穂高縦走

日程: 2007年11月23日(金) – 25日(日) 前夜発
山域: 西穂高岳 – 奥穂高岳(北アルプス)
参加者: 国府谷(L)・坂田
行程:
第1日目: ロープウエイ(9:00/9:27) – 西穂山荘(10:47) – 独標(12:53) – 西穂高岳(15:10)
第2日目: 西穂高岳(6:30) – 天狗岳(12:44) – ジャンダルム手前(15:35)
第3日目: ジャンダルム手前(6:10) – 奥穂高岳(11:10) – 山荘(12:19) – 白出コル経由新穂高岳ロープウエイ乗り場(17:00)

7月に国府谷さん・芳野さんと3人で僅か3時間で駆け抜けた穂高稜線。岩に雪と氷が張り付き始めるこの時期に、今度は国府谷さんと二人で再び、冬山の前哨戦として取り付いた。そこには予想を超える厳しさが待ち受けていたのである。国府谷さんにして、「これまでで最も厳しい」と言わしめた今回の山行は、緊張の途切れることのない非常にストレスフルなものであり、我々がロープによる確保なしで登れる限界でのクライミングが続くものであった。不安定な雪が、夏の快適な稜線を、これほどまでにも豹変させることに、今さらながら驚きを隠せないでいる。

限界での登山こそ得られるものがあると思う。登山の素晴らしさをもれなく味わえる。そして、もっと強くなれる。けれども、それをやれる機会は少ない(大体は臆病風に吹かれるか、楽したい自分に負けてしまうか、なのだが…)。それが成功する機会はもっと少ない。今回は(当初の意図は別にして)そんな貴重な機会を得られてラッキーだった。穂高の一般縦走路で「限界」という言葉を出すこと自体が笑われそうだが、アイゼンワーク・ルートファインディング・体力など高い総合力を要求され、実力を試す上で不足のない素晴らしいルートだったと思っている。そして、シーズンインに向けたどんなトレーニングよりも有効だったのである。

そこはまた、自分の成長を実感できる場でもあった。2年前、いや1年前の自分であったなら、この計画は不可能だったに違いない。ようやく、国府谷さんのパートナーを果たせるくらいになって来たのかもしれない。

国府谷さんにはとても感謝している。このような登山では、信頼できる呼吸の合うパートナーが大きな力となる。思ったことは何でも言い合えるし、お互いに実力が分かっているし、(少なくとも自分には)ストレスがなく、登ることに集中出来るのだ。このようなパートナーに巡り会えるのも、パーティがその場限りではない山岳会ならではのことだと思う。

11月23日(金) 晴れ

ロープウェーで、1000mを超える標高差をあっという間に上がってしまうと、すっかり冬山の景観となった。気温は-8度。土井さんからの前情報通り、積雪は50cm程度だろう。第二便だったこともあり、既にトレースがついていた。第1便に乗った3パーティくらいを抜かしたと思うが、トップに立った時にはかなり西穂山荘に近付いていた。ペースははかどらず、久々のラッセルに息が上がる。Img_0836s

西穂山荘を超えてからもラッセルは続き、先シーズンの2月の塩見岳と比較しても遜色ないように感じる。今日は西穂を超える予定なのにピークが遠い。独標を越えて一息入れた時にはもうビバークをのことを口にせざるを得なかったのである。途中に二ヶ所ほど候補があったが、先へ進んだ。やはり今日中に西穂のピークを踏みたい。ピークを目指しながら、「なかなか侮れないな」と確かに感じたはずなのだが、西穂以降があまりに強烈だったので、記憶から抜け落ちてしまった。

西穂のピークは思いの外穏やかだ。雪が風で飛ばされてゴツゴツしていたが、ゴアライトを張るには十分な広さである。テントを固定する物に乏しいので、周囲にザイルを張り巡らせ、標識とアイゼンを支点に使った。そしてテントから出る際にはブーリンで身体を確保するようにした。Img_0847s

日差しが心地良い一日だったのだが、温度計は-12度を指していた。夜の冷え込みを予感させる。

食事はソーセージに赤飯。当初は土井さんが参加予定だったのでソーセージが1人当たり2本から3本に増量だ。今日は2本だけ食べた。まだ1日目だというのに、二人とも体力を消耗してしまった。

11月24日(土) 晴れ

ぜんざいとスープ食べ、ゆったりとした時間を過ごす。

西穂からの下降が最初の難問だった。信州側の雪壁は今にも崩れそうでやばいし、飛騨側は険しく、下降後へ稜線までトラバース可能なのかが分からない。取りあえず飛騨側に下降することにした。懸垂の支点は掘り起こした弱々しい灌木に国府谷さんの残置シュリンゲだが、とても心臓に悪い。Img_0851

まずは国府谷さんから。ひどい落石だ。2/3ほど降りたところで、ロープが岩角に引っ掛かってしまい、それ以上の下降が不可能になってしまった。やむなくロープを外し、クライムダウンすることとなる。その時、甲高い音を響かせながら、何かが落下した。音が聞こえなくなるまでが、とても長い時間に感じられた。国府谷さんのエイト環だ。物が落ちることこと自体、とてもありふれたことなのに、こんな時は張り詰めていた心が乱れる。きっと自分自身に重ねてしまうからだ。国府谷さんも同じ感覚を味わったのだろう、クライムダウンをやめ、待機している。自分がロープを回収しながら降り、国府谷さんに引き継いだ。ほぼロープ一杯の25m。稜線へ戻るためには、15m程度トラバースし、ルンゼ状を登ることになりそうだが、かなり悪いように思われた。ユマーリングして下降し直す方が良いようにも感じたが、国府谷さんがうまく突破してくれ、回収したロープを引きずりながら上がることが出来た。ここは今回、最も気持ちで負けたところだった。Img_0850s

けれどここで再び、心と身体のバランスを取り戻すことが出来たのである。もう負けることはなかった。この先、ここよりも悪い登り・悪いトラバース・悪い下りで、自分の持てる力を発揮することが出来たし、それが確かな自信へとつながっていった。

いくつものピークを越えても、気の休まる時はほんのわずかであった。どこも同じように悪いので、記憶をうまくたどることが出来ない。Img_0856s Img_0859s_2 Img_0876s_2 垂は4回ほどだっただろうか。どれも自然物を利用した支点で、ほとんどでシュリンゲを残置した。ルートファインディングの難しさは下降にあるとつくづく感じる。懸垂で1ピッチ25m以内に収めなければならない中で、深く切れ落ちた断崖の中から最適な下降ポイントを決めなければならず、慎重にならざるをえない。登り返しは体力も時間も大きくロスしてしまう。懸垂でなくクライムダウンの場合には、ミスの許されないアイゼンワークに神経をすり減らした。まだ雪が安定しないために浮き石が多いことも悩ましい。それでも、浮き石で身体に浮遊感を感じた次の瞬間には、その次のムーブを自動的にこなせたし、雪の載ったスラブでは、アイゼンの爪先が、岩の結晶を的確に捉えていた。薄く張り付いた氷でさえ、バランスの維持に役立てることが出来た。ピークへと続くだろうラインを見出すことは楽しい。空が青すぎて、そのラインの延長線上に吸い込まれそうになる。完璧な静寂に包まれ、呼吸も鼓動も何もかもが取り込まれていくような一体感。心と身体と自然とのバランスを実感する。この好天のお陰だ。

天狗岳の手前で、ようやく水を飲み、行動食を食べた。ジャンダルムは近いが、これまでの道のりと要した時間が遠くへと感じさせる。

実際、遠かった。2時間経っても着かない。リッジ上にテントの張れそうなスペースを見付けた時、もう少し先へ進むべきか、ここまでとするか思案した。ガスも出てきて視界が遮られ、気温も急に下げってきたこともあったので、今日はここまでとした。奥穂までたどり着けなかったか…。Img_0884s

予定通り進めない時に行動をどこで打ち切るか、迷うことはしばしばである。今回は2泊とも、早めの決断が奏功した。後から振り返ってみても、快適なテント生活を過ごす上ではベストな判断を下せたのである。

今夜のメニューはソーセージ1本と五目ご飯。風が強まり、明日の天候が心配だ。天候だけは味方であって欲しいと願いつつ、シュラフに入る。

11月25日(日) 晴れ

素晴らしい天気だった。月明かりに山々が浮かび上がっていた。Img_0880s ほとんどの山が眼下にあり、まるで自分が宙に浮いているようだ。もう3000mに乗っかってるのかもしれない。泰たちが登っているに違いない中央アルプスも、長大な南アルプスも、雪の少ない富士山も、全てがクリアーだ。こんな時は力がみなぎり、成功へのイメージが容易に描けるのである。

(またもや)ぜんざい・スープを食べ、出発!

ジャンダルムまでは近かった。実は、ジャンダルムのピークに立つのは初めてなのだ(ちょっと嬉しい)。登りの傾斜が想像していたよりも緩かったことにはホッとしたが、何とも神経質なクライミングとなり、アイゼンが滑る度に嫌な臭いが鼻をついた。グレードで表すならこの縦走路で最も高いだろう(恐怖感はまた別だが)。Img_0903s_2

ジャンダルムのピークには残置シュリンゲが束になっており、稜線沿いに15m程度懸垂する。そこから10m程リッジになっており、その後の10mを懸垂かクライムダウンかを迷うが、ロープの回収に苦労しそうな無理矢理な支点で懸垂する。そこから2個目のでかい岩峰を登ると、奥穂が目前に現れ、ここを降りてしまえばそうアップダウンはなさそうだった。しかし、200mほどだが雪の張り付いた岩壁が妙に強い傾斜に感じられ、憂鬱な気分となる。ここからの下降方法を考えながらも奥穂への最後の登りのラインをどう取ったらいいのか、目は追い続けたが、確信を持てないままだ。下降に関してはペツルを発見し、今回初めて、人工物を利用した懸垂となった。25m一杯で岩峰をトラバースしている夏道に出るが、ここでルートファインディングに迷う。稜線沿いのリッジへとトラバースしてから下降するか、沢へ降りてから登り返すのか。沢へ降りるには50m以上の懸垂が予想され、うまくピッチを切れるかどうか分からなかったので、取りあえずトラバースを試してみた。ところが悪いトラバースをするリスクの高さの割に、リッジをうまく降りられるかどうかがかなり疑わしく、途中でやる気を失ってやめた。結局は沢へと続くルンゼ状を懸垂下降。登り返しを覚悟したが、25m一杯で残置シュリンゲを見付け、2ピッチで沢へ降りられた。登り返しもほとんどなかった。途中、いくつかのハーケンがあったが、登攀ルートになっているのだろうか。Img_0909s

このコルでひと息入れる。実際に奥穂への最後のルートを目の前にすると、大した傾斜ではなくて気が抜けた。行動食がほとんど減っていない。準備したおやつの多さを国府谷さんに咎められて半分を置いてきたのだが、正解だったようだ。

夏には「どこが馬の背だったの?」というくらいなものだったが、今回ははっきりと認識した。フラフラですっかりへっぴり腰だ。

奥穂のピークからの眺めは最高だった。槍から延びる中崎尾根も全貌が見渡せる。正月への意思表示のためにポーズを取っておいた。無事にたどり着けたことへの喜びが湧き上がってくる。国府谷さんも満足げだ。Img_0917s_2

Img_0918s 奥穂の下りもなかなか気の抜けないものだった。標識で急な雪壁を懸垂下降し、うろうろしながら降りたが、ハードバーンだったので落石防止ネットへ向かってダイレクトに雪壁をクライムダウンしてから下を向いて右側のリッジに取り付くのが良さそうだ。この時期なのでハシゴが全部出ていた。

小屋は半分くらい埋まっていた。11月にしては雪が多いかもしれない。この連休、誰も近寄らなかったようだ。冬期小屋の入口も雪がそのままある。もし昨夜にここまで到達していれば、快適な一夜が約束されていたかも?実際には遙かに及ばなかったのだが…。

早速白出のコルをのぞき込む。Img_0934s 予想通りの状態で問題なく下れそうだ。ここでようやく力が抜けた。ガチャ類を外し、身軽となり、思いっきり荷物を広げて整理する。ちょっとした気分転換。アイゼンはまだつけたままにした。

もうすっかり下山した気分で、2時間ほどで待ち望んでいる温泉&食事にありつける気でいる。実際、上部のガレ場を過ぎればきれいなパウダー斜面であっという間に高度を下げられた。スキーなら最高だったに違いない。

高度的にはほとんど到着したも同然だったが、傾斜が緩む高巻きの手前くらいから地獄が始まった。気温が上がり、ぐずぐずの雪へと3歩ごとに踏み抜き、腰以上に沈み込むひどいラッセル。こうなると稜線での山との一体感はどこへやら、全てが敵に感じられ、イライラしながら立ち向かう、というかやけくそ。全身雪まみれだ。高巻きすると水流が顔を出し、へつりやら徒渉やらラッセルやらで悪戦苦闘。最後まで気を抜かせてくれず、11月とは思えないくらいに遊ばせてもらえた。最後の林道はプラブーツの締め付けのためか足先の痛みで嫌になり、2年ぶりくらいの苦い下山となった。この山行を象徴するように装備の傷みが目立つ。新品のアウター手袋はまた買い直しだ。新品のアイゼンはすっかり丸くなり、既に1シーズン越え。新品のアウターパンツはアイゼンで切られている。これらは国府谷さんのも同じ。駐車場に着いた時にはもう日暮れだった。

取りあえず前哨戦がうまくいって良かった。これでこの冬の計画にも弾みがつく。自分の二大弱点、アイスとフリーを鍛えて、最強のオールラウンダーを目指すぞ!

(記: 坂田)

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