日程: 2007年8月11日(土) – 14日(火)
参加者: 久世(L)・芳野・平野
行程: 第1日目 扇沢駅(6:30) – 黒部ダム(7:00) – 十字峡(11:00) – 剣沢河原(12:10) – 剣沢平(15:50)
第2日目 剣沢平付近徒渉
第3日目 剣沢平(8:00) – 十字峡(16:00)
第4日目 十字峡(6:30) – 黒部ダム(11:00)
剱沢「幻の大滝」は昭和37年9月鵬翔山岳会によりその全容が解明された。
憧れの剱沢大滝への挑戦は一度訪れてみたいと願う期待と、技術や体力の不足による不安が交差し、行くと決めた以上今更焦ってもしょうがないと言う気持ちから、山行き前の緊張感より気負いを捨てた山行きとなった。
8月10日(金)
大型連休前の残務整理で慌しく仕事を終え、今回の待ち合わせ場所である新宿駅南口に集合出来たのは23:10。
久世さんの運転する車でお盆休みの帰省や行楽で混雑する中央道を経由し、ようやく扇沢駅に到着したのは既に3:00を過ぎてきた。
満杯となっている無料の駐車場の空スペースを探し、何回か回りようやく場所を確保しテントで仮眠するが、駐車場を行き交う車の騒音と夜明けの明かりで浅い眠りとなる。
8月11日(土) 晴れ
6:30扇沢駅始発のトロリーバスに乗車し黒部ダムへ、下ノ廊下方面へ向かう出口付近の手洗いで水を補給し7:00ダム下へ下降開始。
内蔵助沢出合から下ノ廊下への旧日電歩道まだ開通しておらず、通行不可の看板がかかる入り口のロープを越えて行く。
鳴沢出合の岩小屋にて昭和58年8月1日に鉄砲水で遭難した7名の慰霊碑に合掌した後、晴天のなか大タテガビンを過ぎるとやがて歩道の補修工事箇所が終わり不安定な歩道を進む事になる。
下ノ廊下にかかる雪渓の量は少なく、黒部別山谷の通過地点と白竜峡の付近にあるのみ。
再び補修工事が完了した歩道となり、11:00十字峡到着。
ここからいよいよ一般道を離れ、私にとっては未知の領域である剣沢への道を進む事になる。
ルートは十字峡のつり橋へ降りる2つ手前のテント場から、大滝方面に向かって左上する尾根上に取り付く。
尾根上を15分位の登った後、ふみ跡を外れ途中から右へトラベースし急なルンゼを下る懸垂下降ポイントへ到着。
支点となる木には以前久世さんがフィックスしておいたロープは残置されておらず、45mザイル2本を一杯に伸ばし、更に2回目の懸垂を行なう。最後は1ピッチのクライムダウンで12:10に剣沢の河原へ降り立つ。
少し右岸を進むがヘツリを伴うトラバース後の小滝越えが困難なため、高巻きを行いガレ場から再び河原へ。
河原から更に先へ進む右岸のへつりを超える事が出来ない状況の為、一回目の徒渉を行ない左岸に移る事にする。
比較的川幅の広い所を選び、8mmx30mの補助ロープで確保してもらい、空身での徒渉後にロープをフィックスし、芳野さんがプルージックで続く。久世さんは私の荷物を担ぎ徒渉。
続く濡れた側壁のへつりはハーケン2本を打って空身でのトラバース、ここも久世さんが2人分の荷物を担ぎラストを引き受けてくれる。
今夜の宿泊場所である剣沢平は右岸の為、本日2回目の徒渉が必要であるが、水量が多く流れも速い為なかなか徒渉ポイントを探せず苦労する。芳野さんが上流で少し川幅が広がった所を見つけ1回目の徒渉と同じくロープ確保による空身で渡りきる。
15:50剣沢平着
翌日の為に徒渉ポイントを偵察するが、どこも難しくたとえ渡りきっても元へは戻れそうにない。
8月12日(日) 晴れ
6:30起床、焚き火で暖を取りα米の朝食を済ませ7:30再び上流へ向かう徒渉ポイントを探る。どこの徒渉もやはり危険な懸けに違いなく、これ以上の遡行をあきらめる事にする。
昨日越えて来た剣沢平から左岸へ徒渉した後のへツリが少し下降気味で厳しい為、別の徒渉地点を探り下流へ向かう。
剣沢平の岩屋から70-80m位下った地点で芳野さんにロープ確保をしてもらい、空身での徒渉にトライするが、水の勢いがきつくすぐあきらめて戻る。
続いて久世さんが少し流れの緩い地点を目指し、空身でジャンプにトライするが、手掛かりとなりそうな岩に届かずそのまま滝つぼまで流される。
幸い浅瀬の滝つぼで川底に足が着き、久世さんは川渕へ無事戻る事が出来た。
今度は流木にロープを縛り、投げ縄の要領で対岸の岩の隙間に引っ掛ける事にした。
うまく流木が岩の隙間に固定されたので、ロープを頼りに二度目のトライ。
対岸まで僅か1m足らずまで近づいた所で水流が強くなり先へ進めなくなる。
ユマールを使用して右岸から左岸の斜めにフィックスした8mmロープは、引っ掛けたヌンチャクを軸に体に受ける水圧でL字型に完全に伸びきり、元に戻る事も先へ進む事も不可能な状況となった。
助かるすべはヌンチャクを外すかロープの切断しかなく、必死にカラビナのゲートを空けロープから外そうとするが、どうにも外す事が出来ずにもがいているうちに、ジャケッツトのフードに受けた水流の圧力で頭からスッポリ水中に沈められてしまう。
激流の中で頭が下になる事は死を意味するので、川底を足で蹴り再び浮かび上がり川下に向かって顔を上げ呼吸する。
このままの体制では体が衰弱して行くばかりなので、川上に向き直し両手でフィックスを掴み引き寄せようとした瞬間、ロープが流れ水圧から開放された。
固定されたロープを芳野さんがナイフで切断してくれたのだ。何とか助かった。
川の流れに身を任せた状態で斜め下に向かう小滝を足から滝つぼに滑り落ち、川底へ確実に両足から立つ感触を得ながら、フラフラと浅い淵へ進みそのまま座り込んだ。
直ぐに久世さんが駆け寄って来てくれて、私の両脇を抱え岩の上に引き上げてくれる。
これで助かったとの安堵感から、急な脱力感で体が動かない。意識はしっかりしているものの言葉を発する事も出来ず、呼吸の乱れもなかなか治まらない。
体の振るえと呼吸の乱れは典型的な低体温症の表れであり、あと数分の遅れがあれば心肺停止状態に陥っていたであろう。
日差しの当る岩の上でシュラフカバーとツエルトに包まり、コンロで暖を取り暖かい飲みものでやっと回復出来た。
沢の流れとロープの伸びを予測出来なかった判断ミスで、大変危険な思いを反省し、夜は盛大な焚き火で冷えた体を温めた。
8月13日(月) 晴れ
6:40起床、谷間に日差しが差すのを待って8:00に行動を開始。昨日の徒渉では失敗しているので、今日の徒渉はより慎重に行なう事とし、沢の両サイドの岩にボルトを打ちロープを固定してからザックを運ぶ事にした。ロープ確保による空身での徒渉を行なう。
左岸への徒渉後、濡れた側壁の下降気味トラバースではハーケン2本にシュリンゲを残置し、2晩宿泊した剣沢平の対岸までおよそ30mの距離を3時間かけて渡って来た。
16:00十字峡着。
8月14日(火) 晴れ
5:00起床、6:30十字峡発、内蔵助出合を経由し鳴沢岩小屋で合掌後、11:00黒部ダム到着、11:05発のトロリーバスで扇沢駅着。
大町温泉郷で汗を流した後は渋滞の中央道経由で帰京。
今回の剣大滝は天候に恵まれたものの、まだまだ水量の多い8月中旬では徒渉が極めて困難な状況であり、焚き火のテラスに向かう壁に取り付く事さえ出来ない厳しいものであった。
(記: 平野)