日程: 2007年6月10日(日)
山域: エビラ沢(丹沢)
参加者: 坂田(L)・廣岡・坂本・土井
行程: 入渓点(8:54) – 袖平山(14:02) – 入渓点(16:54)
ポツリ。頬を雨粒が叩いた。エビラ沢橋の駐車場に次々と黒い染みが広がり、やがて本降りとなった。裏丹沢に沢登りに来たというのに幸先が良くない。道志の谷沿いには、小さな温泉が点在している。鄙びた温泉で朝からまったりするのも悪くないという甘い思いが脳裏をよぎる。だが、これから沢に入ろうという3人は少々の雨では中止を許してくれそうにない猛者ばかり。意を決して入渓する。
エビラ沢は水平距離3300メートル、垂直距離1000メートル。グレードは2級上。前夜から降り続けた雨のせいか水量が多い。駐車場から見る滝F1(15m)は轟音を立てて滝つぼに落ちてゆく。アブミの必要なこの滝は高巻いたが、濡れた斜面がいやらしい。森のにおいを胸いっぱい吸い込みながら、小さな滝を次々と越えてゆく。滝の落差の割に釜は足が届かないほど深い。
堰堤を越えて、しばらく歩くとゴルジュ帯。そしてチョックストーンの滝に出た。巨岩が滝に蓋をするような格好で鎮座しており、右岸にボロボロのシュリンゲが2本垂れ下がっている。坂田さんが挑戦するがヌルヌルとした壁が嫌らしそう。「こんなシュリンゲに身を預けたくない」。珍しく坂田さんが弱音をはき、早々とクライムダウン。今日2度目の高巻きとなるが、この高巻きが曲者だった。斜面は崩壊しており、降り注ぐ雨で濡れた落ち葉で足元はグズグズ。カメムシのように四つん這いで尾根に出る。
ナメ滝のゴルジュを抜けると、4m三条の滝。水量は均一だが一番左側の滝を恐る恐る越える。ゴルジュを抜けて小滝の連続する河原を歩いていると、ゴロゴロと上空が鳴りはじめた。閃光が走り6秒後にはドシンと炸裂音。漬物石を地面に落としたような鈍く重い音が鼓膜を揺るがす。雨の次は雷のお出ましか。エビラ沢から我々への宣戦布告である。カラビナを身につけながら、電気を帯びた空気の中を歩くのは気持ちいいものではない。白旗をあげそうになったが、昨日も雨のため幕岩で退散したばかり。三つ峠グループから「弱っちい」と一刀両断されたらしいので、ここは踏ん張るしかない。
雷に怯えながら連続する小滝を遡ってゆくと、やがて大滝F5(25m)が現れた。ほぼ垂直。滝の左右には水草がビッシリと生い茂り、茶色の岩肌を水が落ちている。水苔でヌルヌルの大滝は、トポによると残置ハーケンを便りに右側を突破するらしいが、それらしきものが見当たらない。坂本さんが調べたところ、水草に隠れて最初のハーケンを発見。二本目のハーケンは力を入れるとグラグラとする「問題外ハーケン」。雨・雷・ボロボロ残置の三拍子とあっては、ここも高巻き決定。ところが、この高巻きが核心だった。不安定な急斜面を40m登ったところで坂田さんが行き詰まる。立ちはだかる岩の裏側は絶壁。際どいトラバースだという。岩の背後では、しきりに落石の音がする。痺れを切らしたのか、しんがりの坂本さんは、南側の濡れた斜面をスルスルと登り木陰のかなたに消えてしまった。猿のような敏捷さだ。
残された小生に選択肢は2つ。絶壁トラバースか、脆い砂礫の斜面直登か。目の前で、触りもしないのに砂礫がパラパラと崩れてゆく。トラバースせよ、という啓示だろう。
見えぬ岩角を探るとガバがある。ガバを頼りに身を乗り出し、えいやっ。体重移動は思ったほど難しくなかった。
その後も、ひたすら斜面を這いつくばる。手にする木々は簡単に根っこから抜けてしまう。まるで、蓮根を引き抜いているようで、まったく頼りにならない。しかも、落石どころか“落木”がゴロゴロ上から襲ってくる。この森には腐った木々が大量に堆積している。斜面上部をトップが歩くと、その余波で堆積の微妙なバランスが崩れ、枝やら幹やらが落ちてくるわけだ。たまったものではない。
高巻き三昧に萎えた心を鼓舞してくれたのがシャワークライミングだ。釜の中を滝口まで行くのも何とも楽しい。そして水流に逆らい登ってゆく。生きていることを実感する瞬間でもある。ロープで確保しているとはいえ、水に隠れたホールドを手探りで探し出すのは難しい。6月とはいえ、やはり山の水は冷たく、手の感覚が麻痺してくるのが分かる。山の神に祈りながら、水の洗礼を浴び続けるのであった。
やがて水流は細り、チョロチョロと川床を蛇行し、ついに白龍は消えた。笹と雑木と格闘すること30分、視界が開けると、そこは頂上だった。雨もあがり、上空の雲も切れて青空がのぞく。雨と雷は、いずこに去ったのやら、沢登りとは、こんなものかもしれない。
(記: 土井)