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暑中見舞い

関西支部の丸尾さんより暑中見舞いをいただきました。
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残暑お見舞い申し上げます。
暑い毎日が続いていますがいかがお過ごしでしょうか。
7月に北海道日高の額平川直登沢~幌尻岳へ行ってきました。
天候に恵まれお花畑もきれいでした。
写真を添付します。
暑さ厳しい折ご自愛ください。
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佐武流沢 沢登り

日程: 2010年9月18日(土) – 20日(月) 前夜発
山域: 上信越 魚野川支流
参加者: 国府谷(L)・斉藤・下島
行程:
第1日目: 湯田中(6:00) – 切明温泉(8:00) – 中津川左岸登山道 – 佐武流沢入渓点(11:40) – テンバ到着(14:30)
第2日目: テンバ出発(9:00) – 崩壊地経由 – 左岸枝沢合流地上流で引き返す(12:00) – テンバ帰着(14:20)
第3日目: 起床(4:30) – テンバ出発(6:00) – 魚野川本流着(6:55) – 登山道へ登る(8:40) – 登山道を戻り切明温泉へ(10:20) – 東京(21:00頃)

今年最後の沢登りとしてこの9月の3連休は飯豊・内の倉川七滝沢が計画されていたが、その地の天候に不安がありかねて懸案の佐武流沢に変更したのだが、更に出発直前、同行予定のN氏がぎっくり腰で不参加となっての出発であった。

18日(土)

20100918_14_2前泊の湯田中からはKさんの通いなれた志賀高原経由で快適に雑魚川を下り切明温泉に7時に到着した。温泉宿の駐車場に車を留めさせて頂き、着替えて丁度8時に出発、車道を少し登って鉄のゲートを通ると登山道となる。右岸をしばらく行って魚野川本流に降り、釣橋を渡って左岸の登山道に取り付く。
中津川は平水で広くて浅い穏やかな渓相を見せていた。東北の沢登りが多い私にとっては上信越の森と沢は初めてで楽しみな山域だ。渡ると直ぐにつづら折れの上りが続く、10曲がりぐらいしていやになった頃中腹の平らな登山道になった。渋沢ダムへの管理道路なのだ。
朝日が森に逆光で木々を輝かせて気持のよい歩行だ。

20100918_22壊れたトンネルや水場を通って、1つ下流の桧俣沢を木立の間から眺めてしばらくすると、対岸の山肌に谷模様が現れ佐武流沢の落ち込みがかすかに見えてきた。出発して3時間である。
本流を渡るのに相当降りなければならないが頼りの赤い目印テープは見当たらなかった。土砂崩れの跡のような所を意を決して降りることにする。直滑降から斜滑降、そして潅木や雑木林に掴まり下りたところは正に佐武流沢合流点の正面であった。5mくらいの滝で本流に落ち込んでいる。
 

20100918_29本流は平水で膝までの水量を渡り11:35にいよいよ沢登りが始まる。落ち込み滝の左岸を簡単に登って滝ノ上に出るが思ったより小渓である。少しじめじめしていて薄暗い。適当に勾配があり石もあるが砂地や河原はまったく無さそうだ。苔むした石に乗ったり降りたりで遡上すると突然ブルーシートで出来たテントに出っくわした。登山道具が全く見当たらないその作りから地元の人のものと思ったが、直ぐにその先の滝つぼで釣り糸をたれている一人の老人に出会った。昨日入渓したが水量多く雨も強く予定のテンバまでいけなかったとのこと。毎年通いなれている地元の釣人である。「つれましたか?」と聞くと「まあね…」とのこと、びくの中を見せてもらったが10匹くらいはいるがまるで小型だ!しかも20cm前後の全部同じサイズ!人恋しかったのか親切な方で、テンバはどこがよいとか、ここの魚の釣り方とか、教えてくれた上にSさんは仕掛けまで頂いてお別れした。

20100919_37 話のとおりに極めて細い枝沢が右岸の藪から流れ込み、そのあたりのよいテンバにはまた先行者のテントがあった。焚き火のあともあり釣りびくには少し白くふやけた岩魚が沢山詰まっていた。これまた同じような小型サイズがぎっしりだ。やむなく更に上へ上へと遡上して今日のテンバを見つけることにする。程なく上から釣人二人組みが降りてきた。先行していたKさんと話をしていたが、私はその人のぶら下げていた網びくに入っている岩魚が大変気になった。これまたぎゅうぎゅう詰めの小型岩魚であり、ざっと50匹は居ただろう。乱獲である!しかも放流サイズの小型もかなり入っている。一人は通いなれているという風なやり手で、もう一人は付いてきただけのちょっと小太りした若者だった。乱獲に憤慨していた私の視線を嫌ってか声もかけずに対岸を通り抜けていった。これでは今日はもう釣りは期待できないなと思った。この3連休にあわせ前日に二組とも入渓し先んじて岩魚を釣りたいだけ釣っていくというやりようだ。やはり上信越の沢だとこうなってしまうのかといささか落胆した。あんなに釣ってしまってどうする積りだ。テンバにおいてあったのを合わせると100匹近くを持って帰って佃煮にでもする積りか!?たべてもそんなにおいしいものではないよ!きっと尾数だけを自慢するのであろう。乱獲で大型が少しも育たず場荒20100919_39れして、そのうち魚も居なくなるのが目に見えている。そう思うと無性に腹が立ってきた。ああ 東北の奥深い自然豊かな沢が恋しい。
気を取り直しテンバを探しながら登る。平らな砂地や台地などは本当に少ない。沢が小さすぎるのだ。右岸に台地状のところがありよじ登ってみると増水時に流されて出来た台地でその奥に少し平らな乾いた所があったので、そこに決めて木を2-3本切り草を刈り整地してスペースを作った。携帯のこぎりとチビ鉈が大活躍である。そこから眺めると下流に特徴的な大岩があり、対岸には栃の木の大木が目に映った。

よい森だ。植生は東北のそれとはちょっと違っていて“ブナ”も針葉樹も少なく、栃の木や桂、朴の木など大きな葉の木が多いように思えた。いずれにしても雑然と密集していてやや薄暗い。白神のぶな林が明るいのはぶなの葉が光を通すからだということを思い出した。乱獲者に遭遇して戦意喪失しその晩の食卓には岩魚汁用の2匹をやっと捕まえて夕飯となった。

19日(日)

佐武流沢を登りつめて佐武流山に至り、登山道で下流に降りる沢登り案もあったが、渓相からすると上は相当藪が深く長そうなので、沢の中で森を楽しんでそのまま下りようと言うことになり、翌朝はゆっくり起きることにした。幸いとてもよい天気になって森の中の朝日は気持よく私たちに希望を与えてくれた。
上流に崩壊地がありそこに出来たダムに岩魚がうじゃうじゃというネット情報に誘われて9時にテンバを出発した。いくつかの小さな滝や落ち込みを遡っていくと少し平らになって河原の石が皆尖っているところがあったが、その先が崩壊地だった。崩れた壁の岩が落ちて砕けて散乱していたのだ。想像したよりはるかに小規模でダムというよりはちょっとした水溜まりか瀞場といったところだが、うじゃうじゃ岩魚は数匹で瀞場の最下流で遊んでいた。それでも自然の中での生命感を感じ、森が生きている喜びにしばらく浸ることが出来る。Sさんが何とか釣ってみようと竿を取り出したのでしばらく休憩だ。山形の沢で上流に山抜けのダムが出来、20100919_57入渓禁止となって久しい所があって、気になっている私にとってその構造には関心がある。30mくらい上の岩壁が崩れたようで、結構背の高い木が数本、草と泥を巻き込んで落ちてきて沢を堰きとめている。葉の緑から今年のものと思われた。ここは珍しく開けたところだが、沢はすっかり埋まっていて、水はその下を通ってにじみ出ている。ダム状の落差は全くないので近づいてその堰き止め土手を登って見ないと気がつかないほどだった。テンバからは一時間ほどがたっていた。よい天気だ。沢の様子も分かり水量も減ってきたので、この辺からは少し岩魚釣りで遊ぶことにした。

20100919_47崩壊地の流れ込みで直ぐ20cmの小型が出てきた。キープかリリースか迷うが今日のおかずを考え「ゴメンね」とつぶやきながら絞めて蕗の葉に包んだ。そのあとは本当に居そうな所は何処もかしこも5-8cmの一年魚のチビばかりが針にかかった。案の定昨日の乱獲者の仕業だ。Sさんが少し大きいのを釣った。聞いてみると普通は竿を入れない対岸のくぼみだったのでますます先行者場による場荒れを承知する。私も落ち込みの裏側のえぐれた奥からやや黒っぽい中型サイズを引きずり出した。チビは沢山釣れてこの沢の魚影の濃さが分かる。初めてのKさんにも釣ってもらってご満悦写真のあとチビは放流した。

20100919_62今晩のおかずにやっとの思いで6尾を確保し12時に釣りと遡上を終え日向ぼっこしながら昼飯をほおばりテンバに戻る。途中の滝の横で今回の代表的記念写真を撮ったが逆光に木々の葉が輝いてよい写真となった。

2時半にはテンバについて夕飯の準備と薪拾いを精力的に行う。一昨日の大雨で枝は湿っていて焚き火は困難を極め沢は煙に包まれていった。
今日の岩魚料理は「唐揚げに中華あんかけ」としゃれ込んだが、小型岩魚のせいか骨や皮がおいしく丸ごときれいに平らげた。9月ともなると日が短い。ピンク色の夕暮れから夜になっても沢の音は静かに変わらず、原生林の中の沢筋にいる幸せを満喫しながらほろ酔い気分で快適な眠りについた。

20日(月)

今日は朝早く出て帰る予定だ。夜中の2時ごろからテントは雨音でうるさくなった。
大雨ではないが降り続く気配であり、私は魚野川本流の増水がとても気になった。過去の雨音と増水の経験を照らし合わせて考えていた。4時半に起床Sさんのタープに感謝しながら
雨の中でかたずけをして6時にテンバを後にして沢を下る。途中の2組のテントはもはや跡形もない。沢がそんなには増水をしていないのに少し安心して、1時間で速やかに本流まで降りてきた。本流の増水も今のところほんの僅かだ。上にダムもあるので速やかに対岸に渡り一息ついた。これから登山道までは例の急な壁である。降りてきたところは雨の中では登りにくい。ブルーシートのおじさんは下流700m行って斜めに上がるといっていた。Kさんがザックを置いてルートを探しに行ってくれたのだがあまりよい踏み跡もないということで、このあたりの木が生えているところを狙って登ることにした。7-80mの壁と思うが途中で急な泥付きを回っていったりしながら、ますます急になったところでSさんの助言で私のためにKさんがロープを出してくれた。安心して泥壁を横切り岩を登って木々を潜り抜けると登山道に躍り出た。3人無事に登山道に出てロープをしまう。いつもぬれて重くなったザイルを出したり入れたりのKさんに感謝しつつ登山道を切明に向けて戻った。
平らで下りの道は楽だった。上信越の森が始めての私は近くや遠くの森を眺めて心に刻んだ。駐車場には10時20分についた。湯田中でゆっくり昼飯を頂き高速で帰路に着いたが3連休ゆえの渋滞で東京に着いたのは21時であった。

(記: 下島)

魚野川本流遡行

日程: 2010年7月17(土) – 19日(月)
山域: 魚野川本流(上信越)
参加者: 国府谷(L)・土井・斉藤・中村
行程:
前夜: 新宿駅西口集合(21:30) – 野反湖(駐車場にて泊)
第1日目: 切明温泉方面への登山道を行く(6:30) – 11: 10 渋沢ダム着魚野川へ入渓(11:30) – 高沢手前(15:30)
第2日目: 高沢手前(8:00) – 黒沢出合(11:40/12:10) – 奥ゼン沢出合(15:50)
第3日目: 奥ゼン沢出合(6:00) 6: 40 小ゼン沢出合(6:40) – 五三郎小屋経由 – 高山・三壁山経由 – 野反湖駐車場着(16:00)

今回は、直前まで梅雨末期の集中豪雨が長野県地方を襲っていたので、一日短縮して奥秩父の沢に変更することも検討したが、最終的に予定通りの魚野川遡行を決行することとなった。

7月17日

雲が多かったが一応晴れており、一安心して駐車場を出発。渋沢ダム手前のつり橋を渡る直前にある小屋跡あたりで登山道を離れ、左の方向に行くと魚野川へ降りる踏み跡がかすかにある。本流は心配した通り水量が多く、最初の徒渉で一人での徒渉は危険であることわかり、それ以後は二人または四人でスクラムを組んで何とか徒渉できた。この日はこのような厳しい徒渉を何度も強いられ、私としてはこの山行での核心部であったと思っている。千沢を分けた後は廊下が続き、へつり、徒渉、高巻きを繰り返して越えた。通過不能と思われるところには高巻き跡があったので助かった。14:30頃にテント泊の跡がある適地が見つかったが、まだ廊下を完全に越えておらず、予報通り夕方雷雨があって増水した場合、戻るのも進むのも難しくなる可能性もあり、さらに進むことにした。
15: 00頃には雷音がし始めたため、50cmほど高くなっている砂地のテント跡で泊まることとした。増水の心配があるため、数m離れたところにある高台(4-5人はすわれそう)を確認してテント設営した。1時間もしないうちに雷雨が始まり3時間ほど続いたが、相当の雨量だったため増水が早く、清流も濁流に変わり水がテントにせまってきたので、
安全のためテントをそのまま高台に運んで避難した。幸い、テントは斜めになりながらも四人が足を伸ばして寝られるくらいだったので、作り終わっていた夕食を終えそのままそこで寝ることにした。水量はテントのあった所付近まで来たが、それから引いていった。

7月18日

明るくなってから水量を確認したが、まだ昨日の雷雨前より10cmほど高く、8時まで待って出発した。高沢をすぐ分け、沢もゴーロが多くなり、快晴の太陽を浴びて前日の緊張も薄れ黒沢を越す。大きな支沢を分けたため水量も一人で徒渉できるくらいまでになる。8mの魚止めゼンは、左端を簡単に登って越えると記録にはあるが、滝の幅いっぱいに水がザンザと流れ落ち、水量が多くまともには登れない。とはいってもこれを巻くには左岸を70-80mほど戻って大きくこえるしかなさそうだったので、国府谷さんが左の水線通しに登ることをトライ。増水した水流がほとばしる左端の正規の(?)ルートのさらに左側(ツルツルにみえる)を微妙なバランスで登っていき、上部3mほどをシャワークライム。残る三人も、国府谷さんの支えるザイルたよりに何とか越えることができた。さらに続く8m、5mの同じような滝は高巻いてこえ、きれいな断続的なナメを越えて奥ゼン沢出合いに到着。すでに2-3パーテイが左岸の二箇所にテントを張っていたが、我々は右岸に立派なテント場をみつけた。斉藤さんが夕食のイワナを釣りに行っている間に、楽しみな焚き火を起こそうとしたが、このところ続いている雨で湿っているためかなかなか大きな薪に着火せず、1時間ほどがんばったが徒労に終わった。それでも小さいながらも焚き火は気持ちを安らかにしてくれる。近くで張ったタープでゆっくり夕食を楽しんだ。(ヒトが多いせいか、斉藤さんも成果なし)。

7月19日

本日も行動時間が長いと予想されるので、4時前起床、6時出発。快晴のため心も浮き浮き。私(中村)は、目のあたりを悪い虫にさされて腫れて左目が少々見にくくなったので、土井さんにリードをお願いしたが、何となく歩きにくくバランスをくずしやすく、両目がちゃんと見えることの重要さを痛感した。朝の冷たい水に浸かりながらも40分ほどで小ゼン沢出合の8mほどの滝に到着。設置してあったトラロープに頼りながら右側を高巻いたが、少々悪く、釣り師はこの小ゼン沢を下降して魚野川に出るのが人気ルートと聞いていたが、首をかしげた。しかし、滝上にでて10mほどの左岸に明瞭な踏跡があり、たどってみると20mほど行くと魚野川本流に出られて、納得。快晴の中、どんどん高度をあげ、はじめの二股で左に入り、2-3の滝を高巻いて、最後には藪こぎなしで五三郎小屋にひょっこり出た。
それから登山道を大高山、三壁山と越えて野反湖に戻ったが、4時間ほどの上り下りに最後はバテバテだった。

魚野川本流は、記録を読むと、通常はそれほど緊張を強いられる難しい沢ではないようだが、水量が多かったために1ランク手ごわくなり、時間もかかった。それだけ充実した山行となった、というのが正直な感想である。今回は当初計画通り小ゼン沢から本流を離れたが、今度は小ゼン沢から源頭までトレースしてみたい。その場合、志賀高原から入り、庄九郎沢または奥ゼン沢を下降するのがよさそうである。

(記: 中村)

鶏冠谷右俣

日程: 2010年6月20(日)
山域: 鶏冠谷右俣(奥秩父)
参加者: 中村・土井
行程: 西沢渓谷駐車場(8:05) – 東沢下降 – 鶏冠谷出合(8:45) – 魚止ノ滝 – 奥飯盛沢出合 – 3段12m滝 – 20m逆くの字滝 – 二俣(11:30) – 25m大高巻ゴルジュ下降 – 30m滝 – ナメ連続 – 40m滝手前で遡行終了(15:00) – 戸渡尾根(近丸新道)登山道(15:40) – ヌク沢渡渉 – 西沢渓谷道 – 駐車場(17:40)

焼き鳥、水炊き、ローストチキン…。無類の鶏肉好きにもかかわらず、「鶏」という名のつく地名にはトンと縁がない。近畿には鶏冠井町(かいでちょう)とか闘鶏山(つげやま)といった難字の地名もあるが、どうも関東には少ないようだ。今回は、中村さんに誘われて、笛吹川鶏冠谷右俣で「鶏」の初体験をしてきた。特選激賞という触れ込み通りだったが、一週間降り続けた雨のせいで手強い遡行となった。

ガスの切れはじめた西沢渓谷駐車場に着いたのは7時35分。娘が3歳の時に訪れて以来なので、実に12年ぶりの再訪だ。沢支度をして出発したが、記憶をたどるように渓谷道を歩く。
ナレイ沢、ヌク沢を越え、すぐに東沢分岐。吊り橋から見下ろす東沢は水量が多く、ゴーゴーとうめている。鶏冠谷出合の河原には、立派な標識の打たれた巨木が一本。その巨木も水没し、中村さん曰く「膝まで濡れて渡渉するような場所ではないのにね」。
開けて明るい東沢に比べ、鶏冠谷入渓点は鬱蒼として暗い。まるで、森の井戸の底に引き込まれるような錯覚がし、この先に美しいナメ滝があるとは思えない。それでも、一週間前の丹波川本流と比べると澄んだ水は美しく、ついニンマリとしてしまう。小滝をサクサクと越えると10m魚止め滝。左岸を登れるらしいが、落ち口から激しく水を飛ばす壁に取り付く気にもならない。
森は鮮やかな緑を惜しみなく魅せてくれ、単調になりがちなゴーロ歩きも快適だ。平水時は何ともない4m滝も、水量が多いとスタンスとホールドが全く見えない。これに尻尾を巻いては何のための沢登りか分からない。腰まで淵に入り、泡立つ水流に手足を突っ込む。でも、ヘルメットをガンガン叩く水に恐れをなして一回退却。ニヤニヤと見守る中村さんの姿に闘志に火がつき再び突入!鶏冠谷の水は容赦ないが、チキンハートを奮い立たせて立ち込む。すると、あっけなくホールドも見つかった。

奥飯盛沢の出合で一本。登れば絶悪5級の登攀となるF1がそそり立っているが、こんな滝を遡行するパーティーがあるのだろうか。
3段12m滝は、2段目を左岸から小さく巻き。そして、すぐに20m逆くの字滝だ。過去の記録によると、ここはキャーキャーワイワイ楽しみながら登れる鶏冠谷のハイライトらしい。ところが、金曜日まで5日間降り続けた雨のせいで、水量が半端じゃない。気を抜くと激流に押し戻されそう。ザイルを出して突破したが、これぞ沢の醍醐味だろう。

二俣からは右俣を進む。25m滝は登れないので支尾根を大高巻き。ルート図より進んでしまったらしく、懸垂下降2発でゴルジュに降り立った。ここで気づいたのは、谷が荒れていること。倒木があちらこちらに突き刺さり、景観を台無しにすること甚だしい。倒木・落石・斜面崩壊はナメ滝まで続き、これさえなかったら右俣は美渓なのかもしれない。

鶏冠谷右俣で最も手こずったのは、このゴルジュ出口の30m滝だった。「左岸の倒木沿いに登り、中段のナメ状の滝を右岸に渡る」とルート図に記してある。中段まで登ってみたものの、水流の多いツルツルの滝を確保なしに対岸へトラバースするのは無謀というもの。では、草付きを上がるのかというと、所々に生えているミズの葉は簡単に剥がれしまうし、その上部は外傾しているように見えた。仕方なく右側の泥付きルンゼに挑んだが、これも相当悪く進退窮まりそう。下から「もう、それ以上登らないでくれ」と指示され、やむをえず退却した。
ゴルジュの底まで戻り作戦を練り直す。「さて、高巻くと言っても、いったいどこを?」と見回す。「ゴルジュ右岸の泥付きの壁しかないね。僕が行くよ」と、中村さんが果敢にアタックする。確保したくても、支点となるような木も岩もない。ハラハラ見守るなか、ジリジリとバランスで登っていく。踏み跡があるらしく10mほど登り、ザイルを出してくれたことに感謝。ここからはツルベで確保しながら高巻いたが、このゴルジュ脱出に1時間……。トホホであった。
帰宅して気づいたのだが、この30m滝を大半のパーティーは右岸バンドから簡単に越えていた。水量の多さで見落としたのか、或いはルートミスだったのかは定かではない。いずれにせよ、増水すると難易度が数段アップすることだけは痛感した。

この後は、倒木で荒れ気味のナメを遡行し、午後3時過ぎに40m滝。ここで、沢から離れ、左岸から近丸新道を目指す。かすかにあった踏み跡は獣道となり、最後は石楠花の枝と戦うヤブこぎ。15時40分に登山道に出たときは、沢用パンツには特大の穴が出来ていた。 

(記: 土井)

恋ノ岐川遡行

日程: 2009年9月19日 – 21日 前夜発
山域: 只見川恋ノ岐川(平ケ岳)
参加者: 国府谷(L)・志村・中村
行程:
第1日目: 恋ノ岐橋出発(8:30) – オホコ沢出会より30分上流(16:45)
第2日目: 出発(6:30) – 1711m付近(11:25) – 池ノ岳(姫ノ池)(12:40) – 平ケ岳(13:30) – 池ノ岳(姫ノ池)(14:50)
第3日目: 出発(6:20) – 鷹巣登山口(10:20)

写真はこちら

恋ノ岐川は、すべてのガイドブックで優しくて美しい沢として人気No.1であり、また岩魚の宝庫とされているため、以前から期待していた沢である。8月の葛根田川-大深沢山行の帰りの車の中で、国府谷さんと9月の連休に行きましょうということなり、楽しみにしていた。

9月18日(金)

新宿駅西口22:30出発。小出経由銀山平へ。白銀の湯の駐車場でテントを張る。

9月19日(土)

さらに車を走らせて恋ノ岐橋にて駐車。すでに5-6台の車が止まっており、数パーテイが遡行準備している。8:30出発。水量が少なく、天気も数日は良さそうなので、ルンルン気分で進む。始めの30分ほどは小規模なゴルジュだが、そのうちゴーロと淵を伴った小滝の連続となる。ところどころで股から深いと腰くらいまで浸かって淵を通過したり、へつって滝の側壁を登ったりの繰り返しが続く。基本的にこの渓相が源流部まで続く。確かに、ナメや滝で美しいところも多いが、源流部まで10時間以上も続くため、最後はさすがに長くて単調で、もういいな、という気持ちになってしまった。

支流らしき支流もなく、判別しがたく、いつになったら清水沢が出てくるのかと思いながら過ぎ去ってしまった。明らかなのはオホコ沢のみだった。注意が足りなかったのだろうか。オホコ沢出会いに良いテント場があるということだったが、すでに先行パーテイに先を越されており、さらに上流に進み、右岸の2mほど高台になっているところでテンパった。前回の大深沢で、下島さんのてほどきで初めて岩魚を2匹釣ったので、今回は独力でと釣りざお・餌・調理道具を持ってきて張り切っていたが、オホコ沢出会いから急に水流も減り、魚影もなかった。テン場についたのも遅かったので、焚き火に注力することにして、釣りは次の山行までお預けとした。

9月30日(日)

6時半出発。この地点から5-6時間で池ノ岳という標準タイムらしいが、水量のすくなさからそんなにかかるのかと思っていたが、行けども行けども同じような源流部の渓相が続いたため、一番稜線(登山道)に近くなるあたり(50mのナメ滝手前)で右岸の支流を南に取った。20分ほどの藪こぎで登山道にひょっこり出た。近くにいた3人の親子連れは熊が出たと思った、と緊張した顔をしていた。

そこから池ノ岳まで約1時間の登りで、姫ノ池にひょっこり出たときは、あたりの高層湿原の美しさと平ケ竹の紅葉に、歓声をあげた。そこをテント場として、ザックを置いて紅葉と草紅葉の平ケ岳とその周辺の湿原を2時間ほど周遊した。テント場は経験したなかでもベストのロケーションと快適さであった。

9月21日(月)

寒さでなかなか眠れず、夜中に何度かキジうちに出たが、満天の星に迎えられ納得。
6時20分発。長い下山路にゲンナリ。後半はヤセ尾根上の登山道で滑ったり蹴躓かないように神経を使い、腰や足首も痛くなり、思ったよりしんどかった。
10:20鷹巣登山口着。そこから歩いて20分ほどで小屋があり休憩。国府谷さんが恋ノ岐橋まで車を取りに3時間の道路歩きを始めようとしたが、志村さんが小屋の主人に頼み込み車で送ってもらうことができた(ただし有料)。

大変期待した恋ノ岐川であったが、われら3人とも、美しいが長くて単調、さらに下山路の長さといやらしさを考慮すると、また来たいとは思わない、ということで一致した。

(中村記)

葛根田・大深沢源流行

日時: 2009年8月8日(土) – 11日(火)前夜発
山域: 岩手県八幡平
参加者: 国府谷(L)・廣岡・齊藤・下島・中村
行程:
第1日目: 滝ノ上温泉(8:50) – お函(11:20) – 滝ノ又沢出合(18:00)
第2日目: 滝ノ又沢出合(6:40)―北ノ俣沢左俣(7:10) – 八瀬森登山道(10:40) – 八瀬森山荘(11:20) – 関東沢支流下る(12:00) – 大深沢出合(15:00) – ナイヤガラの滝(16:20) – 四つ又出合(17:00)
第3日目: 四つ又出合(7:20) – 仮戸沢終了(11:30)―大深山荘(13:30)
第4日目: 大深山荘(6:30) – 関東森分岐(7:30) – 小畚山(8:30) – 三ッ石山荘(10:20) – 滝ノ上温泉(12:40)

写真はこちら

8月7日(金)

お盆休みが始まる。今年は夏合宿に東北の沢登りが計画に上り、葛根田川となる。
新宿西口に21時集合。台風8号と前線の影響が西日本に雨を降らせている。
東京もやがて雨模様となりそうな天気だった。5人が揃い北東北に向け出発する。
盛岡までの長丁場をいかにするかを車内で相談し渋滞の影響もまだ出ておらず、途中のあだたらPAでテン泊を決め込む。PAの小高い丘の上にテントを張る。

8月8日(土) 曇り

翌朝、5:00にあだたらPAを出発。良く眠れ夜行突撃の強行軍は避けられた。昨日の夜と同様にお盆休みとあって車の量は多い。流れは順調で8:50滝ノ上温泉に到着する。
駐車場は広く、休憩所の施設が良くできていた。
荷物を分配後、工事中の地熱発電所の脇の林道を詰め葛根田川に降りる。
川幅の広い低い堰堤を乗り越え沢歩きが始まった。しばらくで東北の沢らしいナメ床の歩きが続く。休みを入れながら明通沢、大ベコ沢と通過する。ナメのへつりのお函を過ぎ、大石沢に合流。テン場があり、釣り師が良く利用する場所のようだ。
ここまでの具合をみて、本日のテン場は予定通りの滝ノ又沢出合と決定され先を急ぐ。
ザックの中の隠し竿はオアズケで進む。途中、竿を持った二人組に合い話しを聞くと今日のテン場には既に2パーティー10人近くが居るとの情報。本人たちもその内の一パーティーのメンバーでした。これは今宵の岩魚危うし。ここまで来ても人の方が多いわい。
結局、18時に到着。小生はさっきの話でもはや岩魚の気力も失せてしまっていた。
ところが、今回の食事当番をお受けいただいた、下島シェフは元気一杯。「さっ、いくぞ」と戦闘体勢で出かけていく。その勢いに負け後に続く。
流石でした。一等地のテン泊をする若者集団の目の前で下島名人はあっという間に4匹の今宵の岩魚汁の食材をゲット。(小生は心がけが悪くボウズ)
かくして、初日の今宵。おいしいカレーに岩魚汁が振舞われ、無事に終了。

8月9日(日) 晴れ後雨

本日は八瀬森を越え、大深沢に下る。
6:40テン場を出発する。すぐに6m滝に出合、分岐でコースを選びつつ沢を詰める。
登山道までは以外にかかり10:40に藪を抜け飛び出す。ここからすぐで八瀬森山荘のあるお花畑のような湿原を通過する。小屋でしばらく休み、関東沢の支流を下り始める。
反対側はさすがに魚影が濃く、たまりに各所で岩魚が泳ぐ。休みにそーっと竿をだすとすぐに喰い付いてきた。ここではリリース。先を急ぐ。
やがて、大深沢の出合に到着するがここで空は雨模様に変わった。この出合にテン泊の予定をしていたが地形が変わっていて、5人が寝るテン場が無い。仕方なく先にテン場を求め進む事になる。ナイヤガラの滝にぶつかり、ザイルを出し上に登る。その少し先で四つ又の出合でテン場とする。この頃には雨がいっそうひどく降り、設営に苦慮する。
持参のツエルトをタープ代わりとし、狭い炊事場を作る。そんなこんなで既に夕闇が迫るなか、またしても名人が食材をゲット。岩魚初挑戦の中村さんも師匠に伝授されゲット。(雨具の無い小生は意気消沈でした。)
結局、一晩中雨が降り続くなか岩魚三昧のフルコースがシェフによって振舞われました。
さしみ、天ぷら、から揚げetc.etc 廣岡さんの歓声が轟きました。

8月10日(月) 雨

前夜、ラジオの気象情報を聞くと台風9号が急に発生し西日本から関東、東北にかけて激しい雨を降らせる模様と放送。また、関東でかなり強い地震があったと報道していた。
朝方の3時のニュースで再度確認しテントの皆に知らせる。台風の進路と速度が気になる。
4時には出発の支度を始めて、増水の状況を確かめた。安全策を取り、仮戸沢を登り稜線の登山道に出ることにする。沢の傾斜は緩いが、藪こぎがひどく登山道まで4時間を要した。
雨模様は変わらず、予報では北東北も夕方には強い降りになるという。結局、大深山荘にて泊まることとする。快適な避難小屋である。夜までに4パーティが宿泊する。
予定変更の為、本日の岩魚料理はなし。おいしい雑炊ご飯にシジミ汁をいただきました。

8月11日(火)曇り後快晴

昨夜のうちに雨は過ぎたようだ。6:20に小屋を出発する。帰りの行程が長くなった。
大深岳(1541m)を越え、三ツ石山、三ツ石山荘を経由して駐車場へ向かう。
途中から快晴となり八幡平の全貌が見渡せた。森が深く平らで広大な景色だった。
このブナの森にはもう一度、来ようと思う。岩魚にも会いに来なくては。
帰りには良い温泉に浸かり、自動車道も思いのほか空いており順調にて東京に帰還となりました。

(記: 齊藤)

小室川谷遡行

日程: 2009年7月19日(日) – 20日(月) 前夜発
山域: 小室川谷
参加者: 国府谷(L)・松林・中村・土井・有富
行程:
第1日目: のめこい湯(6:30) – 三条新橋・泉水谷林道駐車場(7:15) – 小室川谷下降点(7:48) – 小室川谷出合(7:52) – 2段8m(8:17) – 廊下(8:42) – 5m滝(9:07) – S字峡(9:27~9:47) – 松尾沢分けて連続小滝 – 5mトイ状の滝(10:17) – 小室の淵(11:05~11:30) – 5mトイ状の滝 – すだれ状2本滝(11:36) – 3m滝(11:52) – ナメ滝(12:04) – 15m雨乞ノ滝懸垂(12:40/13:24) – 4段ナメ滝(14:20) – F7・7m(14:34) – F7・8m(14:40) – 蛇抜け沢出合1385m(15:30)
第2日目: 蛇抜け沢出合出発(6:45)  – フルコンバ小屋窪(蛇抜け沢二俣の左俣)入渓 – 登山道(09:17大休止) – 大菩薩嶺 – 丸川峠 – 泉川谷林道 – 駐車場(13:30)

丹波に泉水谷あり、泉水谷に小室川谷あり――
昔から、賞賛されてきた沢らしく、夏に思う存分泳ぎ、かつ遊べる沢だという触れ込みだ。だが、過去の記録を調べると、滑落事故あり、ヘリ救出劇ありと、手強そう。心して臨んだのは言うまでもない。(敬称略)

7月18日

松林・中村・土井は調布駅にて21時集合。3時間後、丹波山村「のめこい湯」で、リーダーの国府谷・新会員の有富と落ち合い、駐車場にテント設営。前日まで雨だったため、駐車場は濡れていた。

7月19日

仮眠3時間は44歳の中年には辛い。だが、有富は元気いっぱい。さすが28歳だ。泉水谷林道を歩くこと約30分、小室川谷下降点に到着。10分もかからず小室川谷出合。鬱蒼とした緑のトンネルから、さらさらと水流が奔り出ている。小室川谷は、最初から雰囲気のある沢だった。

国府谷・有富・中村・松林・土井の順で遡行開始。すぐに2段8m滝となり、上段は右岸から登る。単調なゴーロをいくと、8m滝。左岸からスイスイと越えていく有富を見て、感心する。とにかくバランスが良い。だてにアフリカで鍛えていないな、と舌を巻く。

明るかった廊下は、やがて狭まり、淵をかかえた5m滝。ここは胸まで水に入り左岸をへつるしかない。この冷たさを求めてきたのだから、「いっちょ、やってやろうか」という気分になる。
で、水に入ったが、やはり冷さには勝てない…。ケチせずにネオプレーンの上着を買うべきだった。よし、来月は飲み会を減らして、浮いた小遣いで買うぞ。ジャブジャブと浸かりながら、胸に誓う。

しばらくすると、S字渓。ここも、深い釜の左側を腹まで水に入り、へつる。滝手前で壁に這い上がるのだが、このスリルがたまらない。この後、S字峡はミニゴルジュとなり、先頭4人は途中から右岸を巻く。天邪鬼の小生、水線通しにチャレンジするが出口の滝がかぶっていて敗退。ロスタイム10分、皆さんごめんなさい。

ゴルジュを越えると、松尾沢を右岸に分けた。次々と小滝を越えていくと、石門ノ滝。滝は諦めて、左の垂壁にぶらさがっているロープを頼りに、まず松林さんが突破。小生も続いたが、15mほどの垂壁は苔だらけで足の置き場が以外と難しい。ロープを信用して登ってしまったが、こうした安易な登り方をする人に限って事故に遭うもの。神罰だろうか、最後の一手のところで落石がヘルメット直撃。目眩がして、しばらく頭がグラグラしていた。
下から見て危惧したのだろう、残る3人は草付きを高巻いた。これが正解だと思う。

その後、核心の「小室の淵」が現れた。きれいな深緑の淵の奥にCS滝がかかっている。遡行図によると、手前から右岸を巻けるらしいが、今日は河童になる覚悟なので突入だ。
まず、リーダー国府谷が泳いで偵察。「淵の下にフットホールドないし、這い上がれないよ」という。見渡したところ、両岸は垂直に切り立っているし、垂壁上部の草付きも傾斜が強く、相当悪い高巻きになりそうな予感がする。
淵を突破する自信なんて、これっぽっちもない。だけど、草付きは、もっといやだ。つい、「僕がやってみます」と口走ってしまった。
淵を10mほど泳ぐが、冷たいのなんのって。滝の手前から這い上がろうとしたが、やはりスタンスもホールドもなかった。
いつもなら簡単に諦めてしまうのだが、この日は強気だった。CS滝から少し戻って、必死に立ち泳ぎで粘る。「しまった。空身で泳ぐべきだった」と後悔したが、おめおめと皆の所に戻るのもかっこ悪い。
水の中から観察すると、壁に溝が走っているので、チャレンジ。スタンスはないけれど、小さなホールドを拾っていける。そして、気がついたら水から上がれた。万歳!
溝の中から右へソロリソロリと細かくへつると、そこはCS滝の脇の岩場。シュリンゲ2本を結んで、泳いでくる4人にお助け紐を出す。淵から上がると4m滝だが、これは右岸のルンゼから巻き、おしまい。
「ヘタレ」の小生にとって、小室の淵は難関でした、本当に。敢えてトップを任せてくれた皆さんに感謝。

さて、淵の上部にある滝は直登不能。右岸ルンゼから巻く。無数の小滝をやっつけると、大きな淵をもった10m雨乞ノ滝。左岸から大きく高巻くが、簡単に降りられそうにない。「クライムダウンできるよ」と攻撃的なのが松林。何ともタフな58歳である。だが、ここは懸垂で落ち口に下降。

そこから、すぐに4段ナメ滝。3段目から傾斜がきつくなり、滑りそうで怖い。トップの国府谷が左岸からロープを出してくれて一安心。草付きをスルスルって上がっていく後姿に、「やっぱり実力者は違うなあ」と感じる。小生と有富は、ここまで泳ぎまくっているため、ずぶ濡れ。3段目上部の淵も、腹をくくって泳ぐが、歯がガチガチと鳴って仕方がない。
怖かったのは4段目最上部。再びトップとなったが、出口の一歩は、ぎりぎりのフリクションで登るしかない。左岸に残置シュリンゲが下がっていて、「おいらに、ぶら下がりな」と盛んに色目をつかってくる。だが、あんな古臭い代物に体重をかけて、万が一抜けたら大事。誘惑に負けまいと、小さな岩の突起を頼りに何とか登りきった。
出口に後続を確保できるような支点はなく、ロープを伸ばして小さな木2本で確保。今思えば、小室の淵よりも、4段目が核心だったかな。

この後は、中村がトップ。素晴らしいスピードで遡行していく。若かりし頃、上越と東北の沢を攻めまくったという経歴、だてではない。松林、有富もガンガンと登っていく。実は、古傷の左膝が痛みはじめていたので、ピッチをあげられない。カンカンに熱した鉄串を刺されたような感じだ。
「テン場、まだかなあ」「もう限界だよ」なぞと思い始めたころ、中村がザックを下ろした。15時、蛇抜け沢とフルコンバ小屋窪の出合に到着。入渓から7時間、ようやく幕営となった。

流木を集め、焚き火を囲んで飯を食べる。食当ではないが、持参したアスパラ3束とオクラ3袋を茹でた。ドレッシングなしでも十分美味い。星が瞬く頃には、一日を遊び尽くした河童5人は疲れ果てて、次第に無口になっていく。皆、静かに火に当たっている。
「生きているって良いなあ。でも、この膝だからなあ。あと何回、皆と山に行けるやら」。うとうとしながら、妙にしんみりとしてしまった。

7月20日

夏の谷の朝は早い。4時40分、空はもう明るい。寒いので、松林さんが埋み火を熾すと、自然と皆が集まってきた。暖をとりながら、棒ラーメンを食べる。男5人がチンマリと小さな火を囲む光景は、滑稽でちょっぴり物悲しいかもしれない。

フルコンバ小屋窪へ入渓。とはいっても、大石と倒木だらけのガラガラの沢だけに面白くない。しばらくすると、階段状の滝、苔むしたスダレ状の滝が現れ、嬉しくなる。
源頭に近づくにつれ、沢は再び荒れはじめ、難儀する。やがて水は涸れて、長いつめに耐える。いいかげんに参ったころ、斜面が緩み人の声がした。登山道だった。

1時間近く休憩してから、再出発。丸川峠を越えて泉水谷林道に降りた。ここから、駐車場までの長かったこと。膝が痛んだけれども、水と戯れることができた。また訪れたい沢だった。

(記: 土井)

御神楽沢

日時: 2008年7月19日(土) – 21日(月) 前夜発
山域: 只見川袖沢 御神楽沢 – 会津駒ケ岳
参加者: 国府谷(L)・清水・齋藤・下島・塩足
行程:
第1日目: 新宿 – 小出 – 奥只見ダム
奥只見ダムからの入山隊(清水・下島・塩足): 奥只見ダム(7:15) – 袖沢林道 – 取水口 – 御神楽沢・ミチギノ沢出合(15:15)
檜枝岐からの入山隊(国府谷・齋藤): 会津駒ケ岳登山口 – (バス)小豆温泉 – 三岩避難小屋 – ミチギノ沢二股 – 御神楽沢・ミチギノ沢出合(19:15)
第2日目: 御神楽沢・ミチギノ沢出合(7:15) – 1340m地点(16:30)
第3日目: 1340m地点(5:30) – ムジナクボ沢出合(10:30) – 会津駒ケ岳(17:00) – 檜枝岐(20:30)

(写真は後ほど)

只見川袖沢の御神楽沢には、10年以上前に入渓したことがある。それも2年続けて2回である。いずれも奥只見ダムからの長い林道歩きで目白アブの猛攻を受け、にもかかわらず会津駒ケ岳には至っていない。この度の計画は願っても無いことであった。
今回の入渓について、清水・下島・塩足は奥只見ダムから、国府谷・齋藤は檜枝岐から稜線を越えミチギノ沢を下るという、2パーティーに分ける方法を取った。当初、全員が檜枝岐からの稜線越えで入る計画を立てたが、初日の登り下りに若干不安があったので奥只見ダムからの入山を検討した。2パーティーに分けると車1台で奥只見ダムから入っても、車の回収に悩まなくていい。しかも車は下山する駒ケ岳登山口に置き、檜枝岐隊の入山口である小豆温泉には早朝のバスで移動してもらうというものである。檜枝岐隊に於いては相当に寝る時間が削られることになるが、そこは若さでカバーということで、ミチギノ沢出合で合流し、ここで初日の幕を張る計画を立てた。

7月18日(金)

22:10新宿西口を出発。小出に向かって5人を乗せた車を走らせる。

7月19日(土)

1:00小出着、この先はコンビニが怪しい為「湯之谷吉田店セーブオン」で最後の調達とする。2:00奥只見ダム着。それぞれのパーティーの荷物を間違い無く振り分けし、清水・下島・塩足はここで仮眠を取る。檜枝岐隊は急ぎ檜枝岐に向かう。
6:00に目覚め、我々よりももっと寝ていない国府谷さん・齋藤さんを思いながら7:15に出発。袖沢林道への頑丈なゲート前を左の踏み跡から抜け、近道で袖沢にかかる橋の手前に降りる。9:00仕入沢、ここは昨年のお盆休みの丸山岳山行で最後に下りてきた沢であった。あの時と違って、今日は一匹のアブもいない。過去2回の奥只見ダムからの歩きでも、気狂いになるくらいに目白アブに襲われた。全身が真っ黒になる程アブにたかられ、初めての人は誰でも発狂する。今回もその覚悟と対策を持って挑んだが、3週間程でこうも違うのかと拍子抜けした。檜枝岐隊とは無線で毎時00時に交信を取ることになっている。ちょこちょこ休みながらいくので12時前になるのに、まだミノコクリ沢に辿り着かない。12:00ミノコクリ沢手前でやっと檜枝岐隊と繋がる。齋藤さんの声が届く。「今、稜線、今からミチギノ沢に向かって下降開始、6人パーティーが先行」とのこと。我々は中門沢への分岐を左に折れ橋を渡る。13:00取水口前で再度交信。「1560m地点」とのこと。休んでいる最中に取水口より単独者が下って来た。夜中にダムより歩き出し大滝の手前で戻ってきたとのこと。大滝を越えるのに2人パーティーがえらく苦労をしていた、と教えてくれたがその目は「お前たち大丈夫か」と言っていた。13:30過ぎに出発、過去の記憶では取水口から直ぐに入渓したはずであったが、とても深くて下りることができない。取水口で林道は終わっている為、ここからずっと切れ切れの左岸の巻き道を行くことになる。ミチギノ沢手前500mくらいのところで14:30頃やっと沢に降り立った。どうした訳か随分濁っている。汚れていない支流の水を念の為にペットボトルに詰めていくことにする。沢靴に履き替え見覚えのあるミチギノ沢には15:15に着いたが、ちょっとの入渓であったにもかかわらず水量は多くパンツを濡らしてしまった。ミチギノ沢出合は、安心できる幕場は右岸に狭い台地があるのみである。12:00の交信で、足の揃った6人パーティーが先行していたとのことであったので、思わぬ時間がかかった我々よりも先に、この場所を確保されたかなと心配であったが誰もおらず、果たしてこの日は我々のみの幕場となった。沢の濁りはミチギノ沢からであった。その濁りは一時ではあったが突然真っ黒になった。新たな土砂崩れが起こったことが想像された。焚き火を熾し夕餉の仕度をしながら3時間が経ったが、まだ檜枝岐隊は降りてこなかった。交信でミチギノ沢出合いに向かって下降していることは分かっていたので待つのみであったが19:15真っ暗になる直前、彼らの顔をみることができた。濁った水の上、巻き道が厳しかったとのことである。私の過去2回の御神楽沢は、何れもミチギノ沢をベースにしたもので、2回目はミチギノ沢を詰めて檜枝岐に出た。そんなに厳しかった覚えはないが、条件が変わると大きく様子が変わる沢に、今回、私は奥只見ダムからの入山でよかったと思った次第だ。檜枝岐隊はほとんど寝ていない状態で、それが相当堪えているようだ。国府谷さんのザックから2日分の人数分のビールが出てきた時には驚いた。感謝しながらビールを開け、下島さんが釣った岩魚が入った味噌汁と、マーボー春雨丼でお腹を満たす。食後間もなく、爆睡状態となった。

7月20日(日)

5:20テントを開けっぱなしにして寝たので、朝の冷気に起こされた。昨夜の火を熾しラーメンの朝食をとる。朝食後、サンダル履きの国府谷さんが靴下を水に濡らさないように沢の石を飛んでいたが、滑ったのを見てしまった。この時は何のこともない情景であった。下山してから国府谷さんが「骨折しているかも」と言われたのには驚くほかない。下山するまで一言も痛いと言わず、そんな素振りを微塵も見せてはいなかったからだ。足の親指が痛んでいたらしい。国府谷さんとはあまり山行を共にしたことがなかったが一面を知ることになる。
7:15発ミチギノ沢出合いの瀞は幕場からの巻道を行く。8:00暫く行っての滝で右岸の大高巻きを行ったが、ここは右の滝(滝を登らず左に抜ける)から行けることが後でわかった。右の滝を登ると左岸の下降ポイントの状態が分からなかった為、右岸の大高巻きを行ったが我々が大高巻きをしている最中、下をみると6人パーティーが右の滝から抜けて行くのが確認された。この大高巻きに1時間以上かかった。11:00前岩畳、ここで、これまでにかかった時間に対し、これから先のことを検討する。予定通り先に進むか、戻るか。予定通り先に進むことに決まった。後でつくづく凄いと思ったのは、ここで国府谷さんが足の痛みに触れなかったことだ。痛みに鈍感な人であるのかな。12:00間もなく大滝であろうというところで先の6人パーティーが休んでいた。何と見知っている方であったのには驚いた。岩魚の刺身をご馳走してくれようとは、何という余裕のある人達か!このパーティーは、昨日、ミチギノ沢で国府谷さん達の前を行ったパーティーでもあった。下っている沢が濁っていたので、ミチギノ沢本流に尾根越えし幕営したとのこと。その為、昨日会わなかったのに突然現れたものである。6人パーティーが先に腰を上げたものの間もなくのスラブ状大滝で40分程待つことになる。大滝の上には雪渓が見える。滝の飛沫で体に震えがきた。大滝は左の滝の落ち口から簡単に抜けられそうであったが、水量が多くそちら側に行けない。右の滝の落ち口までスラブ状の大ナメを行き、ザイルで確保されながら残置のシュリンゲを掴み抜ける。身体が振られちょっと苦労する。13:30大滝の上の雪渓をくぐって先を行く。その後も大きい雪渓が現れ、雪渓上を歩いて稼ぐ。2時間程行った川原で6人パーティーが休んでいた。ここを幕場とするという。随分早いのではないかと思われたが、岩魚の絶好ポイントかと思われる。当初の我々の予定では本日の幕営場はムジナクボ沢出合であった。到底行き着けることはできないことがこの時ハッキリしていた。未だ歩ける時間ではあったが、この先は良い台地が得られなくなるだろうとのことから16:30  1340m地点を幕場とする。下島さんと齋藤さんが早速竿を手に出かけて行った。焚き火の跡のある台地の、イタドリ林を払い整地すると広い平な地面が現れた。テントとツエルトが余裕で張れる。雨がポツリポツリと降り出す中、清水さんが奮闘して火を熾してくれた。幸いに雨は強くはならず無事飯ごう飯が炊け、間もなく釣師は岩魚9匹をぶらさげて帰ってきた。焚き火のお陰で一人一匹の香ばしい塩焼きにありつくことができた。大型の岩魚は刺身に捌かれ、味噌汁、骨酒と堪能することができた。今日のメニューは、ちらし寿司と春雨キュウリのサラダであったが、釣果を期待できるのなら来る途中に沢山あったミズやフキの山菜と共に、米と味噌だけを持って山を楽しむのが私の憧れである。

7月21日(月)

今日の行程は長い。3:00起きの予定が30分程寝坊してしまった。あれからも雨は降らずに熾き火は残っていた。カレーうどんで素早く出発できるかと思っていながらも何やかんやと遅くなってしまう。5:30発、地図上では未だミチギノ沢とムジナクボ沢の3分の2の地点である。果たしてムジナクボ沢には何時に着くのであろう。岩畳より上は始めての溯行であるが、さすが名渓との声が高い沢の様相を示してきた。岩畳の評判は、あれっぽっちの規模では納得のいかないものであったが、なる程ここら辺りまで来ると先が楽しみになってきた。しばらくいくと周囲が開け大滝にぶつかった。左側を高巻くが、用心を取ってザイルでフィックスする為に時間がかかる。ムジナクボ沢は未だか未だかと思いながら連続する滝や雪渓を越えていくと、9:30ゴルジュの向こうに迫力のある直瀑があるところに出た。腰上まで瀞につかり滝の下に行き、左の急な草付きを登り藪コギで抜ける。10:30まもなくムジナクボ沢に着いた。手前で休んだ為にここは休まずさっさと通過してしまったが、清水さんが幕場の確認に行ってくれたところ10張程張れる台地があったとのこと。3泊4日の計画で、ここでゆっくり過ごしたいものだ。その後の電光形と呼ばれる滝で国府谷さんに続いて直壁を登ったが、カンテに出たところで一歩が出なくなってしまった。お助け紐をこちらから渡すのに苦労する。上部はゴルジュ状で、左からザイルをフィックスし抜ける。11:10深い釜にぶち当たる。とうとう泳ぎか、私は泳ぎは苦手である。齋藤さんさえも足が届かないところであったが、右壁のホールドを伝って行くことができた。この上にでると源流の様相となる。詰めを間違わないように慎重に地図と高度計で現在位置を確認しながら、崩れた雪渓の残る源頭部を行く。14:00を越えていた。二俣では続けて2回左へ入り、次の二俣で右に入った。間もなく藪の中に突入、棘のあるハリギリが一杯生えていた。1時間位で藪を抜けられると思っていたが、改めて現在位置を確認すると会津駒山頂にダイレクトに突き上げるルートであるようだ。もっと右にルートを取る。やがて中門岳へ続く稜線が見えてきた。草原の木道をハイカーが歩いていた。藪から突然木道に出て5分位で会津駒山頂に着いた。17:00であった。もう12時間近く歩いているが、未だ下山に2 – 3時間かかる。
山頂で記念写真を撮り、登山靴に履き替え17:30下山開始。17:40会津駒山荘前で久世さんに下山報告Telを行う。先程のハイカーが、小屋の前のテーブルでビールのコップを傾けていた。20 – 30人はいただろうか。皆、明日はお休みなのか‥‥。17:50足を引きずり引きずり、その前を通過して下りにかかる。19:00を過ぎ暗くなってきた山道をヘッデンを点けて、痛みの更に強まる右足首の古傷に泣きながらの下山であった。会津駒登山口着は20:30であった。本日の行動時間15時間である。ここで国府谷さんに足の親指の件を聞いたのであるが、私の古傷どころではない話である。
その後の話をすると、沢臭い身体のまま帰途には付きたくない。20:45営業時間は21:00までという村営の駒の湯に国府谷さんが交渉し、何とか入れてもらう。入っちゃえばこっちのもんだ、という考えは、さすが村営、そんなに甘くはなかったが、取りあえず汗は流せた。21:30駒の湯発、途中、会津田島高原「ココストア」で晩飯を確保し、東京着は当然日にちが変わる。電車は動いていない時間だ。どうする。果たして車で送ってもらえる距離ではない人達は、某会社の前の荷物置き場にテントを張り、シャッターの音で目覚める朝を過ごしたのであった。

(記: 塩足)

丹沢沢登り

日時: 4月29日(火)
山域: 丹沢(キュウハ沢・四町四反ノ沢)
参加者: 中村
行程: 7:40 宮ヶ瀬経由林道ゲート(7:40) – キュウハ沢出合(8:20) – 四町四反ノ沢出会(8:50) – 二俣(10:00/10:30) – (同沢下降) – 四町四反ノ沢出合(11:30) – 稜線(14:20) – 丹沢山(14:40) – (天王寺尾根を下山) – ゲート(16:20)

ゴールデンウイークは数日まとめて山に行けないため会の他の山行に参加できず、この日一日だけ使えたため、欲張ってこの二つの沢をトレースしようと計画した。
林道をもっと先まで車で入れると思っていたが、ゲートが閉じていたためキュウハ沢出会まで思ったより時間がかかってしまった。四町四反ノ沢出会手前のゴルジュ(4つの小滝)からキュウハの大滝までが核心部で、4つの小滝の初めの2つを越えたところで4人パーテイに追いついた。彼らは、ザイルを使って3番目の滝を越えようとして時間もかかりそうだし当方一人ということもありさっさと高巻いて追い抜く。キューハ大滝は四町四反ノ沢側から巻く。その後3-5m滝がいくつかあるが問題なく直登でき、二俣手前にて休憩後時間を考えて下降開始。キュウハ大滝を懸垂下降して四町四反ノ沢の出会に戻る。
初めの10m滝は左を巻き、その後ナメ滝や小滝が続くが快適に越えていく。二俣のあとの10m滝はハングしており高巻くことにする。ルート図では右とあるが左の方が良さそうだったのでそちらを選んだが、どうやら誤った判断だったらしくどんどん巻き上げられて50-60mも登ったところでトラバースして沢に戻る。その後も小滝は続くが問題なく登れ、最後にガレ場から稜線へでた。
下は新緑で美しかったが、標高1000mより上はまだ冬枯れで汗と水で濡れた服で休むと寒くなり、まだ少々沢登りには早いかなと思ったが、久しぶりに楽しめた。しかし下山の時にひざが痛くなり、年齢を感じそれなりの登り方をしないといけないと思った。

(記: 中村)