日時: 2011年11月22日(火) – 23日(水)
山域: 前黒法師(寸又峡周辺)
参加者: 掛川(L)・URAN(会友)
行程: 本文参照
紅葉を楽しみに深南部の入口の山に行ってきた。朝静岡市内の家を出て、川根路をたどり順調ならば3時間かからないで登山口の山犬の段につく。静岡には「段」という地名が多い。「月夜の段」「平治の段」「木馬(きんま)の段」、木馬とは材木を山から切り出すときに地面に枕木のように並べて使った路のことだ。段とは平たいところを指す言葉らしい。
当初、山犬の段に車を停めて寸又三山の一つ沢口山を登り、翌日同じく山犬の段から蕎麦粒山を経由して高塚山という計画だった。
ところが林道が工事のため大札山までしか行けないことが当日わかり、急遽寸又の前黒法師を行けるところまで行こうという計画に変更した。事前にちゃんと調べておけばよかったなと後悔した。(今から考えてみると大札山の登り口から山犬の段までは林道を1時間程歩けば行けるので、退屈ささえ我慢すれば当初の計画通りやってもよかったのかもしれない。)
寸又峡温泉の駐車場に車を止め、歩き始める。駐車場の紅葉はまさに見頃を迎えていた。ここんところ寒さが厳しくなってきたため、紅葉がようやく進んできたと駐車場の方が言っていた。
観光客に混じりながら林道を歩き、大間ダムにかかる夢の吊り橋を渡る。長さ、高さとも畑薙の大吊り橋に比べるとかわいいものだ。吊り橋を渡り対岸にわたると急登になり林道に出た。林道をしばらく歩くと前黒法師の登山口があった。急な登りをしばらく行くと湯山の集落跡に出た。もともと寸又峡温泉の源泉はここにあった。当時の温泉は昭和13年の大間ダムの建設と共にダムの底に沈んでしまった。地元の方に聞いたところ、割と早いころに棄村したようだ。今では石組みの塀が尾根沿いに南に面して点々と残っているのみだ。
周囲はスギの植林に囲まれているのでおそらく林業を生業にしていた方が大部分だったと思われるが、険しい尾根沿いに残る石塀を眺めながら、どういう生活が営まれていたのだろうかと興味がわいた。
ここから少し上がったところが栗の木段で、時間的にももうこれ以上は無理なので食事をしてここから下山した。時間があれば、ここからさらに1時間程登った尾根がイワカガミの大群落と聞いたので、是非見てみたいと思ったが、またのお楽しみにした。
下山して、その日は中川根のウッドハウスおろくぼというペンションに泊まった。
以前は町営だったが現在は民間に委託されている。名前のとおり、大井川の材木をふんだんに使った作りで、天井も高く、広々としている。敷地内に天文台もあり、金土日は地元のボランティアの方が説明をして下さるそうだ。この日はたまたま役場の集まりがあり、運良く天体望遠鏡を覗かせていただけるように取り計らってもらった。木星を見た。小さかったが縞模様がわかった。それから赤いガーネット星というのを見せてもらった。この星は1000光年離れているそうで、今見ている姿は1000年前の姿だ。しかし星のスケールでは1000年もそれほど長い期間ではないらしい。年をとってきたせいもあると思うが、最近は色々後先のことを考えることが多くなってきた。
翌日は、天気も崩れてきたらしく西の空や高いところにも昨日は見られなかった雲が出ていた。おろくぼの方に見送られて、大札山の登山口に向かう。登山口の駐車場には10台ぐらい車があった。
大札山へはけっこう急な登りだが、登山道の脇の樹木には名札がついていて樹木観察にはいいところだ。点々と生えるヒメシャラの木を過ぎ、稜線近くなるとアセビが生えている。典型的な静岡の山の風景だ。大札山の頂上からは右に浜松市街、正面は御前崎、左は駿河湾から伊豆半島まで見渡すことができる。頂上から北に伸びる尾根にはアカヤシオというツツジの群落があり、4月が見頃らしい。5月になれば次にシロヤシオが咲き始める。その頃はずいぶん花見の客で賑わうことだろう。
蕎麦粒山への稜線はいくつかピークを越えけっこう長くて急だ。ブナの大木が出てくるようになると頂上は近い。蕎麦粒山の頂上からは広くて歩きやすい道を山犬の段まで下る。駐車場とトイレと立派な50人収容できる山小屋(無人)がある。
お昼を食べていると雨が降り出してきた。久しぶりに雨に濡れながら林道を下った。また、季節を変えて訪れてみたいなと思った。
(記: 掛川)