故は、当会会員がリーダーとなり、当山岳会の山行として、3名のパーティで登山を行ったものです。
同パーティは昨年12月30日に、聖沢登山口より入山し、聖岳東尾根から茶臼岳への縦走を目指しましたが、本年1月2日 前聖岳手前約150メートル付近の稜線上で、強風雪の為、行動不能となり緊急無線にて救助を要請。1月4日 静岡県警山岳救助隊のヘリコプターによって、救助されました。
当山岳会としては、この度の山岳遭難事故により、困難な気象状況の中にも関わらず、昼夜陸と空から懸命の救助活動に当たって頂いた静岡県警山岳救助隊及び静岡県警静岡中央警察署の方々はじめ、連絡を取り続けて頂いたアマチュア無線家の方々、医療機関の方々、友好山岳会の方々など多くの皆様に、大変なご迷惑とご心配をお掛けいたした事を、深くお詫び申し上げるとともに、多大なご協力とご支援をいただきました事に、心より感謝申し上げます。
当山岳会は、今回の遭難事故を極めて重大なことと受け止め、今後も継続して原因を究明し、二度とこのような事故を発生させないよう、万全の対応を進めてまいります。
2010年2月26日
鵬翔山岳会 東京支部長
久世 直紀