八ヶ岳単独縦走

日程: 2007年8月11日(土) – 13日(日)
参加者: 大和田
行程: 第1日目 甲斐大泉(6:20) – 天女山入口(7:00) – 三ツ頭(11:00/11:15) – 権現岳(12:00/12:30) – キレット小屋(14:00)
      第2日目 起床(3:30/5:00) – 赤岳(6:40/6:55) – 横岳(8:10) – 硫黄岳(9:20/9:30) – 夏沢峠(10:10/10:25) – 東天狗岳(11:50/12:00) – 高見石(14:30/14:45) – 白駒池(15:15)
      第3日目 起床(3:50/5:20) – 麦草峠(5:50) – 茶臼山(7:20) – 縞枯山(7:50/8:05) – 雨池峠林道(9:00) – 双子池(9:50/10:15) – 亀甲池(10:55/11:15) – 北横岳(12:45/13:00) – ピラタス山頂駅(13:45 ロープウェイ) – 茅野駅
参加者 大和田

20070811yatu 昨年5月、山を歩き始め、ハイキングを脱して、初めてテントを担いだのは梅雨明け直後の北アルプスだった。栂池から白馬大池までの登りで、三歩歩いて目眩がした。その夏から秋にかけて、私は、一人用の小さく軽いテントで一泊二日の山歩きを何度か試みた。単独では、すべての器材を自分で担がなければならない。重さに慣れないまま、季節は移り、11月、私は鵬翔のザイル祭に潜りこみ、そのまま居ついてしまったため、しばらく単独のテント山行からは遠ざかっていた。もっとも、「遠ざかる」というほどの経験はないのだが。
2年目の今夏、私は、山行の計画を立てられないでいた。なんとなれば、昨年10月、鵬翔に辿りつく前に引き受けてしまった仕事が、一年近く経った今、ボディーブロウのように効いてきて、休みの見通しがどうしても立たないまま、ハプニングも重なって、7月が過ぎ、8月も10日が過ぎようとしていたからだ。珍しく、坂田さんが「どうぞ」といってくれた双六にもエントリーできず、坂本さんの提案にも乗れず、清水さんが土壇場まで待ってくれた大幽沢にも駆けこめず、発狂しそうになるくらい悶々としていたが、突然、8月9日になって展望がひらけた。しかし、14日15日の予定はどうしても動かせない。そうなると、山に行けるのは、11日から13日の二泊三日。それも、必ず13日には下山していなければならない。(10日になって出した計画書にOKしてくださった委員会、支部長にこの場を借りて感謝します。)
突如計画した八ヶ岳縦走。蓼科山まで行ければ、と考えたが、登山口のバスは14時30分の次が17時10分。14時30分に駆けこめる自信がないので、帰りが確実になるように、最終日は北八つ周遊として、甲斐大泉を起点に天女山から三ツ頭、権現、キレットを通過して横岳、硫黄、天狗、黒百合平、麦草、茶臼、縞枯、双子池、亀甲池、北横岳、ピラタスと縦走する計画を立てた。

天候だけは味方してくれた。ただし、頗るつきの、暑さとともに。8月11日6時20分、標高1100メートルの甲斐大泉駅はすでに真夏の太陽が照りつけ始めていた。7時に天女山入口に着く頃には、汗だくである。人が見たら仰天するほどの汗っかきの私は、今回、ザックの中にハイドレーション・システムを仕込んでおいた。歩きながら水を補給しないことには、いちいちザックを降ろしていたら、先に進めないからだ。
天女山のパーキングにはずいぶん多くの車が停めてある。ここから我慢の2時間半(CT)の登り。標高2000メートルを過ぎるあたりから傾斜がきつくなり、やがて前三ツ頭にでる。稜線を、さらなる眺望を期待して、森林限界を超えて三ツ頭へ登り詰めると、赤岳をはじめとした八ヶ岳連峰が一気に目に飛び込んでくる。
ここからは展望に助けられて、一息に権現岳へ向かう。2月に吹雪かれながら、編笠まわりで、この権現に登ったことが思い出された。今は8月、お盆休みのさなかとあって、頂上付近は、軽装のハイカーでにぎわっている。どうも、私の重装備は場違いな気がする。ここまで登る間にも、「すごい荷物ですね、どこまで行かれるんですか」とか、「縦走ですか」とか、「おひとりですか」とか、「がんばってください」などなど、声をかけられまくった。町中で、こんなに声をかけられることはありえない。
 権現のピークに挨拶してから、さあ昼ご飯だ、と思っていると、突如、携帯が鳴り響いた。驚いて出てみると、9日にカタがついたハズの仕事のことで、クレームがきたのである。怒りで猛り狂う相手に、暢気に「山に登ってます」とはいえず、「ハァ、ハァ」と話を聞いていると、どうも私のミスではなく、所属団体の事務局のミスらしい。あまりの剣幕に、恐る恐る、「私が差し上げました書類をもう一度、ご確認願えますか、それを事務局が処理していますので、原稿の段階での誤植となりますと、私の責任ですが、事務局が受理した後ですと、印刷所のミスかもしれません」と微妙に責任の所在をごまかし、曖昧に責任逃れをする。相手は猛り狂ったあとなので、クレームをつける相手が違うらしいとなんとなく気づいたあとも、電話を切ってくれない。「だいたいねえ、あなたに連絡しようと思っても携帯が通じないし、いったいなんなのよッ!」と怒鳴り続ける。「樹林帯のなかでは電波が届かないものですから」とはますます言いづらい。ひたすら、「申し訳ありません」と繰り返しているうちに、風の流れが変わったのか、本当に電波が通じなくなり、通話は途絶えた。
やれやれ、助かった。
あとが恐いけど・・・まあ、下山したら事務局に確認しようっと。
けっこうなロス・タイムとなってしまったが、クレームのつけ方があまりに恐かったので、頭に血が上ったまま権現からの下りに入る。急傾斜の長いハシゴも、電話で恐い思いをしたあとなので、緊張したまま、すんなり降りてしまった。照りつける日射しから逃れたいと思い始めた頃、樹林帯にもう一度はいり、それを抜けるとキレット小屋である。小屋の脇を降りていくと、テン場になっている。午後2時。小屋は休業中、テン場にも誰もいない。もしかしたら、今晩は私ひとりなのかも、という予感がふとよぎる。なにかの動物の鳴き声が響く。  
小さいテントの設営はアッというまだ。とっとと荷物を整理すると、水を汲みに行く。水がチョロチョロとしか出ていない、と聞いていたので、水汲みに時間がかかると思ったからだ。30分以上かけて、約4リットルの水を汲み、テントにもどると、単独のお兄さんが到着して、オレンジ色のテントを広げていた。
ああ、よかった。
ここに一人っきり、というのは、結構、寂しい。
4時頃、二人組のお兄さんたちがご到着、最後に5時近くなって、ツェルトで軽装のお兄さんがご到着。(総勢5名。私以外は、若いお兄さんたちばっかである。)
今夜の夕飯はレトルトのタイカレー。ビールは担ぐのを断念していたので、スコッチをお湯割りにして飲みながら、ご飯を炊いて、カレーを用意。残ったご飯は明日の朝、雑炊にする。夜の帳が降りる頃には、しっかり眠りに落ちていた。

12日は3時半起床。コーヒーを入れ、雑炊をすすり、テントを撤収して5時きっかりに出発。キレットから赤岳を、真夏の太陽にやられる前に抜けてしまいたいのだ。二人組のお兄さんたちは清里からあがってきて、権現から小泉に降りるという。オレンジ色のテントのお兄さんは麦草まで縦走して、3時15分のバスに乗る予定だという。トップで出発したものの、オレンジ色のテントのお兄さんとツェルトのお兄さんに、あっという間に抜かされた。
いいなあ、お兄さんたち、みんな、足が速くて。
後ろ姿を見送っていると、ふたりが、坂田さんや掛川さんに見えてくる。
キレットを涼しいうちに抜けられたので、赤岳に7時前に着く。大展望が広がっている。風もない。ただ、人が多いので、そうはのんびりせず、先を急ぐ。ここから硫黄岳までは、景色を楽しみながらの稜線歩き。コマクサの群落に囲まれた硫黄岳で赤岳や周囲の山々に別れを告げて、夏沢峠へ降りていく。このあたりから、今日の予定である黒百合平を通過して、白駒池まで足をのばそう、と思い始めた。というのも、黒百合平までだと到着が1時頃になりそうで、昼過ぎからビール三昧というのも悪くないけれど、それより、今日はもう少し行動できる、と踏んだからである。
ここまで、ほぼCTどおりに行動してきているから、このままのペースで白駒池到着が3時過ぎなら、そんなに悪くない。
それに、白駒池のほうが水は豊富だし、3日目の行動が楽になる。
よし、目指すは白駒池だ。
私は、このとき、ようやくCTの存在意義を理解した。あたり前のことかもしれないのだが、特に夏山でのCTとは、それに自分を合わせるためのものではなく、行動時間の予測のためにあるのだ。CTより時間がかかれば、その日の行動を安全圏でとどめておこうと考え、早めに行動できれば、予定変更も考慮できる。「ものさし」というのは、それに自分を合わせようとするものではなく、それを使って予想し、危険を避けつつ、未来を企画するために使うものなのだ。限られた時間と登山道で、可変自由な時空を安全に旅するには、ものさしを上手に使うことである。今回、私はほぼ、地図にあるCTどおりに行動してきていたので、疲労の具合と相談しながら、計画を変更することにした。
南八ヶ岳の岩稜地帯を抜け、北八ヶ岳の森が伸びてくる夏沢峠を過ぎるころには、下りで足が棒になり始め、草木のない天狗の登りのほうが楽に感じるほどになった。しかし、いったん、白駒池まで降りる、と決めたからには、東天狗から中山の分岐も黒百合方向には取らず、ひたすら高見石を目指す。暑さと日射しの強さは尋常ではなく、樹林帯に入るとほっとする。長い下り。体力のない私は、通常、登りより下りのほうが得意なのだが、この日ばかりは下りが足にこたえた。足がもたなくて、スピードが出ない。膝にいってしまったり歩けなくなると致命的なので、抑えて歩く。
行動時間が10時間をわずかに超えたころ、青苔荘の屋根が見えた。テン場の受付を済ませながら、冷たい牛乳を一気飲み。(ビールはテント設営後、あとからゆっくりいただきました。) 夕飯は、ミートソース・パスタ。例によってレトルトのソースに4分で茹で上がるマカロニ、春雨スープ。翌朝は、乾燥野菜たっぷりのラーメン。
白駒池のキャンプ場は家族連れが多く、明るい雰囲気だ。単独者も何人か小さいテントを張っている。水はじゃんじゃん出るし、ビールは買えるし、いうことなし。お隣に若いお父さんと小学6年生の息子さんがテントを張る。とてもかわいい男の子で、目が合うたびにニッコリする。「どこから来たの?」と聞くと、「千葉県」とのこと。「明日はどこに行くの?」などと聞いていると、お父さんが話に割りこんできて、「明日は黒百合平まで行って、天狗を往復できたらと思ってるんですよ」という。そうか、そうか、楽しそうだね。きっと明日もよいお天気だし。
夜はペルセウス座流星群をみたかったのだけど、ビールと疲労で、夕暮れのうちに寝入ってしまい、3時半起床のはずが4時近くになって起きたので、星に願いをかけられなかった。私の願いといえば、坂田・坂本なみの体力、である。しつこいようですが、宝石はいりません、ただ、担いで登れて、さっさか歩ける体力がほしいなあ。根が親切(?)な私は、どこにいても、守ってもらうより、守ってあげたいのである。優しくされるより、優しくしてあげたい。でも、そのためには、強くないと。だから、体力がほしいのである。

5時に出るはずが、20分の遅刻。麦草から茶水池を通るころには、今日も暑くなりそうな予感。しかし茶臼山の登りは樹林帯の中である。標高は高くはないが、結構、急斜面で、のっけから苦しむ。歩いては立ち止まり、また歩いては立ち止まる。ぜいぜいいいながら、苦しんでいると、大型の動物の気配がした。熊だとイヤなので、笛を吹きながら、歩く。ようやく踏んだ茶臼山のピークは樹林帯の中で面白いところではなく、さっさと下って、次なる縞枯山へ。北八つが見渡せる縞枯山のピークは明るくて、展望もきく。しばらく休憩した後、雨池峠へ下り始める。かなりの急勾配で、今日も下りのほうがつらい。昨日の高見石を過ぎたあたりから、下りになると右足の踝に靴があたって痛んでいたが、今日も同じ場所が痛い。靴を脱いでみると、腫れている。柔らかな布をあてて応急処置を施すと、今日一日は保ちそうな具合におさまった。
雨池峠を降りきり、林道を双子池へ向かう。私は北八つの池が大好きなので、うきうきする。それにしても、暑くなってきた。この調子では下界はいかならむ。さぞ、暑いことだろう。林道では、単独の人にひとり会ったきり、青空を映す双子池にはだれもいない。ここにテントを張って、一日ぼうっとして、散策したり、本を読んだりできたら、気持ちいいだろうな。この次来るときは、のんびりキャンプにしたいなあ。雄池と雌池の雌池のほうを半周回って亀甲池へ。深い森の、厚い絨毯のような苔が印象的な樹林帯を抜けると、亀甲池の湖畔には、3人連れのハイカーがお昼ごはんを広げている。オニヤンマ、だろうか、やたらに大きいトンボが湖面をなでていく。
最後の登りは北横岳へと続く。CTで1時間20分。大切なラストに、標高と時間で目安をつけ、約半分登ったところで休憩を入れる。いよいよ最後かと思うと、一歩一歩がもったいない気がする。でも体力的には限界に近い。北横の頂上は、亀甲池からの登りからは想像もできないくらい、大勢のハイカーでにぎわっていた。
坪庭を見下ろしながら、この間見えてきた新しい仕事と山行との折り合いをどうやってつけていこうか、とぼんやり考えていた。みんなと日程が合わせられなくて焦れたけれど、こういう単独行も悪くない。人のいない静かな山もいいけれど、人気コースをテントでめぐるなら、小屋の混雑も気にならないし、単独でも寂しいことはない。それに歩いていないコース、登りたい山のなんと多いことか。四十代半ばで突然登山を始めたおかげで、「初めて」がたくさん残っている。経験は積めていないけれど、感動できて幸せな気分になれる機会はたくさん残っている。今回は、天気が安定していて雷の発生もなかったから、おおいに助けられた。山頂駅を目指して下り始めると、気が緩んで、足も限界に近く、二回もコケた。危ない、危ない。もう一度、気持ちを引き締め直す。
大混雑の山頂駅で後ろを振り返ると、夏雲が遠く湧いていた。今年の夏はまだ続きそうだ。

(記: 大和田)

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